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第5話 王城の謁見室で、宮廷魔導師が解けない「王女の呪い」を一瞬で解いてみた
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王都の中央にそびえ立つ白亜の巨塔、王城グランディス。
俺たちを乗せた馬車は、石畳を滑るように進み、城の正門をくぐり抜けた。
手入れの行き届いた庭園には色とりどりの花が咲き乱れ、噴水が陽光を浴びて虹を作っている。
「ほう、人間にしては悪くない趣味だ。だが、我が父の城の庭園には遠く及ばぬな」
隣に座るセリスが、窓の外を眺めながら不遜な感想を漏らす。
彼女にとっては、この国の王城すらも少々手狭な別荘程度にしか見えないらしい。
「一応言っておくが、王様の前で『下等生物』とか言うなよ? 即座に国際問題になるからな」
「善処しよう。だが、向こうが礼儀を欠いた態度をとれば、その限りではないぞ?」
セリスは妖艶な笑みを浮かべた。
その瞳の奥には、退屈凌ぎを期待するような光が宿っている。
俺は小さくため息をついた。このお姫様のご機嫌を損ねないようにするのが、俺の最大のミッションかもしれない。
馬車寄せに到着すると、近衛騎士たちが整列して出迎えてくれた。
俺とセリスが降りると、先導していたガレイン団長が恭しく頭を下げる。
「ようこそ、王城へ。陛下がお待ちです」
案内されたのは、天井まで届くような巨大な扉の先にある『謁見の間』だった。
真紅の絨毯が玉座まで続き、その両脇には煌びやかな衣装を纏った貴族や、ローブ姿の宮廷魔術師たちがずらりと並んでいる。
俺たちが足を踏み入れると、数百の視線が一斉に突き刺さった。
好奇心、疑惑、嫉妬、そして侮蔑。
特に、魔術師たちの視線は冷ややかだった。
「どこの馬の骨とも知れぬ呪術師が」「勇者パーティーの落ちこぼれだろう?」という囁きが、風に乗って聞こえてくる。
正面の玉座には、初老の男性が座っていた。
白髪交じりの髪に、威厳のある髭。
この国の最高権力者、国王レギウス三世だ。
俺とセリスは玉座の前まで進み、一礼した。
形式通りの礼儀作法など知らないが、まあ頭を下げておけばいいだろう。
「面を上げよ」
重厚な声が響く。
俺たちが顔を上げると、国王は探るような目で俺を見つめた。
「そなたがクロウか。近衛騎士団長ガレインより報告は聞いている。Aランク魔物『ロックガーディアン』を単独で討伐し、魔の樹海より溢れ出そうとしていた脅威を未然に防いだとな」
「はい。たまたま通りかかっただけですが」
俺が答えると、周囲の貴族たちがざわついた。
「たまたまだと?」「無礼な」といった声が漏れる。
「謙遜は不要だ。余は結果を重視する。……だが、ここにいる者たちの中には、そなたの実力を疑う者も多いようでな」
国王が視線を横に向けると、一人の男が進み出てきた。
豪華な紫色のローブを着込み、手には宝石を散りばめた杖を持った中年男だ。
宮廷魔導師長、バルトロス。
この国で一番の魔法使いと自負している男だ。
「陛下、よろしいでしょうか」
バルトロスは慇懃無礼な態度で一礼し、それから俺をねめつけるように見た。
「この者がロックガーディアンを倒したという報告、にわかには信じがたいのです。彼は元々、勇者パーティーのお荷物……支援職ですらない、ただの荷物持ちだったと聞いております」
「……それで?」
「つまり、何らかの不正を行った可能性が高いということです。例えば、既に弱っていた魔物にトドメを刺しただけとか、あるいは高価な魔道具を使って一時的に火力を出したとか。そのような者を『特級戦力』として迎えるなど、我が国の魔法水準に関わります」
バルトロスの言葉に、取り巻きの魔術師たちがウンウンと頷く。
なるほど、要するに自分の地位が脅かされるのが怖いわけだ。
俺のようなポッと出の若造が評価されるのが気に入らないのだろう。
「おい、クロウ。あやつの顔、気に入らぬな」
隣でセリスが小声で囁いた。
声のトーンが低い。機嫌メーターが下がり始めている。
「灰にしてやろうか?」
「待て待て、ステイだ。俺がやる」
俺はセリスを片手で制し、バルトロスに向き直った。
「宮廷魔導師長殿。俺が不正をしたと言うなら、どうやって証明すればいい?」
「簡単だ。ここで我々と魔法戦を行えばいい。私の弟子……いや、一番下の見習い相手でも構わんぞ? 勝てれば認めてやろう」
バルトロスが嘲笑を浮かべる。
完全に舐めきっている。
だが、その時だった。
「待ちなさい、バルトロス」
国王が静かに、しかし有無を言わせぬ口調で割って入った。
バルトロスがびくりとして振り返る。
「へ、陛下?」
「そのような余興に時間を使っている暇はない。……クロウよ。余がそなたを呼んだ真の理由は、別にある」
国王の表情が、苦渋に満ちたものに変わった。
先ほどの威厳は消え、そこには娘を心配する一人の父親の顔があった。
「実は……余の娘、第二王女ソフィアが、原因不明の病に伏せっておるのだ」
場が静まり返った。
王女の病。それは極秘事項だったはずだ。貴族たちも驚きの表情を見せている。
「病、ですか?」
「うむ。一ヶ月ほど前から突然倒れ、以来、意識が戻らぬ。教会からは最高位の神官を呼び、治癒魔法をかけさせた。宮廷魔導師たちにもあらゆる解呪魔法を試させた。……だが、効果がない」
国王は悔しげに拳を握りしめた。
「バルトロスたちも『原因不明の衰弱死』だと言うばかりで、なす術がないのだ。……だが、ガレインから聞いたそなたの力。『呪術』に長けていると聞いた。もしや、これは病ではなく強力な呪いなのではないかとな」
なるほど。
回復魔法(ヒール)や通常の解呪(ディスペル)が効かないなら、特殊な系統の呪いである可能性が高い。
そして、この世界で「呪い」を専門に扱う職は、忌み嫌われているため数が少ない。
俺のような呪術師(ネクロマンサーやカースメイカー)は、光の当たらない日陰者だからな。
「……拝見してもよろしいですか?」
「うむ。頼む。もし娘を救ってくれたなら、そなたの望むものを何でも与えよう」
「陛下! 正気ですか!?」
バルトロスが叫んだ。
「どこの馬の骨とも知れぬ男を、王女殿下の寝室に入れるなど! それに、我々宮廷魔導師団が総力を挙げて解けなかったものを、この小僧に解けるはずがありません! これは王室への侮辱です!」
「黙れバルトロス! お前たちには治せなかったではないか!」
国王の怒号が響き、バルトロスは押し黙った。
だが、その目は俺を睨み続けている。
「失敗しろ」と全身で訴えているようだ。
「案内してください」
俺は国王に促し、玉座の後ろにある通路へと進んだ。
セリスも当然のように付いてくる。
◇
王女ソフィアの部屋は、城の最上階にあった。
天蓋付きのベッドに横たわる少女。
金の髪は輝きを失い、肌は蝋のように白く、呼吸も浅い。
その美貌は病魔に侵されても損なわれていないが、命の灯火が消えかけているのは明らかだった。
「……ひどいな」
俺はベッドサイドに立ち、王女の顔を覗き込んだ。
一目見て分かった。
これは病気じゃない。
「どうだ、クロウ。何か分かるか?」
国王が祈るような声で尋ねる。
部屋にはバルトロスやガレイン、数人の高官も付いてきている。
「ええ。これは病気じゃありません。呪いです」
「やはり……! どのような呪いだ?」
「『生命喰らいの呪印(ライフ・イーター)』。対象の生命力を徐々に吸い取り、術者に転送する禁術の一種です」
俺の言葉に、バルトロスが鼻で笑った。
「ハッ! 適当なことを言うな! ライフ・イーターだと? そんな高度な呪い、この国の文献にも載っていないぞ! 妄想で診断するのもいい加減にしろ!」
「お前が無知なだけだ」
俺は冷たく言い放ち、王女の胸元の掛布団を少しめくった。
ドレスの襟元、鎖骨のあたりに、黒い痣のような模様が浮かび上がっている。
よく見なければただの痣に見えるが、俺の目には複雑な魔法陣に見えた。
「この刻印が見えないか? これが呪いの核だ」
「な……そ、それはただの鬱血痕だろう!」
バルトロスは認めようとしない。
俺は無視して、右手を王女の額にかざした。
「セリス、少し魔力を貸してくれ。解析(スキャン)する」
「うむ。よかろう」
セリスが俺の背中に手を当てる。
彼女の純度の高い闇の魔力が流れ込んでくる。
俺は自身のスキル『編集(エディット)』……ではなく、ここでは『呪術解析』ということにしておこう。
俺は王女の状態(ステータス)を視覚化した。
【名前:ソフィア・フォン・グランディス】
【状態:呪い(進行度98%・あと数時間で死亡)】
【呪術起源:???(遠隔操作型)】
やはりだ。
誰かが意図的に呪いをかけ、彼女の命を吸っている。
しかも、あと数時間というギリギリの状況だ。
「……間に合いますよ」
俺はそう告げると、国王が息を呑んだ。
「ほ、本当か!?」
「ええ。ただの解呪(ディスペル)では解けません。この呪いは、無理に剥がそうとすると対象の命ごと砕け散るように仕組まれています。だからバルトロスさんたちの魔法が効かなかったんですよ」
「な……な、なんだと……言い訳を……」
バルトロスが狼狽える。
俺は構わず作業に入った。
「呪いを『解く』んじゃなくて、『書き換える』んだ」
俺は指先に魔力を集中させる。
イメージするのは、黒く汚染されたコードを、正常なコードへと修正する感覚。
あるいは、マイナスの数値をプラスへ反転させる感覚。
スキル発動、『状態編集』。
対象:【呪い(生命吸収)】
変更:【祝福(生命活性)】
俺の指先から黄金色の光が放たれ、王女の体を包み込んだ。
バチバチッ!
黒い痣のような刻印が悲鳴を上げるように脈打ち、そして光に飲み込まれて消滅した。
代わりに、温かい光が彼女の頬に赤みを戻していく。
「ん……ぅ……」
数秒後。
ソフィア王女の睫毛が震え、ゆっくりと瞳が開かれた。
透き通るような碧眼が、俺を映した。
「……ここは……?」
「ソフィア!!」
国王がなりふり構わずベッドに駆け寄り、娘を抱きしめた。
その目からは涙が溢れている。
「おお……おお、ソフィア! 目が覚めたか! 良かった、本当に良かった……!」
「お父様……? 私、一体……体が、すごく軽いです……」
王女は不思議そうに自分の手を見つめた。
一ヶ月も寝たきりだったとは思えないほど、肌には艶があり、魔力も満ちている。
俺が呪いを『生命活性の祝福』に書き換えたおかげで、吸い取られていた分以上の活力が戻っているのだ。
「奇跡だ……」
「まさか、本当に一瞬で……」
周囲の貴族たちが呆然と呟く。
そして、誰よりも驚愕していたのはバルトロスだった。
「ば、バカな……ありえん……! 我々が総力を挙げて解けなかったものを、指先一つで……!? あんな魔法、見たことがないぞ!」
彼は顔面蒼白で後ずさりし、腰を抜かして床にへたり込んだ。
彼のプライドは、今この瞬間、完全に粉砕された。
国王は涙を拭い、俺に向き直った。
「クロウ殿! いや、クロウよ! 礼を言うぞ! よくぞ娘を救ってくれた! そなたは我が国の恩人だ!」
「仕事をしただけです。……それより、一つ忠告があります」
俺はあえて声を潜めた。
「この呪いは、自然発生したものじゃありません。誰かが意図的に王女にかけたものです。しかも、王城の結界をすり抜けて」
「……なんだと?」
国王の表情が険しくなる。
「つまり、城内部の人間か、あるいは結界を無視できるほど高位の存在が関わっている可能性があります。犯人はまだ近くにいるかもしれません」
「くッ……許せん。ソフィアを狙う輩がいるとは……。ガレイン! 直ちに城内の警備を強化し、不審な魔力痕跡がないか調査せよ!」
「はッ! 直ちに!」
ガレインが慌ただしく部屋を出ていく。
俺は一息ついた。
これで俺の評価は確固たるものになったはずだ。
「さて、報酬の話でしたっけ?」
俺が軽口を叩くと、国王は豪快に笑った。
「うむ! 何でも言ってみよ! 金か? 地位か? それとも……ソフィアを嫁に欲しいか?」
「お父様!?」
ベッドの上のソフィアが真っ赤になって叫ぶ。
チラリとこちらを見た彼女の目は、まんざらでもなさそうに潤んでいる。
典型的なチョロインの予感がする。
だが、隣から絶対零度の視線が突き刺さるのを感じた。
セリスだ。
彼女は笑顔だが、目が笑っていない。
「クロウよ。……人間の王女など、脆弱ですぐ死ぬぞ? 我の方が頑丈で長持ちだぞ?」
「張り合うな。……陛下、とりあえず金と、あとこの国での自由な活動許可証を頂ければ十分です」
「欲のない男だ。……良かろう。そなたを『名誉宮廷魔導師』として任命し、最高位の地位と報酬を約束しよう。バルトロス、異存はないな?」
国王に睨まれたバルトロスは、ガタガタと震えながら平伏した。
「は、はいぃぃッ! め、滅相もございません……! クロウ様の実力、このバルトロス、骨の髄まで理解いたしましたぁッ!」
こうして俺は、追放された無職から一転、国賓級の待遇を受けることになった。
◇
謁見が終わり、豪華な客室へ案内された俺たちは、ようやく一息ついた。
ふかふかのソファに深々と体を沈める。
「ふぅ……疲れたな」
「ご苦労であった、クロウ。まあ、あの生意気な魔術師の顔が歪む様は、中々の見物であったぞ」
セリスが楽しそうに笑い、テーブルに置かれた高級菓子をつまむ。
「しかし、あの呪い……『生命喰らい』と言ったか? あれは魔族の術式に近いな」
セリスの目が鋭くなる。
「人間があのような術を使うとは考えにくい。……もしや、この城の近くに『同族』がいるのかもしれんぞ」
「同族? 魔族がか?」
「ああ。それも、かなり上位のな。……面白くなってきたではないか」
俺たちの平穏なスローライフは、まだ遠そうだ。
王女を呪った犯人。そして教会の動き。
俺を取り巻く環境は、急速にきな臭くなっている。
コンコン、とドアがノックされた。
入ってきたのは、メイド服を着た侍女だった。
「失礼いたします、クロウ様。……その、お客様がお見えです」
「客? 誰だ?」
「えっと……『光の剣』の勇者カイル様と申しております。『俺たちはクロウの仲間だ、王城へ入れるのが当然だ』と門前で騒いでおられまして……」
俺とセリスは顔を見合わせた。
そして同時に吹き出した。
「ぶっ……あいつら、ここまで来たのか?」
「ククッ、懲りない奴らよな。ストーカー規制法とやらで捕縛してはどうだ?」
「追い返してください。……いや、待てよ」
俺はニヤリと笑った。
せっかくだ。
どん底まで落ちた彼らに、天上の世界を見せてやるのも一興かもしれない。
絶対に届かない、高みからの景色を。
「通してくれ。……ただし、謁見室ではなく、庭の隅でなら会ってやると伝えてくれ」
俺は立ち上がった。
勇者カイル。
かつて俺を見下していた男に、今度は俺が見下ろす番だ。
その絶望した顔を見るのが、今から楽しみで仕方なかった。
(続く)
俺たちを乗せた馬車は、石畳を滑るように進み、城の正門をくぐり抜けた。
手入れの行き届いた庭園には色とりどりの花が咲き乱れ、噴水が陽光を浴びて虹を作っている。
「ほう、人間にしては悪くない趣味だ。だが、我が父の城の庭園には遠く及ばぬな」
隣に座るセリスが、窓の外を眺めながら不遜な感想を漏らす。
彼女にとっては、この国の王城すらも少々手狭な別荘程度にしか見えないらしい。
「一応言っておくが、王様の前で『下等生物』とか言うなよ? 即座に国際問題になるからな」
「善処しよう。だが、向こうが礼儀を欠いた態度をとれば、その限りではないぞ?」
セリスは妖艶な笑みを浮かべた。
その瞳の奥には、退屈凌ぎを期待するような光が宿っている。
俺は小さくため息をついた。このお姫様のご機嫌を損ねないようにするのが、俺の最大のミッションかもしれない。
馬車寄せに到着すると、近衛騎士たちが整列して出迎えてくれた。
俺とセリスが降りると、先導していたガレイン団長が恭しく頭を下げる。
「ようこそ、王城へ。陛下がお待ちです」
案内されたのは、天井まで届くような巨大な扉の先にある『謁見の間』だった。
真紅の絨毯が玉座まで続き、その両脇には煌びやかな衣装を纏った貴族や、ローブ姿の宮廷魔術師たちがずらりと並んでいる。
俺たちが足を踏み入れると、数百の視線が一斉に突き刺さった。
好奇心、疑惑、嫉妬、そして侮蔑。
特に、魔術師たちの視線は冷ややかだった。
「どこの馬の骨とも知れぬ呪術師が」「勇者パーティーの落ちこぼれだろう?」という囁きが、風に乗って聞こえてくる。
正面の玉座には、初老の男性が座っていた。
白髪交じりの髪に、威厳のある髭。
この国の最高権力者、国王レギウス三世だ。
俺とセリスは玉座の前まで進み、一礼した。
形式通りの礼儀作法など知らないが、まあ頭を下げておけばいいだろう。
「面を上げよ」
重厚な声が響く。
俺たちが顔を上げると、国王は探るような目で俺を見つめた。
「そなたがクロウか。近衛騎士団長ガレインより報告は聞いている。Aランク魔物『ロックガーディアン』を単独で討伐し、魔の樹海より溢れ出そうとしていた脅威を未然に防いだとな」
「はい。たまたま通りかかっただけですが」
俺が答えると、周囲の貴族たちがざわついた。
「たまたまだと?」「無礼な」といった声が漏れる。
「謙遜は不要だ。余は結果を重視する。……だが、ここにいる者たちの中には、そなたの実力を疑う者も多いようでな」
国王が視線を横に向けると、一人の男が進み出てきた。
豪華な紫色のローブを着込み、手には宝石を散りばめた杖を持った中年男だ。
宮廷魔導師長、バルトロス。
この国で一番の魔法使いと自負している男だ。
「陛下、よろしいでしょうか」
バルトロスは慇懃無礼な態度で一礼し、それから俺をねめつけるように見た。
「この者がロックガーディアンを倒したという報告、にわかには信じがたいのです。彼は元々、勇者パーティーのお荷物……支援職ですらない、ただの荷物持ちだったと聞いております」
「……それで?」
「つまり、何らかの不正を行った可能性が高いということです。例えば、既に弱っていた魔物にトドメを刺しただけとか、あるいは高価な魔道具を使って一時的に火力を出したとか。そのような者を『特級戦力』として迎えるなど、我が国の魔法水準に関わります」
バルトロスの言葉に、取り巻きの魔術師たちがウンウンと頷く。
なるほど、要するに自分の地位が脅かされるのが怖いわけだ。
俺のようなポッと出の若造が評価されるのが気に入らないのだろう。
「おい、クロウ。あやつの顔、気に入らぬな」
隣でセリスが小声で囁いた。
声のトーンが低い。機嫌メーターが下がり始めている。
「灰にしてやろうか?」
「待て待て、ステイだ。俺がやる」
俺はセリスを片手で制し、バルトロスに向き直った。
「宮廷魔導師長殿。俺が不正をしたと言うなら、どうやって証明すればいい?」
「簡単だ。ここで我々と魔法戦を行えばいい。私の弟子……いや、一番下の見習い相手でも構わんぞ? 勝てれば認めてやろう」
バルトロスが嘲笑を浮かべる。
完全に舐めきっている。
だが、その時だった。
「待ちなさい、バルトロス」
国王が静かに、しかし有無を言わせぬ口調で割って入った。
バルトロスがびくりとして振り返る。
「へ、陛下?」
「そのような余興に時間を使っている暇はない。……クロウよ。余がそなたを呼んだ真の理由は、別にある」
国王の表情が、苦渋に満ちたものに変わった。
先ほどの威厳は消え、そこには娘を心配する一人の父親の顔があった。
「実は……余の娘、第二王女ソフィアが、原因不明の病に伏せっておるのだ」
場が静まり返った。
王女の病。それは極秘事項だったはずだ。貴族たちも驚きの表情を見せている。
「病、ですか?」
「うむ。一ヶ月ほど前から突然倒れ、以来、意識が戻らぬ。教会からは最高位の神官を呼び、治癒魔法をかけさせた。宮廷魔導師たちにもあらゆる解呪魔法を試させた。……だが、効果がない」
国王は悔しげに拳を握りしめた。
「バルトロスたちも『原因不明の衰弱死』だと言うばかりで、なす術がないのだ。……だが、ガレインから聞いたそなたの力。『呪術』に長けていると聞いた。もしや、これは病ではなく強力な呪いなのではないかとな」
なるほど。
回復魔法(ヒール)や通常の解呪(ディスペル)が効かないなら、特殊な系統の呪いである可能性が高い。
そして、この世界で「呪い」を専門に扱う職は、忌み嫌われているため数が少ない。
俺のような呪術師(ネクロマンサーやカースメイカー)は、光の当たらない日陰者だからな。
「……拝見してもよろしいですか?」
「うむ。頼む。もし娘を救ってくれたなら、そなたの望むものを何でも与えよう」
「陛下! 正気ですか!?」
バルトロスが叫んだ。
「どこの馬の骨とも知れぬ男を、王女殿下の寝室に入れるなど! それに、我々宮廷魔導師団が総力を挙げて解けなかったものを、この小僧に解けるはずがありません! これは王室への侮辱です!」
「黙れバルトロス! お前たちには治せなかったではないか!」
国王の怒号が響き、バルトロスは押し黙った。
だが、その目は俺を睨み続けている。
「失敗しろ」と全身で訴えているようだ。
「案内してください」
俺は国王に促し、玉座の後ろにある通路へと進んだ。
セリスも当然のように付いてくる。
◇
王女ソフィアの部屋は、城の最上階にあった。
天蓋付きのベッドに横たわる少女。
金の髪は輝きを失い、肌は蝋のように白く、呼吸も浅い。
その美貌は病魔に侵されても損なわれていないが、命の灯火が消えかけているのは明らかだった。
「……ひどいな」
俺はベッドサイドに立ち、王女の顔を覗き込んだ。
一目見て分かった。
これは病気じゃない。
「どうだ、クロウ。何か分かるか?」
国王が祈るような声で尋ねる。
部屋にはバルトロスやガレイン、数人の高官も付いてきている。
「ええ。これは病気じゃありません。呪いです」
「やはり……! どのような呪いだ?」
「『生命喰らいの呪印(ライフ・イーター)』。対象の生命力を徐々に吸い取り、術者に転送する禁術の一種です」
俺の言葉に、バルトロスが鼻で笑った。
「ハッ! 適当なことを言うな! ライフ・イーターだと? そんな高度な呪い、この国の文献にも載っていないぞ! 妄想で診断するのもいい加減にしろ!」
「お前が無知なだけだ」
俺は冷たく言い放ち、王女の胸元の掛布団を少しめくった。
ドレスの襟元、鎖骨のあたりに、黒い痣のような模様が浮かび上がっている。
よく見なければただの痣に見えるが、俺の目には複雑な魔法陣に見えた。
「この刻印が見えないか? これが呪いの核だ」
「な……そ、それはただの鬱血痕だろう!」
バルトロスは認めようとしない。
俺は無視して、右手を王女の額にかざした。
「セリス、少し魔力を貸してくれ。解析(スキャン)する」
「うむ。よかろう」
セリスが俺の背中に手を当てる。
彼女の純度の高い闇の魔力が流れ込んでくる。
俺は自身のスキル『編集(エディット)』……ではなく、ここでは『呪術解析』ということにしておこう。
俺は王女の状態(ステータス)を視覚化した。
【名前:ソフィア・フォン・グランディス】
【状態:呪い(進行度98%・あと数時間で死亡)】
【呪術起源:???(遠隔操作型)】
やはりだ。
誰かが意図的に呪いをかけ、彼女の命を吸っている。
しかも、あと数時間というギリギリの状況だ。
「……間に合いますよ」
俺はそう告げると、国王が息を呑んだ。
「ほ、本当か!?」
「ええ。ただの解呪(ディスペル)では解けません。この呪いは、無理に剥がそうとすると対象の命ごと砕け散るように仕組まれています。だからバルトロスさんたちの魔法が効かなかったんですよ」
「な……な、なんだと……言い訳を……」
バルトロスが狼狽える。
俺は構わず作業に入った。
「呪いを『解く』んじゃなくて、『書き換える』んだ」
俺は指先に魔力を集中させる。
イメージするのは、黒く汚染されたコードを、正常なコードへと修正する感覚。
あるいは、マイナスの数値をプラスへ反転させる感覚。
スキル発動、『状態編集』。
対象:【呪い(生命吸収)】
変更:【祝福(生命活性)】
俺の指先から黄金色の光が放たれ、王女の体を包み込んだ。
バチバチッ!
黒い痣のような刻印が悲鳴を上げるように脈打ち、そして光に飲み込まれて消滅した。
代わりに、温かい光が彼女の頬に赤みを戻していく。
「ん……ぅ……」
数秒後。
ソフィア王女の睫毛が震え、ゆっくりと瞳が開かれた。
透き通るような碧眼が、俺を映した。
「……ここは……?」
「ソフィア!!」
国王がなりふり構わずベッドに駆け寄り、娘を抱きしめた。
その目からは涙が溢れている。
「おお……おお、ソフィア! 目が覚めたか! 良かった、本当に良かった……!」
「お父様……? 私、一体……体が、すごく軽いです……」
王女は不思議そうに自分の手を見つめた。
一ヶ月も寝たきりだったとは思えないほど、肌には艶があり、魔力も満ちている。
俺が呪いを『生命活性の祝福』に書き換えたおかげで、吸い取られていた分以上の活力が戻っているのだ。
「奇跡だ……」
「まさか、本当に一瞬で……」
周囲の貴族たちが呆然と呟く。
そして、誰よりも驚愕していたのはバルトロスだった。
「ば、バカな……ありえん……! 我々が総力を挙げて解けなかったものを、指先一つで……!? あんな魔法、見たことがないぞ!」
彼は顔面蒼白で後ずさりし、腰を抜かして床にへたり込んだ。
彼のプライドは、今この瞬間、完全に粉砕された。
国王は涙を拭い、俺に向き直った。
「クロウ殿! いや、クロウよ! 礼を言うぞ! よくぞ娘を救ってくれた! そなたは我が国の恩人だ!」
「仕事をしただけです。……それより、一つ忠告があります」
俺はあえて声を潜めた。
「この呪いは、自然発生したものじゃありません。誰かが意図的に王女にかけたものです。しかも、王城の結界をすり抜けて」
「……なんだと?」
国王の表情が険しくなる。
「つまり、城内部の人間か、あるいは結界を無視できるほど高位の存在が関わっている可能性があります。犯人はまだ近くにいるかもしれません」
「くッ……許せん。ソフィアを狙う輩がいるとは……。ガレイン! 直ちに城内の警備を強化し、不審な魔力痕跡がないか調査せよ!」
「はッ! 直ちに!」
ガレインが慌ただしく部屋を出ていく。
俺は一息ついた。
これで俺の評価は確固たるものになったはずだ。
「さて、報酬の話でしたっけ?」
俺が軽口を叩くと、国王は豪快に笑った。
「うむ! 何でも言ってみよ! 金か? 地位か? それとも……ソフィアを嫁に欲しいか?」
「お父様!?」
ベッドの上のソフィアが真っ赤になって叫ぶ。
チラリとこちらを見た彼女の目は、まんざらでもなさそうに潤んでいる。
典型的なチョロインの予感がする。
だが、隣から絶対零度の視線が突き刺さるのを感じた。
セリスだ。
彼女は笑顔だが、目が笑っていない。
「クロウよ。……人間の王女など、脆弱ですぐ死ぬぞ? 我の方が頑丈で長持ちだぞ?」
「張り合うな。……陛下、とりあえず金と、あとこの国での自由な活動許可証を頂ければ十分です」
「欲のない男だ。……良かろう。そなたを『名誉宮廷魔導師』として任命し、最高位の地位と報酬を約束しよう。バルトロス、異存はないな?」
国王に睨まれたバルトロスは、ガタガタと震えながら平伏した。
「は、はいぃぃッ! め、滅相もございません……! クロウ様の実力、このバルトロス、骨の髄まで理解いたしましたぁッ!」
こうして俺は、追放された無職から一転、国賓級の待遇を受けることになった。
◇
謁見が終わり、豪華な客室へ案内された俺たちは、ようやく一息ついた。
ふかふかのソファに深々と体を沈める。
「ふぅ……疲れたな」
「ご苦労であった、クロウ。まあ、あの生意気な魔術師の顔が歪む様は、中々の見物であったぞ」
セリスが楽しそうに笑い、テーブルに置かれた高級菓子をつまむ。
「しかし、あの呪い……『生命喰らい』と言ったか? あれは魔族の術式に近いな」
セリスの目が鋭くなる。
「人間があのような術を使うとは考えにくい。……もしや、この城の近くに『同族』がいるのかもしれんぞ」
「同族? 魔族がか?」
「ああ。それも、かなり上位のな。……面白くなってきたではないか」
俺たちの平穏なスローライフは、まだ遠そうだ。
王女を呪った犯人。そして教会の動き。
俺を取り巻く環境は、急速にきな臭くなっている。
コンコン、とドアがノックされた。
入ってきたのは、メイド服を着た侍女だった。
「失礼いたします、クロウ様。……その、お客様がお見えです」
「客? 誰だ?」
「えっと……『光の剣』の勇者カイル様と申しております。『俺たちはクロウの仲間だ、王城へ入れるのが当然だ』と門前で騒いでおられまして……」
俺とセリスは顔を見合わせた。
そして同時に吹き出した。
「ぶっ……あいつら、ここまで来たのか?」
「ククッ、懲りない奴らよな。ストーカー規制法とやらで捕縛してはどうだ?」
「追い返してください。……いや、待てよ」
俺はニヤリと笑った。
せっかくだ。
どん底まで落ちた彼らに、天上の世界を見せてやるのも一興かもしれない。
絶対に届かない、高みからの景色を。
「通してくれ。……ただし、謁見室ではなく、庭の隅でなら会ってやると伝えてくれ」
俺は立ち上がった。
勇者カイル。
かつて俺を見下していた男に、今度は俺が見下ろす番だ。
その絶望した顔を見るのが、今から楽しみで仕方なかった。
(続く)
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