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33.――いつなら、…………くれますか?①
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なんとか帰宅してドアを閉めた祥司は、オートロックが作動する音を聞いた安心感から、まだ築十年に届かないマンションの少し広めの玄関土間に思わずしゃがみ込む。
「なんなんだよあの男……」
車から降りて、ロビーを通過してエレベーターに乗ってちゃんと一人で帰ってこられた自分を褒め称えたいほどに意識の殆どが持って行かれている。
家事は壊滅的に駄目。
辛いものも駄目。
そして、虫も駄目。
今日の何気ない会話で得た、東海林の苦手なものたちが脳裏を過ぎる。
家事が苦手な理由は祥司の頭を素通りして、他の二つについてが頭の中に浮かんだ。
辛いものが駄目なのは、味よりも咽るから。
味覚的には好きだけれど何故か気管支が受け付けないんですよね、と朗らかに言っていた。
そして、最後の虫。
これの理由がまた東海林らしいのからしくないのかがまだ分からないけれど、怖いよりも「汚い」という点が嫌らしい。
「どう考えても不潔な経路を通って家に侵入してくるんですよ? 好きになれます?」
そう少しだけ真面目な顔で言った東海林を見て、祥司は軽く笑いながらこう問うた。
東海林さんって、潔癖なんですか? と。
しかし、その問いへの返事は「いいえ、そんなことはありません」だった。
「……そうだよな、そりゃそうだ」
今日一日ライブで年も忘れて盛り上がって、かなり汗をかいたから今身に着けている衣服は全て洗濯することになる。
だから別に、今更乾いていて目に見えた汚れがぱっと見確認出来ない玄関土間に崩れ落ちたって、何の問題もない。
――そうだよな。
本当に、そうだ。
「潔癖の人間が……他人にあんなキス出来るわけねぇもんな」
奥歯の形や犬歯の鋭さ、舌の付け根までの距離を測るように好き放題したあの男は……終いには自分の身体を器用に動かして、顔を傾けた後視線を合わせたまま二人分が混ざり合った唾液さえ見せ付けるように飲み下してみせたんだから。
でも。
でも、そんなキスをした男は、熱と湿度を持った息を吐きながらこう言った。
「これ以上を許しても良いと思えたら、是非教えてください。私の自宅にご招待します」
こう言ってから祥司の唇の端に少し流れた唾液を、当然の様に自分の指先で拭って東海林はまた手元の操作で、車のドアロックを外した。
――おやすみなさい、私は待っていますから。
穏やかな声で言われた言葉が、耳の奥でまた再生される。
そして祥司は久しく感じていなかった、心の奥から身体の奥に深く伝播していく独特の熱を思い出した。
「俺、まだ出来っかな」
久し振り過ぎて、色々なものが絶対的に……追いついていない。
***
あのライブの――いや、キスをした夜から数日後。
祥司は週末を待てずに気付いたらケーアンのドアを開けていた。
「あらぁ~、週の前半に来るなんて珍しいのね!」
「よく来たな。今日は空いているから、ゆっくりしていけ」
ケーアンの定休日は基本的には月曜日と第二・第四火曜日だ。
今回たまたまその月にたった二回しかない連休に足止めを食らった祥司の胸中は、少しだけ穏やかじゃなかった。
「何かあったんでしょ? さあ、言ってごらんなさい」
「アキ、少しは待ってやれ。祥司、今日は何にする?」
空いている、というケイの言葉通り店内はいつもよりも明らかに客が少ない。
しかも他に数組いる祥司以外の客も見知った顔が多く、それぞれが決まったメニューがテーブルに揃った後は自分の連れとの会話を静かに楽しむメンツばかりだから、本当に暇なのだろう。
「はは、……ハイボールお願いします」
「はーいっ」
異常に鼻が利く二人には、祥司の何かがいつもと違うことなんて一目見ればお見通しだ。
そして、もしこれが“悪いニュース”関連だと思えば二人は祥司が切り出すまでいつまででも触れずに待ってくれるのは、付き合いの長さから言葉にしなくても分かっている。
「なぁに? やっと良いオトコでも見付けた?」
「なんなんだよあの男……」
車から降りて、ロビーを通過してエレベーターに乗ってちゃんと一人で帰ってこられた自分を褒め称えたいほどに意識の殆どが持って行かれている。
家事は壊滅的に駄目。
辛いものも駄目。
そして、虫も駄目。
今日の何気ない会話で得た、東海林の苦手なものたちが脳裏を過ぎる。
家事が苦手な理由は祥司の頭を素通りして、他の二つについてが頭の中に浮かんだ。
辛いものが駄目なのは、味よりも咽るから。
味覚的には好きだけれど何故か気管支が受け付けないんですよね、と朗らかに言っていた。
そして、最後の虫。
これの理由がまた東海林らしいのからしくないのかがまだ分からないけれど、怖いよりも「汚い」という点が嫌らしい。
「どう考えても不潔な経路を通って家に侵入してくるんですよ? 好きになれます?」
そう少しだけ真面目な顔で言った東海林を見て、祥司は軽く笑いながらこう問うた。
東海林さんって、潔癖なんですか? と。
しかし、その問いへの返事は「いいえ、そんなことはありません」だった。
「……そうだよな、そりゃそうだ」
今日一日ライブで年も忘れて盛り上がって、かなり汗をかいたから今身に着けている衣服は全て洗濯することになる。
だから別に、今更乾いていて目に見えた汚れがぱっと見確認出来ない玄関土間に崩れ落ちたって、何の問題もない。
――そうだよな。
本当に、そうだ。
「潔癖の人間が……他人にあんなキス出来るわけねぇもんな」
奥歯の形や犬歯の鋭さ、舌の付け根までの距離を測るように好き放題したあの男は……終いには自分の身体を器用に動かして、顔を傾けた後視線を合わせたまま二人分が混ざり合った唾液さえ見せ付けるように飲み下してみせたんだから。
でも。
でも、そんなキスをした男は、熱と湿度を持った息を吐きながらこう言った。
「これ以上を許しても良いと思えたら、是非教えてください。私の自宅にご招待します」
こう言ってから祥司の唇の端に少し流れた唾液を、当然の様に自分の指先で拭って東海林はまた手元の操作で、車のドアロックを外した。
――おやすみなさい、私は待っていますから。
穏やかな声で言われた言葉が、耳の奥でまた再生される。
そして祥司は久しく感じていなかった、心の奥から身体の奥に深く伝播していく独特の熱を思い出した。
「俺、まだ出来っかな」
久し振り過ぎて、色々なものが絶対的に……追いついていない。
***
あのライブの――いや、キスをした夜から数日後。
祥司は週末を待てずに気付いたらケーアンのドアを開けていた。
「あらぁ~、週の前半に来るなんて珍しいのね!」
「よく来たな。今日は空いているから、ゆっくりしていけ」
ケーアンの定休日は基本的には月曜日と第二・第四火曜日だ。
今回たまたまその月にたった二回しかない連休に足止めを食らった祥司の胸中は、少しだけ穏やかじゃなかった。
「何かあったんでしょ? さあ、言ってごらんなさい」
「アキ、少しは待ってやれ。祥司、今日は何にする?」
空いている、というケイの言葉通り店内はいつもよりも明らかに客が少ない。
しかも他に数組いる祥司以外の客も見知った顔が多く、それぞれが決まったメニューがテーブルに揃った後は自分の連れとの会話を静かに楽しむメンツばかりだから、本当に暇なのだろう。
「はは、……ハイボールお願いします」
「はーいっ」
異常に鼻が利く二人には、祥司の何かがいつもと違うことなんて一目見ればお見通しだ。
そして、もしこれが“悪いニュース”関連だと思えば二人は祥司が切り出すまでいつまででも触れずに待ってくれるのは、付き合いの長さから言葉にしなくても分かっている。
「なぁに? やっと良いオトコでも見付けた?」
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