偽装結婚を偽装してみた

小海音かなた

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Chapter.112

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 12月に入る。婚姻届を出してからちょうど一年。
 攷斗との生活は、部外者から持ち込まれたトラブルがあった以外、すこぶる順調だ。
 だからこそ、ひぃなは思い悩んでいる。
 偽装は偽装であって、書類上のつながりでしかない。
 攷斗の愛情はこれまでの共同生活の中で十二分に感じていた。
 “偽装”だの“(仮)”だのにこだわっているのは、きっと自分だけだとひぃなは気付いている。
 いままでの生活が全て仮初めだとは思えないし、思いたくはない。
 なのに、自分の気持ちを言葉にして伝えることが出来ない。
 もし自分から伝えて断られ、いまの生活が終わってしまったら――。
 そうなったら、攷斗との関係はきっと途切れてしまう。それが何より怖かった。
 このまま何も言わなくても、態度で伝わるのではないか。
 “逃げ口上”を“暗黙の了解”という言葉にすり替えて回避し続ける。ひぃなはそこから進むことが出来ない。

 身支度を整えて電車にゆられ出社する。何かすべきか、でも今日も帰ってこられるかわからないと、リビングにメモが置かれていた。
 ここのところまともに顔もあわせていないが、攷斗は毎日、ひぃなが作った料理の感想と、当日の予定を書き残してリビングのテーブル上へ置いてくれている。
 それがひぃなの毎朝の楽しみになっていた。
回収して、そっと手帳に挟む。
「行ってきます」
 今日も誰もいない部屋に言って、家を出る。
 おめでたい日にかわりはないが、色々独りで祝うのは正直避けたい。
 明日、明後日と取得した有給休暇も、もしかしたら独りで過ごすことになるかもしれない。
(そしたら大掃除しよう)
 予定を入れることで前向きに捉え、やっと安心出来るようになった社内で午前中に予定していた一通りの業務を終わらせた。昼休憩は堀河からのアポが入っているので、社長室に赴いて一緒に行きつけのカフェに入る。
「はい、おめでとう」
 オーダーを終えると、堀河が小さな包みを差し出した。
「ありがとう。えっ、良く覚えてたね」
「何年祝ってると思ってるの」
「え?」
「え?」
「あ、誕生日か、そっか」
「やだ。老化進みすぎじゃない?」
「言い返しにくいこと言わないで」
「あっはっは、同い年同い年」
 と、堀河がテーブルに置いたひぃなの手をバンバン叩く。
「チカラ強いんだよなー……」
「夜は? 旦那と約束してんのよね?」
「いや……仕事だし……出張? っていうか、遠出してて、いま東京にはいない」
「あら、そうなの。忙しいわね。寂しいわね」
「……うん」
 あっはっはと堀河は笑って
「いい加減素直になんなよ。もう一年経つんだしさ。色々あったけど、だからもう、上辺だけの関係じゃないでしょ?」
 話している内に運ばれてきたランチプレートを目の前にして「さー、食べよ食べよ。いただきまーす」と堀河がフォークをチキンに刺した。
(素直になったら終わっちゃうかもしれないじゃん……)
 ひぃなも同じようにして、食事を始める。
 いい年してモダモダ好きの嫌いの思い悩むこと自体から目を背けたいくらいだ。
 周りの友人や同年代の女性は、家事や育児や仕事やと未来に向かっているというのに、まさかこんな形で自分が“結婚”に縛られるだなんて思ってもみなかった。このまま何も明らかにしようとはせず、利害が一致した関係のまま終わって良いのだろうか。攷斗にだって要望や希望がきっとあるはずなのに。

 もっと早く言うべきだった。
 好きだと言ってくれる攷斗に甘えて、自分の気持ちをまるで伝えていない自分を責める。
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