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501・純血(シャニルside)
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「……そうかにゃ。ご苦労だったにゃ。その兵士は手厚く看病して欲しいにゃ」
ルドールの駐屯地に存在する館の執務室。そこでシャニルは猫人族の兵士から報告を聞いていた。
戦いの中で成長する鎧。それが多数に出現したという事実は彼の恐れを抱かせるには十分だった。
「……さて、どうするかにゃ」
ぽつりと零した声はファリスと話していた時と違い、猫人族特有の訛りが混じっていた。彼自身この話し方が一番楽だし、他の種族がいない時は今の方が猫人族らしくて好ましいとすら感じていた。
「失礼しますにゃん」
思考の海へと船を漕ぎ出していた矢先、扉を開けて入ってきたのは兵士達とは明らかに違うローブに身を包んだ虎模様の猫人族だった。
「ガーロス。どうしたのかにゃ?」
「いえいえ、シャニルに聞きたいことがありましてにゃん」
笑顔でゆっくりと近づいてくるガーロスにうんざりするような視線を向けるシャニル。彼が一体どんな内容
でここを訪れたかわかりきっていたからこその表情だった。
「今は忙しいのにゃ。後にして欲しいのにゃ」
「いやいや、私達が抱えている事案以上に大切な事なんてありませんのにゃん」
「……ティリアースの方々をここに留まらせておくように、ということなら守ってるはずだにゃ」
「それもですが……もう一つのことですにゃん」
「ああ、あれかにゃ。言ったはずにゃ。『断る』とにゃ」
うんざりしているシャニルの顔など全く見ないでゆっくりと詰め寄ってくるガーロスに呆れかえった様子を向けるも、全然動じていない。
「偉大なる賢き猫人族。シャニルともあろう者が私達の誘いを断るのですかにゃん?」
「ふん、世辞はよすにゃ。私の派閥の力が欲しいだけなのだろうにゃ」
賢猫にも派閥があり、彼らの会議は話し合った末の投票で決められる。とどのつまり多数決という訳だ。現在、シャニルには七人中四人が彼についている。それはつまり最終的に彼の意見を押し通す事が容易だということだ。もちろん意見が割れれば通らない事も多いが、それでも支持されている数は重要だ。ガーロスはそんなシャニルの力を欲していた。
「わかっているなら早く『うん』と言って欲しいのにゃん」
「純血派は考える事が短絡なのにゃ。それなのにどうもこうして巧妙なのかにゃ……」
頭を抑えるシャニルは今の自分が危うい対場にいる事を感じていた。ガーロスがこうも得意げになっている理由――それは彼らの支持母体の一つがこのルドールで入念に根回しを行っていたからだ。シルケットという国の玄関と言える都市を抑えれば、王家への影響力もその分増すということだ。
そしてそんな都市を治めている市長であり賢猫であるシャニルはガーロスの後ろで糸を引いている『純血派』にとっては喉から手が出るほどに欲しい権力だった。
「あまり焦らしていたらこの町がどうなるか……おわかりですにゃん?」
「そうなればあの女隊長が黙っていないだろうにゃ。あれは相当強いにゃ。この町中の兵士をかき集めても敵いそうにないにゃ。それに……いくら内乱とはいえ攻撃されたティリアース軍が黙っているかとおもうかにゃ?」
ぐっ……と苦虫を噛み潰したかのように言葉を飲み込むガーロスにも今がどういう状況かは理解できているようだった。シャニルはこれ幸いにと更なる言葉を饒舌に紡ぐ。
「こちらは彼女らをこの都市に留まらせる――それで充分譲歩していると思わないかにゃ?」
「……ふん、せいぜい今のうちに良い気になっているといいにゃん。後で泣きを見ても知らないにゃん」
負け惜しみを言って肩を怒らせながら部屋を後にしたガーロスを見送るシャニルの表情はどこか挑発的だった。
「全く、もう少し状況を考えて欲しいのにゃ」
混血であるベルン王子をこの機に乗じて亡き者にし、リュネー王女とニンシャ王女もダークエルフ族の争乱の間に始末する。それが純血派の目的だった。シルケット王の近くにいる王妃についても策を巡らせていており、新たな王妃候補も選出する――。
そして混じりっ気のない猫人族の子供を作り、純粋な猫人族を王族として迎える。それこそか彼ら純血派の最大の目的だった。
それが達成されるのであれば喜んでダークエルフ族の片棒を担ぎ、世界を混沌に陥れる事も厭わない。純血派の中でも過激派集団と呼ばれている者達が動き出した以上、事態は悪化するしかないという訳だ。
ルドールにいるであろう純血派の連中が一斉に暴れれば、この都市は間違いなく半壊する。それで脅してシャニルに命令していたのだが、今回ばかりはそれも通用しない。
仮に便乗して暴れまわれば、確実にティリアースの軍が出動する。そしてシルケット対ティリアースの構図になってしまえば――そうなればシルケットが滅ぶのも時間の問題となる。純粋な猫人族を王にしたい彼らとしてもそれは避けたいはずだ。しかし、追い詰められれば何をするのかわからないのもまた事実だった。、
暴動は避けたい。かといってこれ以上ベルン王子を見捨てるような真似はしたくない……。
シャニルの立場は、更に複雑になっていくのだった。
ルドールの駐屯地に存在する館の執務室。そこでシャニルは猫人族の兵士から報告を聞いていた。
戦いの中で成長する鎧。それが多数に出現したという事実は彼の恐れを抱かせるには十分だった。
「……さて、どうするかにゃ」
ぽつりと零した声はファリスと話していた時と違い、猫人族特有の訛りが混じっていた。彼自身この話し方が一番楽だし、他の種族がいない時は今の方が猫人族らしくて好ましいとすら感じていた。
「失礼しますにゃん」
思考の海へと船を漕ぎ出していた矢先、扉を開けて入ってきたのは兵士達とは明らかに違うローブに身を包んだ虎模様の猫人族だった。
「ガーロス。どうしたのかにゃ?」
「いえいえ、シャニルに聞きたいことがありましてにゃん」
笑顔でゆっくりと近づいてくるガーロスにうんざりするような視線を向けるシャニル。彼が一体どんな内容
でここを訪れたかわかりきっていたからこその表情だった。
「今は忙しいのにゃ。後にして欲しいのにゃ」
「いやいや、私達が抱えている事案以上に大切な事なんてありませんのにゃん」
「……ティリアースの方々をここに留まらせておくように、ということなら守ってるはずだにゃ」
「それもですが……もう一つのことですにゃん」
「ああ、あれかにゃ。言ったはずにゃ。『断る』とにゃ」
うんざりしているシャニルの顔など全く見ないでゆっくりと詰め寄ってくるガーロスに呆れかえった様子を向けるも、全然動じていない。
「偉大なる賢き猫人族。シャニルともあろう者が私達の誘いを断るのですかにゃん?」
「ふん、世辞はよすにゃ。私の派閥の力が欲しいだけなのだろうにゃ」
賢猫にも派閥があり、彼らの会議は話し合った末の投票で決められる。とどのつまり多数決という訳だ。現在、シャニルには七人中四人が彼についている。それはつまり最終的に彼の意見を押し通す事が容易だということだ。もちろん意見が割れれば通らない事も多いが、それでも支持されている数は重要だ。ガーロスはそんなシャニルの力を欲していた。
「わかっているなら早く『うん』と言って欲しいのにゃん」
「純血派は考える事が短絡なのにゃ。それなのにどうもこうして巧妙なのかにゃ……」
頭を抑えるシャニルは今の自分が危うい対場にいる事を感じていた。ガーロスがこうも得意げになっている理由――それは彼らの支持母体の一つがこのルドールで入念に根回しを行っていたからだ。シルケットという国の玄関と言える都市を抑えれば、王家への影響力もその分増すということだ。
そしてそんな都市を治めている市長であり賢猫であるシャニルはガーロスの後ろで糸を引いている『純血派』にとっては喉から手が出るほどに欲しい権力だった。
「あまり焦らしていたらこの町がどうなるか……おわかりですにゃん?」
「そうなればあの女隊長が黙っていないだろうにゃ。あれは相当強いにゃ。この町中の兵士をかき集めても敵いそうにないにゃ。それに……いくら内乱とはいえ攻撃されたティリアース軍が黙っているかとおもうかにゃ?」
ぐっ……と苦虫を噛み潰したかのように言葉を飲み込むガーロスにも今がどういう状況かは理解できているようだった。シャニルはこれ幸いにと更なる言葉を饒舌に紡ぐ。
「こちらは彼女らをこの都市に留まらせる――それで充分譲歩していると思わないかにゃ?」
「……ふん、せいぜい今のうちに良い気になっているといいにゃん。後で泣きを見ても知らないにゃん」
負け惜しみを言って肩を怒らせながら部屋を後にしたガーロスを見送るシャニルの表情はどこか挑発的だった。
「全く、もう少し状況を考えて欲しいのにゃ」
混血であるベルン王子をこの機に乗じて亡き者にし、リュネー王女とニンシャ王女もダークエルフ族の争乱の間に始末する。それが純血派の目的だった。シルケット王の近くにいる王妃についても策を巡らせていており、新たな王妃候補も選出する――。
そして混じりっ気のない猫人族の子供を作り、純粋な猫人族を王族として迎える。それこそか彼ら純血派の最大の目的だった。
それが達成されるのであれば喜んでダークエルフ族の片棒を担ぎ、世界を混沌に陥れる事も厭わない。純血派の中でも過激派集団と呼ばれている者達が動き出した以上、事態は悪化するしかないという訳だ。
ルドールにいるであろう純血派の連中が一斉に暴れれば、この都市は間違いなく半壊する。それで脅してシャニルに命令していたのだが、今回ばかりはそれも通用しない。
仮に便乗して暴れまわれば、確実にティリアースの軍が出動する。そしてシルケット対ティリアースの構図になってしまえば――そうなればシルケットが滅ぶのも時間の問題となる。純粋な猫人族を王にしたい彼らとしてもそれは避けたいはずだ。しかし、追い詰められれば何をするのかわからないのもまた事実だった。、
暴動は避けたい。かといってこれ以上ベルン王子を見捨てるような真似はしたくない……。
シャニルの立場は、更に複雑になっていくのだった。
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