その感情が足りてない

一片澪

文字の大きさ
7 / 49

07.カクテル言葉を知っているか?①

しおりを挟む
「じゃあ東海林くん、さっき電話がかかって来て出て行った人が『出向先でお世話になった先輩』?」

つい数分前に「紛らわしいけど祥司は祥司で定着しているから、アナタは“東海林くん”って呼ぶわね!」と軽やかに宣言したアキから掛けられた言葉に、東海林はグラスを丁寧に置きながら小さく首を振った。

「いいえ、先ほど出て行った青木さんは同じチームの先輩ですね。今年の四月に出向先から本社に戻って来て以降面倒を見てもらっています」
「へえ~、因みに何処に出向してたか聞いても大丈夫~?」

軽い口調のアキが、作業をしつつも東海林の表情を確認しながら問う。
きっと東海林が少しでも言い淀んだり、踏み込まれるのを嫌がる素振りを見せれば即話題を変えるつもりなんだろう。

しかし東海林は穏やかな表情を一切崩すことなく、ゆったりとした雰囲気を維持したまま柔らかい声で答える。

「大阪です。二年間、現場を回って色々勉強していました」
「あらー、そうなの」

さらりと答えた東海林の言葉を受けて、アキは踏み込むのはここまでと決めたようだ。
そして会話をしていた東海林もアキの意図と気遣いに気付いたようで、心なしか嬉しそうに微笑む。

その会話を静かに眺めていた祥司は、中堅規模の広告代理店でプランナーとして勤めていることもあり、職業柄磨き上げた観察眼から東海林が鈍感な人間ではないことに気付いた。

――空気を読む力もある。
野暮ったい見た目に反して、鈍感なタイプではないようだ。
それに大阪に出向して東京の恐らく本社に戻って来たということは、それなりの会社に勤めているのだろう。

そんな分析をした祥司が何かを言うより先に、ふと東海林が顔を上げる。

「失礼します、お手洗いはどちらでしょうか?」
「トイレならあそこよ。あの突き当りにあるわ」
「すみません、少し失礼しますね」

手元のグラスを空にしてから小さく礼をして腰を上げた東海林が、迷いのない足取りで歩いていく背中を祥司はちらりとだけ見て、カウンター内の二人に視線を戻す。

戻して、口を開くより先にアキに声を掛ける男がいた。

「あの、すみません。先ほどまであのテーブル席で飲んでいた男は――もう帰りましたか?」

少し慌てた様子で言った男性を見てケイとアキ、そして祥司も「ああ」とすぐに察する。

――青木さん、だったか。

たまたま横に座っただけの自分より、店のスタッフである二人が対応した方が自然だと判断した祥司が様子を窺っていると、アキが愛想よく笑いながら答えた。

「東海林くんなら今お手洗いよ。すぐ戻って来ると思うわ」
「そうですか、それは良かった。でももう馴染んでいるんですね……流石だな」

はは、と人の良さそうな笑顔を浮かべる青木にケイが答える。

「物腰が柔らかくて、とても綺麗な飲み方のお客様ですね。是非今後とも贔屓にしてもらいたいものです」
「そうでしょう? ああ見えて切れ者で、何より意外とモテるんですよ」

椅子を勧められたが丁寧な仕草で断った青木を見ながら、アキは「なんか分かるわぁ~」と感情のこもった言葉を漏らした。

「東海林くんみたいなタイプって『彼の良さを理解出来るのは私だけ!』みたいなコに深く好かれそうなニオイがするわねえ」
「まさにそれですよ。告白してくる相手は皆、覚悟を決めた本気の子ばっかり。……でもまあ、何故か誰とも付き合ってないんですけどね」

アキさんの言ってること……なんか分かる気がするな、と祥司が無言のまま聞いているとトイレから話題の中心になっていた本人が戻って来る。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】 人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。 その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。 完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。 ところがある日。 篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。 「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」 一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。 いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。 合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

幸せな復讐

志生帆 海
BL
お前の結婚式前夜……僕たちは最後の儀式のように身体を重ねた。 明日から別々の人生を歩むことを受け入れたのは、僕の方だった。 だから最後に一生忘れない程、激しく深く抱き合ったことを後悔していない。 でも僕はこれからどうやって生きて行けばいい。 君に捨てられた僕の恋の行方は…… それぞれの新生活を意識して書きました。 よろしくお願いします。 fujossyさんの新生活コンテスト応募作品の転載です。

宵にまぎれて兎は回る

宇土為名
BL
高校3年の春、同級生の名取に告白した冬だったが名取にはあっさりと冗談だったことにされてしまう。それを否定することもなく卒業し手以来、冬は親友だった名取とは距離を置こうと一度も連絡を取らなかった。そして8年後、勤めている会社の取引先で転勤してきた名取と8年ぶりに再会を果たす。再会してすぐ名取は自身の結婚式に出席してくれと冬に頼んできた。はじめは断るつもりだった冬だが、名取の願いには弱く結局引き受けてしまう。そして式当日、幸せに溢れた雰囲気に疲れてしまった冬は式場の中庭で避難するように休憩した。いまだに思いを断ち切れていない自分の情けなさを反省していると、そこで別の式に出席している男と出会い…

共の蓮にて酔い咲う

あのにめっと
BL
神原 蓮華はΩSub向けDom派遣サービス会社の社員である。彼はある日同じ職場の後輩のαSubである新家 縁也がドロップしかける現場に居合わせる。他にDomがいなかったため神原が対応するが、彼はとある事件がきっかけでαSubに対して苦手意識を持っており…。 トラウマ持ちのΩDomとその同僚のαSub ※リバです。 ※オメガバースとDom/Subユニバースの設定を独自に融合させております。今作はそれぞれの世界観の予備知識がないと理解しづらいと思われます。ちなみに拙作「そよ風に香る」と同じ世界観ですが、共通の登場人物はいません。 ※詳細な性的描写が入る場面はタイトルに「※」を付けています。 ※他サイトでも完結済

死ぬほど嫌いな上司と付き合いました【完結】

三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。 皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。 涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥ 上司×部下BL

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

【R18+BL】空に月が輝く時

hosimure
BL
仕事が終わり、アパートへ戻ると、部屋の扉の前に誰かがいた。 そこにいたのは8年前、俺を最悪な形でフッた兄貴の親友だった。 告白した俺に、「大キライだ」と言っておいて、今更何の用なんだか…。 ★BL小説&R18です。

処理中です...