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648・世界樹の巨人(ファリスside)
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ユミストルを討伐する為に赴いた軍勢は一万。各領主が編成している軍勢に比べれば見劣りするが、いずれも精鋭ばかりであり、エールティアの次に戦力となりうるファリスを組み込むことによって討伐に本気である事に真実味を持たせる事にした。
その分ダークエルフ族が攻勢に転じた際は防御壁としての役割をこなす事で各地を守護する領主達を納得させる。ファリスの魔力が回復する前に根回しを行い、入念に準備した結果とも言える。
行軍速度とユミストルの歩みを考えれば接敵は二日後。逆にそこまで既に追い詰められている訳だ。彼女達が敗北すればアルファスは陥落可能性が高くなる。一時的な避難措置のおかげで人的被害は少なくても、街としては機能不全に陥るに違いないだろう。
「間も無く……ですね」
声が震え、いつになく緊張した表情でワーゼルは呟いた。
まだ随分と距離があるとはいえ、相手は世界樹と呼ばれる一番巨大な樹と同じくらいだと言われており、いつ見えてもおかしくない状況。そんな中で緊張しない方が難しいだろう。オルドのような死線を潜り抜けてきた猛者達ですら思うところがある。相手はそれほどまでに存在感を放っていた。
「緊張しているの?」
「当たり前じゃないですか。ファリス様はしていないんですか?」
「全然」
唯一そんなものとは無関係なのはファリスくらいなものだろう。あっけらかんとした表情でワーゼルと同じように荷車に転落防止用の柵がついただけのような鳥車に乗っている彼女は、他の人とは違うことを宣伝するように景色を楽しんでいた。
改めて自分とは積んできた経験が違うんだなとワーゼルは思った。今正に手が微かに震えている彼はあのゴーレムの巨躯を思い出して戦慄していたのだ。
逃げるのならまだしもこれからそれに立ち向かい、下手をすればただ踏み潰されて死ぬ。そこには戦いによって生まれる名誉や栄光などは存在しない。ただ無意味に死ぬだけだ。それがワーゼルにはたまらなく怖かった。
「……羨ましいです。俺なんて今更震えてきましたから」
「別にいいんじゃない。そのくらい普通でしょう」
なにも気にしていない彼女の言葉にワーゼルは僅かに気落ちする。自分は普通ではいたくない。その表れなのかもしれない。
「でも、俺は……」
「兵士が出世や栄誉を欲しがるのは当然。だから何も残せない死を怖がって当たり前。わたしはほら、そこら辺薄いから」
へらへらと笑うファリスの姿がワーゼルにどう映ったのだろうか? 少なくとも否定的に捉えることはなかった。
「薄い……んですか」
「そう。わたしはティアちゃ――こほん。エールティア様が守りたい場所。大切に思っている人達が無事ならそれでいいの。それ以外は何もいらない。――自分の命さえも」
最後にぼそっと呟いた言葉はワーゼルの耳に届くことはなかった。ただファリスは『覚悟』を決めている……その事だけは痛いほど伝わってきた。
「……やっぱり貴女は強いんですね。なら俺は――」
(そんな貴女の切り拓く道を進む。例えどんなに険しい道でも)
ワーゼルにはファリスのような生き方は出来ない。ならばせめて彼女が進むその道を共に歩む。例えどんなに険しい道で幾多の障害が立ちふさがろうとも。彼女の行く道の妨げにならぬように。
そんな想いを胸に秘めている若者を見守る優しい視線。それはオルドのものだった。今までずっと目に掛けてきた男が心に決めて成長していく姿。思わず暖かみのある目で見ても不思議ではなかった。
――
それぞれの物語を紡ぎながら、ファリス達はとうとうその場面を目撃する。とてつもなく大きな姿が遠くにでも確認できる。まだ接敵まで時間があるにも関わらずユミストルが歩くたびに振動が広がっていく。
ずしん、ずしんと響く音がその巨大さを表しているようだ。
シルケットで起動したときから何も変わらず、ただ淡々と歩いているだけだった……が、突然それは動きを止めた。不気味に佇むユミストルは恐ろしさすらある。
「急に止まった……?」
突如行動を止めたユミストルはゆっくりとした動作でシルケットから持ち出された大きな筒状の魔導具を構えだした。
「……不味い! 全員防御態勢!!」
あの筒がどんな攻撃を繰り出すか覚えていたファリスは大きな声で指示をだした。いきなりの指示に戸惑った兵士達だったが、それでも上の者の指示を聞けるのは彼らが優秀な証拠だろう。銃口を自分達に向けられても冷静に魔導のイメージを構築させる。
防御の魔導とユミストルの砲撃が放たれるのは同時だった。巨大な光線が討伐軍に襲い掛かり、その全てを飲み込んでしまう。
「【フラムブランシュ】!!」
ファリスは真っ向から光線を迎え撃つように魔導を放つ。一瞬だけ拮抗した後、【フラムブランシュ】は徐々に圧し負けていって――結局数度同じ魔導を発動させることになってしまった。
ばちばちと激しくぶつかり合って互いに打ち消しあったが……先に音を上げたのは【フラムブランシュ】の方だった。そのたびに再度同じ魔導を発動させる。そうしてなんとか守り切った兵士達はこの一撃でかなりの魔力を消耗してしまうのだった
その分ダークエルフ族が攻勢に転じた際は防御壁としての役割をこなす事で各地を守護する領主達を納得させる。ファリスの魔力が回復する前に根回しを行い、入念に準備した結果とも言える。
行軍速度とユミストルの歩みを考えれば接敵は二日後。逆にそこまで既に追い詰められている訳だ。彼女達が敗北すればアルファスは陥落可能性が高くなる。一時的な避難措置のおかげで人的被害は少なくても、街としては機能不全に陥るに違いないだろう。
「間も無く……ですね」
声が震え、いつになく緊張した表情でワーゼルは呟いた。
まだ随分と距離があるとはいえ、相手は世界樹と呼ばれる一番巨大な樹と同じくらいだと言われており、いつ見えてもおかしくない状況。そんな中で緊張しない方が難しいだろう。オルドのような死線を潜り抜けてきた猛者達ですら思うところがある。相手はそれほどまでに存在感を放っていた。
「緊張しているの?」
「当たり前じゃないですか。ファリス様はしていないんですか?」
「全然」
唯一そんなものとは無関係なのはファリスくらいなものだろう。あっけらかんとした表情でワーゼルと同じように荷車に転落防止用の柵がついただけのような鳥車に乗っている彼女は、他の人とは違うことを宣伝するように景色を楽しんでいた。
改めて自分とは積んできた経験が違うんだなとワーゼルは思った。今正に手が微かに震えている彼はあのゴーレムの巨躯を思い出して戦慄していたのだ。
逃げるのならまだしもこれからそれに立ち向かい、下手をすればただ踏み潰されて死ぬ。そこには戦いによって生まれる名誉や栄光などは存在しない。ただ無意味に死ぬだけだ。それがワーゼルにはたまらなく怖かった。
「……羨ましいです。俺なんて今更震えてきましたから」
「別にいいんじゃない。そのくらい普通でしょう」
なにも気にしていない彼女の言葉にワーゼルは僅かに気落ちする。自分は普通ではいたくない。その表れなのかもしれない。
「でも、俺は……」
「兵士が出世や栄誉を欲しがるのは当然。だから何も残せない死を怖がって当たり前。わたしはほら、そこら辺薄いから」
へらへらと笑うファリスの姿がワーゼルにどう映ったのだろうか? 少なくとも否定的に捉えることはなかった。
「薄い……んですか」
「そう。わたしはティアちゃ――こほん。エールティア様が守りたい場所。大切に思っている人達が無事ならそれでいいの。それ以外は何もいらない。――自分の命さえも」
最後にぼそっと呟いた言葉はワーゼルの耳に届くことはなかった。ただファリスは『覚悟』を決めている……その事だけは痛いほど伝わってきた。
「……やっぱり貴女は強いんですね。なら俺は――」
(そんな貴女の切り拓く道を進む。例えどんなに険しい道でも)
ワーゼルにはファリスのような生き方は出来ない。ならばせめて彼女が進むその道を共に歩む。例えどんなに険しい道で幾多の障害が立ちふさがろうとも。彼女の行く道の妨げにならぬように。
そんな想いを胸に秘めている若者を見守る優しい視線。それはオルドのものだった。今までずっと目に掛けてきた男が心に決めて成長していく姿。思わず暖かみのある目で見ても不思議ではなかった。
――
それぞれの物語を紡ぎながら、ファリス達はとうとうその場面を目撃する。とてつもなく大きな姿が遠くにでも確認できる。まだ接敵まで時間があるにも関わらずユミストルが歩くたびに振動が広がっていく。
ずしん、ずしんと響く音がその巨大さを表しているようだ。
シルケットで起動したときから何も変わらず、ただ淡々と歩いているだけだった……が、突然それは動きを止めた。不気味に佇むユミストルは恐ろしさすらある。
「急に止まった……?」
突如行動を止めたユミストルはゆっくりとした動作でシルケットから持ち出された大きな筒状の魔導具を構えだした。
「……不味い! 全員防御態勢!!」
あの筒がどんな攻撃を繰り出すか覚えていたファリスは大きな声で指示をだした。いきなりの指示に戸惑った兵士達だったが、それでも上の者の指示を聞けるのは彼らが優秀な証拠だろう。銃口を自分達に向けられても冷静に魔導のイメージを構築させる。
防御の魔導とユミストルの砲撃が放たれるのは同時だった。巨大な光線が討伐軍に襲い掛かり、その全てを飲み込んでしまう。
「【フラムブランシュ】!!」
ファリスは真っ向から光線を迎え撃つように魔導を放つ。一瞬だけ拮抗した後、【フラムブランシュ】は徐々に圧し負けていって――結局数度同じ魔導を発動させることになってしまった。
ばちばちと激しくぶつかり合って互いに打ち消しあったが……先に音を上げたのは【フラムブランシュ】の方だった。そのたびに再度同じ魔導を発動させる。そうしてなんとか守り切った兵士達はこの一撃でかなりの魔力を消耗してしまうのだった
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