この広いセカイでもう一度貴方に出会えたら

ニノハラ リョウ

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もう離さない その3

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 この場から逃げようと後ずさっていたオンナの身体が大きく震える。

「同僚の個人情報、あっさりバラすとか、随分躾のなってないヤツだな。
 まぁ、他人宛のメモを抜き取って着服するくらいだもんなぁ。
 ……そんな程度の低い女が美月の側にいるとか……許せねぇよなぁ」

 ニヤリと口元に笑みを刷く。

「そ、それくらいみんなやってるわよっ!!」

 悔し紛れのオンナの台詞を聞き流しながら、スマホを操作して一枚の写真を女に突きつける。

「な、何よ……ひっ!! な、な、なんでこんな写真アンタが持ってるのよ!!
 消しなさいよ! 今すぐ消してっ!!」

 スマホを取ろうと飛びかかってくるオンナを躱しながら、次々と写真を流していけば、それを見たオンナの顔色はどんどん悪くなっていく。

「いいご趣味だよなぁ。うわぁ、こっちは乱交プレイかよ、えっぐぅ。ウリ有りのパパ活って今ここまですんのなぁ。
 二年俗世を離れてる間に随分と……いや昔からこんなもんか? まさに淫売。
 で? 既婚者の大学講師に手を出して、大学側にバレて大学は中退、相手の男は奥さんに土下座して元サヤ、その奥さんから慰謝料を請求されて、昼はカフェの店員、夜はパパ活で勤労奉仕している丹羽ユイさん?」

 トトンとステップを踏んでオンナから距離を取れば、肩で荒い息を吐くオンナが苦しげにこちらを睨みつけていた。

「な、何よ何よっ! わたしのこと調べたの?! キモっ! マジでキモっ!!
 ストーカー? ストーカーなの?! イケメンだからって調子のんなよ!」

 確かに女性に受ける顔だという自覚はあるが、調子に乗った記憶はないんだがなぁ。

「言葉に気をつけろよ丹羽ユイ。
 これはお前が美月からメモを盗らなければ起こらなかった事だ。嘆くなら自分の愚かさを嘆くんだな。
 お前がこれから出来ることは二つだけだ。
 あのメモを本来受け取るべき人間に渡す事と、渡した後は彼女の前に二度と姿を現さない事だ」

「な、何言ってんの? カフェ辞めろって事?」

 その言葉に敢えて笑みを浮かべるだけにする。
 今日短い時間カフェで見ていただけでも、このオンナの美月への態度は酷いものだった。
 顔の良い男性客の対応以外は美月に押し付け、サボる姿を頻繁に目にしていた。
 ランチタイムというカフェの稼ぎ時に、忙しなく動く美月への負担が物凄いことになっていた。
 極め付けは、俺がタイミングを図って美月へオーダーしようとした時に、このオンナは美月を肘でついて押しのけたのだ。
 恐らくかなりの力が入っていたのだろう。
 苦痛に歪む美月の顔を見た瞬間、このオンナへの殺意が溢れそうになった。

 こんなオンナを美月の側に置いてなどおけるか。

 このオンナから連絡が来て、美月にメモが渡ってないと明らかになった時から、このオンナは排除の対象だった。
 
「だって美月を見てるとイライラするんだろ?
 ……お前をあっさり捨てた大学講師の妻にタイプが似てるから。
 そんなどうでもいい理由で美月に八つ当たりするような人間……いらねぇんだよ」

「ひぃぃ!?」

 ガクンと腰を抜かしたオンナを冷たく睥睨する。

「分かったな? メモは必ず美月に渡せ。そして彼女の前から消え失せろ。
 さもないと……」

 一歩一歩と歩みを進めオンナに近づきながら、既に暗くなっていたスマホの画面をコツコツと指先で叩けば、何が起こるか理解したのだろう。
 こくこくと激しく首を縦に振ったので、そのままオンナの横を通り過ぎる。

 もしあのオンナが美月に連絡先を渡さなかった時は……。
 何度でもあのカフェに通うだけだ。
 それにフルネームが分かったので、に頼めばある程度の情報収集も出来るだろう。
 まぁ、理想はあのオンナが約束通り美月にメモを渡して、彼女がすぐに連絡をくれる事なんだが……。
 そう都合良く話が進んだ時の為にも準備は整えておこう。なら何かいい手段を知っていそうだ。

 ……もう二度と逃さないように、もう二度と離さないように。

 地下鉄の入り口目指して歩いていると、スマホが震え着信を告げた。
 表示された名を見て、通話ボタンを押す。

「は…『にゃふー! リンにゃん首尾はどうかにゃーん?』

 あの世界でも頻繁に聞いていたマヌケな語尾が、スピーカーにしていないにも関わらず漏れ聞こえてくる。

「声でけぇよ、猫。てか普通にキメぇ。
 あー首尾か。まぁなんとか。
 助かったよ猫。あのアカウントだけであそこまで引っ張り出せるとは……流石だな」

『ふふーん! もっと褒めるにゃ!!
 で? でで? ユエにゃんと会えそうにゃのか?』

「あぁ、たぶんな。あのオンナもそこまでバカじゃないだろう」

『乱交写真撮らせて、その行方に無関心にゃおんにゃって、バカの底辺以外のにゃにものでもにゃい気がするのは気のせいかにゃ?』

 猫の言葉に一抹の不安が過ぎる。

「……それもそうだな」

『だにゃん。まぁ、リンにゃんイジってもしょうがにゃいにゃん。
 そのおんにゃがちゃんとお使いできるよう神に祈っとくにゃん。
 ユエにゃんと連絡ついたら、店に連れてくるにょを忘れにゃいにゃんよー。
 コロにゃんやクマにゃん達も会いたいってゆってたにゃん!』

「……わかったよ。まぁ、行けたら行く」

『それ、こにゃいヤツのセリフだにゃん!
 ユエにゃん監禁! ダメ! 絶対っ!! にゃん!!』

 猫の大声に思わずスマホを耳から話す。
 それでもギャンギャン漏れてくる猫の声に辟易しながら、アイツらの気持ちも分からんでもないので、にゃんにゃんうるさい猫の叫びが落ち着いたタイミングで口を開く。

「わーった、わーった。監禁はしねぇよ。……多分な」

 俺が付け加えた最後の一言に、再び噛み付くような猫の声が聞こえてきたが、それを無視して終話ボタンを押す。
 シンと静まり返ったスマホの画面が真っ暗になって、鏡のように持ち主の顔を写す。

 そこにはギラギラと目を不穏な光で輝かせ、自分を切り捨てようとした最愛の彼女を分からせる為のあれやこれやを考える、欲望に忠実なけだもののような男の顔が写っていた。
 

 
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