異世界に追放されました。二度目の人生は辺境貴族の長男です。

ファンタスティック小説家

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第八章 迷宮に潜む者

廃れた感情への憧憬

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 あの頃は死蛍が充満していたから明るかった。
 いまとなっては皆、深淵の渦へ還ったようだ。
 明るさは完全に失われている。
 
 記憶を頼りに進む。
 杖に炎をともし、アンナはランタンを灯す。
 光源で闇を祓いながら通路を行き、広い場所にやってきた。
 
「ここは僕が活動拠点にしていた部屋です」

 船の物資を漁って、利用できそうなものを探した時期がある。
 タイプライターやマグカップ、あとは紙やボールペンとかローテクノロジーなものを回収して外へ持ち出したのは覚えている。

「缶詰や水もたくさんあります。よければどうぞ」
「食べ物? こんなところにあるのに食べて大丈夫なの」
「向こうはテクノロジーの世界ですから。食べ物を長期保存する方法があるんですよ」

 19世紀初頭に開発された缶詰の技術は時代を経て大幅に進歩し、21世紀後半にはマナニウム金属類を用いた金物でつくられた通称”マナ缶”が産みだされた。
 マナ缶の内容物の劣化速度は、それ以前の缶詰の5.5%程度だ。
 例えば新鮮な鯖《さば》をマナ缶すれば、理論上は半世紀以上も賞味期限は持つことになる。
 缶詰衛生管理法上、いかにマナ缶といえど30年が賞味期限ではあるが、それでも、この船が10年前に異世界に来たことを思えば、船にある缶詰は何の問題もなく食べられるはずだ。

「美味しい……っ」

 アンナは地球の味覚に目を見開いた。
 普段からわりとローテンションなことが多いので新鮮な顔だ。
 鯖のマナ缶はお気に召したらしい。

「鯖だけでもあと1,000コくらいあるので好きなだけどうぞ。でも、味が濃いので食べ過ぎには注意を」
「全部くれるの? アーカムは食べないの、こんな美味しいのに」

 そんなに美味しく感じるだろうか。
 まあ確かに美味しいけど。
 前世の記憶ありきでの美味しいと、全く地球の味覚を知らないアンナが科学によって証明された冒涜的な旨味成分の殴打を受けてこぼした「美味しい……!」では、程度が違うのかもしれない。

 地球の食べ物は美味しい。
 でも、俺には思い浮かぶ。
 缶詰が作られる工場の姿が。
 缶詰だけではない。すべての食は人の手では久しくつくられてはいなかった。
 人類の料理を完全模倣できるマシンが誕生し、料理する意味が失われた。
 人間が料理をしていたのはスラム街くらいだ。
 貧しい者たちがビニルの上で放射性廃棄物を食べてまるまるとデカくなったネズミを捌いて焼いているのを目撃したことはある。

 俺はわりと金持ちだったから自分の手で料理したことは一度もない。
 無人の養殖場で育てられ、ロボットに運ばれ、無人工場で加工され、ドローンで食堂に運ばれた持続可能プラスティックに包まれた料理を受け取り胃に収める。
 午後7時にピッタリに届く温かい100%マシンの手による料理たちの姿は、なにも特別なものではなく、俺たちの生活の一部であった。

 そこに善悪を思ったことはない。
 産まれた時からそうだったから。
 でも、どこか寂しいとは感じていた。
 
 異世界へ転生してから、ごく原始的生活を強要されるなかで温もりを見出した。
 まるでクールじゃないし、論理的じゃないかもしれないが、人間には手間をかけることで手に入る言い難いもの、くだらぬ言葉で形容するなら真心のような事象があるように思えてならないのである。
 土を踏み、命を殺し、包丁で肉を捌くことで得られるナニカがある。
 その存在をまだ証明できてはいないが、少なくとも、俺の感情と行動動機は、そのナニカに一定の価値を認め、味付けも衛生面も100%優れているマナ缶よりも、エヴァの薄味の手料理を選ばせた。

 そうでなければ、今頃、この船の食料は残ってはいまい。
 全部、俺が食べたはずだろうから。
 
 これは主観での話でしかないのだろう。
 アンナは美味しいと感激して缶詰を食べ、気に入った。
 ナニカは普遍な価値をもってはいない。
 俺の主観のなかでただありありと輝きを放ち、俺という機械に育てられた人間へ、黄金の温かな輝きを供給しているだけなのだ。

 主観とは科学者が避けるべき視座だ。
 客観的、絶対的な思考で事実をたんたんとつなぎ合わせ、その先の真実を暴き、新しき手法・論理を構築することが可能になる。

 だが、人間である以上、主観から逃れることはできない。
 自分の両目でしか世界を観測できないのだから。
 俺は主観から逃れ、客観的であり続ける事、自然な状態から自己を切り離して論理的であろうとすることに疲れているのかもしれない。
 それはドミノ倒しのように俺の価値基準全体に影響を及ぼしている。
 人間らしさ、野生さ、真心への信仰、家族への愛など、あいまいで不確定で、むかしの人間たちが持っていたもの、古い時代にはあって新しい時代には廃れ失われたものへの回帰を引き起こさせているのかも……。

「アーカム、ねえ、大丈夫」
「……少し考えごとをしていました」

 海底まで沈みこんだ思考から浮上する。
 地球文明に触れていると、古いルーツと今とを比較してしまう。
 異世界にいるのに、地球のものが確かに目の前にある。そんな矛盾した状況が、世界の狭間に迷い込んだ気分を誘発しているのか。

「アンナ、キサラギをそこに置いてくれますか。修理作業に入ります」
「うん、わかった」

 キサラギがソファにそっと寝かされる。
 いま直してやる。

「ここにならアーカムの前世の世界からやってきた技術があるんだね」
「そのとおり」

 アンナも察したようだ。
 異世界転移船になら地球産の最新テクノロジーがぎゅうぎゅうに詰まっている。
 以前、この船に足を踏み入れた時、人間たちに混じって破壊されているアンドロイドたちの機体をいくつか発見している。
 キサラギに流用できるかは不明だが、少なくとも元素レベルの素材からパーツをクラフトするよりかは遥かに効率的であろう。

『武器庫に1体、第三倉庫に2体、ドッグ南脇通路に1体、キサラギの修復に役立つパーツを回収できる気がする!』
 
 直観くんもさっきから迸っている。
 さて作業にさっそく取り掛かりたいところだが……実は直観はアルドレア邸を出たくらいで重要なお告げをくれている。内容は『エレナの追跡があるぞ!』とのこと。
 別に驚くようなことじゃない。あの人は普通にそれくらいやる。

「エレナさん、いるんでしょう。出て来てくださいよ」

 背後の闇へ語り掛ける。
 アンナはびっくりしたようにランタンの灯りを向ける。
 暗がりからひょこっと梅色の瞳がのぞき、揺れる炎を反射する。

「これは驚いたね、アーカムくんなんかに気配を悟られるなんてね、本当にね。足音も、呼吸音も、心臓の音も、空気を擦する音でさえ消したつもりなんだけどね」
「とても人間業とは思えません」
「純人間かと問われるとちょっと怪しいのは認めるよ」

 アンナは頭を50口径銃で吹っ飛ばされても普通に生きてた。
 エレナも同じレベルで人外じみていると思えば、純人間かは確かに疑わしい。

「で、どうやってわかったの、アーカムくん。君なんかに悟られるほど気を抜いてなかったと思うんだけど。後学のために聞きたいよね、本当にね」
「ただの勘ですよ」
「本気で言ってるの?」
「そうとしか説明できません」
「そっか。だとしたら君のソレは人間の業じゃないよ。私以上にね」
 
 超能力だからな。

「いろいろと説明が必要じゃないかな、アーカムくん。これはいったいなんなのかなぁ」

 エレナは言って缶詰を手に取り、あたりを見渡した。
 さてどう説明したものか。
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