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602・仮の決着
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恐らく一瞬だけ防いで魔力で身体を強化すると同時に上空へと逃れたのだろう。それでも完全に避け切ったわけじゃないからいたるところに負傷している跡が見受けられた。
このまま上空で魔導攻撃を続けるようとしているけれど、それを許すような私ではない。
「【スローイングフォース】!」
槍を投げるように構えた私は魔導を発動させ、自分の命とも言える人造命具を投げ放った。
まさか私がそんな事をしてくるなんて予想していなかったのか、驚きと共に回避行動を取る。
――遅い。
初動と共に避けていればあっさりかわすことが出来ただろう。軌道が読まれやすい上、私の発動した魔導の効果は投げた物の威力と速度が大幅に上昇するもの。追跡したり、ワープして目の前にいきなり出現するといった類のものではない。
「ぐっ……あ、ああああああ!!」
それでも気合で回避行動をとったクロイズの片翼を穿つ。身体的な痛みと存在を否定された事に対する精神的苦痛が同時に襲い掛かり、今まで余裕を浮かべていた顔を歪ませてやった。ふらふらと力なく飛び、地面に不時着する彼はそれでも私を見据えて嬉しそうだった。その表情が私を苛立たせる。ある種、初めての敗北を喫したあの時と似たような感じが尚更。
「人造命――」
「待った!!」
再びミディナルーネを呼び出して追撃を仕掛けようと走りだした私に向かってクロイズは両手を突き出して制止してくる。中途半端に止まる事が出来なかった私は魔導の詠唱だけ止め、少し走り出した状態で徐々に速度を緩めた。最後に足を止めた私に満足そうに頷く彼だけれど、ここまでやってまさか参ったなんて――
「我の負けだ。汝の力は良く伝わった」
――認める訳ないでしょうね。って思った瞬間には降参していた。
「……それを認めると思う? この、今の状況で」
ここまで戦い、私を煽ってきたのだ。自分が劣勢になった途端に「はい負けました!」なんて理屈が通る訳がない。
「もちろん普通は思うまい。ならばこちらも相応の対価を払おう。それならばどうだ?」
「……」
「これ以上汝が本気で戦うというのであれば、こちらもそれ相応の覚悟で臨む事になる。この辺り一帯の被害では済まなくなる可能性もある。それでもいいのか?」
瞬間に周りがヒリつくような感覚に襲われる。向こうはまだ切り札を持っている……。そんな風に思える程の威圧感。そんな様相に私は一瞬気圧された。例え周囲一帯を消し飛ばしても決着をつける。そんな迫力が伝わってくる。
「……それで私が刃を収めるとでも?」
「思うな。汝は背負いし者。我には何も存在しない。この差がある限り、汝が軽率な行動を取る事はあるまい」
にやりと笑うクロイズの顔からは焦りが見えている。恐らく冷や汗を流して堪えているのだろう。存在を否定される感覚を味わった事がない私が思うのもなんだけど、何もかもが消え去るような得体の知れない虚脱感に襲われるらしい。意識がはっきりしているのに生が零れ落ちる。苦しみも何もなく、君は要らないんだよと突きつけられたかのような絶望だけが心を支配する――らしい。
内臓にそれを動かすための血液。思考する脳に魔力を循環させる器官と生き物は複雑だ。だからすぐには否定される事はない。ゆっくり、浸食されるように消されていく。意識ははっきりしているから尚更恐ろしいのだろう。クロイズの目からは恐怖の感情は読み取れない。何を考えているのかまるでわからないからどれだけ正しいのかはわからないけど、彼は既に動けないのではないかと推測する。
「……良いでしょう。今回はこれで勘弁してあげる。だけど、次は遊びじゃ済まさない。それだけは肝に銘じておいて」
あくまで『お遊び』。その体を崩さないように振る舞った。元々殺し合いをする為に来た訳じゃない。あんな挑発にのった私も十分に悪い。だから今回はここまで。
「ふ、ふふはは、そうしよう。次に汝と相対する時は我も相応の力を見せよう」
それと同時に座り込んでしまった。人造命具が消えた以上、否定する力が広がる事はない。それでもしばらくはまともに動けないだろう。
早足で彼の目の前に行った私は見下ろすような形で対峙する。改めて見ると私と同い年に近い背格好で少し間違えれば私がクロイズをいじめているように捉われそうな感じがする。
「それで……相応の対価というのは? まさか貴方が私の手足となる――訳じゃないでしょうね」
「ふふ、それも面白いかもしれんな。だが生憎、この身体は長生きできぬ。全く、このような失態を晒さなければならぬ程のか弱い器に閉じ込められるとは……。彼奴が知られれば大笑いされていただろう」
ぶつぶつと独り言を呟くのは良いけれど、今は後にして欲しい。抗議の視線を向けると伝わったのか、クロイズはこほんと咳ばらいをした。
「……汝達と戦っているダークエルフ族の本拠地。それと奴らが使っている兵器の情報。これを我が知る限りの事を教えよう。それでどうだ?」
思わず目を見開いて驚く。今まで明確にダークエルフ族の兵器の情報を知っている者はいなかった。複製体の誰もが知らない事。そして私達が喉から手が出るほど欲しいものだった。しかしそれだけに嘘を吐くのも容易なはずだ。どこまで信じる事が出来る……? その見極め次第では彼の評価が変わる。戦いとは別の意味で緊張感が出てきたような気がする。
このまま上空で魔導攻撃を続けるようとしているけれど、それを許すような私ではない。
「【スローイングフォース】!」
槍を投げるように構えた私は魔導を発動させ、自分の命とも言える人造命具を投げ放った。
まさか私がそんな事をしてくるなんて予想していなかったのか、驚きと共に回避行動を取る。
――遅い。
初動と共に避けていればあっさりかわすことが出来ただろう。軌道が読まれやすい上、私の発動した魔導の効果は投げた物の威力と速度が大幅に上昇するもの。追跡したり、ワープして目の前にいきなり出現するといった類のものではない。
「ぐっ……あ、ああああああ!!」
それでも気合で回避行動をとったクロイズの片翼を穿つ。身体的な痛みと存在を否定された事に対する精神的苦痛が同時に襲い掛かり、今まで余裕を浮かべていた顔を歪ませてやった。ふらふらと力なく飛び、地面に不時着する彼はそれでも私を見据えて嬉しそうだった。その表情が私を苛立たせる。ある種、初めての敗北を喫したあの時と似たような感じが尚更。
「人造命――」
「待った!!」
再びミディナルーネを呼び出して追撃を仕掛けようと走りだした私に向かってクロイズは両手を突き出して制止してくる。中途半端に止まる事が出来なかった私は魔導の詠唱だけ止め、少し走り出した状態で徐々に速度を緩めた。最後に足を止めた私に満足そうに頷く彼だけれど、ここまでやってまさか参ったなんて――
「我の負けだ。汝の力は良く伝わった」
――認める訳ないでしょうね。って思った瞬間には降参していた。
「……それを認めると思う? この、今の状況で」
ここまで戦い、私を煽ってきたのだ。自分が劣勢になった途端に「はい負けました!」なんて理屈が通る訳がない。
「もちろん普通は思うまい。ならばこちらも相応の対価を払おう。それならばどうだ?」
「……」
「これ以上汝が本気で戦うというのであれば、こちらもそれ相応の覚悟で臨む事になる。この辺り一帯の被害では済まなくなる可能性もある。それでもいいのか?」
瞬間に周りがヒリつくような感覚に襲われる。向こうはまだ切り札を持っている……。そんな風に思える程の威圧感。そんな様相に私は一瞬気圧された。例え周囲一帯を消し飛ばしても決着をつける。そんな迫力が伝わってくる。
「……それで私が刃を収めるとでも?」
「思うな。汝は背負いし者。我には何も存在しない。この差がある限り、汝が軽率な行動を取る事はあるまい」
にやりと笑うクロイズの顔からは焦りが見えている。恐らく冷や汗を流して堪えているのだろう。存在を否定される感覚を味わった事がない私が思うのもなんだけど、何もかもが消え去るような得体の知れない虚脱感に襲われるらしい。意識がはっきりしているのに生が零れ落ちる。苦しみも何もなく、君は要らないんだよと突きつけられたかのような絶望だけが心を支配する――らしい。
内臓にそれを動かすための血液。思考する脳に魔力を循環させる器官と生き物は複雑だ。だからすぐには否定される事はない。ゆっくり、浸食されるように消されていく。意識ははっきりしているから尚更恐ろしいのだろう。クロイズの目からは恐怖の感情は読み取れない。何を考えているのかまるでわからないからどれだけ正しいのかはわからないけど、彼は既に動けないのではないかと推測する。
「……良いでしょう。今回はこれで勘弁してあげる。だけど、次は遊びじゃ済まさない。それだけは肝に銘じておいて」
あくまで『お遊び』。その体を崩さないように振る舞った。元々殺し合いをする為に来た訳じゃない。あんな挑発にのった私も十分に悪い。だから今回はここまで。
「ふ、ふふはは、そうしよう。次に汝と相対する時は我も相応の力を見せよう」
それと同時に座り込んでしまった。人造命具が消えた以上、否定する力が広がる事はない。それでもしばらくはまともに動けないだろう。
早足で彼の目の前に行った私は見下ろすような形で対峙する。改めて見ると私と同い年に近い背格好で少し間違えれば私がクロイズをいじめているように捉われそうな感じがする。
「それで……相応の対価というのは? まさか貴方が私の手足となる――訳じゃないでしょうね」
「ふふ、それも面白いかもしれんな。だが生憎、この身体は長生きできぬ。全く、このような失態を晒さなければならぬ程のか弱い器に閉じ込められるとは……。彼奴が知られれば大笑いされていただろう」
ぶつぶつと独り言を呟くのは良いけれど、今は後にして欲しい。抗議の視線を向けると伝わったのか、クロイズはこほんと咳ばらいをした。
「……汝達と戦っているダークエルフ族の本拠地。それと奴らが使っている兵器の情報。これを我が知る限りの事を教えよう。それでどうだ?」
思わず目を見開いて驚く。今まで明確にダークエルフ族の兵器の情報を知っている者はいなかった。複製体の誰もが知らない事。そして私達が喉から手が出るほど欲しいものだった。しかしそれだけに嘘を吐くのも容易なはずだ。どこまで信じる事が出来る……? その見極め次第では彼の評価が変わる。戦いとは別の意味で緊張感が出てきたような気がする。
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