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閑話② 走馬灯2 (カーライル・ネスト・ヘイシス)
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三才になってすぐの頃。
幼いながらも周りの変化に少しずつ気付いた。
側にいる人間、その顔が頻繁に代わる。
つい昨日まで毎日給仕をしていたメイド。
手を繋いで庭を歩いた庭師の息子。
いつも笑いながら乳母と共に着替えを手伝っていた年嵩のメイド。
見知った顔が少しずつ、一つずつ消えていく。
冷めた食事。
その皿の数が日を追うごとに減っていく。
「これだけなの?」
ある日、物足りないその数に、乳母に尋ねた。
「申し訳ございません。後でおやつをお出ししましょうね?」
乳母はそう言って少ない数の銀の器をメイドに片付けさせる。
まだ三才になったばかり。
その子供にわかるはずもなかった。
何故、人が消えるのか。
彼らはどうしたのか。
何故、食事が減っていくのか。
何故食事すべてに銀の器を使われているのか。
乳母の顔色が日に日に青ざめて口数がなくなっていくのか。
ある日を境に、母が姿を見せなくなった。
朱金の髪の、細い指先を持つ毎日欠かさず眠る前に絵本を読んでくれた女性は、突然パタリと部屋を訪れなくなった。
「おたあさまは?」
それがどれほど続いたのか。
ある日、乳母に訊いた。
子供心に、訊いてはいけないことのような気がして我慢していた。
だが所詮三才児だ。
そう長く我慢が続くはずもない。
「……正妃様、いえお母さまは、ご病気なのです」
そう言って手を取る乳母の手は小刻みに震えていた。
「びょうき?」
「はい。ですので、今は……」
「あえないの?」
「しばらくのご辛抱です。すぐに元気になりますよ。そうしたらまた絵本を読んで頂きましょうね」
「……うん」
けれど10日が経ち、一月が経ち。
いつまでも会えない苛立ちと、見知った顔が一人、二人と消えていく寂しさに、俺は何かと癇癪を起こしては周りに当たり散らした。
その度に乳母は悲しげな顔をする。
母とよく似た薄茶の髪には、心なし白いものが目立ち始めたように見えた。
母や乳母のように色素の薄い人間はヘイシス皇国には少ない。
この頃の俺は知るよしもなかったが、乳母は母と共にグレンファリアから来た人間であり、ヘイシス皇国の氏族より人間と婚姻を結び、俺より3つ上の息子と同じ年の娘がいた。
息子とは5才になってから幼馴染みであり侍従として長く付き合うことになる。
他国の宮廷で皇子の乳母をする。
しかも問題を抱える状態で。
この時の乳母の心労は後に思い起こすと、相当なものであったろうと思う。
もうほんのわずか。
ほんのわずかにあの女性が訪れるのが遅れていれば、乳母は倒れていたかも知れない。
三才になって三月ほどが過ぎたある日の夕刻。
俺と母の住処である宮に二人の客があった。
「……側妃様!」
俺は乳母の見守るもとで夕食を口にしかけたところで。
客の一人、小柄な女性の持つ盆から漂いくる匂いと蓋の隅から溢れ出る湯気に喉を鳴らした。
「ご機嫌よう。カーライル皇子。私は貴方のお父様の妻の一人で貴方のお母様のお友だちです。これは私の息子のルルド。ルルド、挨拶なさい」
「ルルドだよ、ルルド・ネスト・ヘイシス。カーライルとは兄弟になるんだ」
女性の隣に立ち穏やかに笑む10才前後の少年がそう言って手を伸ばす。
知らない人間の手に思わず身体をすくませると、少年ーールルド兄上は、いったん伸ばした手を止めてから、またゆっくりと近づいてきて俺の頭に手を置いた。
ナデナデ、と頭を撫でられる。
「カティア、私はミリアナに頼まれて来たの。この子を頼むと。陛下にもお許しは頂いているわ」
「ミリアナ様、いえ、正妃様にございますか?」
「ええ。まだお小さいのだもの。母親は必要でしょう?母親がわりと言うことね。ーーカーライル皇子、よければこちらを召し上がらない?」
そう言って、女性は手にしていた盆を夕食のテーブルの上に置いた。
食べかけていた食事は脇に退けるようにして。
盆の上には蓋の乗った小さな鍋と銀の器に銀のスプーン。
女性が蓋を取ると、鍋からは匂い立つ湯気が立ち上った。
「側妃様そちらは」
「大丈夫。私たちが食したものと同じものを温め直したものよ。私の信頼するメイドがすべて材料から揃えて私の宮で作らせたもの。もちろん毒味は済ませているけど。……そうね」
女性は一つ頷くと、細い指先で銀のスプーンを取ると、躊躇なく鍋の中身をすくい、口に入れた。
こくり、と喉を小さく鳴らす。
「側妃様!」
乳母が避難するような鋭い声を上げた。
「……ん、美味しいわ。小さな子供に冷えきった食事なんてよくないわよ。私はルルドには温め直したものを食べさせているの。もちろんしっかり毒味は済ませているし、食事は信頼できる人間にしか触れさせないし、作る時も温め直す時も運ぶ時も必ず二人以上で行わせているわ。お互いに監視が出来るようにね。だから大丈夫よ」
「……さよう、ですか」
「カーライル皇子、さあ」
呼ばれて、ふらふらと匂いに誘われるようにテーブルに着いてスプーンを手に取った。
銀の器に、たっぷりのシチューがよそわれる。
俺は口いっぱいの唾を飲み込んでからそれを口に入れた。
一口口に含むともう止まらず、次々に口に入れてはろくに咀嚼もせずに飲み込んでいく。
温かいシチューは、決して贅の尽くされた一品というわけではなく、素朴とも言えるものだった。
けれども俺は、それ以上に美味しいと思うものにその後も出会ったことがない。
「側妃様、お心遣い感謝致します」
頭を下げる乳母を横目に、俺は鍋の中身をあっという間に空にしてみせた。
その日以来。
二人はほとんど毎日食事を持っては宮にやってきた。
食事が終わると兄と二人、ソファに凭れて側妃ーー二人目の母に絵本を読み聞かせてもらう。
兄にとって、その絵本の読み聞かせは退屈なものだったかも知れないが、兄はいつも何も言わず手を握って隣にいてくれた。
ーーーーーーーーーーーーーー
すみませんっ!ごめんなさい!
エリカが!主人公が出て来ませんっっ(´д`|||)
次こそわ~明日こそは~エリカ出てくるはずですーm(__)m
幼いながらも周りの変化に少しずつ気付いた。
側にいる人間、その顔が頻繁に代わる。
つい昨日まで毎日給仕をしていたメイド。
手を繋いで庭を歩いた庭師の息子。
いつも笑いながら乳母と共に着替えを手伝っていた年嵩のメイド。
見知った顔が少しずつ、一つずつ消えていく。
冷めた食事。
その皿の数が日を追うごとに減っていく。
「これだけなの?」
ある日、物足りないその数に、乳母に尋ねた。
「申し訳ございません。後でおやつをお出ししましょうね?」
乳母はそう言って少ない数の銀の器をメイドに片付けさせる。
まだ三才になったばかり。
その子供にわかるはずもなかった。
何故、人が消えるのか。
彼らはどうしたのか。
何故、食事が減っていくのか。
何故食事すべてに銀の器を使われているのか。
乳母の顔色が日に日に青ざめて口数がなくなっていくのか。
ある日を境に、母が姿を見せなくなった。
朱金の髪の、細い指先を持つ毎日欠かさず眠る前に絵本を読んでくれた女性は、突然パタリと部屋を訪れなくなった。
「おたあさまは?」
それがどれほど続いたのか。
ある日、乳母に訊いた。
子供心に、訊いてはいけないことのような気がして我慢していた。
だが所詮三才児だ。
そう長く我慢が続くはずもない。
「……正妃様、いえお母さまは、ご病気なのです」
そう言って手を取る乳母の手は小刻みに震えていた。
「びょうき?」
「はい。ですので、今は……」
「あえないの?」
「しばらくのご辛抱です。すぐに元気になりますよ。そうしたらまた絵本を読んで頂きましょうね」
「……うん」
けれど10日が経ち、一月が経ち。
いつまでも会えない苛立ちと、見知った顔が一人、二人と消えていく寂しさに、俺は何かと癇癪を起こしては周りに当たり散らした。
その度に乳母は悲しげな顔をする。
母とよく似た薄茶の髪には、心なし白いものが目立ち始めたように見えた。
母や乳母のように色素の薄い人間はヘイシス皇国には少ない。
この頃の俺は知るよしもなかったが、乳母は母と共にグレンファリアから来た人間であり、ヘイシス皇国の氏族より人間と婚姻を結び、俺より3つ上の息子と同じ年の娘がいた。
息子とは5才になってから幼馴染みであり侍従として長く付き合うことになる。
他国の宮廷で皇子の乳母をする。
しかも問題を抱える状態で。
この時の乳母の心労は後に思い起こすと、相当なものであったろうと思う。
もうほんのわずか。
ほんのわずかにあの女性が訪れるのが遅れていれば、乳母は倒れていたかも知れない。
三才になって三月ほどが過ぎたある日の夕刻。
俺と母の住処である宮に二人の客があった。
「……側妃様!」
俺は乳母の見守るもとで夕食を口にしかけたところで。
客の一人、小柄な女性の持つ盆から漂いくる匂いと蓋の隅から溢れ出る湯気に喉を鳴らした。
「ご機嫌よう。カーライル皇子。私は貴方のお父様の妻の一人で貴方のお母様のお友だちです。これは私の息子のルルド。ルルド、挨拶なさい」
「ルルドだよ、ルルド・ネスト・ヘイシス。カーライルとは兄弟になるんだ」
女性の隣に立ち穏やかに笑む10才前後の少年がそう言って手を伸ばす。
知らない人間の手に思わず身体をすくませると、少年ーールルド兄上は、いったん伸ばした手を止めてから、またゆっくりと近づいてきて俺の頭に手を置いた。
ナデナデ、と頭を撫でられる。
「カティア、私はミリアナに頼まれて来たの。この子を頼むと。陛下にもお許しは頂いているわ」
「ミリアナ様、いえ、正妃様にございますか?」
「ええ。まだお小さいのだもの。母親は必要でしょう?母親がわりと言うことね。ーーカーライル皇子、よければこちらを召し上がらない?」
そう言って、女性は手にしていた盆を夕食のテーブルの上に置いた。
食べかけていた食事は脇に退けるようにして。
盆の上には蓋の乗った小さな鍋と銀の器に銀のスプーン。
女性が蓋を取ると、鍋からは匂い立つ湯気が立ち上った。
「側妃様そちらは」
「大丈夫。私たちが食したものと同じものを温め直したものよ。私の信頼するメイドがすべて材料から揃えて私の宮で作らせたもの。もちろん毒味は済ませているけど。……そうね」
女性は一つ頷くと、細い指先で銀のスプーンを取ると、躊躇なく鍋の中身をすくい、口に入れた。
こくり、と喉を小さく鳴らす。
「側妃様!」
乳母が避難するような鋭い声を上げた。
「……ん、美味しいわ。小さな子供に冷えきった食事なんてよくないわよ。私はルルドには温め直したものを食べさせているの。もちろんしっかり毒味は済ませているし、食事は信頼できる人間にしか触れさせないし、作る時も温め直す時も運ぶ時も必ず二人以上で行わせているわ。お互いに監視が出来るようにね。だから大丈夫よ」
「……さよう、ですか」
「カーライル皇子、さあ」
呼ばれて、ふらふらと匂いに誘われるようにテーブルに着いてスプーンを手に取った。
銀の器に、たっぷりのシチューがよそわれる。
俺は口いっぱいの唾を飲み込んでからそれを口に入れた。
一口口に含むともう止まらず、次々に口に入れてはろくに咀嚼もせずに飲み込んでいく。
温かいシチューは、決して贅の尽くされた一品というわけではなく、素朴とも言えるものだった。
けれども俺は、それ以上に美味しいと思うものにその後も出会ったことがない。
「側妃様、お心遣い感謝致します」
頭を下げる乳母を横目に、俺は鍋の中身をあっという間に空にしてみせた。
その日以来。
二人はほとんど毎日食事を持っては宮にやってきた。
食事が終わると兄と二人、ソファに凭れて側妃ーー二人目の母に絵本を読み聞かせてもらう。
兄にとって、その絵本の読み聞かせは退屈なものだったかも知れないが、兄はいつも何も言わず手を握って隣にいてくれた。
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すみませんっ!ごめんなさい!
エリカが!主人公が出て来ませんっっ(´д`|||)
次こそわ~明日こそは~エリカ出てくるはずですーm(__)m
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