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第11話 無意識の一撃
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魔獣討伐実習から三日が経った。
エリアスたちの班だけが生還したという報告は学園全体に広がり、彼の名はあっという間に伝説めいた噂へと変わっていった。
「全滅寸前の現場で、たった一人でS級魔獣を斬ったらしいぞ」
「いや、剣じゃない。光そのものを操って蒸発させたんだ」
「学園長が特別報告書を提出したって話だ」
どれも誇張された噂ばかり。
だが、真実に一番近い者でさえ、エリアス本人しかいないのだ。
討伐から戻って以来、彼は静養を命じられ、授業を休んでいた。
体は無傷だったが、魔力の流れが不安定になっていた。
無理な書き換えを行った影響──自分の存在そのものがずれ始めていた。
ベッドに座り、窓の外を眺める。
まだ朝の霧が残る寮の中庭で、生徒たちが談笑している。
その光景を見て、彼は苦笑した。
「……俺があそこにいた頃もあったか。」
『静かな日ね。』
胸の奥からルミナの声が柔らかく響く。
『少し休んだら? あなた、まだ“自分”が完全に戻っていない。』
「気づいてたか。身体が軽いのに、世界のほうが揺れてる気がする。」
『あなたは現実を“書き換え”すぎたの。世界があなたに合わせようとして、綻びを見せているの。』
エリアスは静かに笑う。
「俺が世界に合わせるのか、世界が俺に合わせるのか。……どっちが正しいんだろうな。」
『どちらでもない。共に存在するのが理想。でも、その道は狭い。』
短い沈黙。
ルミナは続ける。
『あなたの中に眠る“原初の記述”。それが完全に開けば、あなたは書き換える側ではなく、“書かれる側”になるかもしれない。』
「つまり、誰かが俺を書き換える?」
『ええ。神に近い存在が、あなたを通して世界を再構築する可能性がある。』
「……それは面白い話ではないな。」
エリアスは小さく息を漏らし、立ち上がった。
外へ出ると、空気が心地よく冷たかった。木々の香りが風に乗り、頭が冴える。
* * *
灰星組の教室に顔を出すと、ガイルが大声を上げた。
「おう! やっと顔を出したか、英雄様!」
「英雄って柄じゃない。」と苦笑しながら答える。
ガイルはにっと歯を見せて笑った。
「まったく、あの討伐じゃ全員お前に助けられたようなもんだからな。感謝の一つも言わなきゃバチが当たる。」
そう言って彼は拳を差し出す。
エリアスも拳を軽く打ち合わせた。
その後ろで、レオナが腕を組んで立っていた。
「……あんた、少しは自分が何をしたか自覚したら? あれが噂になってるってわかってるの?」
「まあ、悪目立ちしたのは確かだな。」
「確かだな、じゃないわよ!」
レオナが声を上げ、次いで小さく息を吐く。
「……でも、助けてくれたのは事実よ。ありがとう。」
その言葉にエリアスはわずかに目を見張った。
レオナが顔を赤らめて視線を逸らす。
「礼なんて言われるほどのことはしてないけどな。」
「いいえ、言っとく。……あなたがいなければ、私はここにいない。」
不器用な言葉を残して席に戻る彼女を見て、エリアスはふと笑みをこぼす。
その光景を見て、ガイルが肘で突いてきた。
「やるじゃねえか。女神の次はツンデレのお姫様か?」
「やかましい。」
笑い声がこぼれる。
久しぶりに、心が穏やかだった。
* * *
翌日、校庭では討伐実習の順位発表が行われた。
成績上位の班が壇上に呼ばれ、観衆が歓声を上げる。
その最後に、カレン教官が歩み出て、声を張り上げた。
「第七班──灰星組、生還者四名。特別功績認定。」
広場にどよめきが走る。
灰星組が表彰されるなど、学園史上初のことだった。
壇上に立った生徒たちの中で、キールが眉をひそめる。
彼にとっては屈辱だった。
あの落ちこぼれたちが、自分たち上位班を差し置いて名を上げたのだ。
式典の後、彼はすぐに待ち伏せしていた。
渡り廊下でエリアスの進路を塞ぎ、低く呟く。
「お前のせいで蒼星組が笑い者だ。」
「それは違う。お前たちが負けたのは、お前たち自身の慢心だ。」
その言葉にキールの眉が吊り上がる。
「貴様っ……貴族の出でいながら、何を知ったような口を……!」
彼の杖に魔力が集まり、勢いで雷光がほとばしった。
一瞬、空気が焦げる匂い。
「やめろ!」リオが叫ぶが、間に合わない。
雷光がエリアスの胸元を貫こうとした──。
──だが。
閃いた光がエリアスの指先で弾け、反転する。
まるで世界が裏返るような感覚。
キールの放った雷が空間ごと反転し、彼自身を包んだ。
「なっ──ぐあああああっ!!!」
雷鳴が轟き、キールの体が吹き飛ぶ。
床を転げ、壁に叩きつけられた彼は動かなくなった。
広場にいた教師たちが駆け寄り、空気が凍りついた。
「し、死んではいない!」
「ただの魔力反転現象だ!」
エリアスは一歩も動いていなかった。
ただ無意識に、反射的に“防御を書き換えた”だけ。
「……やっちゃった、か。」
カレン教官が駆けつける。
「何が起きたの?」
リオが慌てて答える。
「キールが攻撃して、それをエリアスが……反射したんです。でも、攻撃の形が変わって……」
教師たちがざわめき、エリアスを見た。
彼は静かに立ち尽くし、ルミナの声を聞いていた。
『あなたの無意識が動いたのね。防御というより、“報復”の意思が出た。』
「報復……?」
『心の底にあった怒りよ。あなたが抑え込んできた屈辱が、反転の力を呼び出したの。』
彼は目を閉じる。
たしかに、どこかでキールを許せなかった。
いつかの父と兄たちと同じ、見下す目。
それを壊したいと思ったのも事実だった。
「……俺はまた、間違えたか。」
『違うわ。あなたは“生きようとした”だけ。』
カレンが近づき、低く言った。
「今回は正当防衛として処理されるでしょう。ただし……あなたはもう特別観測指定者になったわ。」
「観測?」
「学園があなたを完全に“危険領域”と判断した。これからは監視下だ。どんな授業でも、常に目が付く。」
リオとレオナが顔を曇らせた。
エリアスはただ短くうなずいた。
「分かりました。」
* * *
夜。
星明りの下、寮の屋上でひとり風に吹かれる。
手のひらには小さな光。指を動かすと、その光は波紋のように広がり、宙で歪んだ。
あの時と同じ、反転の力。
意識せずとも、怒りや恐怖があれば発動する。
それは防御であり、同時に破壊の象徴でもあった。
ルミナが静かに囁く。
『あなたの中に“二つの記述”が生まれている。原初の書き換え、そして無意識の反転。両立はできない。』
「一方を選ばなきゃいけないってことか。」
『ええ。それがあなたの定めでもある。』
エリアスは夜空を見上げた。
手の中の光が、星と重なって揺らめく。
「なら俺は……もう少し、この世界に残る意志を書き換えてみるさ。」
遠くの鐘が鳴る。
風が吹き抜け、エリアスの髪を揺らした。
無意識の一撃。
それは、彼の力が人間という枠を越え始めた証だった。
エリアスたちの班だけが生還したという報告は学園全体に広がり、彼の名はあっという間に伝説めいた噂へと変わっていった。
「全滅寸前の現場で、たった一人でS級魔獣を斬ったらしいぞ」
「いや、剣じゃない。光そのものを操って蒸発させたんだ」
「学園長が特別報告書を提出したって話だ」
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だが、真実に一番近い者でさえ、エリアス本人しかいないのだ。
討伐から戻って以来、彼は静養を命じられ、授業を休んでいた。
体は無傷だったが、魔力の流れが不安定になっていた。
無理な書き換えを行った影響──自分の存在そのものがずれ始めていた。
ベッドに座り、窓の外を眺める。
まだ朝の霧が残る寮の中庭で、生徒たちが談笑している。
その光景を見て、彼は苦笑した。
「……俺があそこにいた頃もあったか。」
『静かな日ね。』
胸の奥からルミナの声が柔らかく響く。
『少し休んだら? あなた、まだ“自分”が完全に戻っていない。』
「気づいてたか。身体が軽いのに、世界のほうが揺れてる気がする。」
『あなたは現実を“書き換え”すぎたの。世界があなたに合わせようとして、綻びを見せているの。』
エリアスは静かに笑う。
「俺が世界に合わせるのか、世界が俺に合わせるのか。……どっちが正しいんだろうな。」
『どちらでもない。共に存在するのが理想。でも、その道は狭い。』
短い沈黙。
ルミナは続ける。
『あなたの中に眠る“原初の記述”。それが完全に開けば、あなたは書き換える側ではなく、“書かれる側”になるかもしれない。』
「つまり、誰かが俺を書き換える?」
『ええ。神に近い存在が、あなたを通して世界を再構築する可能性がある。』
「……それは面白い話ではないな。」
エリアスは小さく息を漏らし、立ち上がった。
外へ出ると、空気が心地よく冷たかった。木々の香りが風に乗り、頭が冴える。
* * *
灰星組の教室に顔を出すと、ガイルが大声を上げた。
「おう! やっと顔を出したか、英雄様!」
「英雄って柄じゃない。」と苦笑しながら答える。
ガイルはにっと歯を見せて笑った。
「まったく、あの討伐じゃ全員お前に助けられたようなもんだからな。感謝の一つも言わなきゃバチが当たる。」
そう言って彼は拳を差し出す。
エリアスも拳を軽く打ち合わせた。
その後ろで、レオナが腕を組んで立っていた。
「……あんた、少しは自分が何をしたか自覚したら? あれが噂になってるってわかってるの?」
「まあ、悪目立ちしたのは確かだな。」
「確かだな、じゃないわよ!」
レオナが声を上げ、次いで小さく息を吐く。
「……でも、助けてくれたのは事実よ。ありがとう。」
その言葉にエリアスはわずかに目を見張った。
レオナが顔を赤らめて視線を逸らす。
「礼なんて言われるほどのことはしてないけどな。」
「いいえ、言っとく。……あなたがいなければ、私はここにいない。」
不器用な言葉を残して席に戻る彼女を見て、エリアスはふと笑みをこぼす。
その光景を見て、ガイルが肘で突いてきた。
「やるじゃねえか。女神の次はツンデレのお姫様か?」
「やかましい。」
笑い声がこぼれる。
久しぶりに、心が穏やかだった。
* * *
翌日、校庭では討伐実習の順位発表が行われた。
成績上位の班が壇上に呼ばれ、観衆が歓声を上げる。
その最後に、カレン教官が歩み出て、声を張り上げた。
「第七班──灰星組、生還者四名。特別功績認定。」
広場にどよめきが走る。
灰星組が表彰されるなど、学園史上初のことだった。
壇上に立った生徒たちの中で、キールが眉をひそめる。
彼にとっては屈辱だった。
あの落ちこぼれたちが、自分たち上位班を差し置いて名を上げたのだ。
式典の後、彼はすぐに待ち伏せしていた。
渡り廊下でエリアスの進路を塞ぎ、低く呟く。
「お前のせいで蒼星組が笑い者だ。」
「それは違う。お前たちが負けたのは、お前たち自身の慢心だ。」
その言葉にキールの眉が吊り上がる。
「貴様っ……貴族の出でいながら、何を知ったような口を……!」
彼の杖に魔力が集まり、勢いで雷光がほとばしった。
一瞬、空気が焦げる匂い。
「やめろ!」リオが叫ぶが、間に合わない。
雷光がエリアスの胸元を貫こうとした──。
──だが。
閃いた光がエリアスの指先で弾け、反転する。
まるで世界が裏返るような感覚。
キールの放った雷が空間ごと反転し、彼自身を包んだ。
「なっ──ぐあああああっ!!!」
雷鳴が轟き、キールの体が吹き飛ぶ。
床を転げ、壁に叩きつけられた彼は動かなくなった。
広場にいた教師たちが駆け寄り、空気が凍りついた。
「し、死んではいない!」
「ただの魔力反転現象だ!」
エリアスは一歩も動いていなかった。
ただ無意識に、反射的に“防御を書き換えた”だけ。
「……やっちゃった、か。」
カレン教官が駆けつける。
「何が起きたの?」
リオが慌てて答える。
「キールが攻撃して、それをエリアスが……反射したんです。でも、攻撃の形が変わって……」
教師たちがざわめき、エリアスを見た。
彼は静かに立ち尽くし、ルミナの声を聞いていた。
『あなたの無意識が動いたのね。防御というより、“報復”の意思が出た。』
「報復……?」
『心の底にあった怒りよ。あなたが抑え込んできた屈辱が、反転の力を呼び出したの。』
彼は目を閉じる。
たしかに、どこかでキールを許せなかった。
いつかの父と兄たちと同じ、見下す目。
それを壊したいと思ったのも事実だった。
「……俺はまた、間違えたか。」
『違うわ。あなたは“生きようとした”だけ。』
カレンが近づき、低く言った。
「今回は正当防衛として処理されるでしょう。ただし……あなたはもう特別観測指定者になったわ。」
「観測?」
「学園があなたを完全に“危険領域”と判断した。これからは監視下だ。どんな授業でも、常に目が付く。」
リオとレオナが顔を曇らせた。
エリアスはただ短くうなずいた。
「分かりました。」
* * *
夜。
星明りの下、寮の屋上でひとり風に吹かれる。
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あの時と同じ、反転の力。
意識せずとも、怒りや恐怖があれば発動する。
それは防御であり、同時に破壊の象徴でもあった。
ルミナが静かに囁く。
『あなたの中に“二つの記述”が生まれている。原初の書き換え、そして無意識の反転。両立はできない。』
「一方を選ばなきゃいけないってことか。」
『ええ。それがあなたの定めでもある。』
エリアスは夜空を見上げた。
手の中の光が、星と重なって揺らめく。
「なら俺は……もう少し、この世界に残る意志を書き換えてみるさ。」
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