脳筋令嬢は三度目の恋をする。

黒田悠月

文字の大きさ
10 / 13
少女期① 神殿編。

2

しおりを挟む
 魔力を持つ人間は総じて長寿だ。  
 この国の平民の平均寿命は60歳前後。
 比べ魔力を持つ貴族の平均寿命は200を優に越える。特に魔力の多い王族や魔法師長クラスになると過去には300歳を越えた人間もいるという。
 例外には《神使》と呼ばれる存在があるが、その数は一国に数人いるかどうか。

 魔力持ちは成人ーー平民ならば14歳。
 貴族ならば16歳の辺りを境に成長が緩やかになり、早ければ20代の前半から遅くとも30代の後半辺りの年齢で一度完全に成長が止まる。
 一説では心体が一番充実している時期が長く続くのだというが真実かは定かではない。
 そうして寿命が後10年程の時期を向かえるとその十年の間でジワジワとまた年を取り始める。
 そうはいっても腰の曲がった老人にはならない。
 だいたい50代前後の姿で寿命を迎えるようだ。

 リリアは短くとも後100程は今のまま20代の姿で生きるのだろうし、スカーレットもまた後何年かすれば成長が止まって長く生きるのだろう。
 前世のように寿命を迎える前に死ななければだが。


 瀟洒で繊細な彫刻の施された建物に入り、長い廊下を歩いていく。
 街の中には神殿が3つある。
 一つは中級以上の貴族神官たちが所属する蒼の神殿。 
 一つは中級以下の貴族神官と一部の裕福な平民出身の神官が所属する翠の神殿。
 最後の一つが、スカーレットのような神官見習いと平民出身の神官が所属する緋の神殿である。

 建物の正面上部に張り出すバルコニーからは、それぞれ蒼、翠、緋の巨大な幕が垂らされている。

 奥に向かって廊下を歩いていると、幾人もの子供たちがスカーレットとリリアの姿を見て端に寄ると跪き頭を下げる。
 揃いの白い神官服を身に付けた子供たちは下は5、6歳から10歳まで。
 まだそれぞれ家族の元からここへ来たばかりの子供たちだ。
 神殿に迎えられたばかりの子供たちが最初に行うお勤めは神殿内部の床掃除である。
 10歳を過ぎると午前中は文字や数の計算を勉強し、昼からは祭壇の掃除を行った後で礼儀作法やそれぞれに合った楽器や絵画、踊りや裁縫や歌を教わる。
 14歳を過ぎると見習いから正式な神官となりそのまま緋の神殿に残る者、蒼や翠の神殿に上がってそれぞれの神殿の貴族神官に仕える者、楽器や歌、踊りを極め楽士あるいは舞技神官になる者、地方の町や村の教会へ派遣される者と別れる。

 ごく一部の例外ーー特に魔力が多いと判断された者。そのために《神使》の可能性があると見做された者。
《神使》とはその呼び名の通り“神の使い”。
 神によって選ばれ特別な加護を与えられた者。
 身体のいずこかに御印を戴く者。

 スカーレット・オーギュスは《神使》だった。
 与えられた加護は“特別な瞳”。

 また今のスカーレットも《神使》である。 
 加護と御印は成人の儀の後、およそ7日以内に与えられる。
 前世のスカーレットなら2日後の朝に突然見える景色が変わった。
 まるでほんの少し先の未来を見ているかのように行くべき道、その道筋が見える。
 戦場に於いては特に顕著で、どれだけ入り組んだ森の中でも、乱戦の最中でもスカーレットの瞳には自身がどう動くべきか、どちらへ向かうべきか、その道筋が光りの帯となって見えた。
 まだ成人していない今のスカーレットには御印も加護もない。
 それでもスカーレットはこの神殿内で誰よりも《神使》の可能性が高いと想定され、扱われているし、スカーレット自身も多分そうなんだろうなぁ、と思っていた。

 何故ならスカーレットの魔力は前世のそれよりも多いくらい。
《神使》に選ばれる者に身分や身体的特徴はないが、一つだけ他と比べて子供の頃から魔力が多いというのがある。

 スカーレットはリリアと共に神殿の奥、祭壇の間の重厚な扉を開く。
 内側には大人の神官が7人。
 スカーレットと同じ年頃の少女が一人。
 14、5歳の少年少女が二人。

 部屋の内には少しばかり段差の高い階段があり、それを上がった上に祭壇がある。
 スカーレットはリリアに手を引かれ、緋の絨毯が敷かれた階段をゆっくりと上がった。

「お勤めを始めます」

 祭壇の傍らで控えていた神官にジュビを肩に掛けられ、神官服を整えられる。

 くるりと振り返ると階下でかしずく神官と少年少女たちに厳かに告げてから、祭壇に向き直った。

 跪き、胸の前で手を合わせる。
 この五年、毎日何度となく行ってきた姿勢はすでに意識せずとも息をするように自然と形作られる。

 祈り。捧げる。
 魔力を。

 それがスカーレットのここでのお勤め。 
 スカーレットに与えられた役目だった。
 


 

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

寵愛の花嫁は毒を愛でる~いじわる義母の陰謀を華麗にスルーして、最愛の公爵様と幸せになります~

紅葉山参
恋愛
アエナは貧しい子爵家から、国の英雄と名高いルーカス公爵の元へと嫁いだ。彼との政略結婚は、彼の底なしの優しさと、情熱的な寵愛によって、アエナにとってかけがえのない幸福となった。しかし、その幸福を妬み、毎日のように粘着質ないじめを繰り返す者が一人、それは夫の継母であるユーカ夫人である。 「たかが子爵の娘が、公爵家の奥様面など」 ユーカ様はそう言って、私に次から次へと理不尽な嫌がらせを仕掛けてくる。大切な食器を隠したり、ルーカス様に嘘の告げ口をしたり、社交界で恥をかかせようとしたり。 だが、私は決して挫けない。愛する公爵様との穏やかな日々を守るため、そして何より、彼が大切な家族と信じているユーカ様を悲しませないためにも、私はこの毒を静かに受け流すことに決めたのだ。 誰も気づかないほど巧妙に、いじめを優雅にスルーするアエナ。公爵であるあなたに心配をかけまいと、彼女は今日も微笑みを絶やさない。しかし、毒は徐々に、確実に、その濃度を増していく。ついに義母は、アエナの命に関わるような、取り返しのつかない大罪に手を染めてしまう。 愛と策略、そして運命の結末。この溺愛系ヒロインが、華麗なるスルー術で、最愛の公爵様との未来を掴み取る、痛快でロマンティックな物語の幕開けです。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

【本編,番外編完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る

金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。 ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの? お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。 ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。 少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。 どうしてくれるのよ。 ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ! 腹立つわ〜。 舞台は独自の世界です。 ご都合主義です。 緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。

【完結】前代未聞の婚約破棄~なぜあなたが言うの?~【長編】

暖夢 由
恋愛
「サリー・ナシェルカ伯爵令嬢、あなたの婚約は破棄いたします!」 高らかに宣言された婚約破棄の言葉。 ドルマン侯爵主催のガーデンパーティーの庭にその声は響き渡った。 でもその婚約破棄、どうしてあなたが言うのですか? ********* 以前投稿した小説を長編版にリメイクして投稿しております。 内容も少し変わっておりますので、お楽し頂ければ嬉しいです。

誰でもイイけど、お前は無いわw

猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。 同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。 見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、 「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」 と言われてしまう。

ゲームには参加しません! ―悪役を回避して無事逃れたと思ったのに―

冬野月子
恋愛
侯爵令嬢クリスティナは、ここが前世で遊んだ学園ゲームの世界だと気づいた。そして自分がヒロインのライバルで悪役となる立場だと。 のんびり暮らしたいクリスティナはゲームとは関わらないことに決めた。設定通りに王太子の婚約者にはなってしまったけれど、ゲームを回避して婚約も解消。平穏な生活を手に入れたと思っていた。 けれど何故か義弟から求婚され、元婚約者もアプローチしてきて、さらに……。 ※小説家になろう・カクヨムにも投稿しています。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

【完結】引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。

千紫万紅
恋愛
男爵令嬢アイリスは15歳の若さで冷徹公爵と噂される男のお飾りの妻になり公爵家の領地に軟禁同然の生活を強いられる事になった。 だがその3年後、冷徹公爵ラファエルに突然王都に呼び出されたアイリスは「女性として愛するつもりは無いと」言っていた冷徹公爵に、「君とはこれから愛し合う夫婦になりたいと」宣言されて。 いやでも、貴方……美人な平民の恋人いませんでしたっけ……? と、お飾りの妻生活を謳歌していた 引きこもり はとても嫌そうな顔をした。

処理中です...