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538・最後の仲間(ファリスside)
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真剣な表情でじっと見つめられたファリスは、若干居心地の悪さを感じていた。押し黙ったまま何も言わないオルド。常人ならその体格と威圧感も相まって恐怖を覚えてしまうだろう。鬼人族であれば喜んで喧嘩を売りそうな程じっと見つめたまま不動だった。
「もし、まだ行く者が決まっていないのでしたら……この私を御供させてください」
ようやく開いたその重苦しい口から出てきたのは意外な事に一緒に付いて行きたい……その言葉に驚きを隠せなかったのはルォーグの方だった。彼はてっきりいざという時は部隊を率いて戦場では文字通り壁となるのだと思っていたからこそ、リュネーを助けに行く事はないだろうと思っていたのだ。
「え? 何かの冗談ですよね?」
まさかこのような人目に付く場所でそんな爆弾発言をされるとは思っていなかったのか、頭の中が真っ白になったかのように思った事がそのまま口に出てしまっていた。ぽかんと間抜け面を晒しかけていたルォーグはなんとかその緩みそうになった顔を引き締める。一応往来の場なのだから人の目がある。試験場となっているテントの中ではないのだ。他人にそんな顔を見せる訳にはいかなかった。
「私が冗談を言っていると思われているのなら、実に心外だ」
あまりの出来事に呆然としているルォーグに対し、オルドはどこまでも真面目な表情でファリスを見つめていた。
「理由を聞いても良い?」
「はっ。私もオーク族の端くれ。聖黒族である貴女様のお役に立ちたいと思うのは当然の事でございます」
オルドの話を聞いて『うん?』と言いたげな程不思議そうな表情をしたファリスに対し、落ち着きを取り戻したルォーグが説明を始めてくれた。
「初代魔王様の時代でオーク族はティリアースの前身であるリーティアスを侵略していたのです。初代魔王様が『覚醒』されてからは瞬く間にオーク族の王を討ちとり、彼らの全てを滅ぼす機会を得ました。しかしあの御方はそれをせず、むしろ残ったオーク族の中で争いを好まない者達を保護する事にしたのです。結果、彼らは今の時代でも聖黒族の下繁栄し、恩義を感じているという訳です」
得意げに説明をしているルォーグは決まった……と満足そうに頷いていた。自分の知識を披露する事に愉悦を感じている彼の心境が理解出来なかったファリスは――
「ふーん。なるほどね」
となんとまあ気の篭っていない返事をするのだった。しかし、これでオルドが何を思っているのかは理解出来た。要するに聖黒族の役に立ちたいという事だった。
「でも、わたしは聖黒族じゃなくて複製体だよ。そんなに律儀にしなくても――」
「複製でも血が混じっていても、我らにとっては些細な問題です。貴女様が聖黒族の血を引いており、エールティア次期女王陛下の臣下である事。その事実は揺るぎありません」
背丈の違いから必然的に見下ろされる形になっているファリスは、オルドの瞳を覗いていた。どこまでも真っ直ぐな瞳。打算で動く者は愚直だと馬鹿にするだろう。しかしファリスはその目は嫌いじゃなく、むしろ好ましいとすら感じていた。彼女の周りには汚い大人――ダークエルフ族が多かったからだろう。
「……いいわ。ならついてきなさい。死んでもいい覚悟があるのなら、ね」
「ふ、ふふふ、残念ながらまだ死ぬ気はありませぬ。生き抜く覚悟は常にしておりますがね」
にやりと笑うオルドの顔はどことなく渋みが溢れていた。様々な戦を生き残った彼は散っていった者達の姿を何度も見てきた。共に戦った部下。未来を語り合った戦友たちの苦痛、後悔、諦め……それこそ無数の顔を。多くの死を看取った彼は、その真面目さゆえに英霊となった者達の想いの全てを背負うと誓っていた。生き抜く覚悟とはつまりそういう事だった。
「あの、勝手に話を進めないでください。まずオルド隊長は自分の部隊があるでしょう?」
「問題ない。後任は既に育ててある。私一人がいなくなったとしても問題ない程には鍛えている」
「で、では貴方のその体格はどうするのですか? 腕が立つといっても今回の作戦は潜入です。隠すのにも限度があります!」
「酒樽の一つに入れれば問題はないと思うけど。それなりに大きいのだったら窮屈だろうけど入るでしょう。設置するなら最奥にした方が良いかもね。一番後ろにある樽なんかより手前の取りやすい方が気になるだろうし」
ルォーグが作戦には向いていない事を指摘すると、それに対抗するような案を出していく二人。少しの間問答が続いたが、結局折れたのはルォーグの方だった。
「……わかりました。少しだけ考えさせてください」
なんとかこの場での即答はしなかったが、あまり長い時間悩んでもいられない。ファリス達が折れない以上、彼の方が折れるしかなかった。作戦決行の時が近づいてきている中での急遽決まった事にルォーグは頭が軋むような痛みを感じていたが、それでも今更やり直しなど効くはずもない。
(仕方ない。なんとか手配するとしましょう。リュネー姫を助けるのに頼もしい人材なのは間違いないのですから)
嫌々やるより前向きに実行した方がいい。それがルォーグの出した結論だった。
「もし、まだ行く者が決まっていないのでしたら……この私を御供させてください」
ようやく開いたその重苦しい口から出てきたのは意外な事に一緒に付いて行きたい……その言葉に驚きを隠せなかったのはルォーグの方だった。彼はてっきりいざという時は部隊を率いて戦場では文字通り壁となるのだと思っていたからこそ、リュネーを助けに行く事はないだろうと思っていたのだ。
「え? 何かの冗談ですよね?」
まさかこのような人目に付く場所でそんな爆弾発言をされるとは思っていなかったのか、頭の中が真っ白になったかのように思った事がそのまま口に出てしまっていた。ぽかんと間抜け面を晒しかけていたルォーグはなんとかその緩みそうになった顔を引き締める。一応往来の場なのだから人の目がある。試験場となっているテントの中ではないのだ。他人にそんな顔を見せる訳にはいかなかった。
「私が冗談を言っていると思われているのなら、実に心外だ」
あまりの出来事に呆然としているルォーグに対し、オルドはどこまでも真面目な表情でファリスを見つめていた。
「理由を聞いても良い?」
「はっ。私もオーク族の端くれ。聖黒族である貴女様のお役に立ちたいと思うのは当然の事でございます」
オルドの話を聞いて『うん?』と言いたげな程不思議そうな表情をしたファリスに対し、落ち着きを取り戻したルォーグが説明を始めてくれた。
「初代魔王様の時代でオーク族はティリアースの前身であるリーティアスを侵略していたのです。初代魔王様が『覚醒』されてからは瞬く間にオーク族の王を討ちとり、彼らの全てを滅ぼす機会を得ました。しかしあの御方はそれをせず、むしろ残ったオーク族の中で争いを好まない者達を保護する事にしたのです。結果、彼らは今の時代でも聖黒族の下繁栄し、恩義を感じているという訳です」
得意げに説明をしているルォーグは決まった……と満足そうに頷いていた。自分の知識を披露する事に愉悦を感じている彼の心境が理解出来なかったファリスは――
「ふーん。なるほどね」
となんとまあ気の篭っていない返事をするのだった。しかし、これでオルドが何を思っているのかは理解出来た。要するに聖黒族の役に立ちたいという事だった。
「でも、わたしは聖黒族じゃなくて複製体だよ。そんなに律儀にしなくても――」
「複製でも血が混じっていても、我らにとっては些細な問題です。貴女様が聖黒族の血を引いており、エールティア次期女王陛下の臣下である事。その事実は揺るぎありません」
背丈の違いから必然的に見下ろされる形になっているファリスは、オルドの瞳を覗いていた。どこまでも真っ直ぐな瞳。打算で動く者は愚直だと馬鹿にするだろう。しかしファリスはその目は嫌いじゃなく、むしろ好ましいとすら感じていた。彼女の周りには汚い大人――ダークエルフ族が多かったからだろう。
「……いいわ。ならついてきなさい。死んでもいい覚悟があるのなら、ね」
「ふ、ふふふ、残念ながらまだ死ぬ気はありませぬ。生き抜く覚悟は常にしておりますがね」
にやりと笑うオルドの顔はどことなく渋みが溢れていた。様々な戦を生き残った彼は散っていった者達の姿を何度も見てきた。共に戦った部下。未来を語り合った戦友たちの苦痛、後悔、諦め……それこそ無数の顔を。多くの死を看取った彼は、その真面目さゆえに英霊となった者達の想いの全てを背負うと誓っていた。生き抜く覚悟とはつまりそういう事だった。
「あの、勝手に話を進めないでください。まずオルド隊長は自分の部隊があるでしょう?」
「問題ない。後任は既に育ててある。私一人がいなくなったとしても問題ない程には鍛えている」
「で、では貴方のその体格はどうするのですか? 腕が立つといっても今回の作戦は潜入です。隠すのにも限度があります!」
「酒樽の一つに入れれば問題はないと思うけど。それなりに大きいのだったら窮屈だろうけど入るでしょう。設置するなら最奥にした方が良いかもね。一番後ろにある樽なんかより手前の取りやすい方が気になるだろうし」
ルォーグが作戦には向いていない事を指摘すると、それに対抗するような案を出していく二人。少しの間問答が続いたが、結局折れたのはルォーグの方だった。
「……わかりました。少しだけ考えさせてください」
なんとかこの場での即答はしなかったが、あまり長い時間悩んでもいられない。ファリス達が折れない以上、彼の方が折れるしかなかった。作戦決行の時が近づいてきている中での急遽決まった事にルォーグは頭が軋むような痛みを感じていたが、それでも今更やり直しなど効くはずもない。
(仕方ない。なんとか手配するとしましょう。リュネー姫を助けるのに頼もしい人材なのは間違いないのですから)
嫌々やるより前向きに実行した方がいい。それがルォーグの出した結論だった。
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