上 下
177 / 676

177・『風阿・吽雷』

しおりを挟む
 雪風は、新たに二つの刀――『風阿ふうあ吽雷うんらい』を手にして、お父様に向かって駆け出した。
 薄緑色を帯びた刀から解き放たれて荒れ狂う風は、雪風の身体を包み込んで、最初の時とは比べ物にならない程の加速を彼女にもたらした。さっきとは目を見張る程の速さで突撃した雪風だけれど……それでもお父様を驚かせるほどではなかったみたいだ。

 私が見えているように、お父様の方も雪風の動きが見えている。だけどそれは、彼女にも理解できている事だった。

「僕の力……『吽雷うんらい』!!」

 鼓動した薄黄色を帯びた刀から雷が発生して、纏わりついた。なるほど、これでお父様はさっきのように紙一重で回避することも、指でつまむことも不可能になった。そんな事をしたら、手痛い反撃に遭う事は目に見えてるからね。

「これで……!!」
「一見良い手のように見える……が、それは完全に悪手というものだ」

 お父様は雪風の懐に飛び込み、その速度を利用するようにカウンター攻撃を仕掛けてきた。あの時したのと同じように、雪風の『吽雷うんらい』を握っている方の腕を握るか防ぐかするつもりだろう。

「――『風阿ふうあ』!!」

 雪風の呼びかけと共に今度はもう一本の刀から風が……いや、彼女の身体が風に包まれて消えてなくなった。

「……! ほう――」

 お父様から感心するような声が漏れたその瞬間、その背後から雪風が風の中から姿を現して、迷うことなく斬撃を放つ。その一閃はさっきの雷を纏った『吽雷うんらい』の方で、普通ならば完全に決まったと思える場面だ。雪風の表情は見えないけれど、太刀筋の方には迷いやおごりといった類のものは存在しなかった。

「良いだろう。合格だ。【アームズ・サポーター】」

 お父様の魔導が発動したと同時に後ろを振り向いて――さっきと同じように、なんの躊躇ためらいもなく『吽雷うんらい』を指でつまむ様に斬撃を防いだ。魔導名からして多分、手や腕を保護する魔導なんだろうけれど……まさかさっきの状況を再現するためだけに使うとは思わなかった。

「そんな……」
「ふふふ、いくら刀を替えても、こうすれば問題ない。両手持ちだった時も受け止められたのだから、もう少し考えないとな」

 いや、あの状況でまた指でつまんでくるなんて、私でも想像できなかった。それだけ繊細に魔力を扱えるって事なんだろうけれど……ちょっとその言い分は酷いものがある。
 少なくとも、私では真似出来ない行動だ。

「流石……エールティア様の父君です! この雪風 桜咲……感激しました!」

 納得するような声音で、興奮しているけれど、本当にそれでいいのか? と疑問を覚えてしまう。
 ……まあいいか。私はわからないけれど、二人が通じ合っているならそれで。

「お父様、雪風。お疲れ様です」
「……ありがとうございます。エールティア様」
「ああ、いい運動になった。偶には外で汗を流すのもいいものだな」

 雪風はかなり頑張った方だとは思うけれど、お父様にとっては運動と同じくらいのようだ。
 ……って言っても、あまり動いていないような気がしないでもない。

 まあ、何はともあれ、無事に雪風が認められてよかった。知った顔が不合格って言われるのは、やっぱり思うところがある。

「それでは、お父様。雪風は――」
「ああ。今日からこの子はお前の下につく。それで構わないな?」
「ええ。ありがとうございます」

 これで雪風は正式に私の家臣という事になった。彼女の方を見ると、嬉しさを噛み締めているようだ。

「雪風。改めてよろしくね」
「はい! 精一杯頑張ります!」

 ぐっと両手を握りしめてる姿はとても可愛い。
 それに和んでいる私に近寄ってきたお父様は、やけに真面目な表情をしていた。普段のお父様はあまり怒らないし、私には穏やかな笑顔をみせてくれる。

 それだけに、この表情は何か嫌な予感がした。

「お父様? どうされましたか?」
「いや、お前の選択した事ならば仕方ないと思ってな」
「それはどういう……」
「ジュールはお前についていけなかった事を随分悔やんでいた。魔王祭が終わって帰ってくるまで、必死に勉学や武術に励むほどにな」

 私がいない間に、ジュールがどれだけ自分を磨いてきたか伝わってはくるんだけど……お父様が何を言いたいのかがいまいちわからない。
 そんな私の乏しい反応にため息を漏らしたお父様は、呆れた笑顔を浮かべていた。

「あまりジュールを放置するな。雪風にばかり構ってないで、ちゃんとあの子とも接してあげなさい。私やアルシェラの次にお前の帰りを待っていたのだから」
「……申し訳ありません」

 別に蔑ろにした訳じゃないのだけれど……お父様や他の人から見てそう映っているのは不味い。特にジュールがそう思っていたら尚更だ。

 館でゆっくりとした日常を過ごしたい――そんな感情を優先した結果どうなるかなんて、あまり考えたくないものだし、近いうちにジュールと一緒にどこかに出かけよう。
 雪風には悪いが、出来るだけ二人っきりになるのが理想かもね。

 内心でお父様に感謝しながら、ジュールと二人でどこに行こうかと思案する事にした。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

異世界に転生したけどトラブル体質なので心配です

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:319pt お気に入り:7,590

【完結】辺境の魔法使い この世界に翻弄される

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:93

お嬢様なんて柄じゃない

恋愛 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:111

勘当されたい悪役は自由に生きる

恋愛 / 完結 24h.ポイント:113pt お気に入り:336

【完結】スキルが美味しいって知らなかったよ⁈

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:71pt お気に入り:2,696

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:92pt お気に入り:4,052

処理中です...