その感情が足りてない

一片澪

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03.その男、ノンケなり?①

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「新顔ですか?」

今入って来た男がテーブル席に座ったのを視界の端で見届けてから、祥司はカウンターのケイと視線を合わせて少し低めの声で尋ねる。
すると、グラスを磨いていたケイは一旦手を止めてから軽く頷いた。

「そうだな。遅れて入って来た方は先月辺りから顔を見るようになった。……酒の飲み方もスタッフへの対応も悪くない男だ」
「そうですか」

酒は良くも悪くも人間の本性を炙り出す。
よく「飲まなければ良い人なんだけど……」と言った表現を耳にするが、祥司はそうは思わない。
酒を飲んで理性や自制心の防波堤が少し緩んだ時に出て来る面が「本性」だと考えているからだ。

そして、店員への態度にも人間性は確実に出る。
普通に生きているだけでも色々な人間を目にするが、同僚や友人には優しくても店員や駅員など仕事の立場上、どれだけ非がなくとも頭を下げなければならない相手に対して上から行く奴が祥司は本気で嫌いだった。
そんなことを考えている祥司に、ケイは続ける。

「もう一人の先に居た男は――恐らく初めてだと思うが……」
「? 珍しいですね、ケイさんがそんな風に言葉を濁すの」
「断言出来ないが、馴染みの顔ではないな」

夜の街で酒を取り扱う店を経営しているプロの記憶力は、半端ではない。
勿論人によるとは思うが、ケイもアキも一度見れば大抵の人間のことを覚えていて客である祥司に対して何かを言うことはないが、特定の誰かが来るとそれとなく警戒するような視線を送ることもある。

それに問題を起こして出禁にした人間が少しの間を置いて髪色や服装を変えて再来店しても、軽く見抜いてアッサリと追い出したりもしている。

そのことを思うと「ショウジ」を新顔だと断言しない今のケイは珍しかった。
だが、失礼を承知の上で言うと特別目を引く男にも見えなかったので記憶に残らなかっただけかもしれない。

そう思った祥司はその二人組のことから思考を切り離して、別のことを考える。
すると先ほど入って来た男からのドリンクのオーダーを取って届けた後、奥でフードメニューの調理をしていたアキが戻って来てさらりと話題を振って来た。

「部屋とかはもう片付いたの?」
「はい、すっかり」
「こういう時持ち家って不便よねえ~、サッパリ引っ越して心機一転! ってなるとどうしても腰が重くなっちゃうし」
「ははは」

少し困り顔で言ったアキに、祥司は曖昧な返事しか出来なかった。

祥司は母子家庭で育ったが、大切な唯一の肉親である母は数年前に病で他界している。
亡くなった母は、大人になった今すごさが身に染みて理解出来るほどバリバリのキャリアウーマンで、亡くなる少し前に新築のマンションを買っていた。

そしてそれとは別に保険金も遺しており、まるで自分の未来が数年前から視えていたのでは? というほどすべての段取りを整えて、私生活でも合理的だった母らしく軽やかに逝ってしまったのだ。

祥司にとってこれからの人生の大半を過ごすであろう今住んでいるマンションの認識は、どこまで行っても『母が遺してくれた大切な場所』であり『元カレと一緒に暮らした思い出ある場所』ではない。

だから、言ってしまえば思い入れの方向性が全くもって違う。――それがまた自分の薄情さを痛感させて来るから辛かった。

「まあ、落ち着くまではちょくちょく顔を見せてくれると嬉しい」
「ありがとうございます」

自宅マンションのことは曖昧にしか話していないので、二人は母からの遺産であることを知らない。
知っていたらアキは先ほどのようなことは絶対に言わない人なのだ。

確かに付き合いはそれなりに長いし、色々なことを話すから親しいけれど……口にする話題は選んでいるし、相手も必要以上には踏み込んで来ない。
その絶妙な線引きの感覚が一致しているからこそ、この店は祥司にとってとても大切な場所だった。

手元の酒を飲みながらそんなことを考えていると、一つ席を離れた位置に誰かがやって来る。

「すみません、注文宜しいですか?」

特別低いわけでも高いわけでもない平均的な声のはずなのに、何故かとても聞き取りやすい声質。
何より角のない物腰柔らかな口調を聞いて、祥司は「ショウジ」が隣に来たことを、視線を向けなくても理解した。

「あらヤだ。呼んでくれれば行ったのにー、わざわざどうも」

カウンター席の人間がするオーダーは、当然二人がすぐ傍にいるので簡単に済む。
だが、少しだけ離れた位置にあるテーブル席からオーダーをする時は、軽く声を掛けたりアイコンタクトでケイかアキを呼ぶ人間の方が多かった。
そんなこともあって、わざわざ自分からやって来たショウジにアキは微笑む。
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