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263・訓練スライム(ジュールside)

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 エールティアがアルティーナやミシェナと友好関係を築き上げている間、ジュールは毎日のように雪風に稽古けいこを付けて貰っていた。

「どうしました? この程度の間合いも読めないようでは、エールティア様の役には立てないですよ!」

 木刀を握りしめた雪風の繰り出す打撃は、一合毎にジュールの剣を軋ませるような音を響かせる。
 それに必死に食らいつくジュールだが、幼い頃から厳しい修行に明け暮れていた雪風と違い、彼女には何もなかった。

 有名な初代魔王に仕えた契約スライムであるアシュルのように主人の才能を受け継ぐこともなかったし、元々の才能も、経験すらも皆無だった。
 主人であるエールティアはあんなに眩い輝きを放っているのに、自分はどうして――

 そんな思いが彼女の中に燻り続けていた。妄信した。手当たり次第噛み付いた。慕った反発した教えを乞うた……そして、今まさに絶望しかけていた。

 ――どうして――どうして――どうしてどうしてどうして!!

 一番近くにいるはずだった。誰よりも側で、誰もが分からないことを理解し、常に共にいれる存在でありたかった。

 そんな彼女の心や想いを、身体は残酷な程に嘲笑あざわらう。もっと力が欲しい。もっと、ずっと強くなりたい。

 ずっと心の奥底で秘めていた思いに、願いに気付いてしまった彼女は、ガムシャラに訓練を積む事を望んだ。

 だが――

「っ!? あ……」

 その努力は虚しく、雪風の木刀が手にヒットし、武器を落としてしまった。慌てて拾おうとするも、時すでに遅し。ジュールの喉元には木刀が突き付けられ、勝敗は決してしまった。

「……負け、ました」

 震える声で捻り出したジュールの敗北宣言を聞き届けた雪風は、木刀を静かに収めてため息をこぼしてしまった。

「ジュール。はっきり言って、貴女に近接戦の才能はありません。これだけ試合をやってもほとんど芽が出ないのですから、貴女にもわかっている事でしょう」

 へなへなと座り込んだジュールにも、それはわかっていた。
 契約して聖黒族のスライムとなった彼女は、その身体能力を持て余し気味だ。
 ある程度は上手くコントロールする事が出来る。戦闘もそつなくこなす事が出来る。

 だからこそ、真の武芸者とも呼べる者達には遠く及ばない。彼女は未だ、凡人と秀才の狭間で頭を抱える程度の存在でしかなかった。

「わ、私は! まだ出来ます! まだ全然やれます! だから――」
「……残念ですが、貴女の望んでいるような強さを得ることは出来ません。どれだけ望んでも……」
「……! わかったような口を聞かないで!!」

 自分の未熟さ。それをはっきりと言われてしまったようで、ジュールは思わず叫ぶように声を荒げていた。
 そして、自分の失態にすぐさま気付いた彼女は、そのまま固まったかのように動けなくなった。

「あ……そ、その……ごめんなさい」

 あたふたとした動きで慌てて謝ったジュールは、内心恥ずかしい気持ちでいっぱいだった。
 初めて雪雨ゆきさめに突っかかって、自分の未熟さを思い知らされた日。それと同じくらいの思いをしていた。

「ジュール。焦る気持ちはわかります。ですが、貴女には剣による戦いは向いていない。他の武器に切り替えて、近接戦は最低限出来る程度に留めて置いた方が伸びると思いますよ」

 諭すような口調で話しかける雪風だったが、ジュールにとっては哀れまれているようにしか感じなかった。

「……向いてない。確かにそうでしょうね。結局私は――」

 ――役立たず。

 そんな言葉が脳裏を掠めるほど、ジュールは参っていた。
 聖黒族のスライムとしてもっと強くならないとと焦る一方、どうしても頭打ちになっている自分の実力。

「……まずは、他の武器も触ってみませんか? もしかしたらしっかりとくるものがあるかもしれません。ジュールは、剣以外では何を使っていましたか?」
「え、えっと……わかりません。学園の授業でも、剣しか扱った事がありません」
「そうですか。今は剣しか持ってませんから……次の訓練の時に用意しておきますね」
「え? 次?」

 雪風のあっさりとした言葉に、ジュールは思わずきょとんとした声を上げる。今までの話の流れで、次の訓練があるとは夢にも思わなかったからだ。

「当然でしょう。剣での攻撃が向いていないなら他に。近接戦の才能が無いなら、如何にして敵を遠ざけるか。やれる事は幾らでもあります。一つの事が無理だったとしても、諦めるつもりは毛頭ありません」

 にっこりと微笑む雪風の姿は、ジュールには眩しく見えた。
 もう訓練を受けさせてもらえないものと思っていたからこそ、必死に追い縋った。雪風は剣の達人で、そんな彼女にはっきりと才能がないと言われた自分は、見放されて当然だと。

 だからこそ、雪風の言葉は嬉しかった。涙が出そうになったが、泣くのは嫌だと思っていたジュールはそれを押し留めた。

「その、ありがとう」
「君は捻くれていますからね。変な事を考えていたのでしょう?」
「うっ……」

 普段から自分の感情をあまり素直に表現しないジュールは、図星を突かれたように嫌な表情を浮かべて、少し笑ってしまった。

 自分の事を理解してくれる人。そんな人がいるのも、案外悪くないな、と思いながら――
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