この広いセカイでもう一度貴方に出会えたら

ニノハラ リョウ

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side H

もう離さない その4

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「――――っ!! どいてっ!!」

 瞬間、衝撃と共に体が横に吹っ飛んだ。

「っなっ!?」

 誰かに突き飛ばされたと理解した途端、俺がさっきまで立っていた所をドラゴンのブレスが焼き払っていく。

 くるりと受け身をとって、体勢を低くしたまま周囲を見渡せば、ブレスに追い立てられるよう散らばっていく他のメンバーが見えた。
 そして、一人ドラゴンの前に立つ女性。
 おもむろに回復職ヒーラーに人気の魔石が付いた杖を高く掲げたかと思えば、

「『範囲回復エリアヒール』!」

「なっ! バカかっ!!」

 ゲームでよくある回復職ヒーラーを先に潰すセオリーは、この世界のモンスターにも当て嵌まる。
 特に回復範囲が広ければ広いほど、回復量が多ければ多いほど、モンスターからのヘイトが溜りやすい。
 その為、大抵の回復職は盾役プロボーグの出来る仲間と組んで、自分にヘイトが溜まらないよう立ち回るものだ。

 だからこそドラゴンの前に一人で立って、ドラゴンの生息していたボス部屋全体に行き渡るような広範囲の回復魔法をかけるなんぞ、正気の沙汰ではない。狙ってくれと言っているようなものだ。

「っ! バカがっ! 死にたいのかっ!?」

 先程までの闘いで消耗していた体は、彼女の範囲回復エリアヒールを受けたとしても動くにはまだ掛かりそうだ。
 それでもあの死にたがりの女をどうにかせねばと、意志の力で立ち上がろうと足掻く。
 
 ガァぁぁぁぁぁあ!!

 俺達を蹂躙しようとしていたドラゴンが、邪魔された事に憤りの咆哮を上げた。
 ビリビリと刺すような空気の中、ドラゴンの咆哮で彼女の黒いワンピースの裾がはたはたと翻る。
 長い黒髪をふわりと揺らして一瞬だけこちらを振り返った彼女の顔は……笑みを浮かべていた。

「くそがっ!」

 愛剣を地面に突き刺し何とか立ち上がるも視界の隅で明滅している体力ゲージは危機的状況を僅かに脱したくらいしか残っていない。

 にこりと笑んだ彼女がドラゴンと向き直ると、ドラゴンは今まさにブレスを吐こうとその咢を開く。
 
「避けろっ!! 死にたいのかっ!?」

「『神々しき柩セラフィックコフィン』」

 厳かな程に落ち着いた彼女の言葉に、ドラゴンを覆うほどの聖なる力が顕著する。それは回復職が使える現時点で最上級と言われる聖魔法で、実際に使える人間を見るのは初めてだった。
 見る間にそれはギュンギュンとサイズを減らし、ドラゴンを雁字搦めに閉じ込めていく。
 その魔法は文字通り対象を聖なる棺へ閉じ込めるもので、アンデット系であれば一撃で消失する。
 それ以外のモンスターにも効果はあるが、流石に即死まではいかない。だが、対象は捕縛されたように動けなくなるので、その間にタコ殴りに出来るなど、使いどころの良い魔法だと言われている。
 ……魔力消費量が半端ないのと、スキル取得の面倒くささで、嫌厭されているが。
 実際、俺も見るのは初めてだ。
 気付けばドラゴンは、なすすべなく聖なる力に覆われた棺の中で彫刻のようになっていた。

「行くぞっ!ユエのスキルが活きている間にヤツの首を落とせっ!!」

 熊吉の濁声がボス部屋に響く。
 あぁ、アイツも無事だったかと安堵しつつ、得物の大剣を掴み直した。

「あ、そこの人ちょっと待って」

 そう声を掛けてきたのは先ほどスキルを発動した彼女だ。

「貴方、みんなを庇ってて被ダメが多かったから、さっきの範囲回復エリアヒールじゃ全然足りないでしょ?
 回復ヒール掛けてあげたいのは山々なんだけど、私も今ちょっと魔力が枯渇気味だから、こっちのポーション飲んで」

 あのスキルを使ったんならそうなるだろうな、と思いつつ渡された物を受け取り、それが何かを認識して流石に動揺して、渡された物を落としそうになる。
 軽い感じで手渡されたのは上級ポーションだった。
 上級ともなると前線を走っている俺らでもなかなか手に入りにくい品物だ。それをほいほい渡されてしまい、困惑してしまう。

「……いや流石に上級ポーションをタダで貰う訳には……」

「あ、それ私が作ったのだから気にしないでジャンジャン飲んじゃって。
 味の保証はしませんが、この世界味覚がないので問題ないです。
 ほらほら早く飲んであっちに参戦しないと、肉球堕天使にゃんが首を落としちゃいそうですよ?」

 そう彼女が指さす方を見ると、テンション高めな猫娘が嬉々として身動きの取れないドラゴンに爪を走らせていた。

「……すまん、助かる」

「いえいえ」

 くっとポーションの瓶を煽ると、口の中を無味無臭の液体が流れていく感覚だけがあり、ほわりと身体が優しい光に包まれた。
 視界の端の体力ゲージを見れば、ほぼ満タンに回復している。

「あとで何か礼を……」

 得物を担ぎなおして振り返れば、彼女の姿は既に次の要救護者の方へ向かっていた。
 その凛とした後ろ姿に、胸が騒めいた。
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