転生無双学院~追放された田舎貴族、実は神剣と女神に愛されていた件~

eringi

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第13話 令嬢リリアナの嫉妬

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 王都の朝は穏やかだった。  
 けれど、王立魔導学園の空気は違う意味でざわめいていた。  
 昨日の王女セレナによる“特別命令”――神気の中心であったエリアス・グランベルの存在が、王家公認の監視対象となった。  
 同時に、王女本人が彼に対面したという噂が瞬く間に学園中に広がった。  

 そして、噂という名の火は、最も燃えやすい場所へと飛び火する。  

* * *  

 「なによ、それは」  
 リリアナ・ルークス――名門ルークス公爵家の令嬢であり、かつてのエリアスの婚約者だった少女は、侍女の報告を聞いた瞬間に顔を凍らせた。  

「セレナ王女殿下が……“神の加護を持つ少年”に直々に会われたとか。しかも湖畔で二人きり――」  
 報告を終える前に、リリアナの手にあったティーカップが小さく震えた。  
 その中の上品な紅茶がゆらめき、ぽたりと机に落ちる。  

「いいえ、それは誤報よね?」  
 侍女は青ざめて首を横に振った。  
「れ、殿下ご自身の護衛からの話です。どうやら事実のようで……」  

 リリアナはしばらく沈黙し、次の瞬間、小さく乾いた笑いを漏らした。  

「……まさか、あのエリアスが、ね。」  

 その声音には、懐かしさと苛立ちと、理解できない感情が混ざっていた。  
 胸の奥にくすぶる何かが、再び火を吹き始めたのを彼女自身が感じていた。  

 かつて、リリアナとエリアスは幼い頃から婚約していた。  
 文武両道の彼女と、静かな努力家だった少年。  
 しかし、エリアスが無能と断じられた時、ルークス家は真っ先にその縁を切り捨てた。  

 あの時の彼の瞳――何も言わずに去っていった背中が、いまだ記憶から離れない。  

「……あの時の目は、まだ覚えてる。」  
 リリアナは唇を噛んだ。  
「でも、何を勘違いしてるの? 今さら王女殿下に見初められたくらいで――」  

 彼女の掌に、魔力の冷気が滲む。  
 ガラス細工のような指先がわずかに震えた。  

「……違う。これは嫉妬なんかじゃない。彼が暴走する前に、私が確かめなきゃ。」  

 自分にそう言い聞かせて、リリアナは立ち上がった。  

* * *  

 そのころ、灰星組の教室ではエリアスが新しい研究書を読んでいた。  
 昨日の一件以来、彼の机には見慣れない贈り物が置かれるようになった。  
 お守り、手紙、小包。そして、ほとんどが匿名。  

 “お救いください”  
 “力を貸してほしい”  
 “あなたに祈ります”  

 ――まるで宗教の信徒のようだった。  

「これは……なんかの信仰の始まりか?」  
 エリアスが苦笑いすると、ルミナの声が呆れ気味に響く。  
『あなた、無自覚に“信仰対象”になってるのよ。人の本能は、強大な力を神格化するもの。』  
「信仰されても困るな。」  
『あなたが困るなら、私としては少し面白いけどね。』  

 そこへ扉が開いた。  
 白銀の髪が揺れ、冷たい香が空気を変える。  

「ごきげんよう、エリアス。」  
 リリアナだった。  
 周囲の生徒たちが「うわっ、ルークス様だ……!」とざわめき、教室が一気に緊張する。  
 彼女の存在はそれほど強烈だった。  

「リリアナ……久しぶりだな。」  
「本当ね。まさか“あなた”が学園に戻ってくるなんて。」  

 彼女は微笑みながらも、その目は氷のように冷たい。  
 近づくたびに空気が張り詰め、周囲の生徒は自然と下がっていった。  

「噂は本当なのね。王女殿下にお会いになったそうじゃない。」  
「偶然だよ。話をしただけだ。」  
「偶然? 湖畔で二人きりで? ……そう、そんな偶然もあるのね。」  

 わずかに笑みが歪む。  
 エリアスは彼女の瞳に宿る影――それが感情の名を持たない“揺らぎ”だと気づいた。  

「何を確かめに来たんだ、リリアナ。」  
「あなたが、まだ“人”なのか。それとも、もう“神”なのか。」  

 その言葉は、静かに光の刃のように突き刺さった。  
 教室の空気が凍りつく。  

「あなた、変わったわ。前はもっと穏やかで、何を言われても笑っているだけの少年だったのに。  
 今のあなたは……底が見えない。」  

 エリアスは視線を逸らさず、静かに答える。  
「そうだな。でも、あの頃とは違う。俺はもう、守るものができた。」  
「守るもの……それは、王女殿下?」  
「違う。俺自身の“意志”だ。」  

 リリアナの眉がぴくりと動く。  
 その一言に、なぜか胸の奥がざわめいた。  

「……意志ね。なら、その強さを見せてほしいわ。」  

 言葉とともに彼女の周囲に冷気が走る。  
 机の上のノートが凍りつき、床に白い霜が広がった。  
 ルークス家の秘術、氷結の魔法陣。発動速度は学院でも最上位。  

「待て、ここでやる気か?」  
「心配しないで。小競り合い程度よ。ただ……私の中で整理をつけたいだけ。」  

 氷の槍が幾本も生まれ、空中を舞う。  
 エリアスはため息をつき、剣を抜かずに右手をかざした。  

「書き換え:“氷は溶けない風になる”」  

 その瞬間、氷の槍が砕け、風に変わって消える。  
 リリアナの同格以上の魔力が、いとも容易く無効化された。  
 あまりの差に、周囲の生徒たちが唖然とする。  

「……やっぱり、人の力じゃないわね。」  
「違う。人の意志だ。」  

 その言葉にリリアナの瞳が揺れた。  
 彼女の強張った表情が、ほんの少しだけ緩む。  

「本当に、変わったのね……エリアス。」  

 声は震えていた。  
 誇り高い令嬢が、初めて感情を露わにする。  

「置いてきたつもりだったのに。あなたのこと、まだ割り切れてなかったなんて……。」  

 静寂。  
 氷の床に光が反射し、涙の粒のように輝く。  

 彼女は踵を返し、扉の方を向いた。  
「今日のことは忘れて。これは私のわがまま。」  
「……いや、ありがとう。リリアナ。」  
 その声に、彼女は一瞬だけ立ち止まり、寂しげに笑った。  

「本当に、あなたってズルい人ね。」  

 扉が閉まり、冷たい風が残る。  

* * *  

 教室に静寂が戻ったあと、ルミナが穏やかに囁いた。  
『彼女、まだあなたの中にいるのね。』  
「そうかもしれない。でも、俺が歩く道は、もう彼女には届かない。」  
『それでも、人は“届かないもの”に惹かれるのよ。だから切なくて、美しい。』  

 窓の外では、雪がちらちらと舞い始めていた。  
 春にはまだ遠い冬の空の下、少年はひとつの決意を心に刻む。  

 過去も、罪も、想いも――書き換えられるなら、せめて優しさの形で。
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