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87・騒動の後

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「ルーナ!」
「おかーさーん!」
「あなた……エーレン……本当に良かった……」

 三人で泣きながら抱き合ってる姿は、感情を揺さぶられるものがある。
 ジュールもそれは同じみたいで、口元を手で覆って嬉しそうにしている。

「良い話ですね」
「そうね。頑張った甲斐があったというものね」

 しばらくの間、感動の再会を味わった三人は、私達の方に向き直って頭を下げた。

「……ありがとう。お陰でルーナも無事に戻ってきた。感謝の言葉もない」
「別にいいわよ。私の方も収穫があったしね」

 ナッド伯爵から得られた情報のお陰で、お父様も少しは楽に動ける……はずだと思う。
 それ以上に私が色宿に行った事や、揉め事に巻き込まれた事に関して頭を悩ませそうだけど……それは必要経費と割り切って……くれると良いなぁ。

「どうしたんですか? 随分と複雑そうな顔になってますけど……」
「気にしないで。これからの事を考えてるだけだから」

 お父様になんて言われるか……それだけが不安だけれど、今は気にしない事にした。前向きに行こう。

「エーレン。お母さんが戻って良かったね」
「うん! ありがとう、おねーちゃん」

 それに……エーレンのこんな可愛い顔を見れたんだから、少しくらいは仕方ない。

「ですが、ランジェスがこれで諦めるとは思えません。またここを狙ってくるかも……」
「安心して。今頃はナッド伯爵が警備隊に突き出してる頃だろうから」

 騒ぎは大きくなったし、ナッド伯爵は私が本当にリシュファス家の娘か調べるだろう。別に隠してる訳じゃないからすぐにわかる。一週間もすればランジェスと関係していた書類を全て焼き払って、意気揚々と彼を切るだろう。
 その間もとりあえず拘留させておけば、余計な企みをさせずに済む。ナッド伯爵にはそう入れ知恵しておいた。

 そうしたら、私がお父様に知らせるのはナッド伯爵が色宿で私と出会った事だけを伝えてあげる事にして。
 まあ、『聖黒族似の女を好き放題したかった』って一文は加えるけどね。

 勘の良いお父様なら、ナッド伯爵の事を調べ上げるだろうし……いざとなったらエンデに伝えてるから、彼経由でお父様に伝わる。なんの不利益もない。

「そうか……それなら良いんだが……」
「まだ確かって訳じゃないから、注意だけはしておいてね。次からは……貴方が家族を守るんだからね」
「ああ。わかってる。これ以上、あんたらの世話になっちゃ、男が廃るからな」

 元気を取り戻したグルセットは、力強く笑ってくれた。多分……これで彼らは大丈夫なはずだ。
 なんでもかんでも出来るほど、私だって器用じゃないしね。

「おねーちゃん、一緒にいてくれないの?」

 だけど、それを子供に押し付けるのは難しかったようで……エーレンは悲しそうな目をして私の事を見つめていた。
 責めるような視線じゃなくて、心の奥から悲しさに溢れてるその姿を見ると胸が締め付けられそうな思いになる。

「今私がここにいるのはね、お友達に会いに行くためなの。もう予定の日も過ぎてるし、その間もずっと待ってくれてるの」
「お友だち……わたしよりも?」
「そうね。どっちかなんて選べない。でも……約束を破る事はいけない事。それは、わかるわよね?」

 エーレンが半泣きになりながら頷いてくれた。

「また……来てくれる?」
「ええ。来年の夏にまた会いましょう。約束」

 小指を差し出すと、エーレンは不思議そうに首を傾げた。

「雪桜花風の約束。互いの指を絡めて約束を交わすの」

 本当は指切りっていって、『指が千切れても必ず約束を守る』って誓いを立てる行為みたいなものだ。
 雪桜花ではかなり神聖な行為らしくて、それにまつわる逸話が存在するくらいらしい。

 だけど、その真実をわざわざエーレン伝えても仕方ないし、多分わからないし、簡単な方が良い。

「こ、こう?」

 辿々しく小指を絡めてきたエーレンに優しく、だけどしっかりと力を込めて約束を交わす。

「来年もまた、必ずこの宿に泊まりに来る。約束よ」
「うん……やく、そく」

 しっかりと約束を交わして、エーレンはなんとか笑ってくれた。

「嬢ちゃんが泊まれる部屋は、いつでも空けておくから気軽に来てくれよ!」

 グルセットが笑いながら言ってくれた。それが心の中に染み込んでいくようで……とても温かい

「でも、一日なら大丈夫なんじゃ……」
「あなた?」

 未練がましい言葉を呟いたグルセットに向かって、ルーナが笑顔で圧力を掛けてきた。元来、笑顔というものは動物が相手を威嚇する為に用いたものらしいけど……今それの説明をされたら納得する自信があるくらいには、ルーナの笑顔は凄みを帯びていた。

「わ、わかってる。だからそれはやめてくれ……」
「わかればよろしい」

 どうやらグルセットはルーナの尻に敷かれてるみたい。それでも誘拐された時は相当必死だったから、かなりの愛妻家なんだろうな。

「エールティア……ティアちゃんね。本当にありがとう。こんな場所で良かったら、いつでも遊びに来てね」
「……え、ええ」

 あまりの変わり身の早さに思わず頰が引きつったけれど、まあ……いいか。
 なんにしろ、これで全部終わったんだから。
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