21 / 49
21.どの角度から考えても、浮かばなかった。①
しおりを挟む
東海林から提案して貰って自分で買った香水が肌に馴染んだ頃、祥司は朝だけつけるテレビの電源を入れた。
普段しっかりと娯楽としてテレビを見る習慣はもう随分前になくなったから、天気予報とヘッドニュース、そして為替の値動きや簡単な世界情勢などをラジオ代わりに耳に入れる為だ。
しかし、SNSをはじめとしたネットの台頭でオールドメディアの信頼性が揺らいでいる側面は職業柄もあって強く感じるので、真に受けるのではなく聞くだけ聞いて後で自分できちんとエビデンスのあるソースで裏付けを取ることへの前段階に過ぎないのだが。
祥司は朝食はしっかりと取らないと学生時代から頭が回らないタイプなので、定番のメニューを用意しながら耳だけテレビに意識を向けていたが、聞こえて来た自分と同世代のアナウンサーの明るい言葉に思わず視線をテレビに移す。
「20XX年をもって無期限で活動を休止していたロックバンド、AstroNerdsが再結成を発表しました」
「――は?」
懐かしすぎるその名前に、祥司は食事を用意する手を止めてテレビに足早に近寄る。
そして目の前のフローリングに両膝をついて、画面を凝視した。
懐かしい映像と共にアナウンサーが続けた言葉を拾うと、なんとあの活動休止ライブを行った同じ日付に、同じ武道館でライブを行うらしい。
「なんだソレ、クッソ熱いな!」
AstroNerds――通称「アスナ」は、祥司の青春ど真ん中のバンドだった。
自身が軽音楽部でバンドを組んでいたこともあり、文化祭で当時一番好きだったアスナの曲を演奏したこともある。
しかし、青春を捧げたと言っても過言ではない大人気バンドは、今は法律が変わっているが奇しくも祥司が成人を迎える二十歳の時に、活動を休止してしまったのだ。
あの頃祥司は大学生だったが、なんだか見えもしない大人と子供の線引きを大好きな彼らから見せ付けられたような気がして、大学に入ってからは控えめになっていた音楽活動から完全に撤退したという思い出すら連なっている。
でも、もういい大人になってしまった今の祥司が感じたのは、純粋な懐かしさと「今思えばよくあそこまで毎日テンション上げて生きてたよな」と苦笑いするくらいの密度が濃い楽しかった記憶だけ。
「うっわ、やっぱすげぇな」
情報収集の為だけに使用している、決して呟くことのない呟き系SNSのアプリを立ち上げると既にもうアスナの名前はトレンドになっていた。
ちらりと時計を見て、時間にはまだ余裕があることを確認した祥司は少しだけその呟きを追った。
『武道館は熱すぎる!』
『でもチケットの当選確率を思うとせめてドームでやって欲しかった』
「確かになぁ」
恐らく今呟きを通り越して叫んでいる連中は、自分と同世代なのだろう。
年々本当の意味で心が動く機会が減っていくのを痛感しているからこそ、青春時代の象徴の輝きが眩しいし、何より恋しい。
「行きてぇなー……」
――まあ無理だろうけど、出来る申し込みは全て挑もう。
そして、転売ヤー関連の奴らはチケット販売開始の前に速やかに滅べ。
祥司はそんなことを思いながら、少し急いだ様子で出勤の準備を再開した。
***
「はいはい、もう元気を出ーす!」
カウンターの中でパンパンと手を叩きながらアキが言った言葉に、祥司は珍しく低いテンションのまま返事を声ではなく頷きだけで返した。
ちょっと今の祥司は……本気で元気が出せない。
「気持ちは分かるが、活動を再開したのならその内どこかのライブには行けるだろう?」
そう言ったケイだったが、祥司の気持ちを本当に理解してくれているようで浮かべている表情は心底複雑そうだ。
アスナが活動再開を発表したのが先月。
そして、肝心の記念ライブは――まさかの来月。
活動再開の発表からライブの開催までのスケジュールはたった三ヶ月という異例のスピードで組まれており、当然チケットの争奪戦は熾烈を極めた。
熾烈を極めて、祥司は見事に敗北したのだ。
本当に、本当に最後の希望だった抽選結果メールが届いたのが今日の午後なんだから、まだ気持ちの整理なんてついていない。
「……はぁ」
普段しっかりと娯楽としてテレビを見る習慣はもう随分前になくなったから、天気予報とヘッドニュース、そして為替の値動きや簡単な世界情勢などをラジオ代わりに耳に入れる為だ。
しかし、SNSをはじめとしたネットの台頭でオールドメディアの信頼性が揺らいでいる側面は職業柄もあって強く感じるので、真に受けるのではなく聞くだけ聞いて後で自分できちんとエビデンスのあるソースで裏付けを取ることへの前段階に過ぎないのだが。
祥司は朝食はしっかりと取らないと学生時代から頭が回らないタイプなので、定番のメニューを用意しながら耳だけテレビに意識を向けていたが、聞こえて来た自分と同世代のアナウンサーの明るい言葉に思わず視線をテレビに移す。
「20XX年をもって無期限で活動を休止していたロックバンド、AstroNerdsが再結成を発表しました」
「――は?」
懐かしすぎるその名前に、祥司は食事を用意する手を止めてテレビに足早に近寄る。
そして目の前のフローリングに両膝をついて、画面を凝視した。
懐かしい映像と共にアナウンサーが続けた言葉を拾うと、なんとあの活動休止ライブを行った同じ日付に、同じ武道館でライブを行うらしい。
「なんだソレ、クッソ熱いな!」
AstroNerds――通称「アスナ」は、祥司の青春ど真ん中のバンドだった。
自身が軽音楽部でバンドを組んでいたこともあり、文化祭で当時一番好きだったアスナの曲を演奏したこともある。
しかし、青春を捧げたと言っても過言ではない大人気バンドは、今は法律が変わっているが奇しくも祥司が成人を迎える二十歳の時に、活動を休止してしまったのだ。
あの頃祥司は大学生だったが、なんだか見えもしない大人と子供の線引きを大好きな彼らから見せ付けられたような気がして、大学に入ってからは控えめになっていた音楽活動から完全に撤退したという思い出すら連なっている。
でも、もういい大人になってしまった今の祥司が感じたのは、純粋な懐かしさと「今思えばよくあそこまで毎日テンション上げて生きてたよな」と苦笑いするくらいの密度が濃い楽しかった記憶だけ。
「うっわ、やっぱすげぇな」
情報収集の為だけに使用している、決して呟くことのない呟き系SNSのアプリを立ち上げると既にもうアスナの名前はトレンドになっていた。
ちらりと時計を見て、時間にはまだ余裕があることを確認した祥司は少しだけその呟きを追った。
『武道館は熱すぎる!』
『でもチケットの当選確率を思うとせめてドームでやって欲しかった』
「確かになぁ」
恐らく今呟きを通り越して叫んでいる連中は、自分と同世代なのだろう。
年々本当の意味で心が動く機会が減っていくのを痛感しているからこそ、青春時代の象徴の輝きが眩しいし、何より恋しい。
「行きてぇなー……」
――まあ無理だろうけど、出来る申し込みは全て挑もう。
そして、転売ヤー関連の奴らはチケット販売開始の前に速やかに滅べ。
祥司はそんなことを思いながら、少し急いだ様子で出勤の準備を再開した。
***
「はいはい、もう元気を出ーす!」
カウンターの中でパンパンと手を叩きながらアキが言った言葉に、祥司は珍しく低いテンションのまま返事を声ではなく頷きだけで返した。
ちょっと今の祥司は……本気で元気が出せない。
「気持ちは分かるが、活動を再開したのならその内どこかのライブには行けるだろう?」
そう言ったケイだったが、祥司の気持ちを本当に理解してくれているようで浮かべている表情は心底複雑そうだ。
アスナが活動再開を発表したのが先月。
そして、肝心の記念ライブは――まさかの来月。
活動再開の発表からライブの開催までのスケジュールはたった三ヶ月という異例のスピードで組まれており、当然チケットの争奪戦は熾烈を極めた。
熾烈を極めて、祥司は見事に敗北したのだ。
本当に、本当に最後の希望だった抽選結果メールが届いたのが今日の午後なんだから、まだ気持ちの整理なんてついていない。
「……はぁ」
34
あなたにおすすめの小説
相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~
柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】
人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。
その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。
完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。
ところがある日。
篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。
「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」
一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。
いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。
合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
幸せな復讐
志生帆 海
BL
お前の結婚式前夜……僕たちは最後の儀式のように身体を重ねた。
明日から別々の人生を歩むことを受け入れたのは、僕の方だった。
だから最後に一生忘れない程、激しく深く抱き合ったことを後悔していない。
でも僕はこれからどうやって生きて行けばいい。
君に捨てられた僕の恋の行方は……
それぞれの新生活を意識して書きました。
よろしくお願いします。
fujossyさんの新生活コンテスト応募作品の転載です。
宵にまぎれて兎は回る
宇土為名
BL
高校3年の春、同級生の名取に告白した冬だったが名取にはあっさりと冗談だったことにされてしまう。それを否定することもなく卒業し手以来、冬は親友だった名取とは距離を置こうと一度も連絡を取らなかった。そして8年後、勤めている会社の取引先で転勤してきた名取と8年ぶりに再会を果たす。再会してすぐ名取は自身の結婚式に出席してくれと冬に頼んできた。はじめは断るつもりだった冬だが、名取の願いには弱く結局引き受けてしまう。そして式当日、幸せに溢れた雰囲気に疲れてしまった冬は式場の中庭で避難するように休憩した。いまだに思いを断ち切れていない自分の情けなさを反省していると、そこで別の式に出席している男と出会い…
共の蓮にて酔い咲う
あのにめっと
BL
神原 蓮華はΩSub向けDom派遣サービス会社の社員である。彼はある日同じ職場の後輩のαSubである新家 縁也がドロップしかける現場に居合わせる。他にDomがいなかったため神原が対応するが、彼はとある事件がきっかけでαSubに対して苦手意識を持っており…。
トラウマ持ちのΩDomとその同僚のαSub
※リバです。
※オメガバースとDom/Subユニバースの設定を独自に融合させております。今作はそれぞれの世界観の予備知識がないと理解しづらいと思われます。ちなみに拙作「そよ風に香る」と同じ世界観ですが、共通の登場人物はいません。
※詳細な性的描写が入る場面はタイトルに「※」を付けています。
※他サイトでも完結済
死ぬほど嫌いな上司と付き合いました【完結】
三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。
皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。
涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥
上司×部下BL
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
【R18+BL】空に月が輝く時
hosimure
BL
仕事が終わり、アパートへ戻ると、部屋の扉の前に誰かがいた。
そこにいたのは8年前、俺を最悪な形でフッた兄貴の親友だった。
告白した俺に、「大キライだ」と言っておいて、今更何の用なんだか…。
★BL小説&R18です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる