転生無双学院~追放された田舎貴族、実は神剣と女神に愛されていた件~

eringi

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第8話 最底辺クラスの少年

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 入学式から数日。  
 王立魔導学園の第一週は、各生徒の能力測定と適性診断で慌ただしく過ぎていった。  
 その結果により、正式なクラス分けが発表される。  

「なにぃ!? 俺また下層かよ!」  

 廊下のあちこちで悲鳴と怒号が飛び交う。  
 才能を誇っていた者が下級クラスへ落とされることも珍しくない。  
 学園は徹底した実力主義。生まれも地位も関係なく、純粋な“力”だけが評価の基準だった。  

 その厳格な制度の中で、エリアスは異例の扱いを受けていた。  
 前回の“光の一閃”以降、上級指導官が直接監査を行い、結果として彼の所属先は一時保留となっていたのだ。  

「……一時保留、ね。」  

 白紙の通知書を手に、エリアスは呟く。  
 他の生徒たちが組分けの結果で一喜一憂する中、彼には静かな孤独があった。  
 だが、それを気にすることはなかった。  

『一時保留というより、観察されているのよ。あなたの“力”の本質を学園側は測りかねている。』  
「つまり、扱いに困ってるってことか。」  
『あら、前向きに言えば、それだけ異質なのよ?』  

 ルミナの声は柔らかく響いた。  
 彼女の存在がある限り、孤独という感情は薄まる。  
 どこにいても、誰にどう思われようとも、今はもう恐れなかった。  

* * *  

 そんなある日、急遽発表された。  
 学院長の命により、エリアスの仮所属が決定。  
 彼の名が配属先リストに記されると、あちこちで笑いが起こった。  

「……灰星組だと?」  
「蒼星候補が、最下層クラスに? ありえない!」  
「あの“特別合格者”が、灰星組……? 何の冗談だ?」  

 もっとも、本人は驚いていなかった。  

「まあ、下の方が動きやすい。」  
『あなたらしいわね。人の目を気にしないところが。』  
「上級クラスは注目の的だ。今はひっそり動く方がいい。学院も俺を“試している”なら、それに応えるさ。」  

 灰星組――通称「最底辺クラス」。  
 退学目前の問題児や、魔力量が極端に少ない者ばかりが集められる場所。  
 腐った空気の漂う教室に足を踏み入れると、彼を迎えたのはどんよりした視線だった。  

「お前がうわさの特別野郎か。」  
 椅子に足を乗せた黒髪の少年が、睨みながら言った。  
 筋肉質で、服の袖は破れている。いかにも喧嘩慣れした風貌だ。  

「ガイル・ドラン。元南部衛兵団の落ちこぼれだ。」  
「エリアス。よろしく頼む。」  
「はっ、貴族語で挨拶か? 灰星に堕ちた貴族なんざ珍しいな。」  

 周囲から笑いが起こる。  
 物珍しげな視線の中、エリアスは笑って言った。  

「俺も叩き落とされたクチだ。お似合いだろ?」  

 ガイルは一瞬固まり、それから眉を吊り上げて笑った。  
「気に入った! いい度胸してんな!」  

 その瞬間、教室の末端で数人がざわめく。  
 彼らは明らかに貴族に対する鬱屈を抱え、貧民街出身者として偏見を持っていた。  
 だが、エリアスの飾らない態度は、それを薄ら笑いに変えていく。  

* * *  

 授業の開始ベルが鳴った。  
 担当教師は、背の高い女性だった。  
 髪をまとめ、鋭い双眸で教室全体を見渡す。  

「新任の指導担当、カレン・ヴェルディ。今日からこの灰星を見させてもらうわ。」  

 彼女は机の上の資料を置き、淡々と続けた。  

「私は“努力を評価する”タイプじゃない。結果と実力がすべて。分かった?」  

 誰も声を出さない。  
 カレンは書類を開くと、ちらりとエリアスに視線を向ける。  

「特例編入、エリアス・グランベル。あなたが例の“破壊事故”の当事者ね。」  

 教室が一瞬ざわついた。  
 破壊事故とは、あの日の初動儀での光柱のことだ。  
 学院内では、危険魔術に分類され、一歩間違えれば失格処分にもなりかねない出来事だった。  

「違います。偶発的な暴走だったと報告されてるはずです。」  
「自分で原因を把握していないの?」  
「……ええ、まだ完全には。」  

 カレンは意味深に口元を緩めた。  
「なら、今ここで確かめてみましょう。あなたの“本当の力”を。」  

 彼女が杖を振ると、教室の中央に魔法陣が浮かび上がる。  
 そこに影のような魔力が凝縮し、魔獣の形を成した。  
 教室中が息を飲む。  

「実戦形式の制御訓練。灰星の中で一番扱いづらい課題よ。やれる?」  
「やります。」  

 エリアスの声は静かだった。  
 ルミナの声が胸奥に響く。  

『気をつけて。あれは“模造魂獣”。存在を半ば虚構化された魔力生命よ。普通の魔法は通じない。』  
(つまり、俺の領域だな。)  

 魔獣が低く唸る。  
 瞬間、エリアスの周囲に光が瞬き、足元から魔法陣が生まれる。  

「“構文修正・第零式”――歪曲再定義。」  

 床の紋様がギラリと光り、影獣が悲鳴を上げる。  
 その体が構築した魔法回路が逆流を起こし、存在の輪郭が崩壊した。  

 一秒、二秒――。  
 次には、何も残っていなかった。  

 静寂の中で息を呑むクラス。  
 カレンは杖を下ろし、冷ややかに言った。  

「制御不能、危険領域。……いいわね。」  

「え?」  
「合格よ。あなたの力は確かに“異常”だけど、このクラスにいる意味が分かるわ。  
 ここは、世界から爪弾きにされた者の巣窟。あなたにとって、最も自然な場所よ。」  

 皮肉にも思える言葉だったが、どこか温かさがあった。  
 その後、授業は淡々と進み、クラスの空気もどこか柔らかくなっていた。  

 放課後、ガイルが後ろから声をかける。  
「おい、グランベル。今日はマジで驚いたぞ!」  
「俺も、やるとは思わなかった。」  
「ははっ、面白ぇ! お前、本物だな!」  

 リオとは違う粗野な笑顔が、どこか心地よかった。  
 エリアスは小さく笑い、夕暮れの階段を降りながら空を仰ぐ。  

『あなた、本当に馴染んでいくのね。』  
「元々、こういう場所の方が性に合ってるのかもな。」  

 ルミナがくすりと笑う。  

『無自覚に人を惹きつけるのは、あなたの才能よ。灰星であっても、やがて皆があなたに従うわ。』  
「従う、ね……俺はただ、同じ場所で息をしたいだけだ。」  

 夕日が差しこむ窓。  
 その光の中で、エリアスの瞳が微かに金に染まる。  

 最底辺クラス――。  
 だが、それは彼にとって“始まりの場所”でもあった。  

 誰も知らない。  
 この小さな教室から、後に世界を揺るがす英雄譚が始まることを。
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