毒炎の侍女、後宮に戻り見えざる敵と戦う ~泣き虫れおなの絶叫昂国日誌・第三部~

西川 旭

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第十五章 躍進

百三十話 密室の毒問答

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 手下を使って私に嫌がらせを仕掛けて来たであろう、南苑の美人の一人、欧(おう)鈴風(りんぷう)という妃。
 その攻撃意図も真相解明も中途半端な今、このタイミングで、実家に帰るのだと唐突に知らされた。

「病気とかじゃないですよね。昨日は嫌になるくらいに元気でしたよ」

 私の質問に、銀月(ぎんげつ)さんは服の袖で口に戸板を作るポーズで、小さく答える。
 用事がある振りを装って、ちょっと人気のないところへ移動して、内緒話タイムである。

「……ここだけの話、欧美人は夜な夜な後宮を抜け出して、若い官と不義密通を図っていたのが、とうとう主上の知るところとなりまして」
「お昼のワイドショーかよ」
「ハテ、それはなんですかな」
「気にしないでください」

 おい、最高裁判所長官の娘!
 翠(すい)さまの横紙破りに文句言う前に、自分の行いを省みれや!!
 ま、青少年育成の慈善団体の役員が、子どもたちに手を出してお縄になったりするのが世の中なので、こういうこともあるわな。
 
「さりとて妃の姦通は重罪にございますれば、お家に帰られてから、後に毒を賜る、その可能性はあるやもしれませぬ」
「自殺しろと命じられる、ということですか」

 やはり身分の高い人たちの世界は恐ろしい。
 昂国(こうこく)では、女性や宦官を処刑するときに刃物を使わないという慣習がある。
 だから死を告げるのに贈るアイテムも、この場合は剣ではなく毒や杯だ。
 なぜそうなのかは、シモの話に関わることなのでここでは割愛。

「しかし、お父上の欧(おう)螺欣(らごん)大夫は主上の信が厚きお方。物騒なことにはなりますまい。細かい事情は公になさらぬまま、秘して万事片付くと思われます」
「結局は自分だって、権威のもとにナアナアで済まされてんじゃん。けどなあ、ううむ」

 グッバイ、欧美人。
 あなたのことは多分、ひと月くらいは忘れないよ。
 でもそうなると、困ったことがあるんだよな。
 私の渋面に疑問を持った銀月さんが訊いた。

「なにか麗侍女にとって、不味いことでも?」
「いやあ、実はかくかくしかじかで」

 私は先日の嫌がらせのことを話し。
 重ねて、翠さまの呪いに関し、なにかしら欧美人が情報を知っているかもしれない、多少なりとも関わりがあるかもしれないという推測を、銀月さんに言って聞かせた。
 欧美人の関与は深くないと思うのだけれど、なにか重要なヒント、つながりの有無でも示してから、後宮を出て行ってほしいもんだよ。
 少し考えて、銀月さんは教えてくれた。

「欧美人が出て行かれた後も、部屋の後始末に侍女たちはしばらくは後宮に残りましょう。懇意にしていた宦官らも部屋を出入りすることはありましょうな。彼らがなにか知っておれば良いのでしょうが」
「望み薄ですかねえ。知ってても教えてくれないでしょうし」

 そう思っていたけれど、チャンスは来た。
 漣(れん)さまの遊び道具を物色しに行った先の物品庫。
 そいつは、いたのだ。

「ぅあ、れ、麗さん……」

 あの夜、私に向かって小刀を投げた下っ端侍女が、欧美人の部屋の不要物を仕舞いに、物品庫に来ていた。

「お疲れさまです」

 にっこりと笑って私は物品庫の扉を閉めて。
 ぐりっ、と扉の下の隙間に、相手に気付かれないよう、木の板を噛ませた。
 これで誰も、入って来られない。
 巌力(がんりき)さんがタックルでも仕掛けない限りはね。

「わ、私、あの、本当に、悪気があったわけじゃ……」

 恐怖の顔で後ずさるその侍女。
 そんなに怖がられると、ちょっと傷付いちゃうなあ~?
 私はこの子に対して、特に強い恨みを持っているわけではないのだ。
 多少は思うところがあるけれど、大部分は自分の意志でなく、命令されてやっただけだろうし。
 偉い人に逆らえない気持ちは、十分すぎるくらいわかっているからね。

「そんなに怪しまないでください。飴ちゃんありますのでどうぞ」

 私は敵意がないことを示すために、やや大仰に腕を広げて、持ち歩いていた飴の小袋を相手の前に出す。
 極小粒の飴であり、五、六粒を一度に口に放り込み、じっくりねぶらず短時間で飲み込むタイプのおやつだ。

「ど、どうも……」

 まだ警戒の交じる顔を見せながらも、彼女はそれを受け取った。
 私は再度、しっかりと相手に伝わるように強い笑顔を浮かべ。

「誤解でいがみ合ったままお別れするのもつまらないじゃないですか。部屋は違えど同じく朱蜂宮(しゅほうきゅう)で働く侍女同士、姉妹とは言えなくても軽い親戚のようなものですよね?」

 そう言って、飴を口に放り込み、バリバリ噛み砕いて嚥下した。
 甘酸っぱくて、目が冴えるのう。
 女の職場にスイーツは必須なのだ。

「美味しい……」

 つられるように彼女も飴を口に含み、甘味と酸味に目を細め、笑った。
 私の仕掛けた同調行動に、まんまと乗ってくれたね。
 人間、不安や緊張が解けかけたときが最も、無防備なのである。
 自分が笑って飴を食べていることすら、この子は意識していないかもしれない。
 
「あ、ありがとうございます。私、麗さんはもっと怖い人かと……い、いえ、私が思っているわけではなくてですね、周りの噂が」

 飴玉を飲み込んだ小刀侍女は、恐怖も薄れたのか饒舌になりはじめた。
 ものを飲食するという行為は心身の膠着を和らげる効果がある。
 それが他人と一緒であればお互いの親近感を高めるのに役立つのは、誰でも経験として知っていよう。
 やや打ち解けた空気を察して、私はまず一歩だけ、踏み込んだことを聞く。

「欧美人のお部屋が解散したあとは、侍女のみなさんはどうされるんですか?」
「お家までついて行って、変わらず仕える人もいますね。私は里に帰って別の奉公先を探します」

 苦笑いして、彼女は自分の首に手刀を当てる真似をした。
 要するに解雇されちゃうのね。
 人知れず私に嫌がらせを実行するのに、彼女は失敗してしまった。
 そのタイミングで欧美人の浮気発覚と放逐である。
 面白くないことが重なったまま後宮を追い出される欧美人にとって、この子はもう、顔も見たくないと思われているのかも。

「大変ですね。もし良ければ私の方から、司午家(しごけ)の人に、良い勤め先がないか聞いてみましょうか?」
「え、えぇっ? あ、あんなひどいことをした、私なんかのために、どうして……」

 思わぬ幸運を拾ったと瞳をキラキラさせる彼女。
 私はごく優しい声色で。

「もっとも、ここから生きて出られたら、の話ですけど」

 彼女の耳元で、そう囁いた。

「は?」
「さっき渡した飴、あなたの分だけ毒が入っています。私の質問に答えてくれたなら、解毒剤をあげます。大声を出したり抵抗する素振りを見せたら解毒剤はあげません。吐こうとしても無駄ですよ。もう喉や胃の肉に毒が沁みてます」

 私が話す絶望的な情報を受け、彼女は文字通り腰砕けになって、小さく叫ぶ。

「ひ、ひぃッ!? そ、そんな、嫌っ! し、死にたくない! 助けてッ」
「だから、私の質問に答えてくれれば、と言っています。わかりましたか?」

 がくがくがく、と首がもげそうな勢いで彼女は頷いた。
 私は満足してそれを確認し、第一の質問を。

「欧美人は、どうして翠さまや私を目の仇にしているんでしょうか? そこまで恨まれるようなことをした覚えは、少なくとも私にはないんですけど」

 翠さまに関連して、欧家と司午家になんらかの対立や確執があったとしても、私は直接に関係ないからね。
 私をいじめることで間接的に翠さまの心にダメージを与えようという、回りくどい話だろうか?

「り、鈴風さまは、中書堂の若い書官と逢瀬を重ねていたんです。麗さんが足しげく中書堂に通ってお手伝いをしているという話なので、ひょっとして自分のお相手とも仲良くしているのでは、と嫉妬する気持ちがおありだったのかと……」

 目に涙を溜めながら、必死に彼女は言葉を紡いだ。
 ありゃ、聞こうとしていた二つ目の情報も、勝手にしゃべってくれたぞ。
 そっかあ、中書堂に詰めている若い燕を、欧美人はつまみ食いしていたのか。
 良い趣味をしていらっしゃいますこと。
 自分の恋人に手を出されてるかもしれないと勝手に思い込んで、私に攻撃を向けたわけね。
 私が後宮から逃げ出せば、中書堂に関わることもなくなるだろう、そう見越してのことか。

「欧美人が遊んでらしたお相手って、誰かわかります?」
「し、し、知らないんです、本当です。誓って嘘は言いません。私程度の下っ端には、そこまで教えてくれないんです」
「どんな男か、なにか手がかりくらいはないですかね。欧美人の男性の好みとか」

 私が思考の手助けをすると、彼女はあうあう言いながらも必死でなんらかの情報を頭から絞り出そうとする。
 あ、と思いついた声を漏らし、早口でまくしたてた。

「鈴風さまは、ご自身がちやほやされるのが好きな方でしたから、甘い言葉をたくさん囁いてくれるような、口が上手くて軽いくらいの殿方がお好きだと思います。司午の旦那さまのような生真面目で堅苦しい男は好きじゃないとおっしゃってましたし」

 玄霧(げんむ)さん、どうでもいいところで欧美人に振られる、の巻。
 いやいや玄霧さんにしたって、お断りだろうよ。
 ともあれ、欧美人の火遊び相手は、軽薄なナンパ男である可能性が高い、と。
 そんな男が、中書堂に。
 ううむ、なにやら嫌な予感がしてきたのう。
 ともあれ、情報は十分に得られたかな。

「わかりました。いろいろ言いにくいことも答えてくれてありがとうございます」
「あ、あの、解毒の薬を……」

 腰が抜けて膝立ちになった彼女が、私の服に縋るような格好で懇願する。

「はい。約束ですからね。手を出してください」
「あ、ああ、ありがとうございます……!」

 私のせいでこんなひどい目に遭ってるのに、まるで私が命の恩人であるかのように、彼女は感涙にむせび泣く。
 これぞ北原流詭弁詐術奥義、靺致翻腐(マッチポンプ)である!
 彼女が差し出す掌の上にぱらぱらと、ただの飴を散らして乗せて。

「毒の飴なんて、嘘に決まってるじゃないですか。いくら私でもそんなものを持ち歩いてませんよ」

 真実を、教えてやった。
 ぽかーん、と小刀の侍女ちゃんは可愛らしい大口を開けて。

「こ、この人でなしの嘘つき女! やっぱりあんたなんか、後宮の怪魔なのよ! 小娘の形をした化物なんだわ!?」

 そう叫んで元気を取り戻し、掌の小飴をこっちに投げてぶつけた。
 福は内、麗は外。
 嘘ばっかりなのは、十分に自覚してますけれどね。
 私から逃げるように扉に走り、しかし突っ張りのせいで開かなくなっていることに気付かず苦戦している彼女の背中へ、私は言う。

「司午家の人たちにあなたの次の就職先を聞いてみようか、って言ったのは嘘じゃありませんよ。事情をお手紙に書くので、それを持って市場の外れにある司午の別邸に行ってみてください。親身になってくれる人がいるはずです」

 今は椿珠(ちんじゅ)さんもいるはずだからね、そこに。
 哀れな女の一人や二人、喜んで助けてくれるだろう。
 なんにしても、私に情報を漏らしてしまった彼女の身は、保護しなければ不味い。
 思いがけない恩をかけられて、彼女は恐怖とも困惑ともつかない顔で私を見た。

「あ、あなた、いったいどういう人なの……?」
「さあ、なんなんでしょうね」

 いずれは、翠さまがいる司午本家や、神台邑(じんだいむら)に笑って帰りたい。
 そう願うだけの、ただの麗央那ですよ。
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