転生無双学院~追放された田舎貴族、実は神剣と女神に愛されていた件~

eringi

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第9話 嘲笑の中の一筆

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 灰星組に配属されてから一週間。  
 エリアスの名は、学園中で奇妙な評判を呼んでいた。  

 蒼星候補でありながら最底辺クラスへ落とされた少年。  
 授業中に模造獣を一瞬で消し飛ばした謎の存在。  
 そして、貴族出身でありながらその威圧を微塵も感じさせない少年――。  

 噂の真偽を確かめようと、他クラスの生徒が見学に押し寄せる日もあった。  
 だが、当の本人はそんな騒ぎを意に介さない。  

 その日も彼は、教室の最後列で黙々とノートに筆を走らせていた。  
 誰も近寄らないような机で、繊細な線を描いている。  

 それは魔法陣でも、計算式でもない。  
 ただの図形のようだが、見ていると不思議な感覚が走る。  
 まるで現実の空気が揺らいでいるようだった。  

 前方の席にいたガイルが不思議そうに覗き込む。  
「おい、エリアス。それ、何書いてやがる?」  
「ん? 文字だよ。」  
「どこの国のだ? 見たこともねぇぞ。」  
「この世界のじゃない。俺が“思い出してる”だけ。」  

 答えになっていない答えに、ガイルは首を傾げたが、それ以上は追及しなかった。  
 エリアスにとってこの文字は、神殿でルミナと言葉を交わしたときから自然と記憶に滲み出していた。  
 “世界を記す言語”――書き換えの力を制御するために必要な符号。  

 つまり、自身の存在を維持するための“もう一つの魔術体系”だった。  

* * *  

 昼休み。  
 学園の中央広場には、各クラスの生徒たちが集まり、活気と喧騒にあふれていた。  
 屋台が並び、魔法実演による出し物なども始まっている。  

 灰星組の一角では、ガイルが大声で騒いでいた。  
「おいエリアス、向こうの模擬戦、見に行こうぜ! 貴族組がまた威張ってやがる!」  
「いや、俺はいい。」  
「また研究か? お前、本当に変人だな!」  

 そう言って去っていくガイルの背を見送り、エリアスはベンチに腰を下ろす。  
 ノートを開き、淡く光る筆跡を確認する。  

(“書き換え”は、言葉と意志で成立する。けれど、過剰な干渉は危険だ……)  
 彼の手は止まらない。  
 その筆先一つで、風の動き、光の陰影、空間の温度すら微妙に変化していく。  
 まるで紙の上から世界を書き換えているようだった。  

『いい制御ね。ゆっくり覚醒している。』  
「ルミナ、これ……本当に書くだけで周囲の法則が変わるんだ。」  
『“それがあなた”なのよ、エリアス。あなたの存在そのものが、“記述の指”なの。』  
「じゃあ、俺はもう人じゃないってことか?」  
『ふふ、人であることをやめてしまったら、私はあなたに惹かれなかったわ。』  

 くすりと笑う声が胸の奥で響く。  
 エリアスの口元も、知らず弛んだ。  

 しかし、そのささやかな平穏を壊す声が、背後から降ってきた。  

「なんだ、それは? 平民が落書きでもしてるのか?」  

 鼻を鳴らすような笑い。  
 振り向けば、数人の上級生が立っていた。  
 煌びやかな金の装飾の制服。胸には蒼星組の紋章が輝いている。  

 彼らの中心にいたのは――キール・ド・ヴァルメード。  

 あの日、入学式で因縁をつけてきた男だった。  
 彼は冷ややかな笑みを浮かべながら、ノートを覗き込む。  

「これが噂の“特別合格者”の研究ってわけか。陳腐だな。」  
「やめておけ、キール。教師が見たら怒るぞ。」と取り巻きの一人が言う。  
 だがキールは気にも留めない。  

「俺は真実が見たいだけだ。こいつの力が本物かどうか、確かめてやろう。」  

 そう言うと、突風の魔法を放った。  
 空気が震え、ノートが宙を舞う。  
 ページがばらばらに散り、光る文字が空中に浮かび上がる。  

 キールが嘲るように笑う。  
「どうした? 紙切れひとつ守れないのか?」  

 エリアスは立ち上がり、手を軽く振った。  
 散った紙が一枚、彼の指先に吸い寄せられるように戻る。  
 その瞬間、空間がパキリと歪んだ。  

 一瞬の出来事だった。  
 周囲の風が静止し、鳥の羽ばたきが止まり、時間すら凍りついたかのような錯覚。  

 キールは顔を引きつらせた。  
「……今、何をした?」  

「書き換えた。空気の動きと時間の流れを、少し止めただけ。」  
 穏やかに答えるその声に、キールの青い瞳が揺れた。  
 取り巻きも顔を青ざめさせて後ずさる。  

「化物め……」  

「化物でも、平民でも、もう関係ない。俺は“俺”としてここにいる。それだけだ。」  

 ノートを拾い上げると、エリアスは静かにその場を立ち去った。  
 歩み去る後ろ姿に、誰も言葉をかけられなかった。  

* * *  

 夕暮れ、寮の部屋。  
 窓から淡い橙の光が差し込み、エリアスは机に向かって再び筆を執っていた。  
 ルミナが声をかける。  
『怖くなかった?』  
「慣れてる。ああいうのは昔からだ。」  
『でもあなたは、彼を“傷つけよう”とはしなかった。それがあなたの強さよ。』  
「……俺がやりたいのは、報復じゃない。境界を変えたいだけなんだ。」  

『だったらきっと、あなたは英雄になるわ。』  

 ルミナの言葉に、エリアスは静かに笑った。  
 彼の描く線が、光を帯びて空に溶けていく。  

(俺はまだ小さな存在だ。でも、“無能”だった過去はもういらない。  
 俺はこの世界に、自分の物語を書く――)  

 その夜、学園の図書塔上空に一筋の光が走った。  
 それはまるで、少年が世界に放った一筆目の署名のようだった。  

 誰もまだ知らなかった。  
 それが後に「第二の理の筆記者」として歴史に刻まれる最初の兆しであることを。
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