転生無双学院~追放された田舎貴族、実は神剣と女神に愛されていた件~

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第37話 祈りの果てに咲くもの

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 朝焼けが地平を染めていた。  
 エリアスは丘の上で目を細め、遠くに広がる新しい王都を見つめていた。  
 そこにはかつての神殿跡に代わる巨大な建築――新都アーク・クルセウムが立ち上がっている。  
 人の手で築かれ、人の言葉で形を変え、そしてまだ完成には程遠い。  

「……人の世界だな。」  
『綺麗ね。でも、少し寂しい気もするわ。』  
 ルミナが柔らかく囁く。光の粒が風に舞い、陽光の帯となって彼の周りを包んだ。  

「寂しい?」  
『ええ。神々の時代には、世界に“祈り”が満ちていた。  
 それは支配であり束縛でもあったけれど……人と神を繋いでいた。  
 今の世界は自由だけど、誰にも祈られないの。祈りの代わりに、責任を学ぶ世界になった。』  

 エリアスは静かに頷いた。  
「それでいいさ。俺たちは祈るよりも、“手を伸ばす”ことを知った。  
 神に頼らないで掴み取る。それが生きるってことだろ。」  

『あなた、本当に強くなったわね。』  
「強くなんてない。ただ、知ったんだ。  
 祈りの先にある“願い”ってのは、自分にしか叶えられないって。」  

 ルミナの光が優しく揺れる。  
『でも、願いは一人では生まれない。あなたが動かしたこの世界も、誰かの想いが重なったからこそ成り立っているの。  
 だから今、私はこの時代に残る“祈り”を集めたい。』  

「祈りを?」  
『人の心に宿る願い。それはもう声を上げることすら忘れた祈りたち。  
 誰にも届かず、風に溶けていく。けれど、それを集めれば、次の未来を育てる光になるかもしれない。』  

 エリアスは少し微笑んだ。  
「じゃあ、それが次の旅の目的だな。」  

『ええ。まだ“物語の続き”を書くための材料は足りていないもの。』  

* * *  

 二人は北方の荒原を目指した。  
 そこは旧神界が崩壊したあとにできた「空の裂け目」と並ぶ、世界でもっとも異質な地域。  
 神の都が滅んだ際に流れ出た残留意識が漂い、時に“祈りの欠片”が花のように咲くという。  

 昼間でも薄暗いその地で、エリアスとルミナは歩き続ける。  
 地表には小さな光の花が無数に散らばり、触れると人の声が微かに響いた。  

「これは……人の言葉?」  
『そう。祈りの反響。ほとんどは途切れかけていて、意味を持たない欠片。  
 けれど、その中に“まだ生きている想い”がある。』  

 エリアスはしゃがみ込み、小さな花に触れた。  
 その瞬間、頭の中に短い夢が流れ込んでくる。  
 戦で家族を失った兵士の願い。  
 病に伏した子が見た最後の空の記憶。  
 そして何より、誰かを想う“届かぬ祈り”。  

「……生々しいな。」  
『夢も希望も憎しみも全部、祈りの一部よ。  
 世界が平和になっても、人の感情は止まらない。それが“生”なんだもの。』  

 彼は花の一つを手に取り、そっと胸のポケットに入れた。  
「なら、それを世界の種にしよう。  
 もう一度、祈りが希望として咲くように。」  

『あなたの言葉は、本当に優しい。けれど、それは同時に危うい願いでもあるわ。  
 祈りが集まりすぎれば、再び“形”になる。神が生まれる。』  

「再び神が……?」  
『もし、祈りが人の手に余るほど増えたら、また“誰か”が象徴として生まれる。  
 それが善か悪かはわからない。けれど、循環は止まらないの。』  

「……それでも。」  
 エリアスはゆっくり立ち上がる。  
 雲の向こうから光が差す。花の群れが黄金に照らされ、音もない風が吹き抜けた。  
「それでも俺は止めない。  
 祈りが誰かの“生きる力”になるなら、また神が生まれるとしてもいいさ。  
 神が生まれたなら、また話をすればいい。それが人のやり方だ。」  

 ルミナは一瞬黙っていたが、やがて微笑んだ。  
『本当に……あなたは強情ね。でも、その言葉、好き。』  

* * *  

 夜が訪れ、二人は裂け目の中央にたどり着いた。  
 闇に浮かぶ光の川が、大地を縫って黄金色に流れている。  
 それは無数の祈りの結晶が、溶けながら新たな流れを作っているようだった。  

 その輝きの向こうで、ひとりの影が立っていた。  
 白衣をまとい、手に杖を持つ青年――ミリアの弟子マーカーだ。  
 彼は静かに頭を下げた。  

「エリアス様……いえ、いまは“記録者エリアス”とお呼びするべきでしょうか。」  
「そんな呼び方はやめてくれ。ただの旅人でいい。」  
「旅人には似合わぬ風格ですよ。……ですが、あなたなら、この現象がわかると思って呼びました。」  

 青年が指差す先、光の川の中心で異様なものがゆっくりと生成されていた。  
 それは、人の形をした“影の像”。  
 しかし光に照らされても消えず、まるで存在そのものが記述から外れているかのよう。  

 ルミナが驚きの声を上げる。  
『これは……神じゃない。祈りの寄生体! 感情だけが独りで進化している!』  
 光が強まり、影がゆっくりと頭をもたげた。  

「……誰か。俺を見てくれ。」  
 それは人の声だった。  
 泣きそうな子供のように震えている。  

「僕は願った。平和に。笑える世界に。  
 なのに、誰も聞いてくれなかった。だから、形になったんだ。」  

 ルミナが焦るように囁く。  
『あれは一人の祈りが、他の願いを呼び込んで形になった存在。放っておけば、この地にもう一つの“神”が誕生する。』  

 エリアスは光の川を見つめ、ゆっくりと歩き出す。  
「止める気はない。だが、話はしたい。」  

 祈りの具現体が顔を上げた。  
 その瞳には恐ろしいほど純粋な光――“無垢な絶望”が宿っていた。  

「君は何を求めてる?」  
「愛だよ。誰もが愛して、誰もが愛される世界を。  
 そのために、僕は集まった祈りを全部受け入れたんだ。でも、痛いんだ……苦しい。」  

 エリアスはそっと手を伸ばした。  
「苦しいなら、分け合え。全部抱える必要はない。」  
「どうして……君がそれを言うんだ?」  
「俺もかつてそうだったからだ。世界を抱えようとして、壊しかけた。  
 けど、支える仲間と、見守る光があったから、立ち直れた。」  

 祈りの影が震える。  
 その体に走る光の線が、まるで涙のように破けていく。  
 やがて影は小さく頷き、溶けるように消えた。  

 光が空へ舞い上がる。  
 草原に咲く花々が一斉に輝き、夜空を映したかのように輝く。  

『……鎮まった。あなたの言葉が、祈りを受け入れたのね。』  
「ただ“手を伸ばした”だけさ。」  
『その手を、人々が見ているわ。あなたの選択がどんな意味を持つのか、世界はまた学ぶでしょう。』  

 エリアスは空を見上げる。  
 雲の切れ目から、無数の星が降り注いでいた。  
 それは一夜限りの奇跡のようで、しかし確かな希望の象徴だった。  

「ルミナ。」  
『なに?』  
「もしまた、誰かが祈りを形にしようとしたら――俺たちは、またその中へ入っていこう。」  
『あなたと一緒なら、私はどこまでも書き続けられる。』  

 二人の声が風に溶ける。  
 星々は静かに降り注ぎ、花々が光の波となって揺れる。  

 その夜、祈りは消えなかった。  
 それは涙でもなく、神でもなく――ただ「生きよう」という願い。  

 ルミナの声が、微かに笑いに変わる。  
『祈りの果てに咲くもの。それは、希望という名の命ね。』  

 エリアスは歩き出した。  
 夜が明けるその瞬間、世界は再び新しい頁を開こうとしていた。
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