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閑話② 走馬灯4(カーライル・ネスト・ヘイシス)
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一目惚れだのビビッと電流が走り抜けただのということはない。
その時はただなんとなく『似ている』と、そんな気が少し、ほんの少しだけしたけだった。
面影があるというわけではなく。
髪の色も、瞳の色も違う。
顔の造作という点ではマリアの方がずっと似通っている。
叔母と姪の間柄なのだから当然といえば当然だが。
ただその笑顔は、似ているように思った。
絵本を読み聞かせた後で。
兄に連れられて時おり見舞いに訪れたベッドの上で見せられたおだかやな、優しい笑みに。
彼女が従妹であるマリアとその幼馴染みのティオネの二人と友人になったことで、彼女の周りはわずかだが変化を始めたように見えた。
二人のファンクラブを中心に少しずつ周囲に他人が増えていく。
以前なら他人を見下すような笑いしか見たことのなかった彼女が(もっとも、挨拶を交わす程度でまともに話をしたこともなく遠目に見かけた程度ではあるが)楽しげに声を上げて笑い、親しげに下位貴族の令嬢に話しかける。
密やかに囁かれる噂を彼女は知っているだろうか。
『まるで、別人のようだ』
ーーと。
その噂が実のところ核心を付いていたということを他ならぬ彼女に聞かされたのは、ある休日のこと。
「私、本当はエリカ・オルディスではなく日生楓という人間なんです」
この世界が彼女のいた世界ーー日本とかいう国のゲームをモデルに創られた世界で、そのゲーム『恋愛クライシス戦乙女』をやりこんでいた彼女はこの世界の未来を知っていると。
そのゲーム知識(?)によると、彼女ーーエリカ・オルディスは悪役令嬢で、同級生で同じく聖女候補である少女、カノンは後の聖女でありヒロインなのだという。
作り話にしてももう少しマシなものがあるだろう。
しかもそのゲームで、カーライル・ネスト・ヘイシスはヒロインの隠れ攻略キャラであり、カノンと恋人になれば皇帝になるらしい。
ただし、兄上の命と引き換えに。
彼女の話はあまりに馬鹿馬鹿しい荒唐無稽なもので。
けれど。
ただの作り話にしては『できすぎ』なもので。
知りすぎている。
秘匿されているはずの自分の素性。
ヘイシス皇国の事情。
彼女はおそらく気づいているだろう。
それでも口にしている。
自身が害される可能性があることをわかった上で。
どうすべきか。
曖昧な笑みを浮かべながら、頭の中ではいくつかの答が目まぐるしく巡っていく。
頭のおかしい妄想癖のある娘と捨て置くか。
その場合はマリアたちにも関係を改めるように一言伝える必要があるか?
いや、マリアはともかくティオネはーーあの天使の顔をした性悪が一度懐に入れた者を簡単に捨てることに頷くことはないだろう。
なんといっても、彼女はティオネたちの熱烈なファンだ。
自身の身近な大事なものと演劇だけを何よりを重きにおくティオネのこと、多少難があろうが頭がアレだろうが自身のファンである限り表面的には『お友だちごっこ』を続ける。
もちろん自身の大事なものーーマリアや演劇部の部員たち、演劇そのものに害が出るとなれば容赦なく切り捨てるだろうが。
そもそもあのティオネが多少頭のおかしい女の妄想に巻き込まれてどうこうされるものか?
そう考えるとそのティオネに大事なものーー演劇のパートナーであるマリアも大丈夫だと思える。
彼女の言う自称神さまとやらも、キャスティングを間違っている。
ヒロインがティオネなら、カノン等よりずっと上手く完璧な聖女を演じるだろうし、今のエリカ・オルディスの立場ならなんの迷いもなくとうにカノンを踏み潰し断罪するだろうに。
身分が違うのだ。
方や侯爵令嬢で方や父親は男爵位にあるとはいえ自身は平民にすぎないただの聖女候補。
未来の聖女とはいえ、現時点でいまだ暗黒竜の復活が認められていない以上、カノンはあくまでもただの聖女候補であり、所詮皇太子のお気に入りなだけでしかない。
デマカセでもなんでもいい。
未来で断罪され破滅するというのであれば、その前にアチラを先に破滅させてしまえばいい。
ティオネであればそうするであろうし、たとえば二番目の兄ーーサナム・ネスト・ヘイシスであってもそうするであろう。
幼い頃の俺に散々毒を盛ったり刺客を差し向けてきたように。
彼女は甘い。
彼女は甘くて優しすぎて愚かしい。
こんな馬鹿げた作り話としか思えないーーけれどおそらく彼女自身は、真実だと思いこんでいる話を、他人に話してしまうほどに。
利用すべきか。
ただの作り話、嘘。
もしくは妄想と断じるには彼女の話はできすぎている。
彼女が知るはずのない過去。
彼女が知るはずのない事実。
そういったものがいくつも含まれている。
ならば、彼女の記憶を利用すれば。
きっと数多くのものが手に入るのかも知れない。
「……まったく」
ーーやっぱり彼女は甘い。
聖女だから、そう告げたのに。
彼女自身でなく、聖女のエリカ・オルディスを手に入れる。
そのことにメリットがあると。
それでも尚、怪我をしたとなると大慌てで治癒するのだから。
彼女を利用するために近づいていたのだと、気付いただろうに。
甘くて優しい。愚かしくて、危なかしくて、見ていると面白い。
懐かしいあの女性たちにどこか似た彼女。
穏やかな笑顔は産みの母親に。
荒唐無稽で妙なところでやたらと行動力がある、放っておけないところは、二番目の母親に。
「一番愚か者なのは俺かな?」
利用するために近づいたくせに。
いつの間にかすっかり囚われている。
「……もうはっきり言うたったらええやん!」
「なにを?いまさら?」
「俺マザコンやねーんって。そんであんさんはかーちゃんによう似とるから好きになってもうたんやってーっ!」
「いや、それは……」
さすがに、見も蓋もなさすぎだろう。
まあ、事実ではあるのだけれど。
その時はただなんとなく『似ている』と、そんな気が少し、ほんの少しだけしたけだった。
面影があるというわけではなく。
髪の色も、瞳の色も違う。
顔の造作という点ではマリアの方がずっと似通っている。
叔母と姪の間柄なのだから当然といえば当然だが。
ただその笑顔は、似ているように思った。
絵本を読み聞かせた後で。
兄に連れられて時おり見舞いに訪れたベッドの上で見せられたおだかやな、優しい笑みに。
彼女が従妹であるマリアとその幼馴染みのティオネの二人と友人になったことで、彼女の周りはわずかだが変化を始めたように見えた。
二人のファンクラブを中心に少しずつ周囲に他人が増えていく。
以前なら他人を見下すような笑いしか見たことのなかった彼女が(もっとも、挨拶を交わす程度でまともに話をしたこともなく遠目に見かけた程度ではあるが)楽しげに声を上げて笑い、親しげに下位貴族の令嬢に話しかける。
密やかに囁かれる噂を彼女は知っているだろうか。
『まるで、別人のようだ』
ーーと。
その噂が実のところ核心を付いていたということを他ならぬ彼女に聞かされたのは、ある休日のこと。
「私、本当はエリカ・オルディスではなく日生楓という人間なんです」
この世界が彼女のいた世界ーー日本とかいう国のゲームをモデルに創られた世界で、そのゲーム『恋愛クライシス戦乙女』をやりこんでいた彼女はこの世界の未来を知っていると。
そのゲーム知識(?)によると、彼女ーーエリカ・オルディスは悪役令嬢で、同級生で同じく聖女候補である少女、カノンは後の聖女でありヒロインなのだという。
作り話にしてももう少しマシなものがあるだろう。
しかもそのゲームで、カーライル・ネスト・ヘイシスはヒロインの隠れ攻略キャラであり、カノンと恋人になれば皇帝になるらしい。
ただし、兄上の命と引き換えに。
彼女の話はあまりに馬鹿馬鹿しい荒唐無稽なもので。
けれど。
ただの作り話にしては『できすぎ』なもので。
知りすぎている。
秘匿されているはずの自分の素性。
ヘイシス皇国の事情。
彼女はおそらく気づいているだろう。
それでも口にしている。
自身が害される可能性があることをわかった上で。
どうすべきか。
曖昧な笑みを浮かべながら、頭の中ではいくつかの答が目まぐるしく巡っていく。
頭のおかしい妄想癖のある娘と捨て置くか。
その場合はマリアたちにも関係を改めるように一言伝える必要があるか?
いや、マリアはともかくティオネはーーあの天使の顔をした性悪が一度懐に入れた者を簡単に捨てることに頷くことはないだろう。
なんといっても、彼女はティオネたちの熱烈なファンだ。
自身の身近な大事なものと演劇だけを何よりを重きにおくティオネのこと、多少難があろうが頭がアレだろうが自身のファンである限り表面的には『お友だちごっこ』を続ける。
もちろん自身の大事なものーーマリアや演劇部の部員たち、演劇そのものに害が出るとなれば容赦なく切り捨てるだろうが。
そもそもあのティオネが多少頭のおかしい女の妄想に巻き込まれてどうこうされるものか?
そう考えるとそのティオネに大事なものーー演劇のパートナーであるマリアも大丈夫だと思える。
彼女の言う自称神さまとやらも、キャスティングを間違っている。
ヒロインがティオネなら、カノン等よりずっと上手く完璧な聖女を演じるだろうし、今のエリカ・オルディスの立場ならなんの迷いもなくとうにカノンを踏み潰し断罪するだろうに。
身分が違うのだ。
方や侯爵令嬢で方や父親は男爵位にあるとはいえ自身は平民にすぎないただの聖女候補。
未来の聖女とはいえ、現時点でいまだ暗黒竜の復活が認められていない以上、カノンはあくまでもただの聖女候補であり、所詮皇太子のお気に入りなだけでしかない。
デマカセでもなんでもいい。
未来で断罪され破滅するというのであれば、その前にアチラを先に破滅させてしまえばいい。
ティオネであればそうするであろうし、たとえば二番目の兄ーーサナム・ネスト・ヘイシスであってもそうするであろう。
幼い頃の俺に散々毒を盛ったり刺客を差し向けてきたように。
彼女は甘い。
彼女は甘くて優しすぎて愚かしい。
こんな馬鹿げた作り話としか思えないーーけれどおそらく彼女自身は、真実だと思いこんでいる話を、他人に話してしまうほどに。
利用すべきか。
ただの作り話、嘘。
もしくは妄想と断じるには彼女の話はできすぎている。
彼女が知るはずのない過去。
彼女が知るはずのない事実。
そういったものがいくつも含まれている。
ならば、彼女の記憶を利用すれば。
きっと数多くのものが手に入るのかも知れない。
「……まったく」
ーーやっぱり彼女は甘い。
聖女だから、そう告げたのに。
彼女自身でなく、聖女のエリカ・オルディスを手に入れる。
そのことにメリットがあると。
それでも尚、怪我をしたとなると大慌てで治癒するのだから。
彼女を利用するために近づいていたのだと、気付いただろうに。
甘くて優しい。愚かしくて、危なかしくて、見ていると面白い。
懐かしいあの女性たちにどこか似た彼女。
穏やかな笑顔は産みの母親に。
荒唐無稽で妙なところでやたらと行動力がある、放っておけないところは、二番目の母親に。
「一番愚か者なのは俺かな?」
利用するために近づいたくせに。
いつの間にかすっかり囚われている。
「……もうはっきり言うたったらええやん!」
「なにを?いまさら?」
「俺マザコンやねーんって。そんであんさんはかーちゃんによう似とるから好きになってもうたんやってーっ!」
「いや、それは……」
さすがに、見も蓋もなさすぎだろう。
まあ、事実ではあるのだけれど。
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