この広いセカイでもう一度貴方に出会えたら

ニノハラ リョウ

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side M

もう離れない その3

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注)急に世界観及び登場人物が変わりますが、投稿ミスではありません。


 小さなドアベルがチリンと鳴る。
 開かれた扉からヒュルリと外の空気が流れ込んできた。

「いらっしゃいませー」

 カウンターに背を向けて、背後にある薬品棚に薬瓶を戻しながら、ちらりと店の入り口へ視線を投げれば、そこには見慣れた金色が在った。

「……おかえりなさい」

 今回も無事会えた事に安堵する気持ちが強すぎて、少しぎこちなくなる。

「ただいま。ユエ」

 そんな私の気持ちなどお見通しなのかもしれない彼が、穏やかな笑みを浮かべてこちらに近づいてくる。
 恐らくダンジョンで入手したのであろう、この辺りでは採れない珍しい薬草の束をカウンターの上に乗せながら、彼自身もカウンターに身を預けた。

「……怪我とか……ない?」

 既にカウンター越しでは彼の上半身しか見えないが、つと視線を這わせ傷の有無をチェックする。
 それはいつも彼がダンジョンから帰ってきた時にする私の習慣のようなものだ。
 冒険者風の服やマントに細かい埃や傷が付いているが、大きな傷や血痕などは見当たらない。
 その事実に安堵する。

「ん。大丈夫。流石『月下の魔女』のポーションはよく効くね。いつもありがとう」

 その言葉にほっと息を吐く。
 彼の言葉で、最前線から逃げ出した私が誰かの役に立っているのだと思えるから。

「ダンジョンの進捗はどう?」

 カウンターに用意してあった薬草茶用のポットを温めながらちらりと彼に視線を送ると、金色の瞳を柔らかく眇めて私を見ていた彼が口を開いた。

「まぁ、ぼちぼちってとこかなぁ。一応最下層のボス部屋前までは攻略し終わったとこ。聖花騎士団のところと、ローズデヴァンのところが今一番勢いがあって、そろそろラスボスに挑もうかって話が出てる。
 その時には『月下の魔女』特製のポーションが大量に欲しいって言ってたから、そのうちどっちのクランも薬草持って押しかけてくるかもな」

「えぇー。私以外にも生産レベルの高い人いるじゃないー」

「それだけ『月下の魔女』印はよく効くって評判なんだよ」

「もうっ! それはリンがみんなの前で私の薬を褒め殺したからじゃない」

 私の言葉に、金の瞳が僅かに歪む。

「そうなんだよなー。俺の恋人すげえんだぜって自慢するつもりだっただけなんだよなー。
 なのに、実際ユエのポーションに助けられたヤツも出てくると、そいつらの口コミが広がってさー。
 俺のユエなのに……」

 幼子が拗ねるように口の先を尖らせる美丈夫にくすりと笑みが漏れる。
 普段は頼りになるソロ冒険者として名を馳せている彼がそんな姿を見せるのは私の前だけだと知っているから。
 優越感……とでも言うのだろうか。彼が私だけに見せる色んな表情が嬉しい。

「何? ユエ、そんな笑って……」

「……ううん。なんか嬉しいなぁと思って。
 ……の私はそんな誇れるものも人に認められるものも持ってなかったから……」

 彼を可愛いと思った本心は照れくさいから隠してみたけど、ちょっと失敗したかもしれない。
 何故なら自虐的な私の言葉に彼の眉が悲し気に顰められたから。

「ユエ……。向こうの君には会った事ないけど、向こうの君だって素敵だったと思うよ」

「っ! そんな事っ……ないよ」

 思わず強い口調になって、慌てて頭を振る。

「私なんていてもいなくても一緒だったから……」

 両親も二つ上の姉と一つ下の弟がいればそれでよかった。手のかからない中間子へ与えられる言葉は『私達に迷惑だけはかけないで』それだけだった。

 高卒で何とか滑り込んだ職場でもそんな感じで。
 職場にいるほぼ全員の小間使い扱いで雑用だけを渡されて。日々大量に渡される雑用を熟せなければ無能扱い。
 上司の口癖は『お前の代わりはいくらでもいる』だった。

 そんな絵にかいたような両親に、ブラック企業に疲れ果てた時、私はこの世界で『ユエ』となった。
 
「そんなはずない。あちらの君と今俺の前にいるユエとの魅力に違いなんて……」

「少なくとも見た目は違うわね」

 リンの言葉を遮るように茶化してそう言えば、リンの眉間に僅かに皺が寄った。
 そっと伸ばされた指先が、私の顎のラインをなぞる。

「ユエ……君の向こうの名は……」

 その瞬間、ちりんと再びドアベルが鳴った。
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