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連載
元庶民ですから。
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袋の中には深めのキャスケットの帽子と裾の長い薄手のグレーのコート。
私はコートを羽織ってきっちりボタンを止める。
これで中の服は見えない。
(……あとは)
両手で髪を纏めてくるくる巻いていく。
ぎゅっ、と固く縛った状態で頭の上に纏め上げ片手で固定するとその上から帽子を被った。
髪止めや紐で止めていないので、一筋耳の後ろに落ちてきたがこのくらいは許容範囲だろう。
ほんとは眼鏡がほしいところだけど、この世界だと一応あるにはあるがまだ珍しい。
目立つので今回はなしにした。
少し時間を開けて外に出る。
フィムの姿はすでにフロアにはない。
下に降りたのだろう。
化粧室に向かったはずの女性が一人出て来ないで、別の人間が出てきている状態にはなるが、テーブルに着いた女性たちは手元のスイーツとお喋りに夢中だ。
客も入れ替わり立ち替わりな様子だし、いちいち気にする人もいないはず。
私は自分にそう言い聞かせてあえてのんびりとした足取りで階下に降りた。
俯いてカウンターの前を通りすぎ店を出ると、フィムを乗せた馬車は走り出した後。
(上手くいったね!)
よし、とこっそりガッツポーズをしてから、私は自分も道を歩き出した。
(えーと、チロさんの宿は……)
確か庶民街の中心近く。
ここからだと歩きで10分ほどか。
迷子がちょっと不安だ。
一人で街を歩いたことほぼないからね。
知らない場所だし。
私は少し考えて馬車道を反れて路地に入った。
人目がないことをきょろきょろ確認してから空を見上げ、手を振る。
私に気付いた鳥さんたちが降りてきてくれるのににっこりして「悪いけど誰かチロさんの宿を知っているかしら?」と尋ねた。
鳥さんに案内してもらったチロさんが看板犬な宿屋は小さいけど小綺麗な印象の一軒家といった感じの建物で、戸口に『ピスタの宿屋』という看板があった。
私は宿に入る前にまたも人目を避けて店と店の隙間に入り込む。
昼間で良かった。
夜だと人目のない路地裏なんて危なすぎだものね。
そんなことを思いながら口では影の中の白王を呼び出す。
「白王、人の姿になってこれ着てちょうだい」
そう言って渡したのはここに来るまでに買っておいたフード付きのマント。
「わかった」
俯いた白王がマントを羽織っている間に私も自分の頭を直して髪をきっちり帽子の中に押し込んでおく。
フードを深く被って顔を隠した白王と二人、宿に入って二部屋を三日借りた。
白王と私で別に一部屋ずつである。
自分の使い魔とはいえ、いきなりファーストキスを奪ってくれた相手と同じ部屋では寝ない。
というか私は少しばかり怒っている。
受付の対応を白王に任せたのだが、こやつ二部屋でと言っておいたにも関わらず一部屋と言いかけたので、思いきり脇腹をつねっておいた。
(まったく)
要注意だね!
部屋に入るとふっ、と力が抜けてベッドに座りこんだ。
とさ、と手に持っていた大きな袋が床に落ちた。
白王のマントと共に買っておいたもの。
中身は服がいくつかと鞣して柔らかくした皮の靴。
それと20センチサイズの立てて置ける鏡に手のひらサイズの短いナイフ。
私はよいしょっと腰を上げると鏡を取り出して備え付けられた小さなテーブルに乗せた。
この世界。特にグランファリアでは女性が短髪をしていることはあまりない。
庶民でも若い女性は大抵肩よりも長い。
まして貴族の令嬢なら、まずあり得ない。
だからこそ。
教会の人間も私が髪を切るとは思わないはず。
貴族の令嬢らしい、長い金髪の少女を探すはず。
実際、貴族の令嬢が髪を短く切るなんて、恥さらしもいいとこだからね。
短髪が基本の修道院でさえ、貴族出身の女性は長髪を許されているらしい。
でも私は元日本人で、庶民だ。
ショートヘアーにしたことなんて何度もある。
だから。
(こんなことなんでもないよ!)
ええいと気合いを入れて、手で髪をがっしり掴む。
だけど。
だけど!
この先どうなるのか、私には正直わからない。
聖女として世界を救うことになるのか。
すぐに教会に捕まってしまうのか。
もしかしたら殺されてしまうのか。
けどもし、もしも私が聖女として世界を救ったとしたら。
その後は。
「……教会なんてぶっ潰してやる」
私は小さく口の中で呟きながら、ナイフの刃を掴んだ髪の根元にあてて、一息に引いた。
ザク、と音を立てて切られた金色の髪の束が床に落ちて散らばる。
私はそれを見ずにシャクシャクとナイフの刃を髪に当てて滑らせ続けた。
私はコートを羽織ってきっちりボタンを止める。
これで中の服は見えない。
(……あとは)
両手で髪を纏めてくるくる巻いていく。
ぎゅっ、と固く縛った状態で頭の上に纏め上げ片手で固定するとその上から帽子を被った。
髪止めや紐で止めていないので、一筋耳の後ろに落ちてきたがこのくらいは許容範囲だろう。
ほんとは眼鏡がほしいところだけど、この世界だと一応あるにはあるがまだ珍しい。
目立つので今回はなしにした。
少し時間を開けて外に出る。
フィムの姿はすでにフロアにはない。
下に降りたのだろう。
化粧室に向かったはずの女性が一人出て来ないで、別の人間が出てきている状態にはなるが、テーブルに着いた女性たちは手元のスイーツとお喋りに夢中だ。
客も入れ替わり立ち替わりな様子だし、いちいち気にする人もいないはず。
私は自分にそう言い聞かせてあえてのんびりとした足取りで階下に降りた。
俯いてカウンターの前を通りすぎ店を出ると、フィムを乗せた馬車は走り出した後。
(上手くいったね!)
よし、とこっそりガッツポーズをしてから、私は自分も道を歩き出した。
(えーと、チロさんの宿は……)
確か庶民街の中心近く。
ここからだと歩きで10分ほどか。
迷子がちょっと不安だ。
一人で街を歩いたことほぼないからね。
知らない場所だし。
私は少し考えて馬車道を反れて路地に入った。
人目がないことをきょろきょろ確認してから空を見上げ、手を振る。
私に気付いた鳥さんたちが降りてきてくれるのににっこりして「悪いけど誰かチロさんの宿を知っているかしら?」と尋ねた。
鳥さんに案内してもらったチロさんが看板犬な宿屋は小さいけど小綺麗な印象の一軒家といった感じの建物で、戸口に『ピスタの宿屋』という看板があった。
私は宿に入る前にまたも人目を避けて店と店の隙間に入り込む。
昼間で良かった。
夜だと人目のない路地裏なんて危なすぎだものね。
そんなことを思いながら口では影の中の白王を呼び出す。
「白王、人の姿になってこれ着てちょうだい」
そう言って渡したのはここに来るまでに買っておいたフード付きのマント。
「わかった」
俯いた白王がマントを羽織っている間に私も自分の頭を直して髪をきっちり帽子の中に押し込んでおく。
フードを深く被って顔を隠した白王と二人、宿に入って二部屋を三日借りた。
白王と私で別に一部屋ずつである。
自分の使い魔とはいえ、いきなりファーストキスを奪ってくれた相手と同じ部屋では寝ない。
というか私は少しばかり怒っている。
受付の対応を白王に任せたのだが、こやつ二部屋でと言っておいたにも関わらず一部屋と言いかけたので、思いきり脇腹をつねっておいた。
(まったく)
要注意だね!
部屋に入るとふっ、と力が抜けてベッドに座りこんだ。
とさ、と手に持っていた大きな袋が床に落ちた。
白王のマントと共に買っておいたもの。
中身は服がいくつかと鞣して柔らかくした皮の靴。
それと20センチサイズの立てて置ける鏡に手のひらサイズの短いナイフ。
私はよいしょっと腰を上げると鏡を取り出して備え付けられた小さなテーブルに乗せた。
この世界。特にグランファリアでは女性が短髪をしていることはあまりない。
庶民でも若い女性は大抵肩よりも長い。
まして貴族の令嬢なら、まずあり得ない。
だからこそ。
教会の人間も私が髪を切るとは思わないはず。
貴族の令嬢らしい、長い金髪の少女を探すはず。
実際、貴族の令嬢が髪を短く切るなんて、恥さらしもいいとこだからね。
短髪が基本の修道院でさえ、貴族出身の女性は長髪を許されているらしい。
でも私は元日本人で、庶民だ。
ショートヘアーにしたことなんて何度もある。
だから。
(こんなことなんでもないよ!)
ええいと気合いを入れて、手で髪をがっしり掴む。
だけど。
だけど!
この先どうなるのか、私には正直わからない。
聖女として世界を救うことになるのか。
すぐに教会に捕まってしまうのか。
もしかしたら殺されてしまうのか。
けどもし、もしも私が聖女として世界を救ったとしたら。
その後は。
「……教会なんてぶっ潰してやる」
私は小さく口の中で呟きながら、ナイフの刃を掴んだ髪の根元にあてて、一息に引いた。
ザク、と音を立てて切られた金色の髪の束が床に落ちて散らばる。
私はそれを見ずにシャクシャクとナイフの刃を髪に当てて滑らせ続けた。
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