転生無双学院~追放された田舎貴族、実は神剣と女神に愛されていた件~

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第10話 魔獣討伐実習の惨劇

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 王立魔導学園の恒例行事である「下級生魔獣討伐実習」。  
 それは、表向きには実践教育の一環だが、裏では“序列づけ”の初試験とも呼ばれていた。  
 班同士が協力して群生魔獣を討伐し、その結果が順位として明確に公開される。  
 それが今後の待遇や進級にまで影響するため、生徒たちはこの日のために日々鍛錬を重ねていた。  

 もっとも、灰星組にその熱気はなかった。  
 冷ややかな空気が教室を支配し、教師の説明にも半分は上の空。  
 だが、唯一エリアスだけが沈黙の中で小さな決意を宿していた。  

「班の割り当てはすでに決まっているわ。」とカレン教官が告げる。  
「エリアス・グランベル、ガイル・ドラン、レオナ・アルディス、リオ・ハーディン。  
 この四名で第七実行班として出撃。目標は《獣骸の洞》。数年前から魔力異常が観測されている。慎重にね。」  

「了解です!」とリオが元気よく返事をする。  
 ガイルは腕を組み、「面倒な場所だな」とぼやき、レオナは明らかに不機嫌だった。  

「よりによって最下層生徒だけの班なんて、勝てると思う?」  
「勝つ必要はないさ。」とエリアスが返す。  
「俺たちは“生き延びる”のが目的だ。」  

「あら、立派な志ね。」レオナが皮肉っぽく笑った。  

 カレン教官はわずかに口角を上げた。  
「生き延びることを笑うな。死んだらどんな才能も腐るだけ。さあ、出発準備を。」  

* * *  

 《獣骸の洞》――それは王都から北西に三十キロ離れた深い森の奥にある。  
 古代時代に落ちた竜の骨がそのまま岩に埋まり、そこを基点に魔力の瘴気が噴き上がる。  
 学園はそれを“安全圏の限界点”として訓練に利用しているが、少しでも手順を誤れば命はない。  

 転移門をくぐると、森を覆う濃霧と湿った土の匂いがエリアスたちを包んだ。  
 辺りには他の班の生徒たちも散らばっており、隊列を組んで奥へ進んでいく。  

 リオが剣を構えながら言った。  
「なあ、エリアス。本当に大丈夫か? あんたの力、派手すぎて敵も味方も固まるんじゃ……」  
「なるべく使わないよ。必要になったら、だ。」  
「ったく、頼もしいのか怖いのか分からんな!」  

 ガイルが前方を見据え、低く唸る。  
「臭う……血と腐敗の混ざった臭いだ。何か近い。」  

 次の瞬間、霧を割って影が飛び出した。  
 それは狼のような姿だが、目は赤く光り、体表には骨の棘。  
 魔獣《コープスウルフ》。死霊の瘴気で動く不死獣だった。  

「囲まれた!」レオナが叫び、火球を放つ。  
 だが炎は狼の体に触れた瞬間、灰のように散った。  

「無効化……!?」とミリア(別班監視対象)が遠くから息を呑む。  
 不死系に炎が効かないのは、魔力干渉が歪められている証。  
 普通なら上級術者のサポートが要る敵だった。  

「逃げ道を確保する!」ガイルが剣を抜き、前に出る。  
 だが獣の牙が彼の腕を裂いた。  

「ガイル!!」  
「くそ……動きが速ぇ!」  

 形勢は圧倒的に不利だった。  
 不死獣が五体。周囲は霧で覆われ、援護も望めない。  

「……これ以上はまずい。」エリアスが低く呟き立ち上がる。  
 レオナが慌てて腕を掴んだ。  
「何をする気?」  
「少し“書き換える”。」  

「やめて! また危険なことを!」  
「大丈夫。もう慣れた。」  

 彼の瞳が淡く金に染まる。  
 空気が震え、地面に文字の光が浮かんだ。  

「定義変更――“死は動かないもの”。」  

 その一言が世界を支配した。  
 瞬間、狼たちの動きが止まる。  
 口を開けたまま、牙を剥いた勢いのまま、ピクリとも動かない。  
 時間でも封じられたかのような沈黙。  

 ガイルが息を飲む。  
「本当に……止まったのか?」  
「いいえ。」エリアスは剣を静かに抜いた。  
「“死”を無理矢理定義し直した。つまり、彼らはもう動く理由を失った。」  

 淡い光が剣先に宿る。  
 その一閃で、獣たちは崩れ落ち、塵となって霧の中へ消えていった。  

 残されたのは、沈黙だけ。  

 しばらくして、リオがぽつりと呟いた。  
「お前……マジで何者なんだよ。」  
「ただの落ちこぼれだって。」  

 エリアスが笑うと、レオナもやっと呼吸を吐いた。  
 安堵の笑みを浮かべようとした――その瞬間だった。  

 地面が揺れた。  
 奥の洞窟が唸り、赤黒い光が噴き出した。  

「まさか……まだ“主”がいたのね。」  

 カレン教官の声が遠くから響く。  
 突如、大地を破って巨大な影が姿を現した。  

 それは人の形をした獣、骨と瘴気でできた巨人。  
 目の奥に蒼い光が揺らめく。  

「S級指定個体――《屍竜の番犬》。どうしてここに……!」  

 教官の声に混乱が走る。  
 他班の生徒たちが次々と悲鳴を上げ逃げ出す。  
 だが、番犬はそれを見逃さなかった。  
 咆哮とともに霧が爆発し、無数の骨の槍が放たれる。  

 空間が裂ける。悲鳴と血の匂い。  

「退け! こいつはお前たちには早すぎる!」カレンの声が響く。  
「エリアス、退避しろ!!」  
 その声にも、彼は動かなかった。  

「いや、俺が行く。」  

 ルミナの声が胸で震える。  
『あなた、理解している? あれは本来人間の力で倒せる存在ではないわ。』  
「分かってる。けど……今、動かなきゃ誰かが死ぬ。」  

 彼は剣を抜き、前へ進む。  
 巨大な影と相対すると、空気が圧力で潰される。  
 レオナが叫ぶ。  
「バカッ! 行くなって――!」  

 だが、もう止まらない。  

 彼の足元に光陣が展開される。  
 言葉はない。書き換えるのは、心と意志の連鎖そのもの。  
 光が駆け上がり、彼の身体が一瞬だけ神性を宿した。  

「定義変更――魂は、死なない。」  

 瞬間、巨人の咆哮を正面から受けながら、エリアスは踏み込み、剣を突き立てた。  
 世界が閃光に包まれる。  

 激しい閃光の中、耳鳴りとともに何かが砕ける音がした。  
 霧が晴れたとき、魔獣の巨体は崩れ落ち、空へと散っていった。  

 沈黙。  
 誰もが言葉を失っていた。  

 カレン教官がゆっくり歩み寄り、息を整える。  
「無茶をしてくれたわね……エリアス。」  
「すみません。でも、結果的には――」  
「命があって良かったわ。」  

 そう言いながらも、その瞳には複雑な光があった。  
 人智を超える力。それは救世か、それとも災厄か。  

 レオナが震える声で呟いた。  
「あんた、もう“人間じゃない”みたいだった……」  
 彼女の言葉に、エリアスは苦笑した。  
「俺もそう思うよ。」  

* * *  

 夜。  
 討伐記録が学園に報告され、第一班から第六班までが全滅または撤退。  
 第七班――エリアスたちだけが帰還を果たした。  
 学園内ではすぐに彼の名が広がった。英雄として、あるいは“危険すぎる存在”として。  

 寮の屋上で、風が吹く。  
 ルミナの声が囁いた。  
『あなたの力、皆が恐れ始めている。』  
「怖がられても仕方ないさ。」  
『それでも、あなたは救った。その“記述”は消えないわ。』  

 夜空を仰ぎ、エリアスは静かに呟いた。  
「俺の物語は……まだ一章目だ。」  

 星々が瞬き、光が剣の刃を照らす。  
 少年は無自覚のまま、確実に“英雄譚”の中心へと歩み出していた。
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