毒炎の侍女、後宮に戻り見えざる敵と戦う ~泣き虫れおなの絶叫昂国日誌・第三部~

西川 旭

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第十七章 不明の果ての光

百五十話 清澄

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 水治めの祭事も、とうとう明日に迫った。
 準備も最終段階に入っており、漣(れん)さまや塀(へい)貴妃などの重要メンバーは、式次第の最終確認をほぼ徹夜で行うことになる。
 夕方のお祈りをいつも通りに済ませ、簡単な夕食を口に放り込んだのち、私を含めた侍女たちもそれぞれの仕事に勤しむ。

「こういうときも私の仕事は掃除かあ。いいんだけどさ」

 夜半、私は後宮の外に出て、祭事が行われる土壇のゴミ拾い、石拾いを行っていた。
 神さまをお呼びする祭壇なのだから、式が始まるギリギリまで、とにかく掃除を徹底して、浄めなければいけない。
 私自身はそれほど綺麗好きでもないんだけれど、作業としての掃除は心が無になれるから、結構好き。
 やり始めるまでは面倒でも、手を動かしているうちに作業興奮が乗って来て、いつしか夢中になっている、という感じだ。
 思い出すまでもなく、最初に翠(すい)さまのお部屋で勤めてから、今日にいたるまで、大半の時間を掃除に捧げて来た。
 私の心も、同じように清くスッキリしていれば、いいのだけれど。

「おっつかれちゃ~ん」

 枯葉や石ころ、工事作業の合間に飛んできた木片などを拾い集めていると、漣さまが見に来てくれた。

「漣さま、お一人ですか?」
「あっちに紅(こう)ちゃんたちもおるよ。お呪(まじな)いのお札を貼っとるんやね」

 見ると、視界の先には塀貴妃に指示されて結界作業にあたっている侍女たちの姿がある。
 大事なお祭りなので、霊的にも物質的にも良くないものが侵入しないように、厳重にお札で守るようだ。

「水治めが終わったら、漣さまもとうとう、東苑の貴妃ですね」
「なんかコツとかあるんやったら、環(かん)の貴妃さんに聞いといてや」

 私が玉楊(ぎょくよう)さんと繋がっていることは、後宮内の偉い人たちにおおっぴらにバレていることだ。

「次に玉楊さんに会ったら、東苑にお手紙を書くように言ってみますね」
「頼むでほんま。あのでっかい奴(やっこ)の兄ちゃんも、おらんくなってもうたでなあ」

 巌力(がんりき)さんのことを言ってるんだな。
 確かに玉楊さんを支えて東苑の仕事に従事していたことが多いから、いなくなったことを気にしている人は多いだろう。
 漣さまも、貴妃になる覚悟は決まっているにしたって、小さい不安や疑問は沢山あるだろうからね。

「これから忙しくなるのに、お部屋を出て行くことになってしまい、申し訳ありません」

 頭を下げて謝る。
 まったく素直な気持ちからそう思っている。
 体が二つあればなあ、とつくづく思うよ。

「もともと司午の貴妃さんとこから借りてるわけやからね、しゃあない」

 漣さまが寂しいと思ってくれているのか、割とどうでもいいのか。
 表情と口調からは、全く読めなかった。
 そんなことより、今は目の前の仕事に集中しろ、という意図だろうか。

「良いお祈りになりますよね、きっと」

 頑張って掃除したおかげで、ゴミ一つ落ちていない状態に仕上がった土壇を眺めて、私はぽつりと言う。
 雲間から月が覗く程度には晴れているけれど、空気が若干、湿っている感じがした。
 お祈りの最中に、雨が降らないといいんだけれど。

「どやろな。希春(きしゅん)のときはおかしな占いになってもうたでなあ。今回は占いはせえへんねやけど」

 まだ花も咲かない寒い時期に行われた、春の訪れを祝す節目の祭祀。
 そこで獣の骨を焼いて占った結果は、凶であった。
 身内の争いや諍いを暗示した漣さまの言葉の通り、私たちは姜さんの仕掛けた陰謀と戦う羽目に陥っている。
 でも、そうであっても。
 今回の後宮暮らしの中で、私が一番、これは良かったなと思うことがあるのだ。

「占いの結果はともかく、誰も死なないまま春を迎えられそうで、私はそれが一番、嬉しいです」
「せやね」

 私の行くところ、常に誰か、人が死んでいた。
 事故や病気はもちろん、殺して、殺されてを、短い間に幾度となく繰り返して。
 人の生き死にはまさに天命であるのだろうし、防ぎようのない大きな暴力や災厄の前でも、私たちはどうしようもなく、無力である。
 でも、春を前にした今、私はあえて、漣さまに言うのだ。

「これも漣さまが、欠かさずお祈りしてくれたからだと思います。本当にありがとうございます」
「んなアホなこと、あるかい」

 失笑された。
 うん、私はバカなことを言っている。
 こうしている間にも、どこか知らないところで、誰かが死に、倒れ、殺し合っているに違いない。
 死人を見かけなかったのは、私の周り狭い範囲の、限られた期間でしかない。
 けれども起こり得ないと思っていたことが、現にこうして目の前にある。
 私の近くの、大事な人たち。
 いや、憎むべき敵ですらも。
 誰も、一人も死ななかった。
 漣さまの部屋に来た初日から、月の巡りがほぼ一周して、今日明日を迎えるまで。
 私の目に見える範囲で、誰一人として、不幸に命を落とすことがなかったのだ。
 いや、野良犬を殺したとかはあったけど、人じゃないんで、ノーカン。
 有ることが難しい。
 それを目の前にして人は、私はこう言うしかなく、他に言葉を知らないのだ。

「有り難うございます。漣さまがどう思っていても、私はそう思いたいんです。漣さまも、私も、みんなも、そうあれと願って祈ったから、誰一人として哀しい死に目に遭わずに、今は済んだのだと、信じたいんです」

 話している間、いつしか私は泣いていた。
 哀しいわけではなく、心身に有り難さが湧いて来たからこその涙である。

「ようわからんけど、信じて叶ったんなら、ええことやね」

 平淡な表情のいつもの調子で、漣さまは言った。
 そして、私がプレゼントした龍の刺繍が入った布で、私の涙を優しくぬぐってくれた。
 漣さま自らが、道具を使って他人のために手を動かすことも、普段なら有り得ないことである。
 でも今こうして、それは行われている。
 疑う余地もない。
 私は信じているし、信じたい。
 誰も死んだりしませんように。
 広い空の下、それを最も強く願って生きているのが漣さまであり、傍に仕えた私もその力を浴びたのだと。
 殺して燃やすだけしかできなかった毒炎の蚕が、浄められた羽を得ることができたのだと。
 心から、思いたいのだった。

「地に八州あり。朕、天の下した命により八州に生きる民の禍福に責を負う。尊き神々よ、これを嘉(よみ)し給え」

 翌日。
 水治め祭事の開始を、皇帝陛下が直々に宣言した。
 皇帝の責任の下、国を揚げて神さまを篤く奉るので、どうか喜んでお受けください。
 そんな祝詞が続き、生贄の動物の血を居並ぶ文武百官が口にすする真似をする。
 実際に生き血を飲むわけではなく、ポーズだけのようだ。
 伝染病とか怖いからね。
 祭壇の三方が布の幕で覆われ、酒と篝火が供えられる。
 いよいよ漣さまの祈祷と踊りである。
 私たち部屋付き侍女は祭壇の奥、幕で隠れた部分に黒子のように控える。
 強精酒を含ませた布巾で、漣さまの手足や衣服の表面を清める。

「漣さま、今日も素晴らしい女ぶりです」
「せやろ」

 弧氷(こひょう)さんに最後の励ましを受けて、漣さまが祭壇へと登る。
 垂れ幕はごく薄い生地なので、光と影の具合で漣さまがどのように祈り、踊っているのか、後ろに控える私たちにもわかる。
 ふわ、ふわっと風に舞う羽のように、柔らかく優しくしなやかに。
 すべての戒めから自由であるかのように、漣さまは生き生きと、楽しげに踊った。
 上空と遠方を見れば、晴れ間と雲が斑に混じる隙間から、梯子のような陽光が地に降ろされている。
 にわか雨でもありそうな空模様だな。 

「あ、雪」

 空と漣さまを交互に見ていたら、ちらちらと白く光る雪片が舞い降りているのに気付いた。 
 集まっている大勢の貴賓、官僚たちからどよめきの声が微かに聞こえる。
 雪が光を乱反射する、その視界の中心で、欠片の邪念もない巫女姫が、願い、祈りながら踊っている。
 この世の景色と到底思えないくらいに美しいと、全員が思っているに違いない。
 おそらく今季最後となるであろうこの降雪は、漣さまを愛でる龍の神さまからの、小粋なプレゼントだろうか。
 私は願う。
 きっと、漣さまも壇上で、同じことを祈ってくれている。

 誰も死んだりしませんように。

 誰もが幸せでありますように。

 血まみれの運命に翻弄された、私たちだからこそ。
 この願いと祈りの強さは、誰にも負けやしない。
 負けてたまるもんか。
 言葉だけでは表せない、とても大事なものを分かち合って。
 私は漣さまの侍女であることを終えて行く。

 ときは春。
 梅に続き、そろそろ桜が花開く。
 私が昂国に来て、一年が経とうとしていた。
 次の一年は、そしてその次の一年も。
 誰も、死んだりしませんように。
 誰も殺さずに、済みますように。
 涙にぼやけた視界で、そう祈る。
 踊る漣さまの影を幕越しに見つめながら、私は強く願うのだった。



(毒炎の侍女、後宮に戻り見えざる敵と戦う 
 ~泣き虫れおなの絶叫昂国日誌~ 第三部~  完)
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