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閑話② 走馬灯3(カーライル・ネスト・ヘイシス)
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「……ぅ」
死ぬ間際、人はこれまでの人生を走馬灯のように思い出すという。
それと似たようなものだったのだろうか。
わずかな時間だと思う。
だがそのわずかな時間に、頭を過った過去はあの年でよく記憶していたものだと自分でも感心するほど鮮明だった。
それだけ子供心にも忘れられない記憶だったということだろうか。
確かにあの頃、あの時間は様々な意味で俺にとって濃厚で、忘れられないものだ。
「おぅ、気ぃついたかいな!」
「……ああ」
バサバサと羽を動かしながらの闇綺の言葉に、身体を起こし答える。
「エリカ嬢は……」
「ギャハハ!逃げられたな!」
「そうか」
そう言えば頭の隅で「闇綺さん、お後よろしくお願い致しますわね!」という彼女の声を聞いた覚えがある。
襟首を引っ捕まれて、地面に投げ出されたことも覚えている。
そういえば木に腕をぶつけて激痛が走ったように思うのだが……。
その左腕は、特に痛みもなく動かしてみても違和感もない。
「ネーチャンが治癒魔法しとったさかいにな」
「……そうか」
彼女が……。
きっと大慌てで治癒したのだろう彼女の様子を思うと、自然と唇に笑みが浮かぶ。
もっと違う言い方をしたかったはずなのに、結果として傷つけてしまったという自覚はある。
彼女に下手な誤魔化しや言い訳は逆効果だ。
しかしだからと言ってアレはなかった。
本来なら、すぐに言葉を続けるはずだった。
けれど。
「聖女だからーー」
そう告げた時の彼女の予想以上にショックを隠せていない表情に、続けるはずだった言葉が出せなかった。
「酷いですわね?」
そう言って浮かべた泣き笑いのような表情に、傷つけてしまったという後悔と、早く先を続けなければという焦りと。
そんな顔をするほど自分の言葉に彼女がショックを受けたのだということへの喜びと。
様々な感情が胸に渦巻いて。
どこのお子様だと、頭をかきむしりたくなる。
散々遊び人を気取っておいて、彼女がそれほどショックを受けたことにどこかで歓喜している自分がいた。
ショックを受けたということは、それだけ意識されていたということだろうから。
すぐに彼女は別のことに意識を取られていた様子ではあったが、わずかな時間でも彼女の心に楔を打ち込めたのだと思うと、嬉しかった。
そうして今も。
彼女を傷つけてしまったのに、それでもこちらが怪我をしたら慌てて治癒をしたのだろう彼女の様子を思うと、そんな場合かと思いつつも顔がにやけてしまいそうになる。
馬鹿だ。
ついさっき無様に失恋しておいて、何を考えているのか。
ーー失恋。
ああ、そうか。
(……俺は恋をしているのか)
なにをいまさら。
婚約したいとまで言っておいて。
その後に決して「聖女だからだけではなく君と結婚したい」と続ける気だったくせに。
今頃しっかり自覚するとか。
あり得ない。
しかも、どうやら初恋らしい。
これまで誰にも、彼女に対するような気持ちになった覚えがない。
しかも事態は最悪である。
散々彼女を傷つけて、もはや彼女は中で自分は「最低男」のレッテルが深くそれは深く刻まれていることだろう。
修復ははたして可能だろうか。
(……そういえばどうも恋敵らしいのもいたな)
白い髪に金の瞳のやたら綺麗な顔の馬鹿力。
アレが闇綺に言っていた白虎だろう。
(前途多難か)
それでも諦めるつもりはこれっぽっちもないが。
(エリカ嬢)
彼女に恋に落ちた。そのきっかけはおそらくあの時。
あの、ダンスパーティの時。
あの時の泣きながらマリアたちに「よろしくお願いします」と笑った、あの笑顔。
絵本を読み聞かせながら笑ったあの女性と、よく似たあの笑み。
きっとあの時からすでに惹かれ始めていたーー。
死ぬ間際、人はこれまでの人生を走馬灯のように思い出すという。
それと似たようなものだったのだろうか。
わずかな時間だと思う。
だがそのわずかな時間に、頭を過った過去はあの年でよく記憶していたものだと自分でも感心するほど鮮明だった。
それだけ子供心にも忘れられない記憶だったということだろうか。
確かにあの頃、あの時間は様々な意味で俺にとって濃厚で、忘れられないものだ。
「おぅ、気ぃついたかいな!」
「……ああ」
バサバサと羽を動かしながらの闇綺の言葉に、身体を起こし答える。
「エリカ嬢は……」
「ギャハハ!逃げられたな!」
「そうか」
そう言えば頭の隅で「闇綺さん、お後よろしくお願い致しますわね!」という彼女の声を聞いた覚えがある。
襟首を引っ捕まれて、地面に投げ出されたことも覚えている。
そういえば木に腕をぶつけて激痛が走ったように思うのだが……。
その左腕は、特に痛みもなく動かしてみても違和感もない。
「ネーチャンが治癒魔法しとったさかいにな」
「……そうか」
彼女が……。
きっと大慌てで治癒したのだろう彼女の様子を思うと、自然と唇に笑みが浮かぶ。
もっと違う言い方をしたかったはずなのに、結果として傷つけてしまったという自覚はある。
彼女に下手な誤魔化しや言い訳は逆効果だ。
しかしだからと言ってアレはなかった。
本来なら、すぐに言葉を続けるはずだった。
けれど。
「聖女だからーー」
そう告げた時の彼女の予想以上にショックを隠せていない表情に、続けるはずだった言葉が出せなかった。
「酷いですわね?」
そう言って浮かべた泣き笑いのような表情に、傷つけてしまったという後悔と、早く先を続けなければという焦りと。
そんな顔をするほど自分の言葉に彼女がショックを受けたのだということへの喜びと。
様々な感情が胸に渦巻いて。
どこのお子様だと、頭をかきむしりたくなる。
散々遊び人を気取っておいて、彼女がそれほどショックを受けたことにどこかで歓喜している自分がいた。
ショックを受けたということは、それだけ意識されていたということだろうから。
すぐに彼女は別のことに意識を取られていた様子ではあったが、わずかな時間でも彼女の心に楔を打ち込めたのだと思うと、嬉しかった。
そうして今も。
彼女を傷つけてしまったのに、それでもこちらが怪我をしたら慌てて治癒をしたのだろう彼女の様子を思うと、そんな場合かと思いつつも顔がにやけてしまいそうになる。
馬鹿だ。
ついさっき無様に失恋しておいて、何を考えているのか。
ーー失恋。
ああ、そうか。
(……俺は恋をしているのか)
なにをいまさら。
婚約したいとまで言っておいて。
その後に決して「聖女だからだけではなく君と結婚したい」と続ける気だったくせに。
今頃しっかり自覚するとか。
あり得ない。
しかも、どうやら初恋らしい。
これまで誰にも、彼女に対するような気持ちになった覚えがない。
しかも事態は最悪である。
散々彼女を傷つけて、もはや彼女は中で自分は「最低男」のレッテルが深くそれは深く刻まれていることだろう。
修復ははたして可能だろうか。
(……そういえばどうも恋敵らしいのもいたな)
白い髪に金の瞳のやたら綺麗な顔の馬鹿力。
アレが闇綺に言っていた白虎だろう。
(前途多難か)
それでも諦めるつもりはこれっぽっちもないが。
(エリカ嬢)
彼女に恋に落ちた。そのきっかけはおそらくあの時。
あの、ダンスパーティの時。
あの時の泣きながらマリアたちに「よろしくお願いします」と笑った、あの笑顔。
絵本を読み聞かせながら笑ったあの女性と、よく似たあの笑み。
きっとあの時からすでに惹かれ始めていたーー。
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