転生無双学院~追放された田舎貴族、実は神剣と女神に愛されていた件~

eringi

文字の大きさ
9 / 10

第9話 嘲笑の中の一筆

しおりを挟む
 灰星組に配属されてから一週間。  
 エリアスの名は、学園中で奇妙な評判を呼んでいた。  

 蒼星候補でありながら最底辺クラスへ落とされた少年。  
 授業中に模造獣を一瞬で消し飛ばした謎の存在。  
 そして、貴族出身でありながらその威圧を微塵も感じさせない少年――。  

 噂の真偽を確かめようと、他クラスの生徒が見学に押し寄せる日もあった。  
 だが、当の本人はそんな騒ぎを意に介さない。  

 その日も彼は、教室の最後列で黙々とノートに筆を走らせていた。  
 誰も近寄らないような机で、繊細な線を描いている。  

 それは魔法陣でも、計算式でもない。  
 ただの図形のようだが、見ていると不思議な感覚が走る。  
 まるで現実の空気が揺らいでいるようだった。  

 前方の席にいたガイルが不思議そうに覗き込む。  
「おい、エリアス。それ、何書いてやがる?」  
「ん? 文字だよ。」  
「どこの国のだ? 見たこともねぇぞ。」  
「この世界のじゃない。俺が“思い出してる”だけ。」  

 答えになっていない答えに、ガイルは首を傾げたが、それ以上は追及しなかった。  
 エリアスにとってこの文字は、神殿でルミナと言葉を交わしたときから自然と記憶に滲み出していた。  
 “世界を記す言語”――書き換えの力を制御するために必要な符号。  

 つまり、自身の存在を維持するための“もう一つの魔術体系”だった。  

* * *  

 昼休み。  
 学園の中央広場には、各クラスの生徒たちが集まり、活気と喧騒にあふれていた。  
 屋台が並び、魔法実演による出し物なども始まっている。  

 灰星組の一角では、ガイルが大声で騒いでいた。  
「おいエリアス、向こうの模擬戦、見に行こうぜ! 貴族組がまた威張ってやがる!」  
「いや、俺はいい。」  
「また研究か? お前、本当に変人だな!」  

 そう言って去っていくガイルの背を見送り、エリアスはベンチに腰を下ろす。  
 ノートを開き、淡く光る筆跡を確認する。  

(“書き換え”は、言葉と意志で成立する。けれど、過剰な干渉は危険だ……)  
 彼の手は止まらない。  
 その筆先一つで、風の動き、光の陰影、空間の温度すら微妙に変化していく。  
 まるで紙の上から世界を書き換えているようだった。  

『いい制御ね。ゆっくり覚醒している。』  
「ルミナ、これ……本当に書くだけで周囲の法則が変わるんだ。」  
『“それがあなた”なのよ、エリアス。あなたの存在そのものが、“記述の指”なの。』  
「じゃあ、俺はもう人じゃないってことか?」  
『ふふ、人であることをやめてしまったら、私はあなたに惹かれなかったわ。』  

 くすりと笑う声が胸の奥で響く。  
 エリアスの口元も、知らず弛んだ。  

 しかし、そのささやかな平穏を壊す声が、背後から降ってきた。  

「なんだ、それは? 平民が落書きでもしてるのか?」  

 鼻を鳴らすような笑い。  
 振り向けば、数人の上級生が立っていた。  
 煌びやかな金の装飾の制服。胸には蒼星組の紋章が輝いている。  

 彼らの中心にいたのは――キール・ド・ヴァルメード。  

 あの日、入学式で因縁をつけてきた男だった。  
 彼は冷ややかな笑みを浮かべながら、ノートを覗き込む。  

「これが噂の“特別合格者”の研究ってわけか。陳腐だな。」  
「やめておけ、キール。教師が見たら怒るぞ。」と取り巻きの一人が言う。  
 だがキールは気にも留めない。  

「俺は真実が見たいだけだ。こいつの力が本物かどうか、確かめてやろう。」  

 そう言うと、突風の魔法を放った。  
 空気が震え、ノートが宙を舞う。  
 ページがばらばらに散り、光る文字が空中に浮かび上がる。  

 キールが嘲るように笑う。  
「どうした? 紙切れひとつ守れないのか?」  

 エリアスは立ち上がり、手を軽く振った。  
 散った紙が一枚、彼の指先に吸い寄せられるように戻る。  
 その瞬間、空間がパキリと歪んだ。  

 一瞬の出来事だった。  
 周囲の風が静止し、鳥の羽ばたきが止まり、時間すら凍りついたかのような錯覚。  

 キールは顔を引きつらせた。  
「……今、何をした?」  

「書き換えた。空気の動きと時間の流れを、少し止めただけ。」  
 穏やかに答えるその声に、キールの青い瞳が揺れた。  
 取り巻きも顔を青ざめさせて後ずさる。  

「化物め……」  

「化物でも、平民でも、もう関係ない。俺は“俺”としてここにいる。それだけだ。」  

 ノートを拾い上げると、エリアスは静かにその場を立ち去った。  
 歩み去る後ろ姿に、誰も言葉をかけられなかった。  

* * *  

 夕暮れ、寮の部屋。  
 窓から淡い橙の光が差し込み、エリアスは机に向かって再び筆を執っていた。  
 ルミナが声をかける。  
『怖くなかった?』  
「慣れてる。ああいうのは昔からだ。」  
『でもあなたは、彼を“傷つけよう”とはしなかった。それがあなたの強さよ。』  
「……俺がやりたいのは、報復じゃない。境界を変えたいだけなんだ。」  

『だったらきっと、あなたは英雄になるわ。』  

 ルミナの言葉に、エリアスは静かに笑った。  
 彼の描く線が、光を帯びて空に溶けていく。  

(俺はまだ小さな存在だ。でも、“無能”だった過去はもういらない。  
 俺はこの世界に、自分の物語を書く――)  

 その夜、学園の図書塔上空に一筋の光が走った。  
 それはまるで、少年が世界に放った一筆目の署名のようだった。  

 誰もまだ知らなかった。  
 それが後に「第二の理の筆記者」として歴史に刻まれる最初の兆しであることを。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。

もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。 異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。 ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。 残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、 同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、 追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、 清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……

防御力を下げる魔法しか使えなかった俺は勇者パーティから追放されたけど俺の魔法に強制脱衣の追加効果が発現したので世界中で畏怖の対象になりました

かにくくり
ファンタジー
 魔法使いクサナギは国王の命により勇者パーティの一員として魔獣討伐の任務を続けていた。  しかし相手の防御力を下げる魔法しか使う事ができないクサナギは仲間達からお荷物扱いをされてパーティから追放されてしまう。  しかし勇者達は今までクサナギの魔法で魔物の防御力が下がっていたおかげで楽に戦えていたという事実に全く気付いていなかった。  勇者パーティが没落していく中、クサナギは追放された地で彼の本当の力を知る新たな仲間を加えて一大勢力を築いていく。  そして防御力を下げるだけだったクサナギの魔法はいつしか次のステップに進化していた。  相手の身に着けている物を強制的に剥ぎ取るという究極の魔法を習得したクサナギの前に立ち向かえる者は誰ひとりいなかった。 ※小説家になろうにも掲載しています。

【コミカライズ決定】勇者学園の西園寺オスカー~実力を隠して勇者学園を満喫する俺、美人生徒会長に目をつけられたので最強ムーブをかましたい~

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】 【第5回一二三書房Web小説大賞コミカライズ賞】 ~ポルカコミックスでの漫画化(コミカライズ)決定!~  ゼルトル勇者学園に通う少年、西園寺オスカーはかなり変わっている。  学園で、教師をも上回るほどの実力を持っておきながらも、その実力を隠し、他の生徒と同様の、平均的な目立たない存在として振る舞うのだ。  何か実力を隠す特別な理由があるのか。  いや、彼はただ、「かっこよさそう」だから実力を隠す。  そんな中、隣の席の美少女セレナや、生徒会長のアリア、剣術教師であるレイヴンなどは、「西園寺オスカーは何かを隠している」というような疑念を抱き始めるのだった。  貴族出身の傲慢なクラスメイトに、彼と対峙することを選ぶ生徒会〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉、さらには魔王まで、西園寺オスカーの前に立ちはだかる。  オスカーはどうやって最強の力を手にしたのか。授業や試験ではどんなムーブをかますのか。彼の実力を知る者は現れるのか。    世界を揺るがす、最強中二病主人公の爆誕を見逃すな! ※小説家になろう、カクヨム、pixivにも投稿中。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした

有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。

魔力0の貴族次男に転生しましたが、気功スキルで補った魔力で強い魔法を使い無双します

burazu
ファンタジー
事故で命を落とした青年はジュン・ラオールという貴族の次男として生まれ変わるが魔力0という鑑定を受け次男であるにもかかわらず継承権最下位へと降格してしまう。事実上継承権を失ったジュンは騎士団長メイルより剣の指導を受け、剣に気を込める気功スキルを学ぶ。 その気功スキルの才能が開花し、自然界より魔力を吸収し強力な魔法のような力を次から次へと使用し父達を驚愕させる。

処理中です...