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68・遠き彼方の光景

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 雪雨ゆきさめが自慢げに言ってくる気持ちはわかる。『人造命具』っていうのは、自分の半身みたいなものだもの。

 自分の中にある渇望や欲望。要は心の底で望んでるものを形として命を吹き込む魔導。それが『人造命具』と総されるものの正体。そして……当然のように何らかの特殊能力が付与されている。

 雪雨の『飢渇絶刀きかつぜっとう』は名は体を表す、という言葉が相応しい。私が放った魔導を斬り裂いたその大刀は、斬ったそれらから魔力を吸収していた。魔導を絶ち斬り、魔力を吸い取って飢えや渇きを満たす刀。そう呼ぶのに相応しい存在だった。

「……これで、お前の攻撃は意味をなさなくなったな。どうする?」

 私があの大刀の性質を見抜いた事に気付いた雪雨は、少し余裕の表情を浮かべていた。気持ちは……少しわかる。
 魔導は斬られれば『飢渇絶刀』が魔力を吸い上げて、雪雨に力を与えてくれる。こうなったら、生半可な魔導は彼には通じないと思った方がいい。

 そしてその自信のある表情から今まで私が繰り出した魔導の大体は糧にできる……というわけだろう。例外は『エアルヴェ・シュネイス』くらいだと考えてそうだけれど……それは甘い判断だとしか言いようがない。

「そんなに良い気になって大丈夫? まだ勝ってもいないでしょうに」
「そっちこそ、随分と余裕じゃねぇか。まさか……わかってねぇわけじゃないよな?」
「わかってないのはどっちかしらね……!」

 それ以上の問答は不要だとばかりに私はイメージを膨らませ、魔力を漲らせる。なるほど、彼の考えてる通り、私の思っている通り……生半可な魔導は通用しないだろう。なら、もっと魔力を込めれば良い。誰にも到達し得な――いや、ほんの一握りが到達しうる頂きの近くに。

「『プロトンサンダー』」

 放たれる魔導はばちばちと激しい音を立て、いくつもの雷球が一つになって巨大な光線を放った。雪雨に向かってまっすぐ進むそれは、避けたら間違いなく闘技場が破壊され、街に甚大な被害が出るだろう。避けられるはずはない。

 だけど、これだけじゃ物足りない。まだまだ……!

「『ガイアクラスター』」

 より明確なイメージをした魔導は、完璧に再現される。大地を抉って作ったんじゃないかと思うほどの土塊の群れが浮かび上がって…….『プロトンサンダー』を阻害しないように位置取って一斉に解き放つ。

 彼が今どうなってるかわからない。知る必要もない。だって、それを持ち出した時点で覚悟してたはずだ。彼の『人造命具』を打ち破るには近接戦闘で激しく斬り合うか……もしくはそれすら上回る魔力で蹂躙するか。

 私の『プロトンサンダー』が吸収される様子がない――ということは『飢渇絶刀』は斬ることが出来なければ、能力が発動する事はない、という事。

 しばらくの間猛威を払い続けた『プロトンサンダー』と『ガイアクラスター』が収まる頃には、ぼろぼろの姿の雪雨が立っていた。あれだけの魔導を食らって五体満足のままというのは素晴らしい事だけれど……もはや満身創痍。回復関連の魔導を唱えるなら、長期戦も覚悟していたけれど……これならその心配もなさそうだ。

「はぁ……はぁ……おもし、れぇ……」

 本当に楽しそうな雪雨は、まだ戦意が衰えてないのは流石。
 しかも一歩ずつ私に向かってくるんだから凄い。

「残念ね。貴方がそんなものを持ち出さなければ、まだ勝ち目があったでしょうに」
「くはっ……どういう意味だ?」

 あくまで笑いを絶やさない彼を、私はどこか冷めた目で見ていた。

「魔導を斬って魔力を吸い取るというのなら、絶ち切れないだけの高威力を出せば良い。そしてそれをするならば……闘技場なんか気にせずに魔導を放てば良いだけですもの」
「……それが、お前には可能って訳だな。だけどよ、そんな火力の魔導が何発も打てると――」
「私を誰だと思っているの? ティアリースの王族であり、あらゆる魔導を修め、力を蓄える聖黒族。エールティア・リシュファスよ」

 静まり返った場内で、私は更に魔導を放つことにした。

「さあ、これで終わりにしましょう。『カルケルフランマ』」

 こっちに襲い掛かって来ようとした雪雨を炎の牢獄に閉じ込める。ハクロの時に使ったものよりも魔力を込めたせいか、青い炎が激しく燃え上がり、雪雨の全身に襲い掛かる。必死に『飢渇絶刀』で斬り裂こうとしてるけれど、まだまだ甘い。
 あの手の『人造命具』は自分の魔力を流す事で切れ味がますタイプだ。今までに何度か似たようなものを見てきたから間違いない。

「『フレアバースト』」

 前回とは違い、よりはっきりと思い描く。炎の球が一定の距離を進んで爆発するイメージで生み出した魔導は、炎の牢獄の中に入り込んで、その内部を蹂躙するように激しく爆発して、周囲に炎の海を生み出した。当然、雪雨もそれに巻き込まれて……収まった頃には、身体中に火傷を負いながら、辛うじて生きている雪雨が決して膝を付かずに立っていた。

『そ、そこまでです!!』

 呆然として見ていた司会の飯綱が大声を上げて私の追撃を止める。弱々しく大刀を振って炎の牢獄から抜け出そうとしていた雪雨は、その声を聞いた瞬間に崩れ落ちるように倒れてしまった。

 ……こうして、私達の長くも短い激闘は幕を降ろした。私は、過去の思い出を取り戻した。あまり思い出したくなかったけど……おかげで自分が本当はどんな人間だったのか……よく理解したから。

 だからとりあえず、ありがとうと……心の中で呟いておこう。
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