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17.この香りであってこの香りではない。①
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翌日の土曜日、平日の寝不足を補うようにいつもより少し遅めに起きた祥司は顔を洗って簡単な食事をとった後に週末の予定を脳内で組み立てる。
少し前までは同棲解消の影響で家の中を整理したり、仕事の忙しさにかまけて家事を怠ったりしていた分の帳尻合わせで消えていた時間がぽっかり空くと何をしたら良いのかすぐには浮かばない。
しかし、一日中家でダラダラ過ごす気分ではなかったので外出することだけは早々に決定していた。
洗面所の大きな鏡の前で身嗜みを整え、以前までは習慣になっていたけれど最近は省いていた工程を祥司はふと思い出す。
「(香水……)」
祥司が最近――そう、元カレと別れるまでは使用していた香水の硝子瓶がバニティシェルフにまだ並んでいる。
それは元カレから『祥司のイメージに合うと思って買って来た。一緒に使おう!』と言ってプレゼントされたものだ。
シトラスにバニラが重なる万人受けする王道の香りは、正直なところ嫌いではなかったけれど特に好きでもなかった。
「(自分で金を出して選ぶかっていうと、選択肢にも上がらないな。実際別れてからは一度も付けていないし)」
それだけを思って、祥司は久し振りにそのボトルを手に取った。
残りはあとほんの少しだけ。
それでも、「ちゃんと使い切って捨てる」という選択肢が浮かばない祥司は、自治体の規定に沿った方法を調べて後でちゃんと処分しようと考え、それを持ってダイニングまで移動する。
外出中にこれの存在を忘れても、帰宅してテーブルの上に置いてあったら流石に思い出すだろう。
「香水」
香水について考えると、どうしても昨夜の東海林のあの重厚感のある香りが思い出される。
嗅いだのはほんの一瞬のことだったのに、不思議なほど記憶にしっかりとこびり付いてしまった付ける人を明らかに選ぶ香りの正体を、祥司はまだ思い出せない。
「……買いに、行くか。必要な物だもんな」
誰もいない部屋でまるで言い訳のように呟いてから、祥司はよく買い物をする新宿の百貨店のメンズ館に行くことにした。
付け過ぎて香害になったら本末転倒だが、職業柄クライアントとも接する機会が多い祥司にとって香りは重要な身嗜みの一つでもある。
別に答え合わせをしに行くのではない。
自分は、自分の必要な物を買いに行くだけだ。――祥司はそう結論付けて、家を出た。
***
欲しい物が決まっているのならそのブランドや専門店に直行するが、祥司は今日「今の自分に合っていて純粋に好きだな」、と思える香水を探しに来たので複数ブランドを扱うフレグランスコーナーに向かう。
様々なデザインのボトルが並ぶその一角は土曜日ということもあり少しだけ混んでいたが、逆にそれがこちらが呼ぶ前に店員に声を掛けられる可能性を下げてくれるから入りやすい。
「(……何にしようか)」
自分で香水を選ぶのは、約二年ぶりだ。
その前に使用していた香水のブランドと名前は当然憶えているが、二十九歳になった自分の今を思うともう少し落ち着きが欲しい。
価格帯とブランドのランクごとに少しずつ展示されているボトルたちを眺めながら、祥司は無意識にボトルの横に立てられている小さなカードを流し見しつつ『サンダルウッド』の言葉を探していた。
「(……コレでは、ないな)」
あまり試香紙に振って直接嗅ぎすぎると鼻がすぐに馬鹿になるから、祥司はボトルを手に取ってキャップを開けてそこからの香りだけを確認し始める。
その動作を数回続けているとこれだ! と断言できる物を見付けた。
ブランド名と製品名を見て確信を深めた祥司が「そういえばこんな名前の製品だったな」と思いながら、カードに書いてある説明書きを読む。
そこには昨日の夜に確かに感じた「サンダルウッド」と「ウード(沈香)」も書かれているから、間違いはないだろう。
――でも。
間違いないのは理解出来たし、喉に引っ掛かっていたようなもどかしさも消えた。
しかし、昨日祥司が嗅いだのは……この香りであってこの香りではない。
香水は付ける人が持つ自然な体臭と体温とが混ざり合って完成されるものだから、昨日の夜に感じたものと全く同じ香りを探すことはとても難しい。
そこまで考えて、祥司はボトルを少し性急な動作で元あった場所に置いて、心の中だけで叫んだ。
「(だからっ! 俺は、今日、自分の分を買いに来たんだよ!!! いくら商品名を当てられなくて気になってたからって、ここまで探すのはおかしいだろうが!)」
少し前までは同棲解消の影響で家の中を整理したり、仕事の忙しさにかまけて家事を怠ったりしていた分の帳尻合わせで消えていた時間がぽっかり空くと何をしたら良いのかすぐには浮かばない。
しかし、一日中家でダラダラ過ごす気分ではなかったので外出することだけは早々に決定していた。
洗面所の大きな鏡の前で身嗜みを整え、以前までは習慣になっていたけれど最近は省いていた工程を祥司はふと思い出す。
「(香水……)」
祥司が最近――そう、元カレと別れるまでは使用していた香水の硝子瓶がバニティシェルフにまだ並んでいる。
それは元カレから『祥司のイメージに合うと思って買って来た。一緒に使おう!』と言ってプレゼントされたものだ。
シトラスにバニラが重なる万人受けする王道の香りは、正直なところ嫌いではなかったけれど特に好きでもなかった。
「(自分で金を出して選ぶかっていうと、選択肢にも上がらないな。実際別れてからは一度も付けていないし)」
それだけを思って、祥司は久し振りにそのボトルを手に取った。
残りはあとほんの少しだけ。
それでも、「ちゃんと使い切って捨てる」という選択肢が浮かばない祥司は、自治体の規定に沿った方法を調べて後でちゃんと処分しようと考え、それを持ってダイニングまで移動する。
外出中にこれの存在を忘れても、帰宅してテーブルの上に置いてあったら流石に思い出すだろう。
「香水」
香水について考えると、どうしても昨夜の東海林のあの重厚感のある香りが思い出される。
嗅いだのはほんの一瞬のことだったのに、不思議なほど記憶にしっかりとこびり付いてしまった付ける人を明らかに選ぶ香りの正体を、祥司はまだ思い出せない。
「……買いに、行くか。必要な物だもんな」
誰もいない部屋でまるで言い訳のように呟いてから、祥司はよく買い物をする新宿の百貨店のメンズ館に行くことにした。
付け過ぎて香害になったら本末転倒だが、職業柄クライアントとも接する機会が多い祥司にとって香りは重要な身嗜みの一つでもある。
別に答え合わせをしに行くのではない。
自分は、自分の必要な物を買いに行くだけだ。――祥司はそう結論付けて、家を出た。
***
欲しい物が決まっているのならそのブランドや専門店に直行するが、祥司は今日「今の自分に合っていて純粋に好きだな」、と思える香水を探しに来たので複数ブランドを扱うフレグランスコーナーに向かう。
様々なデザインのボトルが並ぶその一角は土曜日ということもあり少しだけ混んでいたが、逆にそれがこちらが呼ぶ前に店員に声を掛けられる可能性を下げてくれるから入りやすい。
「(……何にしようか)」
自分で香水を選ぶのは、約二年ぶりだ。
その前に使用していた香水のブランドと名前は当然憶えているが、二十九歳になった自分の今を思うともう少し落ち着きが欲しい。
価格帯とブランドのランクごとに少しずつ展示されているボトルたちを眺めながら、祥司は無意識にボトルの横に立てられている小さなカードを流し見しつつ『サンダルウッド』の言葉を探していた。
「(……コレでは、ないな)」
あまり試香紙に振って直接嗅ぎすぎると鼻がすぐに馬鹿になるから、祥司はボトルを手に取ってキャップを開けてそこからの香りだけを確認し始める。
その動作を数回続けているとこれだ! と断言できる物を見付けた。
ブランド名と製品名を見て確信を深めた祥司が「そういえばこんな名前の製品だったな」と思いながら、カードに書いてある説明書きを読む。
そこには昨日の夜に確かに感じた「サンダルウッド」と「ウード(沈香)」も書かれているから、間違いはないだろう。
――でも。
間違いないのは理解出来たし、喉に引っ掛かっていたようなもどかしさも消えた。
しかし、昨日祥司が嗅いだのは……この香りであってこの香りではない。
香水は付ける人が持つ自然な体臭と体温とが混ざり合って完成されるものだから、昨日の夜に感じたものと全く同じ香りを探すことはとても難しい。
そこまで考えて、祥司はボトルを少し性急な動作で元あった場所に置いて、心の中だけで叫んだ。
「(だからっ! 俺は、今日、自分の分を買いに来たんだよ!!! いくら商品名を当てられなくて気になってたからって、ここまで探すのはおかしいだろうが!)」
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