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第11話 聖剣の『改竄防止』を突破する。勇者は二度、全てを失う
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「死ねェェェッ!! クロウゥゥッ!!」
狂乱の叫びと共に、黒い勇者カイルが突っ込んでくる。
彼が手にした『聖剣アロンダイト』。
その刀身から溢れ出る黒い粒子は、大気中のマナを喰らい尽くし、空間そのものを切り裂くような異様な鋭さを放っていた。
「シールド!」
俺は即座に多重結界を展開した。
物理障壁、魔法障壁、空間断絶。
通常ならドラゴンブレスすら無傷で防ぐ鉄壁の守りだ。
だが。
ズバンッ!!
「……ッ!?」
俺の目の前で、三重の結界がまるで薄氷のように砕け散った。
防御魔法が通用しない。
いや、違う。剣が触れた瞬間に、結界を構成する術式が強制的に「無効化」されている。
「ハハハハハッ! 見たかクロウ! これが神の力だ!」
カイルが追撃を放つ。
俺はバックステップで紙一重でかわすが、剣圧だけで頬が切れ、血が滲んだ。
「無駄だ無駄だ! この聖剣の前では、お前の小細工なんて何の意味もない! お前の得意な『呪い』も『編集』も、全て切り裂いてやるよ!」
カイルの動きは速い。
聖剣が使用者の身体能力を限界を超えて引き上げているのだ。
筋肉が悲鳴を上げ、骨がきしむ音が聞こえるが、カイルは痛みを感じていない。
壊れた操り人形のように、ただ殺戮のためだけに踊っている。
「クロウ様!」
後方でアリシアが悲鳴を上げる。
俺は手で彼女を制しつつ、冷静に敵の戦力を分析した。
(なるほど。対・編集(アンチ・エディット)特化か)
俺のスキル『編集』は、対象の情報を読み取り、書き換える能力だ。
だが、あの聖剣はその「読み取り」を拒絶している。
まるで強力なファイアウォールが張られたサーバーのように、俺の干渉を弾き返しているのだ。
「解析不能(アクセス・デナイト)、か。よく出来た玩具だ」
「玩具だと!? 強がりを言うな!」
カイルが再び踏み込む。
今度は横薙ぎの一閃。
回避するスペースがない。
「終わりだぁッ!」
刃が俺の首に迫る。
その瞬間、俺は避けるのをやめた。
代わりに、右手を真っ直ぐに伸ばし、迫りくる聖剣の刀身を素手で掴みに行った。
「なっ……正気か!?」
カイルが嘲笑う。
防御魔法すら切り裂く刃を、素手で掴めばどうなるか。
指など一瞬で飛び、そのまま首まで切断される未来しか見えない。
だが、俺の指が刀身に触れた瞬間。
ガギィィィィィィンッ!!
凄まじい火花が散り、金属同士がぶつかり合うような音が響いた。
俺の手は無事だった。
聖剣の刃を、俺の掌が受け止めている。
「は……? な、なんで……切れない……?」
カイルの目が見開かれる。
俺はニヤリと笑った。
「お前の剣は『魔法』と『外部からの干渉』を無効化する。……なら、俺自身の肉体を物理的にガチガチに固めればいいだけの話だ」
俺が行ったのは、敵への干渉ではない。
自分自身への『自己編集(セルフ・エディット)』だ。
スキル発動、『肉体編集』。
対象:クロウの皮膚および骨格。
変更:【硬度:オリハルコン以上】【物理耐性:無限大】
あの剣が「他者からの書き換え」を防ぐなら、俺自身を書き換えて対抗すればいい。
単純な物理勝負なら、今の俺の右腕は伝説の盾すら凌駕する。
「そ、そんな馬鹿な……! 魔法を使わずに、肉体強度だけで聖剣を止めたっていうのか!?」
「言っただろ。お前は力に溺れているだけだ。……道具に使われている奴が、道具を使いこなす俺に勝てるわけがない」
俺は掴んだ刀身に力を込めた。
ミシミシと嫌な音が鳴る。
「は、離せッ! くそっ、動かない!?」
カイルが必死に剣を引き抜こうとするが、万力のように固定された俺の手からは微動だにしない。
「さて、解析(スキャン)完了だ」
接触している今なら、聖剣の内部構造(プログラム)が読み取れる。
なるほど、複雑な術式だ。
『所有者以外の干渉を拒絶する』
『所有者の生命力を攻撃力に変換する』
『対象の魔力構成を破壊する』
典型的な呪いの装備だ。
これを渡した奴は、最初からカイルを使い捨てにするつもりだったらしい。
「カイル、お前は本当に運がないな。……いや、選ぶ道を間違え続けているだけか」
「うるさい! 俺を憐れむな!」
「憐れんでなんかいない。……ただ、邪魔だから壊すだけだ」
俺は瞳を細めた。
聖剣のプロテクトは強固だ。
外部からの「破壊」や「弱体化」のコマンドは弾かれる。
なら、どうするか。
「処理しきれないほどの情報を流し込んでやる」
俺は空いている左手を天にかざした。
「アリシア! セリス! 魔力をよこせ!」
「はいっ!」
「フン、人使いの荒い男だ」
二人の返事と共に、膨大な魔力が俺の背中から流れ込んでくる。
聖女の純粋な光の魔力。
魔王の娘の濃密な闇の魔力。
そして、俺自身が持つ莫大な呪いの魔力。
それら全てをミックスし、情報の奔流として聖剣に叩き込む。
スキル発動、『情報過多(オーバーロード)』。
「が、あああぁぁぁっ!?」
カイルが悲鳴を上げる。
剣を通して、彼自身の脳内にも膨大な情報が逆流したのだ。
聖剣が激しく明滅する。
『エラー』『容量超過』『処理不能』。
俺の脳裏に、聖剣の悲鳴が聞こえてくるようだ。
「拒絶するなら、受け止めきれないほどの『現実』を食らえ」
バチバチバチッ!!
聖剣の表面に亀裂が走る。
どれほど優れたアンチウイルスソフトも、スーパーコンピューター並みのDDoS攻撃を受ければパンクする。
ましてや、神代の魔王と聖女の魔力を合わせたエネルギーだ。
ただの聖剣一本で耐えられるはずがない。
「や、やめろ……! 俺の力が……俺の聖剣が……!」
「砕けろ」
俺が握り込んだ拳に力を込める。
パキィィィィィィィンッ!!!!
世界が割れるような音と共に、アロンダイトは粉々に砕け散った。
黒い破片がキラキラと舞い、雪のように地面に降り注ぐ。
「あ……あぁ……」
カイルの手には、またしても柄だけが残された。
反動で吹き飛ばされた彼は、地面をごろごろと転がり、泥まみれになって止まった。
黒いオーラが消え、憑き物が落ちたように、ただの薄汚れた青年に戻る。
「はぁ……はぁ……。ま、まただ……。また、俺は負けたのか……」
カイルは空を見上げたまま、動かない。
体中から力が抜け、指一本動かす気力もないようだった。
彼を蝕んでいた呪いの代償か、その髪の一部は白く変色し、顔には深いシワが刻まれていた。
生命力を前借りしたツケだ。寿命が数十年は縮んだだろう。
俺はゆっくりと彼に歩み寄った。
「カイル。これで終わりだ」
俺は見下ろす。
殺そうと思えばいつでも殺せる。
だが、今の彼にその価値があるだろうか。
「殺せよ……」
カイルが掠れた声で呟く。
「もういい……殺してくれ。俺には何もない。金も、名誉も、力も、仲間も……全部失った。生きていても惨めなだけだ」
涙がこめかみを伝って落ちる。
それは、初めて見せる本心からの涙に見えた。
俺は無言で手をかざした。
「クロウ様?」
アリシアが不安そうに声をかける。
俺は構わず、スキルを発動した。
『状態編集』。
対象:カイル。
変更内容:【聖剣の呪いによる侵食の停止】
「……え?」
カイルが目を見開く。
死が訪れると思ったのに、逆に体の痛みが引いていく。
吸い取られた生命力までは戻せないが、これ以上死に向かうことはないように処置した。
「な、なんで……? 俺はお前を殺そうとしたんだぞ!?」
「死んで楽になろうなんて思うな」
俺は冷たく言い放った。
「お前は生きて、自分の愚かさを噛み締めろ。一生、手の届かない場所から俺たちが活躍するのを見て、後悔し続けろ。それが俺からの罰だ」
カイルは絶句し、やがて顔を歪めて泣き崩れた。
それは感謝なのか、悔恨なのか。
おそらく彼自身にも分かっていないだろう。
「行くぞ、二人とも」
俺は背を向けた。
「はい、クロウ様」
アリシアが小走りでついてくる。
彼女は一度だけカイルを振り返り、悲しげに、しかし決別するように目を伏せ、そして前を向いた。
「ふん、甘いなクロウは。あのような雑魚、生かしておいても害にしかならぬぞ」
セリスが呆れたように言うが、その口元はどこか楽しげだ。
「害になる気力も残ってないさ。それに、あいつの背後にいた奴へのメッセージでもある」
俺は谷の岩陰、先ほどカイルが現れた方向を睨みつけた。
そこには、微かな空間の揺らぎが残っていた。
黒幕――あの仮面の男は、カイルが負けた瞬間に逃走したようだ。
「次は、お前の番だとな」
俺たちは巨人の渓谷を後にした。
夕日が俺たちの影を長く伸ばす。
完全なる勝利。
だが、それは同時に、より巨大な敵――『教会』、そして『天界』との全面戦争の始まりでもあった。
◇
王都へ戻る道中。
馬車に揺られながら、俺は手に入れた戦利品(ドロップアイテム)の整理をしていた。
トロールの皮、サイクロプスの眼球。どれも高値で売れる。
そして、カイルが砕け散らせた聖剣の欠片。
「これ、素材としては一級品だな」
俺は黒い金属片をつまみ上げた。
『神の金属(オリハルコン)』の不純物を含んだ合金。
これを『編集』で精製すれば、俺たちの新しい装備が作れるかもしれない。
「クロウさん、少し休まれては? 魔力をだいぶ使われましたし」
アリシアが心配そうに覗き込んでくる。
膝枕でもしましょうか、と言いたげな雰囲気だ。
「我の膝の方が柔らかいぞ?」
対抗するようにセリスが主張する。
「どっちも遠慮しておく。……それより、街に着いたらすぐギルドだ」
「ギルドですか? 報告なら明日でも……」
「いや、嫌な予感がするんだ」
俺の『危険察知』スキルが、チリチリと警鐘を鳴らしていた。
カイルを操っていた黒幕。
あいつらが、ただ指をくわえて撤退するとは思えない。
◇
予感は的中した。
夜の帳が下りた王都に帰還し、ギルドの扉を開けた俺たちを待っていたのは、異様な光景だった。
いつもの賑わいはなく、重苦しい沈黙。
そして、カウンターの前には、数人の黒服の男たちが立っていた。
ギルドマスターのゼノスが、険しい顔で彼らと対峙している。
「ですから、彼は今不在だと……」
「戻ってきたようだが?」
黒服の一人が、入り口に立った俺たちに気づいて振り返った。
その胸元には、見慣れない紋章。
ドクロと蛇をあしらった、不気味な意匠だ。
「……誰だ、あんたたちは」
俺が一歩前に出る。
黒服の男――リーダー格と思われる長身の男が、恭しく、しかし慇懃無礼に一礼した。
「お初にお目にかかります、死神クロウ殿。我々は『裏ギルド』……通称『影の市場(シャドウ・マーケット)』の使いです」
「裏ギルド?」
冒険者ギルドとは別に、非合法な依頼や取引を扱う闇の組織。
噂には聞いていたが、まさか表のギルドに堂々と現れるとは。
「何の用だ。俺は正規の冒険者だ。裏の仕事に関わるつもりはない」
「まあ、そう仰らずに。……我々のボスが、貴殿にどうしても依頼したい件がありまして」
男は懐から一通の封蝋された手紙を取り出し、俺に差し出した。
「単刀直入に申し上げます。……ある『悪徳貴族』を、呪殺していただきたいのです」
ギルド内がざわめいた。
暗殺依頼(ヒットマン・ジョブ)。
それも、貴族殺し。
最も重い罪であり、バレれば国家反逆罪で処刑だ。
「断ると言ったら?」
「その場合は……貴殿が『魔王の娘』を匿っている事実を、教会本部に通報せねばなりませんな」
男の視線が、セリスに向けられた。
「……ッ」
空気が凍りついた。
セリスの正体は、幻影魔法で隠しているはずだ。
だが、こいつらは知っている。
どこから情報が漏れた?
「……脅しか」
「取引ですよ。この依頼を受けていただければ、我々は貴殿らの秘密を守り、さらに教会に対する防波堤となりましょう」
男はニヤリと笑った。
完全に足元を見られている。
もし教会がセリスの正体を知れば、聖騎士団が総出で押し寄せてくる。
俺たちは勝てるかもしれないが、この街にはいられなくなるだろう。
俺は手紙を受け取った。
「……ターゲットは?」
「バロン・ド・ロズワール。表向きは慈善家ですが、裏では奴隷売買と……『魔族の人体実験』を行っている外道です」
「魔族の実験だと?」
セリスの眉がピクリと動く。
「ええ。我々裏ギルドとしても、彼の暴走は目に余る。ですが、貴族相手に手出しするのはリスクが高い。そこで、外部の、それも最強の呪術師である貴殿に白羽の矢が立ったわけです」
なるほど。
毒を以て毒を制す、か。
悪党を殺すために、死神を雇う。
俺は手紙の封を切った。
そこには、ターゲットの屋敷の地図と、警備体制が記されていた。
「クロウさん……」
アリシアが不安そうに俺の袖を掴む。
暗殺なんて汚れ仕事、聖女だった彼女には耐え難いかもしれない。
だが、俺は決めた。
「いいだろう。引き受ける」
「賢明なご判断です」
「ただし、やり方は俺が決める。こそこそ隠れて殺すのは性に合わないんでな」
俺は手紙を握りつぶし、不敵に笑った。
「堂々と正面から乗り込んで、社会的に抹殺した上で、地獄に送ってやるよ」
黒服の男は一瞬きょとんとしたが、すぐに面白そうに笑った。
「……期待しておりますよ、死神殿」
こうして、俺たちは表の英雄から一転、闇の世界の抗争へと巻き込まれていくことになった。
ターゲットは悪徳貴族。
しかも、魔族の実験に関わっているとなれば、セリスにとっても他人事ではない。
「フン、同胞をモルモットにする下等生物か。……良い死に方はさせんぞ」
セリスの瞳が、本物の魔王のように赤く燃え上がった。
次の舞台は貴族街。
最強の呪術師と魔王の娘による、華麗なる「処刑劇」の幕開けだ。
(続く)
狂乱の叫びと共に、黒い勇者カイルが突っ込んでくる。
彼が手にした『聖剣アロンダイト』。
その刀身から溢れ出る黒い粒子は、大気中のマナを喰らい尽くし、空間そのものを切り裂くような異様な鋭さを放っていた。
「シールド!」
俺は即座に多重結界を展開した。
物理障壁、魔法障壁、空間断絶。
通常ならドラゴンブレスすら無傷で防ぐ鉄壁の守りだ。
だが。
ズバンッ!!
「……ッ!?」
俺の目の前で、三重の結界がまるで薄氷のように砕け散った。
防御魔法が通用しない。
いや、違う。剣が触れた瞬間に、結界を構成する術式が強制的に「無効化」されている。
「ハハハハハッ! 見たかクロウ! これが神の力だ!」
カイルが追撃を放つ。
俺はバックステップで紙一重でかわすが、剣圧だけで頬が切れ、血が滲んだ。
「無駄だ無駄だ! この聖剣の前では、お前の小細工なんて何の意味もない! お前の得意な『呪い』も『編集』も、全て切り裂いてやるよ!」
カイルの動きは速い。
聖剣が使用者の身体能力を限界を超えて引き上げているのだ。
筋肉が悲鳴を上げ、骨がきしむ音が聞こえるが、カイルは痛みを感じていない。
壊れた操り人形のように、ただ殺戮のためだけに踊っている。
「クロウ様!」
後方でアリシアが悲鳴を上げる。
俺は手で彼女を制しつつ、冷静に敵の戦力を分析した。
(なるほど。対・編集(アンチ・エディット)特化か)
俺のスキル『編集』は、対象の情報を読み取り、書き換える能力だ。
だが、あの聖剣はその「読み取り」を拒絶している。
まるで強力なファイアウォールが張られたサーバーのように、俺の干渉を弾き返しているのだ。
「解析不能(アクセス・デナイト)、か。よく出来た玩具だ」
「玩具だと!? 強がりを言うな!」
カイルが再び踏み込む。
今度は横薙ぎの一閃。
回避するスペースがない。
「終わりだぁッ!」
刃が俺の首に迫る。
その瞬間、俺は避けるのをやめた。
代わりに、右手を真っ直ぐに伸ばし、迫りくる聖剣の刀身を素手で掴みに行った。
「なっ……正気か!?」
カイルが嘲笑う。
防御魔法すら切り裂く刃を、素手で掴めばどうなるか。
指など一瞬で飛び、そのまま首まで切断される未来しか見えない。
だが、俺の指が刀身に触れた瞬間。
ガギィィィィィィンッ!!
凄まじい火花が散り、金属同士がぶつかり合うような音が響いた。
俺の手は無事だった。
聖剣の刃を、俺の掌が受け止めている。
「は……? な、なんで……切れない……?」
カイルの目が見開かれる。
俺はニヤリと笑った。
「お前の剣は『魔法』と『外部からの干渉』を無効化する。……なら、俺自身の肉体を物理的にガチガチに固めればいいだけの話だ」
俺が行ったのは、敵への干渉ではない。
自分自身への『自己編集(セルフ・エディット)』だ。
スキル発動、『肉体編集』。
対象:クロウの皮膚および骨格。
変更:【硬度:オリハルコン以上】【物理耐性:無限大】
あの剣が「他者からの書き換え」を防ぐなら、俺自身を書き換えて対抗すればいい。
単純な物理勝負なら、今の俺の右腕は伝説の盾すら凌駕する。
「そ、そんな馬鹿な……! 魔法を使わずに、肉体強度だけで聖剣を止めたっていうのか!?」
「言っただろ。お前は力に溺れているだけだ。……道具に使われている奴が、道具を使いこなす俺に勝てるわけがない」
俺は掴んだ刀身に力を込めた。
ミシミシと嫌な音が鳴る。
「は、離せッ! くそっ、動かない!?」
カイルが必死に剣を引き抜こうとするが、万力のように固定された俺の手からは微動だにしない。
「さて、解析(スキャン)完了だ」
接触している今なら、聖剣の内部構造(プログラム)が読み取れる。
なるほど、複雑な術式だ。
『所有者以外の干渉を拒絶する』
『所有者の生命力を攻撃力に変換する』
『対象の魔力構成を破壊する』
典型的な呪いの装備だ。
これを渡した奴は、最初からカイルを使い捨てにするつもりだったらしい。
「カイル、お前は本当に運がないな。……いや、選ぶ道を間違え続けているだけか」
「うるさい! 俺を憐れむな!」
「憐れんでなんかいない。……ただ、邪魔だから壊すだけだ」
俺は瞳を細めた。
聖剣のプロテクトは強固だ。
外部からの「破壊」や「弱体化」のコマンドは弾かれる。
なら、どうするか。
「処理しきれないほどの情報を流し込んでやる」
俺は空いている左手を天にかざした。
「アリシア! セリス! 魔力をよこせ!」
「はいっ!」
「フン、人使いの荒い男だ」
二人の返事と共に、膨大な魔力が俺の背中から流れ込んでくる。
聖女の純粋な光の魔力。
魔王の娘の濃密な闇の魔力。
そして、俺自身が持つ莫大な呪いの魔力。
それら全てをミックスし、情報の奔流として聖剣に叩き込む。
スキル発動、『情報過多(オーバーロード)』。
「が、あああぁぁぁっ!?」
カイルが悲鳴を上げる。
剣を通して、彼自身の脳内にも膨大な情報が逆流したのだ。
聖剣が激しく明滅する。
『エラー』『容量超過』『処理不能』。
俺の脳裏に、聖剣の悲鳴が聞こえてくるようだ。
「拒絶するなら、受け止めきれないほどの『現実』を食らえ」
バチバチバチッ!!
聖剣の表面に亀裂が走る。
どれほど優れたアンチウイルスソフトも、スーパーコンピューター並みのDDoS攻撃を受ければパンクする。
ましてや、神代の魔王と聖女の魔力を合わせたエネルギーだ。
ただの聖剣一本で耐えられるはずがない。
「や、やめろ……! 俺の力が……俺の聖剣が……!」
「砕けろ」
俺が握り込んだ拳に力を込める。
パキィィィィィィィンッ!!!!
世界が割れるような音と共に、アロンダイトは粉々に砕け散った。
黒い破片がキラキラと舞い、雪のように地面に降り注ぐ。
「あ……あぁ……」
カイルの手には、またしても柄だけが残された。
反動で吹き飛ばされた彼は、地面をごろごろと転がり、泥まみれになって止まった。
黒いオーラが消え、憑き物が落ちたように、ただの薄汚れた青年に戻る。
「はぁ……はぁ……。ま、まただ……。また、俺は負けたのか……」
カイルは空を見上げたまま、動かない。
体中から力が抜け、指一本動かす気力もないようだった。
彼を蝕んでいた呪いの代償か、その髪の一部は白く変色し、顔には深いシワが刻まれていた。
生命力を前借りしたツケだ。寿命が数十年は縮んだだろう。
俺はゆっくりと彼に歩み寄った。
「カイル。これで終わりだ」
俺は見下ろす。
殺そうと思えばいつでも殺せる。
だが、今の彼にその価値があるだろうか。
「殺せよ……」
カイルが掠れた声で呟く。
「もういい……殺してくれ。俺には何もない。金も、名誉も、力も、仲間も……全部失った。生きていても惨めなだけだ」
涙がこめかみを伝って落ちる。
それは、初めて見せる本心からの涙に見えた。
俺は無言で手をかざした。
「クロウ様?」
アリシアが不安そうに声をかける。
俺は構わず、スキルを発動した。
『状態編集』。
対象:カイル。
変更内容:【聖剣の呪いによる侵食の停止】
「……え?」
カイルが目を見開く。
死が訪れると思ったのに、逆に体の痛みが引いていく。
吸い取られた生命力までは戻せないが、これ以上死に向かうことはないように処置した。
「な、なんで……? 俺はお前を殺そうとしたんだぞ!?」
「死んで楽になろうなんて思うな」
俺は冷たく言い放った。
「お前は生きて、自分の愚かさを噛み締めろ。一生、手の届かない場所から俺たちが活躍するのを見て、後悔し続けろ。それが俺からの罰だ」
カイルは絶句し、やがて顔を歪めて泣き崩れた。
それは感謝なのか、悔恨なのか。
おそらく彼自身にも分かっていないだろう。
「行くぞ、二人とも」
俺は背を向けた。
「はい、クロウ様」
アリシアが小走りでついてくる。
彼女は一度だけカイルを振り返り、悲しげに、しかし決別するように目を伏せ、そして前を向いた。
「ふん、甘いなクロウは。あのような雑魚、生かしておいても害にしかならぬぞ」
セリスが呆れたように言うが、その口元はどこか楽しげだ。
「害になる気力も残ってないさ。それに、あいつの背後にいた奴へのメッセージでもある」
俺は谷の岩陰、先ほどカイルが現れた方向を睨みつけた。
そこには、微かな空間の揺らぎが残っていた。
黒幕――あの仮面の男は、カイルが負けた瞬間に逃走したようだ。
「次は、お前の番だとな」
俺たちは巨人の渓谷を後にした。
夕日が俺たちの影を長く伸ばす。
完全なる勝利。
だが、それは同時に、より巨大な敵――『教会』、そして『天界』との全面戦争の始まりでもあった。
◇
王都へ戻る道中。
馬車に揺られながら、俺は手に入れた戦利品(ドロップアイテム)の整理をしていた。
トロールの皮、サイクロプスの眼球。どれも高値で売れる。
そして、カイルが砕け散らせた聖剣の欠片。
「これ、素材としては一級品だな」
俺は黒い金属片をつまみ上げた。
『神の金属(オリハルコン)』の不純物を含んだ合金。
これを『編集』で精製すれば、俺たちの新しい装備が作れるかもしれない。
「クロウさん、少し休まれては? 魔力をだいぶ使われましたし」
アリシアが心配そうに覗き込んでくる。
膝枕でもしましょうか、と言いたげな雰囲気だ。
「我の膝の方が柔らかいぞ?」
対抗するようにセリスが主張する。
「どっちも遠慮しておく。……それより、街に着いたらすぐギルドだ」
「ギルドですか? 報告なら明日でも……」
「いや、嫌な予感がするんだ」
俺の『危険察知』スキルが、チリチリと警鐘を鳴らしていた。
カイルを操っていた黒幕。
あいつらが、ただ指をくわえて撤退するとは思えない。
◇
予感は的中した。
夜の帳が下りた王都に帰還し、ギルドの扉を開けた俺たちを待っていたのは、異様な光景だった。
いつもの賑わいはなく、重苦しい沈黙。
そして、カウンターの前には、数人の黒服の男たちが立っていた。
ギルドマスターのゼノスが、険しい顔で彼らと対峙している。
「ですから、彼は今不在だと……」
「戻ってきたようだが?」
黒服の一人が、入り口に立った俺たちに気づいて振り返った。
その胸元には、見慣れない紋章。
ドクロと蛇をあしらった、不気味な意匠だ。
「……誰だ、あんたたちは」
俺が一歩前に出る。
黒服の男――リーダー格と思われる長身の男が、恭しく、しかし慇懃無礼に一礼した。
「お初にお目にかかります、死神クロウ殿。我々は『裏ギルド』……通称『影の市場(シャドウ・マーケット)』の使いです」
「裏ギルド?」
冒険者ギルドとは別に、非合法な依頼や取引を扱う闇の組織。
噂には聞いていたが、まさか表のギルドに堂々と現れるとは。
「何の用だ。俺は正規の冒険者だ。裏の仕事に関わるつもりはない」
「まあ、そう仰らずに。……我々のボスが、貴殿にどうしても依頼したい件がありまして」
男は懐から一通の封蝋された手紙を取り出し、俺に差し出した。
「単刀直入に申し上げます。……ある『悪徳貴族』を、呪殺していただきたいのです」
ギルド内がざわめいた。
暗殺依頼(ヒットマン・ジョブ)。
それも、貴族殺し。
最も重い罪であり、バレれば国家反逆罪で処刑だ。
「断ると言ったら?」
「その場合は……貴殿が『魔王の娘』を匿っている事実を、教会本部に通報せねばなりませんな」
男の視線が、セリスに向けられた。
「……ッ」
空気が凍りついた。
セリスの正体は、幻影魔法で隠しているはずだ。
だが、こいつらは知っている。
どこから情報が漏れた?
「……脅しか」
「取引ですよ。この依頼を受けていただければ、我々は貴殿らの秘密を守り、さらに教会に対する防波堤となりましょう」
男はニヤリと笑った。
完全に足元を見られている。
もし教会がセリスの正体を知れば、聖騎士団が総出で押し寄せてくる。
俺たちは勝てるかもしれないが、この街にはいられなくなるだろう。
俺は手紙を受け取った。
「……ターゲットは?」
「バロン・ド・ロズワール。表向きは慈善家ですが、裏では奴隷売買と……『魔族の人体実験』を行っている外道です」
「魔族の実験だと?」
セリスの眉がピクリと動く。
「ええ。我々裏ギルドとしても、彼の暴走は目に余る。ですが、貴族相手に手出しするのはリスクが高い。そこで、外部の、それも最強の呪術師である貴殿に白羽の矢が立ったわけです」
なるほど。
毒を以て毒を制す、か。
悪党を殺すために、死神を雇う。
俺は手紙の封を切った。
そこには、ターゲットの屋敷の地図と、警備体制が記されていた。
「クロウさん……」
アリシアが不安そうに俺の袖を掴む。
暗殺なんて汚れ仕事、聖女だった彼女には耐え難いかもしれない。
だが、俺は決めた。
「いいだろう。引き受ける」
「賢明なご判断です」
「ただし、やり方は俺が決める。こそこそ隠れて殺すのは性に合わないんでな」
俺は手紙を握りつぶし、不敵に笑った。
「堂々と正面から乗り込んで、社会的に抹殺した上で、地獄に送ってやるよ」
黒服の男は一瞬きょとんとしたが、すぐに面白そうに笑った。
「……期待しておりますよ、死神殿」
こうして、俺たちは表の英雄から一転、闇の世界の抗争へと巻き込まれていくことになった。
ターゲットは悪徳貴族。
しかも、魔族の実験に関わっているとなれば、セリスにとっても他人事ではない。
「フン、同胞をモルモットにする下等生物か。……良い死に方はさせんぞ」
セリスの瞳が、本物の魔王のように赤く燃え上がった。
次の舞台は貴族街。
最強の呪術師と魔王の娘による、華麗なる「処刑劇」の幕開けだ。
(続く)
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そう言われて勇者パーティーを追放された平凡な村人リオ。
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神々に祝福されし彼の能力は、世界の理さえ書き換える本物のチート。
呪いを解いた聖女、復讐を誓う女勇者、忠誠を誓う魔族の姫。
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異世界無自覚最強譚、ここに開幕!
追放された万能聖魔導師、辺境で無自覚に神を超える ~俺を無能と言った奴ら、まだ息してる?~
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王国一の聖魔導師アレンは、嫉妬した王子の策略で「無能」と断じられ、国を追放された。
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ざまぁとスカッとが止まらない、無自覚最強転生ファンタジー開幕!
A級パーティから追放された俺はギルド職員になって安定した生活を手に入れる
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A級パーティの裏方として全てを支えてきたリオン・アルディス。しかし、リーダーで幼馴染のカイルに「お荷物」として追放されてしまう。失意の中で再会したギルド受付嬢・エリナ・ランフォードに導かれ、リオンはギルド職員として新たな道を歩み始める。
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これは、支えることに誇りを持った男が、自らの価値を証明し、安定した未来を掴み取る物語。
1つだけ何でも望んで良いと言われたので、即答で答えました
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誰にでもある憧れを抱いていた男は最後にただ見捨てられないというだけで人助けをした。
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異世界転生したおっさんが普通に生きる
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第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位
応援頂きありがとうございました!
異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界
主人公のゴウは異世界転生した元冒険者
引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。
知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?
平凡な村人だと思われていた俺、実は神々が恐れる最強存在でした〜追放されたけど、無自覚チートで気づけば世界の頂点〜
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平凡な村人・レオンは、勇者パーティの荷物持ちとして蔑まれ、ある日「役立たず」として追放される。
だが、彼の正体は神々が恐れ、世界の理を超越する“創世の加護”を持つ唯一の存在だった。
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追放された公爵令息、神竜と共に辺境スローライフを満喫する〜無敵領主のまったり改革記〜
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無実の罪で辺境に追放された公爵令息アレン。
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戦わずとも勝つ、まったりざまぁ無双ファンタジー!
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