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side H
もう離さない その2
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薄墨のように霞がかった夜空を見上げれば、猫の爪のような細い三日月が浮かんでいた。
吐く息は白く濁り、ふわふわと漂った後、力なく消えていく。
オフィス街の片隅にある公園は、帰宅ラッシュのこの時間、ぽっかりと世界から切り離されたかのようにひっそりしている。
そこへ、カツカツと跳ねるように近づいてくる女物のヒールの音がした。
その音に自分でも口角が上がるのがわかった。
「お待たせしちゃってごめんなさぁい!!」
弾むような、喜色と下心を満載したオンナの声が薄暗い夜を切り裂く。
敢えて入り口から背を向けていた身を翻し、声を掛けてきたオンナを見れば、ソイツはやはりあの邪魔なオンナだった。
その姿にますます口角が上がる。それを笑顔と勘違いしたのか相手の笑みも深くなる……が、その笑みはぎしりと不自然に硬直した。
「お前……誰?」
俺の、熱の一片も込められていない言葉によって。
「だ、誰って……。ユイですよぉ。
今日カフェでわたしに連絡先くれたのそっちじゃないですかぁ。
おにーさんイケメンだから、せっかくユイ返事してあげたのにぃ。
たいど悪くないですかぁ?」
あざとく上目遣いでこちらを見上げてくるオンナに冷笑が漏れる。
「っ! おにーさんホントかんじわるぅ!!
ユイもう帰るっ!!」
こちらの態度が思っていたものと違ったせいか、くるりとこちらに背を向けそんな言葉が出るも、内心引き止められる事を期待しているのが丸わかりだ。
「……待てよ」
俺の制止に嬉しそうに振り返ったのがその証拠だろう。
じりっと一歩だけ距離を詰めると、オンナの目が期待に潤んだ。
……が、すぐにその顔色は青ざめ、一歩一歩後ずさっていく。
「待てって言ってるだろう? 丹羽ユイ。
大体あのメモはお前に渡したんじゃない。分かってんだろ?」
あの世界から帰ってきて、行く前と一つだけ大きく変わった点がある。
あの、ある意味殺伐とした、容赦ない、命のやり取りが日常だったあの世界で一年という時を過ごした結果。
平和ボケしたこの世界では必要のない、人を威圧するような、恐怖を感じさせるような気配、いわゆる殺気と呼ばれる類のものが出せるようになったことだ。
これがまた効果覿面で、この世界しか知らない、普通に生活しているような人間によく効く。
もちろん武道を嗜んでいたり、この世界でも身体と命を張るような職に就いている人間にはあまり効果はないが。
まぁ、何が言いたいかというと。
この殺気は、このオンナみたいな人間には非常によく効くと言う事だ。
少々ぶつけてみただけで、顔は青ざめ身体は僅かに震え始めた。
「で、でもっ!! おにーさん、美月さんにあのメモ渡した時言ってたじゃないですかぁ!!」
「へぇ? なんて?」
「『連絡待ってる。……ユイ』って!! だからわたし……ひっ!」
少しだけ圧を高めて、オンナに近づく。
身長差ゆえにオンナを見下ろすような形となって、俺の頭で街頭の光が遮られ、恐怖に彩られたオンナの顔に影が差す。
「勝手に記憶改竄してんじゃねぇ。アレはユエに言ったんだ。あのメモもユエ宛なんだよ。
間違ってもお前じゃねぇ」
「ひぅ!で、で、で、でもっ!それならそれで宛先違いですもん!
あの人ユエなんて名前じゃないですもん!おにーさんが人違いするのを未然に防いだんですよわたしっ!」
えらくないですかぁと戯言をほざくオンナだったが、その身体は相変わらず小刻みに震えている。
「へぇ。じゃああのもう一人の店員さんなんて名前なの?」
敢えて優し気な声色で問い質す。
「美月さん!雨宮美月さんです!
も、もうこれで良いですよね?か、帰りますっ!」
美月。
その名は確かに彼女に相応しい。
柔らかな光で人々を優しく照らす、美しい月のような彼女に。
口の中でだけその名をころりと転がせば、その甘さに鼓動が速まる。
必ず……俺の手の中に……。
その為にも。
「……待てよ」
吐く息は白く濁り、ふわふわと漂った後、力なく消えていく。
オフィス街の片隅にある公園は、帰宅ラッシュのこの時間、ぽっかりと世界から切り離されたかのようにひっそりしている。
そこへ、カツカツと跳ねるように近づいてくる女物のヒールの音がした。
その音に自分でも口角が上がるのがわかった。
「お待たせしちゃってごめんなさぁい!!」
弾むような、喜色と下心を満載したオンナの声が薄暗い夜を切り裂く。
敢えて入り口から背を向けていた身を翻し、声を掛けてきたオンナを見れば、ソイツはやはりあの邪魔なオンナだった。
その姿にますます口角が上がる。それを笑顔と勘違いしたのか相手の笑みも深くなる……が、その笑みはぎしりと不自然に硬直した。
「お前……誰?」
俺の、熱の一片も込められていない言葉によって。
「だ、誰って……。ユイですよぉ。
今日カフェでわたしに連絡先くれたのそっちじゃないですかぁ。
おにーさんイケメンだから、せっかくユイ返事してあげたのにぃ。
たいど悪くないですかぁ?」
あざとく上目遣いでこちらを見上げてくるオンナに冷笑が漏れる。
「っ! おにーさんホントかんじわるぅ!!
ユイもう帰るっ!!」
こちらの態度が思っていたものと違ったせいか、くるりとこちらに背を向けそんな言葉が出るも、内心引き止められる事を期待しているのが丸わかりだ。
「……待てよ」
俺の制止に嬉しそうに振り返ったのがその証拠だろう。
じりっと一歩だけ距離を詰めると、オンナの目が期待に潤んだ。
……が、すぐにその顔色は青ざめ、一歩一歩後ずさっていく。
「待てって言ってるだろう? 丹羽ユイ。
大体あのメモはお前に渡したんじゃない。分かってんだろ?」
あの世界から帰ってきて、行く前と一つだけ大きく変わった点がある。
あの、ある意味殺伐とした、容赦ない、命のやり取りが日常だったあの世界で一年という時を過ごした結果。
平和ボケしたこの世界では必要のない、人を威圧するような、恐怖を感じさせるような気配、いわゆる殺気と呼ばれる類のものが出せるようになったことだ。
これがまた効果覿面で、この世界しか知らない、普通に生活しているような人間によく効く。
もちろん武道を嗜んでいたり、この世界でも身体と命を張るような職に就いている人間にはあまり効果はないが。
まぁ、何が言いたいかというと。
この殺気は、このオンナみたいな人間には非常によく効くと言う事だ。
少々ぶつけてみただけで、顔は青ざめ身体は僅かに震え始めた。
「で、でもっ!! おにーさん、美月さんにあのメモ渡した時言ってたじゃないですかぁ!!」
「へぇ? なんて?」
「『連絡待ってる。……ユイ』って!! だからわたし……ひっ!」
少しだけ圧を高めて、オンナに近づく。
身長差ゆえにオンナを見下ろすような形となって、俺の頭で街頭の光が遮られ、恐怖に彩られたオンナの顔に影が差す。
「勝手に記憶改竄してんじゃねぇ。アレはユエに言ったんだ。あのメモもユエ宛なんだよ。
間違ってもお前じゃねぇ」
「ひぅ!で、で、で、でもっ!それならそれで宛先違いですもん!
あの人ユエなんて名前じゃないですもん!おにーさんが人違いするのを未然に防いだんですよわたしっ!」
えらくないですかぁと戯言をほざくオンナだったが、その身体は相変わらず小刻みに震えている。
「へぇ。じゃああのもう一人の店員さんなんて名前なの?」
敢えて優し気な声色で問い質す。
「美月さん!雨宮美月さんです!
も、もうこれで良いですよね?か、帰りますっ!」
美月。
その名は確かに彼女に相応しい。
柔らかな光で人々を優しく照らす、美しい月のような彼女に。
口の中でだけその名をころりと転がせば、その甘さに鼓動が速まる。
必ず……俺の手の中に……。
その為にも。
「……待てよ」
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