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ポールがブートレット公国に里帰りしてから三日目の晩に、ポールとポールの祖父のオランジュリー商会長は、大公家の夕食に招かれていた。
「それでポール、答えは決まったかな?」
ディミトリがワインのグラスを揺らしながら聞いた。
「明日はもうカリーラン王国に帰るんだろう?なら、今、答えを聞かせてもらいたいな。私が馬車で送れたらいいんだが、あいにく外せない仕事が入っているからね」
「答えは言わなくてもわかっているだろう?」
ポールが苦々し気にディミトリを睨む。
「さあ。言ってもらわないとわからないね」
ディミトリは顔色一つ変えずに、グラスを傾ける。
「俺は王国の学園を卒業したらじいちゃんの後を継ぐ。そのために公国に戻ってくる。これでいいだろ」
ポールがしかめ面のまま告げた。
「ポール!本当か?!」
オランジュリー会長が驚きの声を上げる。
「私の側近になる話は?」
「さすがにそれはもう少し時間をくれ。まずは商会の仕事を覚えてからだ」
「ポール、ようやくわしの後を継ぐ決心がついたんだな!」
「ああ。そこの腹黒公世子のおかげでな」
喜ぶ商会長とは対照的に、ポールの顔は晴れなかったが、ディミトリはそんなことには頓着しない。
「ひとまず君が公国に帰ることを決めてくれただけで嬉しいよ。会長、良かったですね」
「けっ。そうせざるを得ないように仕向けたのはどこのどいつだよ」
ポールはワインのグラスを一気にあおった。
======================
翌朝、ポールはディミトリの用意した公国の馬車に荷物を積み込み、帰り支度をしていた。
「ポール、これ、お弁当。途中で食べてね。あと、これはクラリスちゃん達にお土産。日持ちのするお菓子にしたわ。あら、あなた、髪の毛はねてるわよ」
ポールの母のナタリーが甲斐甲斐しく、ポールの世話を焼く。
「俺の髪の毛なんて誰も気にしないよ」
ポールが少し照れくさそうにそっぽを向いた。
「ポール、卒業したらちゃんと帰ってくるんだぞ!」
「わかってるよ。約束は守るさ」
オランジュリー会長の大声に、ポールは少し拗ねたように答えた。
「では、ポール、行こうか。国境まで送ろう」
家族のやり取りを微笑みながら見守っていたディミトリが、声をかけた。
「ああ。母さん、じいちゃん、元気でな」
「ポールこそ、ちゃんと食べるのよ。エリー達によろしくね!」
「待っておるぞ!」
「へいへい」
四人が馬車に向かって歩き始めた時だった。
ポールの視界の端にキラリと光るものが映った。
「何?!」
グサッ
それは一瞬だった。
背後から静かに近づいてきた男が、商会長に向かってナイフを突き出してきた。それに気づいたポールは、咄嗟に会長を庇い、その身で刃を止めた。
「っつ!て、てめえ、何を……!」
腹部を刺され、ポールは膝をつきながら、男に向かって吠えた。
「ポール?!衛兵!あの男を捕えよ!」
事態を素早く把握したディミトリが自身の護衛に命じた。
「はは、はは!会長が悪いんだ!俺を後継者にすると思わせておいて、何もできない孫なんかを連れてきて!」
ポールを刺した男は逃げようとはせず、おとなしく衛兵に捕まった。その顔を見ると、極限まで瞳孔が見開かれており、明らかに様子がおかしかった。
「ポールを馬車に乗せろ!公宮に連れて行く!会長も夫人も一緒に馬車に!」
ディミトリの緊迫した声が辺りに響いた。
======================
「ポールの容態は?」
ポールの傷の手当てをした公宮の医師の一人にディミトリが確認する。
「ナイフが内臓を傷つけていたので出血がひどいですね。ひとまず止血はできましたが、まだ意識は戻りません」
「命に関わる怪我なのか?」
「今のところはいつ急変してもおかしくない状況です」
「っっ……なんてことだ……!」
ディミトリは拳を机に叩きつけた。
「全力で治療にあたれ!ポールを死なせてはならん!」
「はっ!」
いつにないディミトリの焦りを含んだ声に、医師は短い返事を残して立ち去った。
と、医師が出ていくのと同時に、長身痩躯の男が部屋に入ってきた。
「シビアか。どうだ、奴は吐いたか?」
「はい。やはり薬物を摂取していたようです。薬が抜けるに連れて、自分のしでかしたことがようやく恐ろしくなったようで、少し脅せばペラペラ喋りました」
ポールを刺した男は、オランジュリー商会の後継者として最後まで候補に残った二人のうちの一人だった。
現会長が、真面目で仕事はできるが、決断力に欠けると評していた優男だった。
「動機は?」
「オランジュリー商会長に対する恨みです。後継者は自分だと思っていたのに、ポール殿を呼び戻した会長に、裏切られたと思ったからだと」
「だが、会長は誰を後継者にするかについては具体的な名前は出していなかったはずだぞ」
「会長に一番目をかけてもらっていたから、次の商会長は自分だと思っていたそうです」
「はあ。勝手な言い分だな」
シビアの報告にディミトリは大きなため息をついた。
「男が言うには、凶行に使用したナイフには薬物が塗布されていたとのことです。今、薬物研究所で分析中です」
「男が使用していた薬物と同じ物か?」
「はい。男の言うことが真実であれば、あのダムシー子爵邸から押収した物と同じ違法薬物です」
ガタンッ
シビアの言葉に、ディミトリが勢いよく立ち上がった。
「何故それを早く言わない!それが本当ならポールの命は危ういぞ!」
「はっ、申し訳ございません」
「シビア、お前は引き続きあの男から情報を搾り取れ。死なせても構わん」
「御意」
「私は急ぎカリーラン王国に向かう!」
ディミトリは頭を下げるシビアの横を通り過ぎると、大公の部屋へと急いだ。
「それでポール、答えは決まったかな?」
ディミトリがワインのグラスを揺らしながら聞いた。
「明日はもうカリーラン王国に帰るんだろう?なら、今、答えを聞かせてもらいたいな。私が馬車で送れたらいいんだが、あいにく外せない仕事が入っているからね」
「答えは言わなくてもわかっているだろう?」
ポールが苦々し気にディミトリを睨む。
「さあ。言ってもらわないとわからないね」
ディミトリは顔色一つ変えずに、グラスを傾ける。
「俺は王国の学園を卒業したらじいちゃんの後を継ぐ。そのために公国に戻ってくる。これでいいだろ」
ポールがしかめ面のまま告げた。
「ポール!本当か?!」
オランジュリー会長が驚きの声を上げる。
「私の側近になる話は?」
「さすがにそれはもう少し時間をくれ。まずは商会の仕事を覚えてからだ」
「ポール、ようやくわしの後を継ぐ決心がついたんだな!」
「ああ。そこの腹黒公世子のおかげでな」
喜ぶ商会長とは対照的に、ポールの顔は晴れなかったが、ディミトリはそんなことには頓着しない。
「ひとまず君が公国に帰ることを決めてくれただけで嬉しいよ。会長、良かったですね」
「けっ。そうせざるを得ないように仕向けたのはどこのどいつだよ」
ポールはワインのグラスを一気にあおった。
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翌朝、ポールはディミトリの用意した公国の馬車に荷物を積み込み、帰り支度をしていた。
「ポール、これ、お弁当。途中で食べてね。あと、これはクラリスちゃん達にお土産。日持ちのするお菓子にしたわ。あら、あなた、髪の毛はねてるわよ」
ポールの母のナタリーが甲斐甲斐しく、ポールの世話を焼く。
「俺の髪の毛なんて誰も気にしないよ」
ポールが少し照れくさそうにそっぽを向いた。
「ポール、卒業したらちゃんと帰ってくるんだぞ!」
「わかってるよ。約束は守るさ」
オランジュリー会長の大声に、ポールは少し拗ねたように答えた。
「では、ポール、行こうか。国境まで送ろう」
家族のやり取りを微笑みながら見守っていたディミトリが、声をかけた。
「ああ。母さん、じいちゃん、元気でな」
「ポールこそ、ちゃんと食べるのよ。エリー達によろしくね!」
「待っておるぞ!」
「へいへい」
四人が馬車に向かって歩き始めた時だった。
ポールの視界の端にキラリと光るものが映った。
「何?!」
グサッ
それは一瞬だった。
背後から静かに近づいてきた男が、商会長に向かってナイフを突き出してきた。それに気づいたポールは、咄嗟に会長を庇い、その身で刃を止めた。
「っつ!て、てめえ、何を……!」
腹部を刺され、ポールは膝をつきながら、男に向かって吠えた。
「ポール?!衛兵!あの男を捕えよ!」
事態を素早く把握したディミトリが自身の護衛に命じた。
「はは、はは!会長が悪いんだ!俺を後継者にすると思わせておいて、何もできない孫なんかを連れてきて!」
ポールを刺した男は逃げようとはせず、おとなしく衛兵に捕まった。その顔を見ると、極限まで瞳孔が見開かれており、明らかに様子がおかしかった。
「ポールを馬車に乗せろ!公宮に連れて行く!会長も夫人も一緒に馬車に!」
ディミトリの緊迫した声が辺りに響いた。
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「ポールの容態は?」
ポールの傷の手当てをした公宮の医師の一人にディミトリが確認する。
「ナイフが内臓を傷つけていたので出血がひどいですね。ひとまず止血はできましたが、まだ意識は戻りません」
「命に関わる怪我なのか?」
「今のところはいつ急変してもおかしくない状況です」
「っっ……なんてことだ……!」
ディミトリは拳を机に叩きつけた。
「全力で治療にあたれ!ポールを死なせてはならん!」
「はっ!」
いつにないディミトリの焦りを含んだ声に、医師は短い返事を残して立ち去った。
と、医師が出ていくのと同時に、長身痩躯の男が部屋に入ってきた。
「シビアか。どうだ、奴は吐いたか?」
「はい。やはり薬物を摂取していたようです。薬が抜けるに連れて、自分のしでかしたことがようやく恐ろしくなったようで、少し脅せばペラペラ喋りました」
ポールを刺した男は、オランジュリー商会の後継者として最後まで候補に残った二人のうちの一人だった。
現会長が、真面目で仕事はできるが、決断力に欠けると評していた優男だった。
「動機は?」
「オランジュリー商会長に対する恨みです。後継者は自分だと思っていたのに、ポール殿を呼び戻した会長に、裏切られたと思ったからだと」
「だが、会長は誰を後継者にするかについては具体的な名前は出していなかったはずだぞ」
「会長に一番目をかけてもらっていたから、次の商会長は自分だと思っていたそうです」
「はあ。勝手な言い分だな」
シビアの報告にディミトリは大きなため息をついた。
「男が言うには、凶行に使用したナイフには薬物が塗布されていたとのことです。今、薬物研究所で分析中です」
「男が使用していた薬物と同じ物か?」
「はい。男の言うことが真実であれば、あのダムシー子爵邸から押収した物と同じ違法薬物です」
ガタンッ
シビアの言葉に、ディミトリが勢いよく立ち上がった。
「何故それを早く言わない!それが本当ならポールの命は危ういぞ!」
「はっ、申し訳ございません」
「シビア、お前は引き続きあの男から情報を搾り取れ。死なせても構わん」
「御意」
「私は急ぎカリーラン王国に向かう!」
ディミトリは頭を下げるシビアの横を通り過ぎると、大公の部屋へと急いだ。
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