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57・売り言葉に買い言葉

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「そちらこそ、エールティア様が挨拶なされたのですよ? それをあんな態度で返されるなんて……そちらの方が無礼ではありませんか?」

 流石ジュール。睨まれて嫌味も言われたのに、全然へこたれてない。彼女の私への信頼は嬉しいけれど、今は少し空気を読んで欲しかった。

「そちらの娘が言うならまだしも、なぜそれを貴様程度に言われなければならない? それともなんだ。ティリアースというのは眷属ですら親の七光のような権力をひけらかすのか?」
「それは……」

 言われたくない事を指摘されたからか、ジュールは悔しそうに歯噛みして言い訳を探してる。だけどこの場合、雪雨の方が正しい。例え彼の態度が無礼だとしても、それは私が訴えなければならない事だった。決してジュールがしたように殺気で返すなんて事はしてはならない。

 ジュールの攻撃が止まったのを見計らって私は彼女に喋らせないように動く事を決めた。

「雪雨様の仰る通りです。私の教育不足のせいで貴方様に不快な思いをさせました。それは、本当にしてはならない事であると思います」
「ならば――」

 小馬鹿にしたような笑みを向けた彼は、ここぞとばかりに追撃をかけようとしたけれど、それはさせない。

「ですが、先に仕掛けてきたのはそちらの方ではございませんか? いくら出雲大将軍様が『公式の場ではない』と明言されておりましても、物事には限度というものがございます。他国の――しかも同じ地位の娘に息子である貴方が取らなければならない態度もございました。そうでしょう?」
「ならばどうする? まさか、水に流せとでも言うつもりか?」
「そうですね。どうかこの通り。その矛を収めていただきたく思います」

 私は両手を床につけて、ゆっくりと頭を下げた。雪桜花風に言うなら『土下座』の状態。謝罪において最も効果のあるものの一つと言える。
 この場では貴方が上です。と言って認めてるようなものだった。
 そのを様子を見たジュールは相当焦った様子でしどろもどろしていた。

「な、なんでそんな真似を……」
「貴女がやらかした事に対する責任を取らないといけないからよ。私は……貴女の主なのだから」
「で、でも……」

 頭を下げたまま、困惑してるような声を上げたジュールの事は気にせずに頭を下げたままでいると、雪雨が鼻で笑った。

「その程度で、か。確かに俺の態度も悪かっただろう。だが、多少態度が悪かった事と殺気を向けられた事。どちらに非があるか……明確ではないか?」
「ですが……」
「貴様は平民が貴族を侮辱した場合、謝れば許されると思うか? 王が他国の者に殺気を向けても、謝罪さえあればまかり通ると思うか?」

 それは……否、と答えるしかないだろう。それが許されれば、貴族社会――いや、縦社会というのは崩壊してしまう。何をやっても謝れば許される。そういう風潮を起こしてしまうかもしれない。だけど――

「では、お前はどうしたいのだ?」
「決まっているでしょう。眷属の仕出かした事が主の責任であるように、子がやったことは当然、親の責任です。ここは……公爵様ご本人に『適切な場』にて彼女がしてきたような謝罪をしてもらわなくては、ね」

 彼は一体何を言ってるんだろう? そういう思いでいっぱいだった。つまり、お父様に公式の場で土下座しろと……そう言ってる訳だ。そんな事――

「……話になりませんね。到底、受け入れられる事ではありません」
「ならば此度の不祥事。どう償ってくれる? たかだか小娘一人の土下座ではこちらも納得することは出来ない。それ以外の方法がそちらにはあると? 事と次第によっては……この場で起こった事を周知させても良いのだぞ」

 脅しをかけて来てるけれど……私がそれに乗るわけがない。仮に周知されたとしても、お父様に公式の場で謝罪させる事に比べたら軽い。
 頭を上げながら、自分の中で申し訳ないという気持ちがスッと消えていくのが分かった。こんな風な態度を取られたら、私だってそんな気持ち無くなっていく。

「そうですか。でしたらどうぞ。自ら醜聞を気になさらないのであれば、広めてください」
「……本気か?」
「ええ。それとも……本気で言っていないように見えますか?」

 まっすぐ雪雨の目を見ると『面白い』とでも言うかのような視線を向けて来ていた。今までの苛立つような目とか、不満そうな眼差しとか……それが全部嘘みたいに、興味深そうに私の事を見ている。
 ……まるで、このやり取りが演技っていうか、彼は何かを待っている……そんな風に感じる。

「ならば、伝えておこう。『ティリアースの王族は、従者の躾すらまともに出来ぬ誇りを持たない一族』だとな」
「……いい加減にしなさい」

 何か嫌な事が起こりそう――そんな予感がした私は、涼しい顔をして適当に受け流そうと決めた次の瞬間、後ろから声が聞こえた。怒りに満ちた声。今まで大人しくしていただけにやけに強く聞こえるその声を耳にした雪雨の目は……どこか喜色に満ちていた。

 ここでようやく私は理解した。雪雨が待っていたのは、ジュール我慢できずに爆発する瞬間。だからこそ、私を貶めるような事をしていたのだと。
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