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第4話 「戻ってこい」と勇者が泣きついてきたが、もう遅い。俺は国王陛下に招かれているので
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翌朝。
俺は小鳥のさえずりと、首筋に感じる柔らかな感触で目を覚ました。
「ん……むにゃ……クロウ、もっと……」
胸元を見ると、銀髪の美少女――魔王の娘セリスが、俺の服を掴んで幸せそうな寝息を立てていた。
昨晩、魔力供給という名目で散々俺の血(魔力)を吸った後、彼女はそのまま俺のベッドで眠ってしまったのだ。
無防備な寝顔は、かつて世界を恐怖に陥れた魔族の姫君とはとても思えない。
「おい、起きろセリス。朝だぞ」
俺が軽く揺すると、セリスは不満げに唸りながら瞼を開けた。
赤い瞳がとろんとしている。
「むぅ……もう朝か。人間界の朝は早いのな」
「冒険者の朝は早いんだよ。ほら、着替えて飯に行くぞ」
「飯! うむ、それは良い響きだ。昨日の夕食に出た『ハンバーグ』とやらは絶品であった」
セリスは飛び起きると、幻影魔法で自身の衣装を整えた。
黒いドレスから、街娘風のワンピースへ。
角も隠し、どこからどう見ても深窓の令嬢といった風情だ。
俺たちは身支度を整え、部屋を出て一階の食堂へと降りていった。
『銀の月亭』の食堂は、朝から宿泊客で賑わっていた。
だが、俺たちが階段を降りていくと、ふっと視線が集まるのを感じた。
昨日のギルドでの一件は、既に噂として広まっているらしい。
『Aランクのゴーレムを瞬殺した呪術師』
『絶世の美女を連れた謎の実力者』
そんなひそひそ話が聞こえてくる。
俺たちは窓際の席に座り、朝食セットを注文した。
焼きたてのパンとスープ、ベーコンエッグ。
セリスは目を輝かせながらナイフとフォークを器用に使っている。
「美味いか?」
「うむ! 魔界の食事は大味なものが多かったからな。人間の料理は繊細で素晴らしい」
「そりゃよかった。……ん?」
ふと、食堂の入り口が騒がしくなった。
ドアが乱暴に開けられ、ドカドカと足音が近づいてくる。
嫌な予感がして顔を上げると、そこには見たくもない連中が立っていた。
勇者パーティー『光の剣』の面々だ。
昨晩見かけた時よりも多少はマシになっているが、それでも装備はボロボロのまま。
カイルの顔には絆創膏が貼られ、目の下には濃いクマができている。
聖女アリシアも化粧気のない憔悴した顔だ。
彼らは食堂を見回し、俺を見つけると、カツカツと早足で歩み寄ってきた。
「おい、クロウ! ここにいたのか!」
カイルが大声で怒鳴る。
食堂の客たちが驚いて注目する中、彼は俺たちのテーブルの前に仁王立ちした。
「……何の用だ? 朝飯の最中なんだが」
俺がスープを啜りながら冷淡に返すと、カイルはこめかみに青筋を浮かべた。
「何の用だ、じゃないだろ! お前、昨日ギルドに来ていたらしいな! なんで俺たちに挨拶もなしに出て行ったんだ!」
「挨拶? なんで既に抜けたパーティーに挨拶しなきゃならないんだ。お前らが『出て行け』と言ったんだろうが」
「ぐっ……! そ、それは言葉のアヤだろ! ちょっと頭を冷やせって意味で言っただけだ!」
カイルは苦し紛れの言い訳を叫んだ。
相変わらず、自分の都合の良いように記憶を改竄する天才だ。
隣にいたアリシアが、潤んだ瞳で俺を見つめてきた。
「クロウさん……酷いですわ。私たち、昨日あんなに大変な目に遭ったんですのよ? ゴブリンに襲われて、装備も壊れて……。クロウさんがいれば、あんなことにはなりませんでしたのに」
「ほう、ゴブリンに負けたのか。Sランクパーティーが?」
俺が鼻で笑うと、後ろにいた重戦士ガンツが顔を真っ赤にして吠えた。
「笑ってんじゃねぇぞ! あいつら、普通のゴブリンじゃなかったんだ! 異常個体(イレギュラー)だ! たまたま運が悪かっただけだ!」
「運が悪かった、ねぇ」
俺はパンをちぎって口に運んだ。
彼らはまだ気づいていないのか、あるいは認めたくないのか。
俺の『災厄の呪い』が消えたことで、彼らが戦っていた「イージーモード」の世界が終わったということを。
「で、用件はなんだ? まさか朝から愚痴を言いに来たわけじゃないだろ」
俺が問い詰めると、カイルはバツが悪そうに視線を泳がせ、咳払いをした。
「……コホン。まあ、なんだ。俺たちも大人だ。昨日のことは水に流してやる」
「は?」
「だから、戻ってこいと言ってるんだ。お前一人じゃ、そのうち野垂れ死ぬのがオチだろ? 特別に『光の剣』への復帰を認めてやる。感謝しろよ」
カイルは尊大な態度で、右手を差し出してきた。
その言葉の裏にある魂胆は透けて見える。
金がない。装備がない。ポーションがない。
そして何より、俺がいないと勝てないことに薄々気づき始めている。
だから、俺を再び「便利な道具」として手元に置きたいだけだ。
俺はため息をついた。
こいつらは、どこまでも救いようがない。
「……断る」
「よし、分かったらさっさと荷物を……って、はぁ!? 今なんて言った!?」
カイルの手が空を切る。
彼は信じられないものを見る目で俺を見た。
「断ると言ったんだ。俺はもうソロでやると決めた。お前らのパーティーには戻らない」
「な、何を馬鹿なことを! Sランクパーティーだぞ!? お前みたいな陰気な呪術師が、他で雇ってもらえると思ってるのか!?」
「雇ってもらう必要はない。俺一人で十分稼げるからな。……昨日のロックガーディアンの素材だけで、お前らの年収分くらいは稼がせてもらったよ」
その言葉に、カイルたちの顔色がさっと変わった。
金の話には敏感な連中だ。
「そ、そうだ! その金だ!」
カイルがバンとテーブルを叩いた。
「お前、ギルドで大金を換金したそうじゃないか! それは本来、俺たちに入るはずの金だぞ!」
「……はい?」
「お前はまだ正式な脱退手続きをしていない! つまり、お前が稼いだ金はパーティーの共有財産だ! その金をよこせ! あと、マジックバッグの中身も全部だ!」
あまりの暴論に、食堂中が静まり返った。
盗人猛々しいとはこのことだ。
セリスが不快そうに目を細め、指先をピクリと動かした。
俺はテーブルの下で彼女の手を握り、制止する。
「手続きなら、昨日ギルドでしたよ。ミリアさんに確認してみろ」
「う、うるさい! 俺は認めてないぞ!」
カイルが俺の襟首を掴もうと手を伸ばしてきた。
その時だ。
「……食事中に騒がしいな、羽虫ども」
冷徹な声が響いた。
今まで黙って食事をしていたセリスが、ナイフを置いてカイルを見上げていた。
その赤い瞳が、宝石のように美しく、そして底知れぬ殺気を放っている。
「ひっ……!?」
カイルの手が止まった。
彼はセリスの顔を見て、一瞬見惚れ、次の瞬間、本能的な恐怖に襲われて後ずさった。
「な、なんだこの女は……!? クロウ、お前こんな女を連れ込んで……!」
魔法使いのリナが、嫉妬と侮蔑の混じった声で叫ぶ。
「ふん、どうせ売春婦か何かでしょ? 金が入ったからって、いい気になって!」
パリンッ。
リナの持っていた杖の宝石部分が、唐突に砕け散った。
「え……? キャアッ!?」
「口を慎め、下郎。……次、その汚い口でクロウを愚弄すれば、その首を胴体から永遠にさよならさせるぞ?」
セリスは微笑んでいた。
だが、その背後には漆黒のオーラが揺らめいているように見えた。
リナは腰を抜かし、床にへたり込んだ。
カイルたちも、蛇に睨まれた蛙のように動けない。
彼らはSランク冒険者としての勘で悟ったのだ。
目の前の少女が、自分たちの手に負える相手ではないと。
「……そこまでだ」
俺は静かに立ち上がり、カイルたちを見下ろした。
「カイル、アリシア、ガンツ、リナ。はっきり言っておく」
俺は彼ら一人一人の目を見て告げた。
「俺は、お前たちを見限ったんだ。金輪際、関わるな。もしこれ以上俺たちの邪魔をするなら……昨日のゴブリンよりも恐ろしい『災厄』が降りかかると思え」
俺の瞳が一瞬、紫色に怪しく光った。
スキル『威圧』。
カイルたちは「ヒッ」と短い悲鳴を上げ、情けない顔でガタガタと震え上がった。
その時だった。
「そこを空けよ! 国王陛下の使いである!」
食堂の入り口から、重厚な鎧に身を包んだ騎士たちが雪崩れ込んできた。
胸には王家の紋章が刻まれている。
近衛騎士団だ。
その先頭に立つのは、騎士団長のガレイン。
王国内でも五本の指に入る実力者だ。
カイルの顔がパッと明るくなった。
「き、騎士団長!? 来てくれたのか!」
彼は俺たちに向き直り、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「はっはっは! 見たかクロウ! 国も俺たちのことを放っておかなかったようだ! きっと俺たちを王城へ招待しに来たんだ!」
カイルは騎士団長の方へ駆け寄った。
「ガレイン団長! ご苦労様です! いやぁ、昨日は少しヘマをしましたが、俺たち『光の剣』は健在です! さあ、参りましょうか!」
しかし、ガレイン団長はカイルを一瞥もしなかった。
まるで道端の石ころでも見るような目で彼を無視し、その横を通り過ぎる。
「え……?」
カイルが呆然とする中、ガレイン団長は一直線に俺たちのテーブルへと歩み寄ってきた。
そして、俺の目の前で、ガシャリと音を立てて跪いたのだ。
「お初にお目にかかります。……呪術師クロウ殿とお見受けする」
食堂中がどよめいた。
あの近衛騎士団長が、一介の冒険者、それも地味な呪術師に膝をついたのだ。
「ああ、俺がクロウだ。……何の用だ?」
俺は努めて冷静に答えた。
ガレインは顔を上げ、真剣な眼差しで俺を見た。
「国王陛下より、勅命を預かって参りました。昨日の『ロックガーディアン討伐』および『魔の樹海における異常事態の鎮圧』の功績を称え、是非とも王城にて謁見を賜りたいとのことです」
「謁見?」
「はい。陛下は貴殿の実力を高く評価しておられます。我が国を脅かす脅威に対抗しうる『特級戦力』として、直々にお話をされたいと」
『特級戦力』。
それは勇者パーティーにすら与えられていない、国家最高峰の称号だ。
実質、この国で最強の存在として認められたに等しい。
「な……な、なんだって……!?」
背後でカイルが裏返った声を上げた。
「と、特級戦力だと!? 間違いだ! そいつはただの荷物持ちだぞ!? 勇者は俺だ! 俺こそが呼ばれるべきなんだ!」
カイルがガレインに詰め寄ろうとする。
だが、護衛の騎士たちが槍を交差させ、彼の行く手を阻んだ。
「無礼者! 下がれ!」
「ど、どうしてだ! 俺は勇者カイルだぞ! Sランクだぞ!」
ガレインは冷ややかな目でカイルを一睨みした。
「カイル殿。貴殿らの昨日の失態は、既に報告が入っている。ゴブリンの群れに敗走し、武器を捨てて逃げ帰ったと。……そのような者が勇者を名乗るなど、片腹痛い」
「そ、それは……!」
「それに引き換え、クロウ殿は単身でAランク魔物を討伐し、さらには街の危機を未然に防いだというではないか。どちらが英雄に相応しいか、子供でも分かる理屈だ」
正論だった。
ぐうの音も出ない事実に、カイルは顔を青くし、次いで赤くし、わなわなと震えた。
アリシアたちは顔を覆って俯いている。
「クロウ殿。お迎えの馬車を用意しております。同行していただけますかな?」
ガレインが俺に手を差し伸べる。
俺はチラリとセリスを見た。
彼女は「行ってやれ」と言わんばかりに、楽しそうに微笑んでいる。
「分かった。行こう」
俺は立ち上がり、ガレインと共に店の出口へと向かった。
通り過ぎる際、呆然と立ち尽くすカイルの横で、俺は足を止めた。
「……カイル」
「ひっ……!」
「言ったはずだ。『もう遅い』と。俺は先に行く。お前たちはそこで、せいぜい惨めな現実と戦っているんだな」
それだけ言い残し、俺は店を出た。
外には、王家の紋章が入った豪華な馬車が停まっている。
俺とセリスが乗り込むと、御者が鞭を鳴らし、馬車はゆっくりと走り出した。
窓の外、食堂の入り口には、へたり込んだカイルたちの姿が小さく見えた。
彼らがこれからどうなるのか、俺には興味がない。
借金に追われるか、ランクを降格させられるか。
いずれにせよ、かつての栄光は二度と戻らないだろう。
「ふふっ、痛快であったな」
馬車の中で、セリスが上機嫌に笑った。
「人間の王か。どんな奴か見物だな。退屈させるようなら、この国ごと買い取ってやろうか?」
「やめろ。お前がやると冗談に聞こえない」
俺は苦笑いしながら、遠ざかる街並みを眺めた。
追放された荷物持ちが、国王に招かれる英雄へ。
展開が早すぎて頭が追いつかないが、悪い気分ではない。
だが、俺はまだ知らなかった。
王城で待ち受けているのが、単なる称賛だけではないことを。
この国の闇、そして教会が隠している『聖女』にまつわる秘密が、俺たちを待ち受けていることを。
馬車は王都の大通りを抜け、白亜の城へと向かって進んでいった。
◇
一方、残された『銀の月亭』食堂。
「う、嘘だ……こんなこと……」
カイルは床に膝をついたまま、現実を受け入れられずにいた。
周囲の客たちからの視線が痛い。
「あれが勇者?」「ダサすぎだろ」「ざまぁみろ」という囁きが聞こえてくる。
「カ、カイル様……これからどうしましょう……」
アリシアが涙声で縋ってくる。
宿代も払えない。装備もない。名誉もない。
八方塞がりだ。
その時、一人の男が彼らの前に立った。
昨日のギルドで俺に絡み、恥をかかされたCランク冒険者ボガードだ。
だが、その表情は昨日の怯えたものとは違い、どこか陰湿な笑みを浮かべていた。
「へへっ……勇者様よぉ。随分と落ちぶれちまったなぁ」
「な、なんだお前は……!」
「いやなに、俺たち『鉄の牙』も昨日の一件でクロウの野郎に恨みがあってな。……どうだ? 俺たちと組まねぇか?」
ボガードはカイルの耳元で囁いた。
「俺にいい考えがあるんだ。クロウの野郎を陥れて、あいつの金も女も、全部奪い取る方法がな……」
カイルの瞳が、憎悪の光を宿して揺れた。
英雄としてのプライドは既に砕け散っていた。
残っているのは、自分を否定したクロウへの、どす黒い復讐心だけ。
「……話を聞こうか」
堕ちた勇者は、悪魔の手を取った。
その選択が、彼らをさらなる破滅へと導くとも知らずに。
俺は小鳥のさえずりと、首筋に感じる柔らかな感触で目を覚ました。
「ん……むにゃ……クロウ、もっと……」
胸元を見ると、銀髪の美少女――魔王の娘セリスが、俺の服を掴んで幸せそうな寝息を立てていた。
昨晩、魔力供給という名目で散々俺の血(魔力)を吸った後、彼女はそのまま俺のベッドで眠ってしまったのだ。
無防備な寝顔は、かつて世界を恐怖に陥れた魔族の姫君とはとても思えない。
「おい、起きろセリス。朝だぞ」
俺が軽く揺すると、セリスは不満げに唸りながら瞼を開けた。
赤い瞳がとろんとしている。
「むぅ……もう朝か。人間界の朝は早いのな」
「冒険者の朝は早いんだよ。ほら、着替えて飯に行くぞ」
「飯! うむ、それは良い響きだ。昨日の夕食に出た『ハンバーグ』とやらは絶品であった」
セリスは飛び起きると、幻影魔法で自身の衣装を整えた。
黒いドレスから、街娘風のワンピースへ。
角も隠し、どこからどう見ても深窓の令嬢といった風情だ。
俺たちは身支度を整え、部屋を出て一階の食堂へと降りていった。
『銀の月亭』の食堂は、朝から宿泊客で賑わっていた。
だが、俺たちが階段を降りていくと、ふっと視線が集まるのを感じた。
昨日のギルドでの一件は、既に噂として広まっているらしい。
『Aランクのゴーレムを瞬殺した呪術師』
『絶世の美女を連れた謎の実力者』
そんなひそひそ話が聞こえてくる。
俺たちは窓際の席に座り、朝食セットを注文した。
焼きたてのパンとスープ、ベーコンエッグ。
セリスは目を輝かせながらナイフとフォークを器用に使っている。
「美味いか?」
「うむ! 魔界の食事は大味なものが多かったからな。人間の料理は繊細で素晴らしい」
「そりゃよかった。……ん?」
ふと、食堂の入り口が騒がしくなった。
ドアが乱暴に開けられ、ドカドカと足音が近づいてくる。
嫌な予感がして顔を上げると、そこには見たくもない連中が立っていた。
勇者パーティー『光の剣』の面々だ。
昨晩見かけた時よりも多少はマシになっているが、それでも装備はボロボロのまま。
カイルの顔には絆創膏が貼られ、目の下には濃いクマができている。
聖女アリシアも化粧気のない憔悴した顔だ。
彼らは食堂を見回し、俺を見つけると、カツカツと早足で歩み寄ってきた。
「おい、クロウ! ここにいたのか!」
カイルが大声で怒鳴る。
食堂の客たちが驚いて注目する中、彼は俺たちのテーブルの前に仁王立ちした。
「……何の用だ? 朝飯の最中なんだが」
俺がスープを啜りながら冷淡に返すと、カイルはこめかみに青筋を浮かべた。
「何の用だ、じゃないだろ! お前、昨日ギルドに来ていたらしいな! なんで俺たちに挨拶もなしに出て行ったんだ!」
「挨拶? なんで既に抜けたパーティーに挨拶しなきゃならないんだ。お前らが『出て行け』と言ったんだろうが」
「ぐっ……! そ、それは言葉のアヤだろ! ちょっと頭を冷やせって意味で言っただけだ!」
カイルは苦し紛れの言い訳を叫んだ。
相変わらず、自分の都合の良いように記憶を改竄する天才だ。
隣にいたアリシアが、潤んだ瞳で俺を見つめてきた。
「クロウさん……酷いですわ。私たち、昨日あんなに大変な目に遭ったんですのよ? ゴブリンに襲われて、装備も壊れて……。クロウさんがいれば、あんなことにはなりませんでしたのに」
「ほう、ゴブリンに負けたのか。Sランクパーティーが?」
俺が鼻で笑うと、後ろにいた重戦士ガンツが顔を真っ赤にして吠えた。
「笑ってんじゃねぇぞ! あいつら、普通のゴブリンじゃなかったんだ! 異常個体(イレギュラー)だ! たまたま運が悪かっただけだ!」
「運が悪かった、ねぇ」
俺はパンをちぎって口に運んだ。
彼らはまだ気づいていないのか、あるいは認めたくないのか。
俺の『災厄の呪い』が消えたことで、彼らが戦っていた「イージーモード」の世界が終わったということを。
「で、用件はなんだ? まさか朝から愚痴を言いに来たわけじゃないだろ」
俺が問い詰めると、カイルはバツが悪そうに視線を泳がせ、咳払いをした。
「……コホン。まあ、なんだ。俺たちも大人だ。昨日のことは水に流してやる」
「は?」
「だから、戻ってこいと言ってるんだ。お前一人じゃ、そのうち野垂れ死ぬのがオチだろ? 特別に『光の剣』への復帰を認めてやる。感謝しろよ」
カイルは尊大な態度で、右手を差し出してきた。
その言葉の裏にある魂胆は透けて見える。
金がない。装備がない。ポーションがない。
そして何より、俺がいないと勝てないことに薄々気づき始めている。
だから、俺を再び「便利な道具」として手元に置きたいだけだ。
俺はため息をついた。
こいつらは、どこまでも救いようがない。
「……断る」
「よし、分かったらさっさと荷物を……って、はぁ!? 今なんて言った!?」
カイルの手が空を切る。
彼は信じられないものを見る目で俺を見た。
「断ると言ったんだ。俺はもうソロでやると決めた。お前らのパーティーには戻らない」
「な、何を馬鹿なことを! Sランクパーティーだぞ!? お前みたいな陰気な呪術師が、他で雇ってもらえると思ってるのか!?」
「雇ってもらう必要はない。俺一人で十分稼げるからな。……昨日のロックガーディアンの素材だけで、お前らの年収分くらいは稼がせてもらったよ」
その言葉に、カイルたちの顔色がさっと変わった。
金の話には敏感な連中だ。
「そ、そうだ! その金だ!」
カイルがバンとテーブルを叩いた。
「お前、ギルドで大金を換金したそうじゃないか! それは本来、俺たちに入るはずの金だぞ!」
「……はい?」
「お前はまだ正式な脱退手続きをしていない! つまり、お前が稼いだ金はパーティーの共有財産だ! その金をよこせ! あと、マジックバッグの中身も全部だ!」
あまりの暴論に、食堂中が静まり返った。
盗人猛々しいとはこのことだ。
セリスが不快そうに目を細め、指先をピクリと動かした。
俺はテーブルの下で彼女の手を握り、制止する。
「手続きなら、昨日ギルドでしたよ。ミリアさんに確認してみろ」
「う、うるさい! 俺は認めてないぞ!」
カイルが俺の襟首を掴もうと手を伸ばしてきた。
その時だ。
「……食事中に騒がしいな、羽虫ども」
冷徹な声が響いた。
今まで黙って食事をしていたセリスが、ナイフを置いてカイルを見上げていた。
その赤い瞳が、宝石のように美しく、そして底知れぬ殺気を放っている。
「ひっ……!?」
カイルの手が止まった。
彼はセリスの顔を見て、一瞬見惚れ、次の瞬間、本能的な恐怖に襲われて後ずさった。
「な、なんだこの女は……!? クロウ、お前こんな女を連れ込んで……!」
魔法使いのリナが、嫉妬と侮蔑の混じった声で叫ぶ。
「ふん、どうせ売春婦か何かでしょ? 金が入ったからって、いい気になって!」
パリンッ。
リナの持っていた杖の宝石部分が、唐突に砕け散った。
「え……? キャアッ!?」
「口を慎め、下郎。……次、その汚い口でクロウを愚弄すれば、その首を胴体から永遠にさよならさせるぞ?」
セリスは微笑んでいた。
だが、その背後には漆黒のオーラが揺らめいているように見えた。
リナは腰を抜かし、床にへたり込んだ。
カイルたちも、蛇に睨まれた蛙のように動けない。
彼らはSランク冒険者としての勘で悟ったのだ。
目の前の少女が、自分たちの手に負える相手ではないと。
「……そこまでだ」
俺は静かに立ち上がり、カイルたちを見下ろした。
「カイル、アリシア、ガンツ、リナ。はっきり言っておく」
俺は彼ら一人一人の目を見て告げた。
「俺は、お前たちを見限ったんだ。金輪際、関わるな。もしこれ以上俺たちの邪魔をするなら……昨日のゴブリンよりも恐ろしい『災厄』が降りかかると思え」
俺の瞳が一瞬、紫色に怪しく光った。
スキル『威圧』。
カイルたちは「ヒッ」と短い悲鳴を上げ、情けない顔でガタガタと震え上がった。
その時だった。
「そこを空けよ! 国王陛下の使いである!」
食堂の入り口から、重厚な鎧に身を包んだ騎士たちが雪崩れ込んできた。
胸には王家の紋章が刻まれている。
近衛騎士団だ。
その先頭に立つのは、騎士団長のガレイン。
王国内でも五本の指に入る実力者だ。
カイルの顔がパッと明るくなった。
「き、騎士団長!? 来てくれたのか!」
彼は俺たちに向き直り、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「はっはっは! 見たかクロウ! 国も俺たちのことを放っておかなかったようだ! きっと俺たちを王城へ招待しに来たんだ!」
カイルは騎士団長の方へ駆け寄った。
「ガレイン団長! ご苦労様です! いやぁ、昨日は少しヘマをしましたが、俺たち『光の剣』は健在です! さあ、参りましょうか!」
しかし、ガレイン団長はカイルを一瞥もしなかった。
まるで道端の石ころでも見るような目で彼を無視し、その横を通り過ぎる。
「え……?」
カイルが呆然とする中、ガレイン団長は一直線に俺たちのテーブルへと歩み寄ってきた。
そして、俺の目の前で、ガシャリと音を立てて跪いたのだ。
「お初にお目にかかります。……呪術師クロウ殿とお見受けする」
食堂中がどよめいた。
あの近衛騎士団長が、一介の冒険者、それも地味な呪術師に膝をついたのだ。
「ああ、俺がクロウだ。……何の用だ?」
俺は努めて冷静に答えた。
ガレインは顔を上げ、真剣な眼差しで俺を見た。
「国王陛下より、勅命を預かって参りました。昨日の『ロックガーディアン討伐』および『魔の樹海における異常事態の鎮圧』の功績を称え、是非とも王城にて謁見を賜りたいとのことです」
「謁見?」
「はい。陛下は貴殿の実力を高く評価しておられます。我が国を脅かす脅威に対抗しうる『特級戦力』として、直々にお話をされたいと」
『特級戦力』。
それは勇者パーティーにすら与えられていない、国家最高峰の称号だ。
実質、この国で最強の存在として認められたに等しい。
「な……な、なんだって……!?」
背後でカイルが裏返った声を上げた。
「と、特級戦力だと!? 間違いだ! そいつはただの荷物持ちだぞ!? 勇者は俺だ! 俺こそが呼ばれるべきなんだ!」
カイルがガレインに詰め寄ろうとする。
だが、護衛の騎士たちが槍を交差させ、彼の行く手を阻んだ。
「無礼者! 下がれ!」
「ど、どうしてだ! 俺は勇者カイルだぞ! Sランクだぞ!」
ガレインは冷ややかな目でカイルを一睨みした。
「カイル殿。貴殿らの昨日の失態は、既に報告が入っている。ゴブリンの群れに敗走し、武器を捨てて逃げ帰ったと。……そのような者が勇者を名乗るなど、片腹痛い」
「そ、それは……!」
「それに引き換え、クロウ殿は単身でAランク魔物を討伐し、さらには街の危機を未然に防いだというではないか。どちらが英雄に相応しいか、子供でも分かる理屈だ」
正論だった。
ぐうの音も出ない事実に、カイルは顔を青くし、次いで赤くし、わなわなと震えた。
アリシアたちは顔を覆って俯いている。
「クロウ殿。お迎えの馬車を用意しております。同行していただけますかな?」
ガレインが俺に手を差し伸べる。
俺はチラリとセリスを見た。
彼女は「行ってやれ」と言わんばかりに、楽しそうに微笑んでいる。
「分かった。行こう」
俺は立ち上がり、ガレインと共に店の出口へと向かった。
通り過ぎる際、呆然と立ち尽くすカイルの横で、俺は足を止めた。
「……カイル」
「ひっ……!」
「言ったはずだ。『もう遅い』と。俺は先に行く。お前たちはそこで、せいぜい惨めな現実と戦っているんだな」
それだけ言い残し、俺は店を出た。
外には、王家の紋章が入った豪華な馬車が停まっている。
俺とセリスが乗り込むと、御者が鞭を鳴らし、馬車はゆっくりと走り出した。
窓の外、食堂の入り口には、へたり込んだカイルたちの姿が小さく見えた。
彼らがこれからどうなるのか、俺には興味がない。
借金に追われるか、ランクを降格させられるか。
いずれにせよ、かつての栄光は二度と戻らないだろう。
「ふふっ、痛快であったな」
馬車の中で、セリスが上機嫌に笑った。
「人間の王か。どんな奴か見物だな。退屈させるようなら、この国ごと買い取ってやろうか?」
「やめろ。お前がやると冗談に聞こえない」
俺は苦笑いしながら、遠ざかる街並みを眺めた。
追放された荷物持ちが、国王に招かれる英雄へ。
展開が早すぎて頭が追いつかないが、悪い気分ではない。
だが、俺はまだ知らなかった。
王城で待ち受けているのが、単なる称賛だけではないことを。
この国の闇、そして教会が隠している『聖女』にまつわる秘密が、俺たちを待ち受けていることを。
馬車は王都の大通りを抜け、白亜の城へと向かって進んでいった。
◇
一方、残された『銀の月亭』食堂。
「う、嘘だ……こんなこと……」
カイルは床に膝をついたまま、現実を受け入れられずにいた。
周囲の客たちからの視線が痛い。
「あれが勇者?」「ダサすぎだろ」「ざまぁみろ」という囁きが聞こえてくる。
「カ、カイル様……これからどうしましょう……」
アリシアが涙声で縋ってくる。
宿代も払えない。装備もない。名誉もない。
八方塞がりだ。
その時、一人の男が彼らの前に立った。
昨日のギルドで俺に絡み、恥をかかされたCランク冒険者ボガードだ。
だが、その表情は昨日の怯えたものとは違い、どこか陰湿な笑みを浮かべていた。
「へへっ……勇者様よぉ。随分と落ちぶれちまったなぁ」
「な、なんだお前は……!」
「いやなに、俺たち『鉄の牙』も昨日の一件でクロウの野郎に恨みがあってな。……どうだ? 俺たちと組まねぇか?」
ボガードはカイルの耳元で囁いた。
「俺にいい考えがあるんだ。クロウの野郎を陥れて、あいつの金も女も、全部奪い取る方法がな……」
カイルの瞳が、憎悪の光を宿して揺れた。
英雄としてのプライドは既に砕け散っていた。
残っているのは、自分を否定したクロウへの、どす黒い復讐心だけ。
「……話を聞こうか」
堕ちた勇者は、悪魔の手を取った。
その選択が、彼らをさらなる破滅へと導くとも知らずに。
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呪いを解いた聖女、復讐を誓う女勇者、忠誠を誓う魔族の姫。
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異世界無自覚最強譚、ここに開幕!
追放された万能聖魔導師、辺境で無自覚に神を超える ~俺を無能と言った奴ら、まだ息してる?~
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王国一の聖魔導師アレンは、嫉妬した王子の策略で「無能」と断じられ、国を追放された。
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A級パーティから追放された俺はギルド職員になって安定した生活を手に入れる
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A級パーティの裏方として全てを支えてきたリオン・アルディス。しかし、リーダーで幼馴染のカイルに「お荷物」として追放されてしまう。失意の中で再会したギルド受付嬢・エリナ・ランフォードに導かれ、リオンはギルド職員として新たな道を歩み始める。
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1つだけ何でも望んで良いと言われたので、即答で答えました
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第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位
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