前の野原でつぐみが鳴いた

小海音かなた

文字の大きさ
5 / 69

Chapter.5

しおりを挟む
 翌日。
 てっきりスマホが入り込んだであろう鹿乃江の職場近くで会うのかと思っていたが、そうではなかった。
(そういえば車で移動してたしなぁ)
 移動に自宅とは逆方面行きの電車を利用したため、警察に届けたほうが楽だったかも、と考える。
(まぁいいや。こっちのほう久しぶりだし、帰りにどこかのお店眺めて帰ろ)
 約束の10分前、道案内アプリを頼りに、紫輝に指定された店に到着した。
 都心の繁華街でも比較的人通りの少ない場所に佇む、小ぢんまりとした【コリドラス】という名前の喫茶店だ。
 少し古めかしい入り口を通る。
 綺麗に保たれたレトロモダンな内装は、歴史を感じる重厚感がある。少々手狭な一階のカウンター席にはスツールが、広い地下フロアのテーブル席で構成された客室には、座り心地の良さそうなビロード張りのソファと飴色の机が規則正しく配置されている。
「いらっしゃいませ。一名様ですか?」
「待ち合わせなんですけど……」
「かしこまりました」
 店員に案内されたのは、地下へ続く階段下スペースの壁際にしつらえられた半個室の四人席だった。
「あっ」
 紫輝が鹿乃江の姿を視界に捉え、小さく声をあげて立ち上がった。
 鹿乃江は微笑んで会釈を返す。
「お決まりになりましたらお呼びください」と言い残して立ち去る店員に、「ありがとうございます」と二人で礼を言う。
「あらためて……」小さく咳ばらいをして「前原マエハラです」紫輝が頭を下げた。
「鶫野です」
 お辞儀をして席に着く。
「すみません、わざわざ来て頂いて」
「こちらこそ、すぐにお返しできずにすみません」
 鹿乃江が隣の空いた椅子にバッグを置くと、
「何にしますか?」
 紫輝がメニューを広げ、鹿乃江に差し出す。
 スマホを引き渡したらすぐに帰るつもりだったが、どうもそうはいかないようだ。
「じゃあ……ミルクティーで」
「了解っす」
 紫輝は慣れた様子でフロアを巡回する店員を呼び、カフェオレとミルクティーを注文した。
「あの、これ……」鹿乃江がバッグの中からエアキャップ封書を取り出し「念のため、ご確認ください」うやうやしい業務口調で紫輝に差し出した。
 一瞬なにを渡されたかわからなかったのか、紫輝が疑問符を顔に浮かべて受け取り、中身を確認する。中にはもちろん、紫輝のスマホが入っている。
「あっ。えっ。これ、入れてくださったんですか?」
「なにかの拍子に壊してしまったら申し訳ないので……」
「えーっ、すごいっすね」癖なのか、何度も口元や首筋に手を当てながら喋る。
「いえ……職業病みたいなもので……」
「なんのお仕事なされてるんですか?」
「店舗事務です」
「テンポジム」
 漢字変換ができていない口調で復唱する紫輝に、
「お店で、事務業をやっているんです」
 鹿乃江がキーボードを打つジェスチャー付きで簡単に説明をする。
「あぁ! へぇ~! どんなことやるんですか?」
「えーっと……」
(めっちゃグイグイくるな~)
 おそらく二十代前半であろう紫輝の気力をまぶしく感じながら、鹿乃江が業務内容をかいつまんで説明した。そのうちに注文したドリンクが運ばれてくる。
 店員に礼を言って、
「私の話ばかりですみません」
 バツが悪そうに鹿乃江が小さく頭を下げると、
「いやっ、オレが聞きたいんで気にしないでください」
 紫輝が破顔した。
(すごい……ナチュラル人たらしだ……)
 多少強引に押し切られても悪い気がしない。紫輝にはその才能がある。計算している感じもないので、天性の勘のようなものだろう。
(モテそうな人だな~)
 紫輝と会話をしつつ、仕草や言動をつい観察してしまう。見た目はもちろんだが、耳馴染みの良い声や程良くほぐれた言葉遣いもチャームポイントとなっている。
“二次元みのある人”というのが、紫輝と話した印象だ。
 お互いがドリンクを飲み終えたところで、鹿乃江が口を開く。
「ごめんなさい、長々と……。そろそろ…」
 気付けば待ち合わせから1時間ほど経っていた。
「あっ。そう、っすね。こちらこそ、スミマセン。ありがとうございます」
「とんでもないです」
 鹿乃江が伝票に手を伸ばそうとすると、「いえっ、ここは……」紫輝が制した。
「え、でも」
「来ていただいたのに申し訳ないので」
 何度も断るのも失礼かと鹿乃江が手を膝に戻し、お辞儀をした。
「ありがとうございます。ごちそうさまです」
「いやいや、全然」
 バッグを持って席を立とうと準備している鹿乃江に、
「あのっ…!」
 紫輝が意を決したように口を開いた。
「はい」
「…ちゃんとお礼がしたいので、連絡先を交換してもらえませんか」
 改まった様子で紫輝が鹿乃江に提案する。鹿乃江は一瞬驚いて、すぐにやんわりとした笑顔になる。
「いえいえそんな。そこまでしていただくようなことしてないですし」
「いやもぅ、大事な連絡先とかデータが入ってるやつだったんで、本当に助かったんです」それに、と付け加え「お話してて、楽しかったんで……」傾聴しないと聞き逃しそうなくらいの小声で紫輝が言った。
 その言葉を聞き逃せなかった鹿乃江がまた一瞬驚く。
「ダメっすかね……」
 少し上目遣いになって、紫輝が鹿乃江を見つめた。
(うっ……犬みがすごい……)
「…ほとんど、アプリしか使ってないですけど……」
 受け入れた鹿乃江の言葉を聞いて、紫輝がパァッと笑顔になる。何度も小さく頷いて、スマホを手に取った。
「ふるふるしましょう、ふるふる」
 アプリを開いて紫輝がウキウキと言う。
(可愛いなー)
 思わずフフッと微笑んだ鹿乃江の反応に、紫輝が苦笑して見せた。
「なんかすみません。オレばっかり浮かれちゃって」
「あっ、ごめんなさい。そうじゃなくて。なんかこう……微笑ましくて」
 男性に“可愛い”というのは失礼な気がして、別の形容詞をチョイスしてみる。
 紫輝はちょっと意外そうな表情を浮かべて、顔をくしゃっとさせ照れ笑いを浮かべた。
(わーかわいい。こっちが照れちゃう)
 鹿乃江は微笑み返しながらアプリ内のメニュー画面を操作して、【ふるふる】モードに切り替える。
「はい」準備ができたことを伝えると、紫輝もスマホを手に取った。
「じゃあ」
「はい」
 二人でスマホを左右に揺らす。程なくして【友達】に新しいユーザーが追加された。
 紫輝は画面を嬉しそうに眺めて
「また、連絡、します」
 はにかんで言った。
「……はい」
 社交辞令かもしれないが、それでもなんとなく、心が弾んだ。

* * *
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

ケダモノ、148円ナリ

菱沼あゆ
恋愛
 ケダモノを148円で買いました――。   「結婚するんだ」  大好きな従兄の顕人の結婚に衝撃を受けた明日実は、たまたま、そこに居たイケメンを捕まえ、 「私っ、この方と結婚するんですっ!」 と言ってしまう。  ところが、そのイケメン、貴継は、かつて道で出会ったケダモノだった。  貴継は、顕人にすべてをバラすと明日実を脅し、ちゃっかり、明日実の家に居座ってしまうのだが――。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

ソツのない彼氏とスキのない彼女

吉野 那生
恋愛
特別目立つ訳ではない。 どちらかといえば地味だし、バリキャリという風でもない。 だけど…何故か気になってしまう。 気がつくと、彼女の姿を目で追っている。 *** 社内でも知らない者はいないという程、有名な彼。 爽やかな見た目、人懐っこく相手の懐にスルリと入り込む手腕。 そして、華やかな噂。 あまり得意なタイプではない。 どちらかといえば敬遠するタイプなのに…。

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

処理中です...