公爵夫人が生まれ変わったのは最愛の娘の妹でした。

黒田悠月

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中編

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ふ、と私は王太子バカの臭い胸に顔を隠してひっそりと笑う。

まったくずいぶんと皮肉が効いている。
夫とは“公爵家の血筋を残せる”可能性が高い。その一点で結婚をした。
結婚前も結婚後もお互いに恋愛感情らしきものは欠片も持ち合わせてはいなかった。
この国の人間は魔力と呼ばれるものを持つ。
魔力には一人一人違う波長が合って、それが上手く重なり合う人間とほど、子供が生まれやすい。

近親婚を繰り返して出生率の落ちた王族と高位貴族では、恋愛感情だの政略だのの前に、血筋と子供が生まれやすいかが優先される。
夫はその昔に公爵家の娘が嫁いだ候爵家の娘が伯爵家に嫁いで生んだ息子の孫。
ずいぶんと薄まってはいるが、わずかながらも公爵家の血筋を引いてはいる。それ以上高位の家に私と合う魔力の人間がいなかったため、我が家は夫を婿として迎えた。

子供を生み、血を残すため。
ただそれだけのための結婚だから、仮面夫婦ですらある必要がない。

私たちはどちらもこの国のためにカルディ公爵家の血筋を繋げるための道具。

だから子供さえ作ってくれれば他には何も望まなかった。
外に女性を作ってもいいし、遊び呆けてくれてもいい。

そんな関係だから、夫に愛人がいるという噂を聞いてもそうか、というくらいにしか思わなかった。
今にして思えば、チクリとくらいは胸も痛んでいた気はするが、たぶん私はとっくにどこか壊れていたのだ。
生まれた時から、私という存在は公爵家の血筋を残すためだけの道具だった。
父母も似たようなものだったし、祖父母もそうだった。

私はきっと子供が出来てもその子を愛することはできないのだろう。

ボンヤリとそんな風に思っていた。


そんな結婚ニ年目で、私は妊娠した。

4ヶ月に入る頃に、公爵であった私の父が死んだ。
大雨の夜に乗っていた馬車が橋から落ちたらしい。
ぬかるみに車輪を取られ転倒したのだろうと言われたが、いったい何故そんな雨の中を外に出かけたのか、誰かに呼び出されたのではないか、と言う人もいたが実際のところはわからないまま葬儀を終えた。

悪阻が重く、貧血気味で体調を崩していた私は葬儀に出れなかった。
それまでは最低限夫婦の体裁は保っていたように思う夫の態度があからさまに私を蔑ろになり始めたのも、ちょうどその頃から。

公爵夫人であった母は私が結婚するよりも前に病で亡くなっている。
そのため、父が亡くなった以上一人娘であった私が公爵位と家を継ぐことになるのだが。

夫は私が体調を崩している間に当主代理として公爵位の移動から財産の管理まで、あらゆる手続きを終えていた。
まるで以前から準備が成されていたかのように、私が少し体調を回復させるまでの間に、本来なら私が継ぐはずだった公爵家のすべては夫の手の中にあった。


問いただそうにも私は安静を理由に安定期に入っても部屋に閉じ込められるような毎日。夫はどうやらほとんど邸には帰ってこないようで、ほんの時折顔を見る程度。
その時も私には一言の挨拶もなく私が何かを言う暇もない。
さすがに問題かと思いつつも、とにかくこの時は無事に出産を乗り切ることが先決だった。

思えば、この時に私は動くべきだったのだ。
たとえ強引に離縁してでも、夫から公爵家の実権を奪うべきだった。




それは安定期に入ってお腹も大きく目立ち始めた頃。
私は大きなお腹を抱えて夫とともにとある夜会に出席した。
夫は私を夜会どころか部屋からも出したくはないようだったが、その日の夜会は我が家と同じ4大公爵家。
安易にお断りすることもできなかったのだ。

楽団が重奏を奏で、きらびやかなシャンデリアと夫人たちが身に着けた宝石たちが輝くなか、入場時だけエスコートした夫に会場の隅に設けられたソファに置き去りにされた。
お腹が張り出るにつれ、腰が頻繁に痛むようになった。
だから、ソファに座っていられるのは楽でいい。
いいのだが、夫はいったいどこに消えたのやら、会場を見回して見ても姿がない。
給仕からドリンクを受け取り、何気なく前を眺めていた。

ーーその時。

トン、と軽い衝撃があった。
トン、トン、とお腹のあたり。

お腹の子がお腹を中から蹴ることがあるというのは聞いていた。
けれどもこれまではそれらしい刺激はなくて、私には初めての刺激だった。

そっとお腹に手で触れてみる。
と、またも小さな衝撃があった。
軽い、ほんの小さなもの。

不思議だった。
私はこれまで自分が妊娠して、お腹が大きくなってきていてさえ、自分が子供を愛することはないだろうと思っていた。

夫を愛しているわけでなし、子を成すことはあくまでも貴族としての義務。


人に愛されたという記憶がない私に、愛情というものがよくわからない、たぶん自分にはないものだと思っていた私に、人を愛することなどきっと出来はしないと思っていた。

けれどならこの温かいものはなんなのだろうか。
じんわりと、お腹から胸に広がっていく、込み上げてくる気持ちはなんだろうか。

ふと、視界に見つめ合いながらダンスを踊る青年と少女が映る。
愛しげに手を取り合い見つめ合いながらクルクルと回る二人は確か婚約者同士であったはず。

同じはずなのに。
私と同じ、二人もまた子供を作る国の道具のはず。

なのにあんなにも幸せそうなのは何故か。
ああ、違う。
あの二人は道具である前に愛し合う恋人同士なのだ。
だから、あんなにも幸せに見えるのだ。


羨ましい。

私はなんて愚かだったのか。
本当は憧れていたのに。
私だって誰かに愛されたかった。
誰かを愛したかった。

自分たちは道具だと、血を残すためだけの結婚だと言いながら本当は夫に愛してほしかった。
愛情というものを教えてほしかった。
愛させてほしかった。

今更気づいても遅い。
夫はもう私をちゃんと見ることさえないだろう。
仮面夫婦でさえない。

私はお腹を両手で抱きしめながら、俯いた。
せめて、この子のことは愛そう。
この胸にある気持ちを誤魔化さず、蓋をせず、ちゃんと認めよう。

私はそう決意して、臨月に娘を生んでーーそしてその後すぐに死んだ。




次に私が私を自覚した時、私は物心ついたばかりの子供で、私のそばには私には優しい父と母と、虐げられ、ボロボロになった私の娘がいた。

まったく皮肉な話だ。
初めて愛したいと願ったのに、私こそがあの子を誰よりも傷つける。

最後に願った夫への言葉は、

「あの娘を幸せにして」

頷いたはずの夫の応えは。
私の目の前で、嘘であったと証明され続けている。
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