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583・真贋(ファリスside)

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 徐々に追い詰められていくファリスの頭の中は自分の危機が迫ってきているのにも関わらず冷静なままだった。
 怪物の内二人は近接戦を仕掛け、三人は遠距離からの魔導攻撃という連携を取っており、序盤はファリスもなんとか反撃、回避、防御と的確な行動を取っていたが、体力の関係上そう何度も出来る訳がない。彼女最大の魔導を未だに切り札にしている現状では追い詰められていくのも仕方がなかった。
 既に肩が無残にも焼かれ、【シックスセンシズ】によって鋭敏になった痛覚でどうにかなりそうになりながらでも、頭の中は氷のように冷たく自身の不利を理解していた。

 それでもファリスは恐怖の欠片も感じない。むしろどこか虚しさすらあった。痛みは愛情の裏返しである事を彼女は今でも信じている。エールティアと傷つけ傷つきあいたいと思っている彼女の根底が揺らぐ事はないだろう。しかし同時にこのように痛みを感じていても何も感じない自分がいるのも事実だった。襲われる虚無感。ただただ虚しいだけであり、屈辱的な事ですらある。その違いをファリスは上手く把握できずにいた。

 自分の抱く感情が二律背反する葛藤。どこまでが本当の自分でどこからが偽りなのかすら考え始めてしまうほどの苦痛。悩みながらも左右から襲い掛かる爪撃をしゃがんで避け、同時に【フラムブランライン】で反撃を行う。一撃で仕留めるつもりで放った魔導だったが、無理に攻撃したせいで手元がブレて頭ではなく自分と同じように肩を貫いてしまった。痛みに顔を歪めるも、一切行動を止める様子も見られずなんの躊躇もなく口内に炎の魔力を収束させ、解き放ってきた。

「ッ!? 【プロテマジク】!!」

 至近距離で放てば大きな隙を生むことになるブレス攻撃をためらいすらなくするというのは彼女の思考からは考えられない事だった。しゃがんだ状態からの一撃。それも避けたとしてもどこか身体が焼かれる事は目に見えている程。こうなれば防いだ方が利口だと判断したファリスは防御系の魔導を展開させる。直撃を受けた彼女の身体は炎の熱さで身を焦がす程の痛覚に襲われる。常人では気が狂いそうになる中、ファリスはただじっと耐える。激痛の波に苛まれながら次の戦略を考える。

(……悔しいけれど、わたしの身体能力を想像以上に超えている。五体がそれぞれ互いの邪魔にならないように攻撃してきているから行動後の隙を突かれやすくて正直勝てる未来が見えない。……もし――)

 もし自分が本当のローランだったら。本物のティファリスだったのなら、この苦境を切り抜ける事が出来たのだろうか?

 そんな考えが頭の中に湧き上がる。幾度もよぎったその思考。痛みでしか感情のやり取りを明確に出来ない自分の性分は過去の記憶を持つからこそなのではないか? もし何も持たずに生まれていたら……今のように振舞えていたか?

 戦闘狂や悪党を素体とした複製体であればそこまで悩む必要のなかった問題だ。ティファリスは戦う事を好んではいたものの、誰かを守るために剣を執り続けた。それは転生する前から何一つ変わっていない。愛情を知らないはずなのに誰かを慈しみ、愛に飢えているくせに己を曲げない者の信条。それを最初から持って生まれからこその歪み。悪夢として苛まれ続ける現状。普段は考えないようにしていた。何も思わず考えず、初代魔王の記憶を受け継いでいる少女として振舞う事を。最初はどうであれ、次第に彼女は痛みを求めるようになった。痛みの先に愛がある。それはつまり痛覚こそ『生の実感』を与えてくれる唯一の方法だったからだ。

 ファリスはそこまで自分の根底には気付いていない。強いて上げるなら痛覚と愛情がイコールだと認識している程度。だからこそ自分が愛せない者から受けた痛みには何も思うところもなく、むしろ屈辱的ですら感じてしまう。当然だ。自分が認めていない者に生きている証を与えられて嬉しい者などいない。

 だからこ炎の熱さに晒された今の自分に何の感情も抱けず、冷静に戦い方を思考し、己の在り方に疑問を投げ入れる事が出来るのだ。

(戦いの最中にこんな事を考えるなんてね……。でも、もしわたしが――)

 一度陥った思考の渦は中々収まりを見せる事はない。容姿も記憶も魔力も経験も魔導も技術も……感情ですら少女は最初から持っていた。何か一つでも自分が勝ち得たものであったらという感情が湧き上がるのも不思議ではなかった。そして、そんな隙を見逃してくれる程怪物たちは甘くない。

「!?」

 時間的にはほんの僅かだとしても致命的な一瞬。ブレス攻撃が途絶えた直後に怪物たちは一斉に距離を取り、ファリスの周囲を覆いつくすように多種多様の属性の槍を生み出した。炎、風、土、水、雷……幾つもの槍が必ずその少女の息の根を止めてみせると息巻いているように思える程の数。一瞬で死んだと判断できる程には戦況を見ていたファリスは、生きる事を諦めかけていた。

 緩やかに放たれるそれは尋常ではない程の遅さで襲いかかる。自らの身体すらスローで『ああ、これが走馬灯か』と思えるほどの長い時。最後に思い出したのはエールティアのどこか痛みを覚えているかのような苦しげで、悲しげな表情だった。
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