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オオカミ少女 後編
しおりを挟む──しばらく後
浮雲屋敷をはなれて畑道を歩く。
屋敷の玄関にあったトランクや剣や杖は全部回収して来た。
「ふくふく!」
「ラテナ、すごいお手柄だぞ。今日はたくさん撫で撫でしてやるからな」
「ふくふく~!」
まったく。
うちの子はどこまで優秀なんだろうか。
「ね、ねえ、ヘンドリック」
アルウが弱々しい声で言った。
俺はラテナにうなずき、しばらく近くの空を飛んでいてもらうことにする。
2人きりになり、俺は彼女へ向き直る。
「不安そうだな。安心していいよ、父さんはあれでいてめちゃくちゃ優しいから、どうせ脱走のことなんて見逃してくれる」
「その事じゃなくて……その」
「ん? 言いたいことがあるなら言っていいぞ。俺が元貴族とか遠慮しなくていいから」
「そ、それじゃ、ちょっとそこの物陰に」
アルウはこそこそして、俺の手を引っ張って畑道近くの水車小屋へ入った。
何をするのかトランクに肘ついて待っていると、彼女はおもむろにパッと服をめくって、俺にお腹をみせてきた。
顔は真っ赤になっている。
女子と知った手前、あまりにも破廉恥な行為におもわず「おお」と声をあげてしまう。
が、すぐに見てはいけないと気がつく。
「ななな、何してんだよ! 俺をまた地下牢に放りこむ気か、お前反省してないな!?」
見たい気持ちと、見てはいけない気持ちに、ダブルで精神を攻撃されながら怒る。
こいつめかつての知り合いリゼットと同じ類いの痴女なのか。
「だだ、だって、ヘンドリック、ボクのお腹が大好物なのでしょう……っ、貴族は好色家が多いって知ってるんだよ。さあ、好きなだけ見ていいよ…っ!」
「必死の顔でなに言ってるんだよ。やめろよ、いいよ、そんな柔らかそうなお腹なんかみても仕方ないだろ」
俺はアルウに服をおろさせる。
「そ、それじゃ、どうやって責任をとればいいの?」
「責任を取りたいのか」
「うん、ヘンドリックの名誉を傷つける、ひどい事をしちゃったから。貴族は名誉をなによりも大切にするってパパが言ってたもん」
そうかそうか。
ならば願いはひとつ。
「尻尾を触らせて」
「……へ?」
「だから、尻尾をこうやってもふもふさせてくれればいい。それで全部チャラだよ」
俺が要求すると、アルウは恥ずかしげにしながら「わ、わかりました……えい!」と灰色のふっさふさの尻尾を差し出してきた。
「おおー! これは凄いもふもふだ! 師匠は結局一回もモフらせてくれなかったからな、この日を待ってたんだよ」
「ぁあ……っ、ヘンドリック、あんまりモフモフされると……ぅう♪」
「オオカミ尻尾なのか? そういえば耳もピンとしてて犬っぽいよな。王都市場の野良犬はこことか喜んだけど……どうだ?」
「はぅん♡ だめですよ、そんな、たくさん触ったら……っ、ぁあ……っ♡」
口から熱い吐息をもらすアルウが面白くて、ついつい頭なでなでまでしてしまう。
彼女も満更でもないようで「もっと、ここら辺を……っ」と、ぐりぐり首の横あたりをこすりつけてくる。
その後も存分にモフりまくり「ああん! ヘンドリックもう、だめだよ……♡」とアルウが流石にしんどそうになって来たあたりでやめてあげた。
モフモフってされる側は辛いんだな。
覚えておこう。
「ごめんな、アルウ。つい気持ち良くてたくさん触っちゃったけど、平気だった?」
「はぁ…はぁ、い、いや、別に……よゆう、だよ……ふぅ」
アルウは頬を染めて、片肩をはだけながら言った。高揚した頬がやけに艶かしい。
ただ、これは俺の心が汚れてるからだ。
今のは単なるモフモフ行為にすぎない。
これが″現場″に見えた人間はみんな汚れているんだ。
「えっと、それじゃ、ボクの家に行く?」
アルウはナチュラルに手を引っ張って、家へ歓迎してくれるも言った。
「ごめん、あいにくと行くところがあって」
そろそろ時間的にもまずい。
俺は浮雲を捨てた者の新居となる、ブワロ村はずれの家へ向かわないと。
「そっか…ヘンドリックとはここでお別れなんだ……」
「今しばらくは、この村にいるよ。同じ村にいればまたすぐに会えるさ」
俺はそう言って、アルウの肩をたたく。
「元気でな。もうイジメなんかに負けるなよ」
「うん! ありがとう、ヘンドリック! ボク、君のこと忘れないよ!」
またすぐに会えると言っているのにな。
やれやれ大袈裟なやつだ。
──しばらく後
俺は地図を頼りに、数十分ブワロ村を放浪して、ようやく俺を受け入れてくれる、ありがたい家に到着した。
昼には到着する予定だったのに、もう夕方前だ。
「家畜を飼ってるのか」
すぐ横に併設された牧場から羊たちが俺のことを見つめて来ていたので「わっ!」と言って驚かしてみる、
誰も反応せず「何してんだこいつ」という冷たい眼差しを向けられた。
「入ろ…」
俺は玄関扉をノックした。
すぐに「はーい!」という声とともに、扉は開かれた。
中から灰色のモフモフが現れる。
アルウであった。
「ヘンドリック?! なんで、どうして!」
びっくりしておののくアルウの背後。
優しそうな壮年の男が出てくる。
「ようこそ、いらっしゃいませ、ヘンドリックくん。アルウとはもう会っていたんだね」
彼は呑気にそういい、家のなかへ招き入れてくれた。
俺の新居。
どうやらアルウの家だったらしい。
「ほらな、またすぐ会えるって言ったろ」
「それでも早過ぎじゃない?!」
尻尾をぶんぶんふって落ち着きがないアルウの頭をボンボンとたたき、俺は「人生なんだって起きる」と含蓄ありそうに、適当につぶやいておいた。
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