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352・戦いの鐘
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新年祭が始まる一日前……いよいよこの時がやってきた。
それまでは何も起こらなかったけれど、彼の――いや、ダークエルフ族の性格上、新年祭が終わるまでの間には必ず仕掛けてくる。
人が一番油断している状況でこそ、彼らの企みは最大限の効果を発揮する。
それは大体眠っている時や疲れている時――そして祭りなどの楽しい雰囲気で周囲が包まれて、それに浮かれている時だ。
そして大勢の人間が浮かれている時となれば、それは新年祭の期間が一番近い。
どの国でも大抵新年は祝うものだし、年の最初だから派手に行う。
誰もが……とは言わないが、大多数はそうだろう。
最大の狙い目がそこにある以上、ダークエルフ族が目をつけない訳がない。
本当はそれを狙って少し前に仕掛けてくるかと思ったけれど……それは流石に読み過ぎていたようだ。
「いよいよ、ね」
楽しそうに笑うファリスの笑みは非常に好戦的で、部屋の窓から見える外の賑わいをじっと見ていた。
彼女も不意打ちでスライムに取り込まれてしまった一件もある。シュタインに対して腹に据えかねているのだろう。
味方にすればこれほど頼もしい子はいない。雪風もローランも頑張ってくれるだろうけど、ね。
「緊張してる?」
「まさか! むしろわくわくしてる。わたしをコケにしたんだもの。存分に晴らしてあげる」
「程々にね」
ふっふっふっ、と意味ありげに笑っている彼女がどんな想像をしているのか手に取るようにわかる。
「エールティア姫、準備出来たぞ」
ノックの音と共に現れたローランと雪風は戦装束と呼ぶに相応しいもので身を包んでいた。
鬼人族の武将達のような鎧ではなく、動きやすい軽やかな服装だ。
「二人とも良い装備ね」
「ありがとう」
「ありがとうござまいます」
二人とも体調は万全にしているようだ。
これなら急に襲い掛かられても問題ないだろう。
ジュールや雪雨といったある程度戦うことが出来る人には教えてある。
それでも数的には心許ないけれど、いないよりはいた方がいいに決まっている。
かと言って、手当たり次第はダメだ。戦闘能力が明らかに劣っている人が出しゃばっても、それは足手まといでしかならないからだ。
だからこそ魔王祭上位の人にだけ声を掛けた。
「本当に来るのでしょうか……」
「可能性は相当高いわ。なかったらその方が良いんだけどね」
それもまた、夜になればわかる事だろう。
日が徐々に沈み、もうすぐ今年が終わる。来年が……ダークエルフ族がやってくるのも時間の問題だった。
――
日が沈み、普段なら暗闇が町を支配する時間。それを嫌うかのように町は眩いほどの光を放ち、まるで夜の太陽だと訴えるかのようだった。
新年祭が始まる前。人々はもうすぐ訪れる新たな年を祝う為に祝杯を交わしていた。誰もが笑顔で、幸福である事を疑う事がない。
もうすぐこれが火を息で吹き消すようにあっという間に消えると思うと、途端に儚く感じてしまう。
誰もが楽しんでいるこの前夜祭をぶち壊すシュタインの所業……改めて怒りを感じる。
「みんな、楽しそうだね」
戦いの為に宿から出て、外を歩いていると、ファリスがしみじみとした様子で周囲を見渡している。まるで初めて都会からきた田舎者って感じだ。
……いや、流石に言い過ぎかもしれない。
「ティア様とまたこうして歩けるなんて……嬉しいです!」
私の隣にはジュールがいて、久しぶりの私の側ですごく張り切っているようだった。
魔王祭の時は彼女とはすれ違ってばかりだったから、その分甘えてきているって感じだ。
熱っぽい視線が私に降り注いでいるのを感じながら、空気が少し変わっていることに気づいた。
ファリスにちらっと視線を向けると、彼女も同じように何かを感じたようで、静かに頷いていた。
数々の戦いの記憶が、経験が教えてくれる。嫌な感覚。肌がざわついて、ここで何かが起こるような……そんな予感を抱かせる。
「……どうやら、新年祭が始まる前に事を起こそうという訳ね」
「ティア様?」
どうやらジュールの方はあまり感じてないみたいだ。
きょとんとした表情が可愛らしいけど、今はそんな場合じゃない。
今まではどれだけ信じていても可能性だけだったけれど、これでほぼ確信を持てた。
敵は間違いなく仕掛けてくる。
「ジュール。雪風や他のみんなに知らせてきて。『敵が近くにいる』って」
「それは構いませんが……」
私の腕の温もりが名残惜しい様子で見つめていたジュールだったけど、流石に今はそういう場合じゃないと判断してくれたようで、すぐに動いてくれた。
ぱたぱたと駆け足で去っていって……残ったのは私とファリスだけになってしまった。
いよいよ始まる――その瞬間に大きな音があがる。
建物が壊れた時のような音。散々経験してきて、これが何でもない花火のように賑わいの為の音でない事がはっきりとわかった。
「敵が来る……!」
随分と派手な音を立ててくれる。まるで開戦を告げる笛の名のようになり響いているようだ。
戦いの鐘にしては少し大きすぎるけれど……良いだろう。
そちらがその気なら、精々派手に暴れてあげようじゃない。
それまでは何も起こらなかったけれど、彼の――いや、ダークエルフ族の性格上、新年祭が終わるまでの間には必ず仕掛けてくる。
人が一番油断している状況でこそ、彼らの企みは最大限の効果を発揮する。
それは大体眠っている時や疲れている時――そして祭りなどの楽しい雰囲気で周囲が包まれて、それに浮かれている時だ。
そして大勢の人間が浮かれている時となれば、それは新年祭の期間が一番近い。
どの国でも大抵新年は祝うものだし、年の最初だから派手に行う。
誰もが……とは言わないが、大多数はそうだろう。
最大の狙い目がそこにある以上、ダークエルフ族が目をつけない訳がない。
本当はそれを狙って少し前に仕掛けてくるかと思ったけれど……それは流石に読み過ぎていたようだ。
「いよいよ、ね」
楽しそうに笑うファリスの笑みは非常に好戦的で、部屋の窓から見える外の賑わいをじっと見ていた。
彼女も不意打ちでスライムに取り込まれてしまった一件もある。シュタインに対して腹に据えかねているのだろう。
味方にすればこれほど頼もしい子はいない。雪風もローランも頑張ってくれるだろうけど、ね。
「緊張してる?」
「まさか! むしろわくわくしてる。わたしをコケにしたんだもの。存分に晴らしてあげる」
「程々にね」
ふっふっふっ、と意味ありげに笑っている彼女がどんな想像をしているのか手に取るようにわかる。
「エールティア姫、準備出来たぞ」
ノックの音と共に現れたローランと雪風は戦装束と呼ぶに相応しいもので身を包んでいた。
鬼人族の武将達のような鎧ではなく、動きやすい軽やかな服装だ。
「二人とも良い装備ね」
「ありがとう」
「ありがとうござまいます」
二人とも体調は万全にしているようだ。
これなら急に襲い掛かられても問題ないだろう。
ジュールや雪雨といったある程度戦うことが出来る人には教えてある。
それでも数的には心許ないけれど、いないよりはいた方がいいに決まっている。
かと言って、手当たり次第はダメだ。戦闘能力が明らかに劣っている人が出しゃばっても、それは足手まといでしかならないからだ。
だからこそ魔王祭上位の人にだけ声を掛けた。
「本当に来るのでしょうか……」
「可能性は相当高いわ。なかったらその方が良いんだけどね」
それもまた、夜になればわかる事だろう。
日が徐々に沈み、もうすぐ今年が終わる。来年が……ダークエルフ族がやってくるのも時間の問題だった。
――
日が沈み、普段なら暗闇が町を支配する時間。それを嫌うかのように町は眩いほどの光を放ち、まるで夜の太陽だと訴えるかのようだった。
新年祭が始まる前。人々はもうすぐ訪れる新たな年を祝う為に祝杯を交わしていた。誰もが笑顔で、幸福である事を疑う事がない。
もうすぐこれが火を息で吹き消すようにあっという間に消えると思うと、途端に儚く感じてしまう。
誰もが楽しんでいるこの前夜祭をぶち壊すシュタインの所業……改めて怒りを感じる。
「みんな、楽しそうだね」
戦いの為に宿から出て、外を歩いていると、ファリスがしみじみとした様子で周囲を見渡している。まるで初めて都会からきた田舎者って感じだ。
……いや、流石に言い過ぎかもしれない。
「ティア様とまたこうして歩けるなんて……嬉しいです!」
私の隣にはジュールがいて、久しぶりの私の側ですごく張り切っているようだった。
魔王祭の時は彼女とはすれ違ってばかりだったから、その分甘えてきているって感じだ。
熱っぽい視線が私に降り注いでいるのを感じながら、空気が少し変わっていることに気づいた。
ファリスにちらっと視線を向けると、彼女も同じように何かを感じたようで、静かに頷いていた。
数々の戦いの記憶が、経験が教えてくれる。嫌な感覚。肌がざわついて、ここで何かが起こるような……そんな予感を抱かせる。
「……どうやら、新年祭が始まる前に事を起こそうという訳ね」
「ティア様?」
どうやらジュールの方はあまり感じてないみたいだ。
きょとんとした表情が可愛らしいけど、今はそんな場合じゃない。
今まではどれだけ信じていても可能性だけだったけれど、これでほぼ確信を持てた。
敵は間違いなく仕掛けてくる。
「ジュール。雪風や他のみんなに知らせてきて。『敵が近くにいる』って」
「それは構いませんが……」
私の腕の温もりが名残惜しい様子で見つめていたジュールだったけど、流石に今はそういう場合じゃないと判断してくれたようで、すぐに動いてくれた。
ぱたぱたと駆け足で去っていって……残ったのは私とファリスだけになってしまった。
いよいよ始まる――その瞬間に大きな音があがる。
建物が壊れた時のような音。散々経験してきて、これが何でもない花火のように賑わいの為の音でない事がはっきりとわかった。
「敵が来る……!」
随分と派手な音を立ててくれる。まるで開戦を告げる笛の名のようになり響いているようだ。
戦いの鐘にしては少し大きすぎるけれど……良いだろう。
そちらがその気なら、精々派手に暴れてあげようじゃない。
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