敵を9割弱体化させていた呪術師、追放される。勇者が雑魚敵に負ける中、俺は即死チートで無双する~戻れと言われても、魔王の娘と幸せなので~

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第4話 「戻ってこい」と勇者が泣きついてきたが、もう遅い。俺は国王陛下に招かれているので

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翌朝。
俺は小鳥のさえずりと、首筋に感じる柔らかな感触で目を覚ました。

「ん……むにゃ……クロウ、もっと……」

胸元を見ると、銀髪の美少女――魔王の娘セリスが、俺の服を掴んで幸せそうな寝息を立てていた。
昨晩、魔力供給という名目で散々俺の血(魔力)を吸った後、彼女はそのまま俺のベッドで眠ってしまったのだ。
無防備な寝顔は、かつて世界を恐怖に陥れた魔族の姫君とはとても思えない。

「おい、起きろセリス。朝だぞ」

俺が軽く揺すると、セリスは不満げに唸りながら瞼を開けた。
赤い瞳がとろんとしている。

「むぅ……もう朝か。人間界の朝は早いのな」

「冒険者の朝は早いんだよ。ほら、着替えて飯に行くぞ」

「飯! うむ、それは良い響きだ。昨日の夕食に出た『ハンバーグ』とやらは絶品であった」

セリスは飛び起きると、幻影魔法で自身の衣装を整えた。
黒いドレスから、街娘風のワンピースへ。
角も隠し、どこからどう見ても深窓の令嬢といった風情だ。

俺たちは身支度を整え、部屋を出て一階の食堂へと降りていった。

『銀の月亭』の食堂は、朝から宿泊客で賑わっていた。
だが、俺たちが階段を降りていくと、ふっと視線が集まるのを感じた。
昨日のギルドでの一件は、既に噂として広まっているらしい。
『Aランクのゴーレムを瞬殺した呪術師』
『絶世の美女を連れた謎の実力者』
そんなひそひそ話が聞こえてくる。

俺たちは窓際の席に座り、朝食セットを注文した。
焼きたてのパンとスープ、ベーコンエッグ。
セリスは目を輝かせながらナイフとフォークを器用に使っている。

「美味いか?」

「うむ! 魔界の食事は大味なものが多かったからな。人間の料理は繊細で素晴らしい」

「そりゃよかった。……ん?」

ふと、食堂の入り口が騒がしくなった。
ドアが乱暴に開けられ、ドカドカと足音が近づいてくる。
嫌な予感がして顔を上げると、そこには見たくもない連中が立っていた。

勇者パーティー『光の剣』の面々だ。

昨晩見かけた時よりも多少はマシになっているが、それでも装備はボロボロのまま。
カイルの顔には絆創膏が貼られ、目の下には濃いクマができている。
聖女アリシアも化粧気のない憔悴した顔だ。

彼らは食堂を見回し、俺を見つけると、カツカツと早足で歩み寄ってきた。

「おい、クロウ! ここにいたのか!」

カイルが大声で怒鳴る。
食堂の客たちが驚いて注目する中、彼は俺たちのテーブルの前に仁王立ちした。

「……何の用だ? 朝飯の最中なんだが」

俺がスープを啜りながら冷淡に返すと、カイルはこめかみに青筋を浮かべた。

「何の用だ、じゃないだろ! お前、昨日ギルドに来ていたらしいな! なんで俺たちに挨拶もなしに出て行ったんだ!」

「挨拶? なんで既に抜けたパーティーに挨拶しなきゃならないんだ。お前らが『出て行け』と言ったんだろうが」

「ぐっ……! そ、それは言葉のアヤだろ! ちょっと頭を冷やせって意味で言っただけだ!」

カイルは苦し紛れの言い訳を叫んだ。
相変わらず、自分の都合の良いように記憶を改竄する天才だ。

隣にいたアリシアが、潤んだ瞳で俺を見つめてきた。

「クロウさん……酷いですわ。私たち、昨日あんなに大変な目に遭ったんですのよ? ゴブリンに襲われて、装備も壊れて……。クロウさんがいれば、あんなことにはなりませんでしたのに」

「ほう、ゴブリンに負けたのか。Sランクパーティーが?」

俺が鼻で笑うと、後ろにいた重戦士ガンツが顔を真っ赤にして吠えた。

「笑ってんじゃねぇぞ! あいつら、普通のゴブリンじゃなかったんだ! 異常個体(イレギュラー)だ! たまたま運が悪かっただけだ!」

「運が悪かった、ねぇ」

俺はパンをちぎって口に運んだ。
彼らはまだ気づいていないのか、あるいは認めたくないのか。
俺の『災厄の呪い』が消えたことで、彼らが戦っていた「イージーモード」の世界が終わったということを。

「で、用件はなんだ? まさか朝から愚痴を言いに来たわけじゃないだろ」

俺が問い詰めると、カイルはバツが悪そうに視線を泳がせ、咳払いをした。

「……コホン。まあ、なんだ。俺たちも大人だ。昨日のことは水に流してやる」

「は?」

「だから、戻ってこいと言ってるんだ。お前一人じゃ、そのうち野垂れ死ぬのがオチだろ? 特別に『光の剣』への復帰を認めてやる。感謝しろよ」

カイルは尊大な態度で、右手を差し出してきた。
その言葉の裏にある魂胆は透けて見える。
金がない。装備がない。ポーションがない。
そして何より、俺がいないと勝てないことに薄々気づき始めている。
だから、俺を再び「便利な道具」として手元に置きたいだけだ。

俺はため息をついた。
こいつらは、どこまでも救いようがない。

「……断る」

「よし、分かったらさっさと荷物を……って、はぁ!? 今なんて言った!?」

カイルの手が空を切る。
彼は信じられないものを見る目で俺を見た。

「断ると言ったんだ。俺はもうソロでやると決めた。お前らのパーティーには戻らない」

「な、何を馬鹿なことを! Sランクパーティーだぞ!? お前みたいな陰気な呪術師が、他で雇ってもらえると思ってるのか!?」

「雇ってもらう必要はない。俺一人で十分稼げるからな。……昨日のロックガーディアンの素材だけで、お前らの年収分くらいは稼がせてもらったよ」

その言葉に、カイルたちの顔色がさっと変わった。
金の話には敏感な連中だ。

「そ、そうだ! その金だ!」

カイルがバンとテーブルを叩いた。

「お前、ギルドで大金を換金したそうじゃないか! それは本来、俺たちに入るはずの金だぞ!」

「……はい?」

「お前はまだ正式な脱退手続きをしていない! つまり、お前が稼いだ金はパーティーの共有財産だ! その金をよこせ! あと、マジックバッグの中身も全部だ!」

あまりの暴論に、食堂中が静まり返った。
盗人猛々しいとはこのことだ。
セリスが不快そうに目を細め、指先をピクリと動かした。
俺はテーブルの下で彼女の手を握り、制止する。

「手続きなら、昨日ギルドでしたよ。ミリアさんに確認してみろ」

「う、うるさい! 俺は認めてないぞ!」

カイルが俺の襟首を掴もうと手を伸ばしてきた。
その時だ。

「……食事中に騒がしいな、羽虫ども」

冷徹な声が響いた。
今まで黙って食事をしていたセリスが、ナイフを置いてカイルを見上げていた。
その赤い瞳が、宝石のように美しく、そして底知れぬ殺気を放っている。

「ひっ……!?」

カイルの手が止まった。
彼はセリスの顔を見て、一瞬見惚れ、次の瞬間、本能的な恐怖に襲われて後ずさった。

「な、なんだこの女は……!? クロウ、お前こんな女を連れ込んで……!」

魔法使いのリナが、嫉妬と侮蔑の混じった声で叫ぶ。

「ふん、どうせ売春婦か何かでしょ? 金が入ったからって、いい気になって!」

パリンッ。

リナの持っていた杖の宝石部分が、唐突に砕け散った。

「え……? キャアッ!?」

「口を慎め、下郎。……次、その汚い口でクロウを愚弄すれば、その首を胴体から永遠にさよならさせるぞ?」

セリスは微笑んでいた。
だが、その背後には漆黒のオーラが揺らめいているように見えた。
リナは腰を抜かし、床にへたり込んだ。
カイルたちも、蛇に睨まれた蛙のように動けない。
彼らはSランク冒険者としての勘で悟ったのだ。
目の前の少女が、自分たちの手に負える相手ではないと。

「……そこまでだ」

俺は静かに立ち上がり、カイルたちを見下ろした。

「カイル、アリシア、ガンツ、リナ。はっきり言っておく」

俺は彼ら一人一人の目を見て告げた。

「俺は、お前たちを見限ったんだ。金輪際、関わるな。もしこれ以上俺たちの邪魔をするなら……昨日のゴブリンよりも恐ろしい『災厄』が降りかかると思え」

俺の瞳が一瞬、紫色に怪しく光った。
スキル『威圧』。
カイルたちは「ヒッ」と短い悲鳴を上げ、情けない顔でガタガタと震え上がった。

その時だった。

「そこを空けよ! 国王陛下の使いである!」

食堂の入り口から、重厚な鎧に身を包んだ騎士たちが雪崩れ込んできた。
胸には王家の紋章が刻まれている。
近衛騎士団だ。
その先頭に立つのは、騎士団長のガレイン。
王国内でも五本の指に入る実力者だ。

カイルの顔がパッと明るくなった。

「き、騎士団長!? 来てくれたのか!」

彼は俺たちに向き直り、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

「はっはっは! 見たかクロウ! 国も俺たちのことを放っておかなかったようだ! きっと俺たちを王城へ招待しに来たんだ!」

カイルは騎士団長の方へ駆け寄った。

「ガレイン団長! ご苦労様です! いやぁ、昨日は少しヘマをしましたが、俺たち『光の剣』は健在です! さあ、参りましょうか!」

しかし、ガレイン団長はカイルを一瞥もしなかった。
まるで道端の石ころでも見るような目で彼を無視し、その横を通り過ぎる。

「え……?」

カイルが呆然とする中、ガレイン団長は一直線に俺たちのテーブルへと歩み寄ってきた。
そして、俺の目の前で、ガシャリと音を立てて跪いたのだ。

「お初にお目にかかります。……呪術師クロウ殿とお見受けする」

食堂中がどよめいた。
あの近衛騎士団長が、一介の冒険者、それも地味な呪術師に膝をついたのだ。

「ああ、俺がクロウだ。……何の用だ?」

俺は努めて冷静に答えた。
ガレインは顔を上げ、真剣な眼差しで俺を見た。

「国王陛下より、勅命を預かって参りました。昨日の『ロックガーディアン討伐』および『魔の樹海における異常事態の鎮圧』の功績を称え、是非とも王城にて謁見を賜りたいとのことです」

「謁見?」

「はい。陛下は貴殿の実力を高く評価しておられます。我が国を脅かす脅威に対抗しうる『特級戦力』として、直々にお話をされたいと」

『特級戦力』。
それは勇者パーティーにすら与えられていない、国家最高峰の称号だ。
実質、この国で最強の存在として認められたに等しい。

「な……な、なんだって……!?」

背後でカイルが裏返った声を上げた。

「と、特級戦力だと!? 間違いだ! そいつはただの荷物持ちだぞ!? 勇者は俺だ! 俺こそが呼ばれるべきなんだ!」

カイルがガレインに詰め寄ろうとする。
だが、護衛の騎士たちが槍を交差させ、彼の行く手を阻んだ。

「無礼者! 下がれ!」

「ど、どうしてだ! 俺は勇者カイルだぞ! Sランクだぞ!」

ガレインは冷ややかな目でカイルを一睨みした。

「カイル殿。貴殿らの昨日の失態は、既に報告が入っている。ゴブリンの群れに敗走し、武器を捨てて逃げ帰ったと。……そのような者が勇者を名乗るなど、片腹痛い」

「そ、それは……!」

「それに引き換え、クロウ殿は単身でAランク魔物を討伐し、さらには街の危機を未然に防いだというではないか。どちらが英雄に相応しいか、子供でも分かる理屈だ」

正論だった。
ぐうの音も出ない事実に、カイルは顔を青くし、次いで赤くし、わなわなと震えた。
アリシアたちは顔を覆って俯いている。

「クロウ殿。お迎えの馬車を用意しております。同行していただけますかな?」

ガレインが俺に手を差し伸べる。
俺はチラリとセリスを見た。
彼女は「行ってやれ」と言わんばかりに、楽しそうに微笑んでいる。

「分かった。行こう」

俺は立ち上がり、ガレインと共に店の出口へと向かった。
通り過ぎる際、呆然と立ち尽くすカイルの横で、俺は足を止めた。

「……カイル」

「ひっ……!」

「言ったはずだ。『もう遅い』と。俺は先に行く。お前たちはそこで、せいぜい惨めな現実と戦っているんだな」

それだけ言い残し、俺は店を出た。
外には、王家の紋章が入った豪華な馬車が停まっている。
俺とセリスが乗り込むと、御者が鞭を鳴らし、馬車はゆっくりと走り出した。

窓の外、食堂の入り口には、へたり込んだカイルたちの姿が小さく見えた。
彼らがこれからどうなるのか、俺には興味がない。
借金に追われるか、ランクを降格させられるか。
いずれにせよ、かつての栄光は二度と戻らないだろう。

「ふふっ、痛快であったな」

馬車の中で、セリスが上機嫌に笑った。

「人間の王か。どんな奴か見物だな。退屈させるようなら、この国ごと買い取ってやろうか?」

「やめろ。お前がやると冗談に聞こえない」

俺は苦笑いしながら、遠ざかる街並みを眺めた。
追放された荷物持ちが、国王に招かれる英雄へ。
展開が早すぎて頭が追いつかないが、悪い気分ではない。

だが、俺はまだ知らなかった。
王城で待ち受けているのが、単なる称賛だけではないことを。
この国の闇、そして教会が隠している『聖女』にまつわる秘密が、俺たちを待ち受けていることを。

馬車は王都の大通りを抜け、白亜の城へと向かって進んでいった。

   ◇

一方、残された『銀の月亭』食堂。

「う、嘘だ……こんなこと……」

カイルは床に膝をついたまま、現実を受け入れられずにいた。
周囲の客たちからの視線が痛い。
「あれが勇者?」「ダサすぎだろ」「ざまぁみろ」という囁きが聞こえてくる。

「カ、カイル様……これからどうしましょう……」

アリシアが涙声で縋ってくる。
宿代も払えない。装備もない。名誉もない。
八方塞がりだ。

その時、一人の男が彼らの前に立った。
昨日のギルドで俺に絡み、恥をかかされたCランク冒険者ボガードだ。
だが、その表情は昨日の怯えたものとは違い、どこか陰湿な笑みを浮かべていた。

「へへっ……勇者様よぉ。随分と落ちぶれちまったなぁ」

「な、なんだお前は……!」

「いやなに、俺たち『鉄の牙』も昨日の一件でクロウの野郎に恨みがあってな。……どうだ? 俺たちと組まねぇか?」

ボガードはカイルの耳元で囁いた。

「俺にいい考えがあるんだ。クロウの野郎を陥れて、あいつの金も女も、全部奪い取る方法がな……」

カイルの瞳が、憎悪の光を宿して揺れた。
英雄としてのプライドは既に砕け散っていた。
残っているのは、自分を否定したクロウへの、どす黒い復讐心だけ。

「……話を聞こうか」

堕ちた勇者は、悪魔の手を取った。
その選択が、彼らをさらなる破滅へと導くとも知らずに。
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