転生無双学院~追放された田舎貴族、実は神剣と女神に愛されていた件~

eringi

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第29話 怒れる少年と世界の理

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 虚神の塔を目指す旅は、狂気にも似た孤独の道だった。  
 エリアスの足跡の先では、世界の法則が崩れ始めていた。  
 山脈は裂け、海は逆流し、時間は歪む。  
 ルミナが囚われたまま、神々の秩序が崩壊しているのだ。  

 数日前まで春色だった草原が、一夜にして白い砂漠に変わる。  
 空の雲は流れを忘れ、風は音を失っていた。  
 その異常さの中心こそ、ノインが生み出した“虚神の塔”だ。  

 彼は小さく息を漏らす。  
「やりやがったな、ノイン……。お前は本気で世界を壊す気か。」  
 掌の中で、ルミナの魂片が揺れる。  
 その光は弱く、かすかな鼓動だけが残っていた。  

『……エリアス……聞こえて……?』  
 声は霞んでいるが、確かにルミナのものだった。  
「ルミナ! 無理をするな。お前は——」  
『大丈夫。少しだけ、あなたと話せる。……ノインのことを伝えないと。』  
 途切れ途切れの声の中、エリアスは足を止めた。  

『彼がなぜ“世界を壊そうとしている”のか。それは、あなたのせいなの。』  
「……俺の……せい?」  
『彼はあなたの“影”として生まれた存在。神々が最初の記述を分けたとき、あなたに与えられた“光の文字”と対になる“闇の言葉”を受け取った。  
 善と悪ではなく、創造と破壊。二つで一つの完全な存在。……あなたが生きれば、彼は死ねない。』  

 エリアスの拳が震える。  
「そんな理屈、悪趣味だな。じゃあ、アレを倒せば……俺も消えるってのか。」  
『そう。けれど、あなたは選べる。“記述を上書きして両立させる”ことが、あなただけの力。』  
「つまり、もう一度……世界を書き換えるってことか。」  
『ええ。けれど、その代償は大きい。もし失敗すれば、あなた自身が“文字”になる。もう、誰にも触れられない存在になるの。』  

「上等だ。」  
 エリアスの声が低く響く。  
「世界を壊す奴を放っとけるかよ。」  

 その瞬間、足元の大地が砕け、黒い翼が天へ立ち上がった。  
 彼の進む道の先に、巨大な塔の影が現れる。  
 無数の死んだ神々の残骸で築かれた、純粋な虚無の塔。  

 塔頂には、ノインの気配が濃密に漂っている。  

* * *  

 最初の門を通過した瞬間、空気の密度が変わった。  
 色も音も奪われた世界で、ただ筆記の線のみが存在している。  
 壁も天井もなく、床だけが光る。  
 周囲には金の符号――過去にエリアスが書き換えた魔法陣の断片が無数に漂っていた。  

 彼が足を踏み入れるたび、古い記録が再生される。  
 家族に追放されたあの日。  
 初めてルミナと出会った廃神殿。  
 そして、魔獣討伐で無自覚に放った力。  

 過去が、残酷なほど鮮明に蘇る。  

「……全部、俺が歩いてきた道か。」  
 息を吐いた彼の前に、一筋の光が走った。  
 壁のように現れた幻影の中、ノインが立っていた。  
 瞳にかすかな喜びを宿しながら、影のように語る。  

「ようやく来たな。最初から予想していたよ。」  
「ノイン。ルミナを返せ。」  
「返すも何も、彼女はもう“神”じゃない。“器”に戻っただけだ。お前が与えた人の心、それが彼女を弱くした。」  

「だからそれを奪って、“支配しやすく”作り直したってのか?」  
「支配? 違う。俺は彼女を自由にした。神は本来、人によって形を決められる哀れな存在だ。俺はそれを壊しただけ。」  

 その“不自由の論理”に、エリアスの胸が熱く焼けた。  
「言い訳が上手いな。だけど世界を灰にしてまで正しいなんて、絶対に言わせない!」  

 彼が叫ぶと同時に、足元の魔法陣が輝く。  
 金と黒、二色の記述が激しくぶつかり、塔全体が揺れた。  
 ノインは笑いながら手をかざす。  
「見えるか? 上階には“神の残骸”がある。記録を改竄し、お前の存在を書き換えれば、この世界は再生される。美しい“空白”としてな。」  

「お前の理想は虚無だけだ。」  
「そしてお前の理想は、“矛盾”だ。人を救い、神を否定する。それがどれほど愚かしいか分かっているのか?」  

 嗤い合う声の中で、二人の身体が動いた。  
 衝突した瞬間、記述の世界が反転し、上下が入れ替わる。  
 エリアスの剣が走るたび、空が割れ、ノインの影が分裂する。  
 地上の現実では、雷と轟音が響き、空が染まる。  

* * *  

 塔の第二階層。  
 時間が止まっているのに、過去の映像が流れ続けていた。  
 幼いエリアスと父親が立っている。  
 「無能」と罵られた瞬間の記憶。  
 それをノインが指でなぞる。  
「見ろ。お前の中の怒りと悲しみ。これこそが“書き換えの源泉”だ。」  

「……だからって、使う気はない。」  
「違うな。お前は怒りで世界を記した。悲しみで人を助け、絶望で未来を望んだ。その矛盾こそ、お前の美しさだ。だが、それでは長く保たない。」  

 ノインの影が形を変え、巨大な影の手となってエリアスを掴む。  
 その瞬間、周囲の糸が震動した。  

『エリアス! まだ、終われない!』  
 封印の中からルミナの声が響く。  
 その純粋な叫びが彼の胸に突き刺さった。  

「ルミナ……?」  
 彼女の光が宝珠から漏れ出し、塔の壁を照らす。  
 照らされた部屋の文字が、一斉に違う書き方に変わる。  

「これは……?」  
『世界はあなたの記述だけじゃない。人々の祈りも、“現実”を綴る力なの。誰かが信じてくれた分だけ、文字は生まれる!』  

 その言葉に、エリアスははっとした。  
「そうか……それが“勇者の資格”か。」  

 彼の瞳が輝く。  
 “記述”とは一人の力ではない。  
 希望を信じる者の願いが、現実そのものを補完する。  
 彼は剣を掲げ、叫ぶ。  

「世界の定義、更新——“希望は共有される”!」  

 金色の光が塔の中を満たし、ノインの影を押し返す。  
 だが、消えかける闇の中で、ノインは静かに微笑んだ。  

「……思い出した。お前は、やはり俺だ。」  
「違う。俺は、お前のように奪うためには生きない。」  
「奪うことが守ることに繋がる時もある。……知っていても否定するのか?」  

 その瞬間、膨大な力が爆発した。  
 塔の壁が吹き飛び、空間が裂け、二人は光の中に包まれた。  

* * *  

 気づけば、エリアスは塔の最上階にいた。  
 そこには巨大な鏡があり、その中にノインとルミナの姿が映っていた。  
 ノインは鏡越しに声を放つ。  
「この世界を変えたくば、この鏡に“真実の記述”を刻め。お前の言葉ひとつで、全てが決まる。」  

「ふざけるな。そんな選択を俺に押し付けるな!」  
「押し付けてなどいない。お前が最初から望んだことだ。  
 永遠の平和か、終わらぬ自由か。どちらかを記せ!」  

 エリアスの視界が白く染まる。  
 迷い、怒り、焦燥、過去の涙。  
 すべてが心をかき乱す中、彼はただ一つのことを思い出していた。  

 ルミナの微笑。  
 セレナの励まし。  
 リオとミリア、仲間たちの笑い声。  

 それらが胸の奥で一つに繋がる。  
 彼は筆を握り、鏡へ叫ぶ。  

「“未来は、一人のものじゃない”!」  

 筆跡が光を放ち、世界全体へと拡散していく。  
 塔が崩れ、ノインの影が悲鳴を上げる。  
「馬鹿な……そんな定義は、存在しない!」  
「今、作ったんだ。人が生きる限り、定義は生まれ続ける!」  

 爆発的な閃光が塔を貫き、闇が音もなく消えた。  

* * *  

 崩壊した虚神の塔の跡で、金の光がふたつ漂っていた。  
 ひとつはルミナの魂、もうひとつはエリアスの剣。  
 風が静かに吹き、欠けた空がゆっくり閉じていく。  

『……あなた、怒ってたのね。』  
「怒ってたさ。自分の無力にも、世界の理にも。」  
『でも、それを壊そうとはしなかった。あなたの怒りは、優しかった。』  

 エリアスは微笑む。  
「壊すより、作る方が難しいんだ。」  

 彼の手に光が収束し、ルミナの姿が戻る。  
 彼女は穏やかに目を開け、微笑んだ。  
「……また、あなたに救われたわね。」  
「馬鹿言うな。俺が救われてるんだよ。」  

 空が輝き、遠くで鐘が鳴る。  
 それは、勇者が再び“世界の現実”を書き換えた合図だった。  

 怒れる少年は、世界の理を塗り替え、再び歩き出す。  
 その筆先が描く次の頁には、まだ誰も知らない未来が広がっていた。
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