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640・魔導兵器『アグニス』

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 一番奥の部屋には巨大な大剣が深々と突き刺さった玉座に鎮座しているのは巨大なゴーレム。今まで見たものよりも遥かに大きなそれは、地下深くの広い空間にて静かにその場に腰を下ろしていた。その様相は巨大な岩でさえある。全身を銀色の大きな甲冑で保護しているようにも見えて、身体のあちこちに装飾が施されていた。中でも両肩から胴体にかけての赤く輝く金属には炎を絵として描いていて荘厳さすらある。座っているその姿はまるで悠然と玉座に腰掛けている王のようだ。

「これがダークエルフ族の切り札……ですかね?」
「さあな。こんな馬鹿でかいもんどうやって動かすか検討もつきやしねぇ」

 見上げるほどの大きさ。しかも座っている状態でこれなら立ったら世界樹――とまではいかなくてもかなりの高さになるだろう。

「そこにいるのは誰だ?」

 ついつい部屋に入って様子を観察していると、ゴーレムの肩の上にいたらしいダークエルフ族の一人に気付かれる。私の索敵の魔導に反応しないところから何らかの妨害を行なっているみたいだ。
 私の姿を確認した男はいきなり飛び降りて魔導の力で緩やかに地面へと降り立った。改めてこちらに顔を向けてにやりと笑みを浮かべる姿はどこか笑いを誘う。

「ほう、聖黒族のお姫様にわざわざこんなところまでご足労願うことになるとはな。大方、あの男に案内してもらったのだろう。もうすぐ死ぬなら大人しくしておけばいいものを」
「あの男――クロイズのこと?」

 クロイズの名前を聞いた瞬間怒りと憎しみに顔が歪み、笑顔で取り繕う。常に笑みを浮かべ余裕があるように見せかけている。嘘と誤魔化しが得意な男の典型だ。

「ああ。複製体としては失敗作の男だ。埋め込んだものが強すぎたせいでまともに活動することすら出来ない駄作。そろそろ力に耐えきれずに器が砕けると思っていたが、随分としぶとい奴のようだ」
「……どういう事だ?」

 嘲笑う男の言葉に今度はヒューが挑発されてしまう。それに満足したかのように鼻で笑って自分の優位性を確認していた。

「何も教えていないようだな。私が愚鈍なお前に教える必要もないが、まあいいだろう。――奴は数少ない神話の時代の力を移植した男なのだよ。本来であれば強力な生物兵器として運用する事が目的だったのだが……あの男の身体はその素晴らしい力には耐えられなかった。生まれた時から崩壊が始まっていたのだよ。欠陥品すぎて使うに値しない男。それがお前らが知る『クロイズ』と呼ばれた男だよ」

 ぎりり、と歯軋りが聞こえる。手前勝手に作っておいて散々な言い方をする。

「貴方に何がわかるのですか! 彼は……彼は決して欠陥品ではありません!」

 言葉が漏れ出そうになったのを抑えてくれたのはジュールだった。彼女の顔は悲痛に歪んでいた。気に食わなくても嫌いでも苦手でも。無闇に誰かを否定してはいけない。彼女はそれをきちんと学んでくれていた。だから存在を否定する言葉に怒りを覚える。

 吐き捨て嘲る男の行為は……到底許すことが出来るものではなかった。ましてやジュールの言葉を聞いてなおへらへらと笑うそれに救いは存在しない。

「覚悟は出来ているのでしょうね」

 どのみち彼を見逃す必要はない。ここでバレた以上、仕留める以外ない。私の殺気に一瞬怯んだ彼はすぐに余裕を取り戻した。

「脅しのつもりか? ……お前達こそ出来ているのだろうな。ここで朽ち果てる覚悟が!!」

 興奮したように途中で叫ぶように話す男の言葉が終わると同時に目の前の大きなゴーレムが音を出して立ち上がる。
 まさかここで動かすとは思っていなかっただけに驚きだ。

「くっ、こんなところで動かしてもまともに動く訳ねぇだろ!」
「浅はかだな。こうすれば問題なかろう」

 男が放り投げたのは魔石……に似た魔導具。地面に落下した時にこの部屋全体に魔方陣が広がり、光に包まれた。

「……防御魔導?」
「少し違うが、大まかには正しい。これでこの部屋が崩れる事はあり得ない。そして……」

 ごぉぉぉん、とゴーレムが音を立てて動く。その一つ一つが敵を威嚇する雄叫びのようにも聞こえる。びしびしと伝わってくる衝撃は威圧というよりももっと物理的なものだろう。
 ……こんな巨大なものが動いている時点で物理も何もあったものではないけれど。

「この魔導兵器『アグニス』がお前達を焼き尽くす準備が整ったという訳だ!」

 ゴーレムの存在感に気圧されたジュール、雪風、ヒューの三人。動き出したゴーレム――『アグニス』は鈍重そうな見かけとは違って速やかに玉座の後ろに立てかけていた剣を抜いて一気に振り下ろしてくる。全員で何とか避ける事は出来た……けれど、余波で三人は上手く体勢を取る事が出来ずに吹き飛ばされてしまう。

「……大きな図体なだけあるわね」

 私も吹き飛ばされたけれど、上手く体勢を整えて魔導を解き放つべくイメージを固める。それは私が愛用する最も得意な魔導。

「【プロトンサンダー】!」

 放たれたそれは最初は巨大な雷の光線が放出される――けれどアグニスに接触するまでに魔導に蓄えられた魔力が分散してしまい、直撃する頃には魔力を抑え、威力と範囲を絞った状態で放った【プロトンサンダー】と同じ位の大きさまで小さくなってしまい……アグニスにはほとんど効果がなかったのだった。
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