2 / 2
第2話 滅びた王国の遺志
しおりを挟む
夜明けの空が、鈍い青灰色に染まっていた。
王都の塔の影が長く伸び、風に煽られた旗が音を立てる。人々の顔には疲労が刻まれ、かつての繁栄の面影はもうどこにもない。
俺は宿の窓からその景色を眺めながら、小さく息を吐いた。
兄の声が聞こえた。あの夜の夢の中で。
守ってやれ――兄の言葉の余韻が耳に残っている。
机の上には、ユナから受け取った小袋。
中の欠片は相変わらず黒く鈍く光り、わずかに脈動しているようにも見えた。
聖剣の欠片。兄レオンが最後まで手放さなかったというそれは、確かに何かを宿している。
けれど俺には、それをどう扱えばいいのかまったくわからなかった。
ノックの音がした。
「リオ殿、国王陛下が再び、お呼びです」
老執事の低い声。昨夜の出来事が本当にあったのだと、改めて思い知らされた。
俺は欠片を懐にしまい、立ち上がる。眠気はとっくに消えていた。
***
王の間に通されると、昨日よりも多くの人影があった。
鎧を着た騎士たち、魔法官、それに神官らしき者まで。
その中央に、王は疲れた目をしたまま玉座に座っている。
「よく来た、リオ。そなたには見せねばならぬものがある」
王は立ち上がり、玉座の裏にある秘密の扉を開いた。
黒く冷えた通路を抜けると、そこは地下の聖堂だった。
石壁には無数の封印紋が光り、中央の祭壇に――黒い刃が突き立てられていた。
それは、兄の剣だった。
けれど、見るも無惨に折れ、黒い瘴気をまとっている。
「これが……兄の剣……」
「『聖剣ラグナ・ヴェイル』。かつて魔王を討ち滅ぼしたが、同時に穢れを受けた。勇者と共に封印したのだ」
王の言葉に、聖堂の空気が重くなる。
俺は祭壇に歩み寄り、剣に手を伸ばした。
その瞬間――轟音が鳴った。
黒い光が弾け、力が弾き返す。俺の体が吹き飛ばされ、背中を石壁に打ちつけた。
「リオ殿!」
駆け寄る騎士の声の中で、俺はかすかに声を絞り出した。
「……これは、聖剣の欠片を拒んでる?」
懐の袋がうっすらと震えていた。欠片が確かに反応している。
兄の剣は、まだ目覚めていない。いや、再び覚醒することを恐れている。
ユナが背後から静かに現れた。
「封印が解け始めています。瘴気は広がり、魔の者たちが再び活動を始めた。魔王は滅びたけれど、その邪気は死ななかったのです」
「なら、俺はどうすれば……」
「欠片と本体を合わせ、聖剣を再生させること。それこそが、レオン様の遺志の継承です」
ユナの瞳は真っ直ぐ俺を見ていた。
そこに迷いはなかった。
だが、俺は恐ろしかった。
兄を失い、兄の名の下に生きること。それは同時に、兄と同じ運命を辿る可能性を意味する。
「俺には……兄のような力はない」
「力だけが全てではありません」
ユナは静かに言った。
「レオン様があなたをこの世に残した理由が、必ずあります」
その言葉を聞いても、心はまだ揺れていた。
けれど、不思議と拒めなかった。兄が残した世界を、この目で見て、確かめたかった。
王は俺に一振りの短剣を差し出した。
「この短剣を持て。護身のためのものだ。聖剣ほどではないが、少しは魔を払える」
俺はそれを受け取った。冷たい刃。握ると、ほんの少し勇気が湧く。
「リオ殿。北の辺境に、古の神殿跡がある。そこにもう一つの欠片が眠っているという。行けるか?」
王の問いに、俺は短く息を吐きながら答えた。
「……やってみます」
***
王都を発つ朝。
ユナは荷を整え、旅支度を終えていた。
「まさか巫女様が同行してくださるとは」
「私は治癒術師です。あなたが倒れたら困りますから」
柔らかく笑う彼女に、わずかに緊張が解けた。
俺たちは二人で北を目指した。
街を離れ、瓦礫と化した街道を抜け、草原へと出る。
空は高く、風は冷たい。遠くの山並みには、雪をかぶった峰が光っていた。
「リオさん。あの空、兄上も見ていたでしょうね」
「ああ。たぶん、同じ風を感じてたと思う」
そう話しながら進むうちに、王都が遠のいていく。
日が傾き始めた頃、森の入り口に差しかかった。
木々のざわめきの中に、不穏な気配が交じる。
ユナが立ち止まり、聖印を描いた。
「魔の気配がします」
その瞬間、林の奥から現れたのは、影の獣だった。
黒い煙のような体を持ち、眼だけが赤く光っている。
「こいつが、封印の瘴気の影響か!」
短剣を抜き、構えるが、腕が震える。戦った経験なんて、ほとんどない。
それでも逃げるわけにはいかなかった。
「リオさん、下がって!」
ユナが詠唱を始める。淡い光が手から放たれ、獣を一瞬怯ませた。
その隙に、俺は短剣で斬りつけた。
だが、刃は煙のような体をすり抜けるだけだった。
「駄目だ、効かない!」
「その短剣では浄化が足りません!」
獣が吠え、飛びかかってくる。咄嗟に避けようとするが、足がもつれた。
倒れた俺の目の前で、黒い牙が迫る。
──そのとき、懐の欠片が震えた。
熱い閃光が溢れ、俺の手元で刀身の形を取った。
欠片が、一時的に聖剣の力を顕現させていた。
「おおおおっ!」
一閃。
光の刃が闇を裂き、獣の影が悲鳴と共に霧散していった。
静寂が戻る。風が森をかすかに揺らした。
ユナが俺に駆け寄り、安堵の息をついた。
「今の……聖剣の力です。やはりあなたが選ばれし者なんですね」
「選ばれし……? そんな大層なもんじゃない。ただ、怖くて、振っただけです」
「それでも、勇気を出した。それで十分ですよ」
俺は剣を見つめた。光が消え、再び欠片の形に戻っていた。
まるで試されているようだった。俺が覚悟を持てるか、兄と違う道を歩めるかを。
ユナが小さく呟く。
「この世界は、あなたを必要としているようです」
その言葉が胸に残った。
俺は小さく頷き、北の空を見上げた。まだ長い旅の始まり。だが、確かに希望の光がそこに見えた。
(続く)
王都の塔の影が長く伸び、風に煽られた旗が音を立てる。人々の顔には疲労が刻まれ、かつての繁栄の面影はもうどこにもない。
俺は宿の窓からその景色を眺めながら、小さく息を吐いた。
兄の声が聞こえた。あの夜の夢の中で。
守ってやれ――兄の言葉の余韻が耳に残っている。
机の上には、ユナから受け取った小袋。
中の欠片は相変わらず黒く鈍く光り、わずかに脈動しているようにも見えた。
聖剣の欠片。兄レオンが最後まで手放さなかったというそれは、確かに何かを宿している。
けれど俺には、それをどう扱えばいいのかまったくわからなかった。
ノックの音がした。
「リオ殿、国王陛下が再び、お呼びです」
老執事の低い声。昨夜の出来事が本当にあったのだと、改めて思い知らされた。
俺は欠片を懐にしまい、立ち上がる。眠気はとっくに消えていた。
***
王の間に通されると、昨日よりも多くの人影があった。
鎧を着た騎士たち、魔法官、それに神官らしき者まで。
その中央に、王は疲れた目をしたまま玉座に座っている。
「よく来た、リオ。そなたには見せねばならぬものがある」
王は立ち上がり、玉座の裏にある秘密の扉を開いた。
黒く冷えた通路を抜けると、そこは地下の聖堂だった。
石壁には無数の封印紋が光り、中央の祭壇に――黒い刃が突き立てられていた。
それは、兄の剣だった。
けれど、見るも無惨に折れ、黒い瘴気をまとっている。
「これが……兄の剣……」
「『聖剣ラグナ・ヴェイル』。かつて魔王を討ち滅ぼしたが、同時に穢れを受けた。勇者と共に封印したのだ」
王の言葉に、聖堂の空気が重くなる。
俺は祭壇に歩み寄り、剣に手を伸ばした。
その瞬間――轟音が鳴った。
黒い光が弾け、力が弾き返す。俺の体が吹き飛ばされ、背中を石壁に打ちつけた。
「リオ殿!」
駆け寄る騎士の声の中で、俺はかすかに声を絞り出した。
「……これは、聖剣の欠片を拒んでる?」
懐の袋がうっすらと震えていた。欠片が確かに反応している。
兄の剣は、まだ目覚めていない。いや、再び覚醒することを恐れている。
ユナが背後から静かに現れた。
「封印が解け始めています。瘴気は広がり、魔の者たちが再び活動を始めた。魔王は滅びたけれど、その邪気は死ななかったのです」
「なら、俺はどうすれば……」
「欠片と本体を合わせ、聖剣を再生させること。それこそが、レオン様の遺志の継承です」
ユナの瞳は真っ直ぐ俺を見ていた。
そこに迷いはなかった。
だが、俺は恐ろしかった。
兄を失い、兄の名の下に生きること。それは同時に、兄と同じ運命を辿る可能性を意味する。
「俺には……兄のような力はない」
「力だけが全てではありません」
ユナは静かに言った。
「レオン様があなたをこの世に残した理由が、必ずあります」
その言葉を聞いても、心はまだ揺れていた。
けれど、不思議と拒めなかった。兄が残した世界を、この目で見て、確かめたかった。
王は俺に一振りの短剣を差し出した。
「この短剣を持て。護身のためのものだ。聖剣ほどではないが、少しは魔を払える」
俺はそれを受け取った。冷たい刃。握ると、ほんの少し勇気が湧く。
「リオ殿。北の辺境に、古の神殿跡がある。そこにもう一つの欠片が眠っているという。行けるか?」
王の問いに、俺は短く息を吐きながら答えた。
「……やってみます」
***
王都を発つ朝。
ユナは荷を整え、旅支度を終えていた。
「まさか巫女様が同行してくださるとは」
「私は治癒術師です。あなたが倒れたら困りますから」
柔らかく笑う彼女に、わずかに緊張が解けた。
俺たちは二人で北を目指した。
街を離れ、瓦礫と化した街道を抜け、草原へと出る。
空は高く、風は冷たい。遠くの山並みには、雪をかぶった峰が光っていた。
「リオさん。あの空、兄上も見ていたでしょうね」
「ああ。たぶん、同じ風を感じてたと思う」
そう話しながら進むうちに、王都が遠のいていく。
日が傾き始めた頃、森の入り口に差しかかった。
木々のざわめきの中に、不穏な気配が交じる。
ユナが立ち止まり、聖印を描いた。
「魔の気配がします」
その瞬間、林の奥から現れたのは、影の獣だった。
黒い煙のような体を持ち、眼だけが赤く光っている。
「こいつが、封印の瘴気の影響か!」
短剣を抜き、構えるが、腕が震える。戦った経験なんて、ほとんどない。
それでも逃げるわけにはいかなかった。
「リオさん、下がって!」
ユナが詠唱を始める。淡い光が手から放たれ、獣を一瞬怯ませた。
その隙に、俺は短剣で斬りつけた。
だが、刃は煙のような体をすり抜けるだけだった。
「駄目だ、効かない!」
「その短剣では浄化が足りません!」
獣が吠え、飛びかかってくる。咄嗟に避けようとするが、足がもつれた。
倒れた俺の目の前で、黒い牙が迫る。
──そのとき、懐の欠片が震えた。
熱い閃光が溢れ、俺の手元で刀身の形を取った。
欠片が、一時的に聖剣の力を顕現させていた。
「おおおおっ!」
一閃。
光の刃が闇を裂き、獣の影が悲鳴と共に霧散していった。
静寂が戻る。風が森をかすかに揺らした。
ユナが俺に駆け寄り、安堵の息をついた。
「今の……聖剣の力です。やはりあなたが選ばれし者なんですね」
「選ばれし……? そんな大層なもんじゃない。ただ、怖くて、振っただけです」
「それでも、勇気を出した。それで十分ですよ」
俺は剣を見つめた。光が消え、再び欠片の形に戻っていた。
まるで試されているようだった。俺が覚悟を持てるか、兄と違う道を歩めるかを。
ユナが小さく呟く。
「この世界は、あなたを必要としているようです」
その言葉が胸に残った。
俺は小さく頷き、北の空を見上げた。まだ長い旅の始まり。だが、確かに希望の光がそこに見えた。
(続く)
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
公爵夫人は愛されている事に気が付かない
山葵
恋愛
「あら?侯爵夫人ご覧になって…」
「あれはクライマス公爵…いつ見ても惚れ惚れしてしまいますわねぇ~♡」
「本当に女性が見ても羨ましいくらいの美形ですわねぇ~♡…それなのに…」
「本当にクライマス公爵が可哀想でならないわ…いくら王命だからと言ってもねぇ…」
社交パーティーに参加すれば、いつも聞こえてくる私への陰口…。
貴女達が言わなくても、私が1番、分かっている。
夫の隣に私は相応しくないのだと…。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる