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第四章 《影を描く写真家》
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アルセナ美術館の一室で、新しい写真展の準備が進んでいた。
タイトルは《光と影》。
若手写真家・三上恭一の個展であり、彼が遺した最後の作品群が並ぶ予定だった。
――“遺した”、というのは、
展示の三日前、三上が自宅で死体となって発見されたからだ。
死因は転落死。
だが奇妙なことに、彼の部屋には割れたカメラと、現像途中のフィルムが残されていた。
警察は事故死として処理したが、私は美術館側の依頼で調査に乗り出した。
---
展示準備を担当していたのは、案内係の斎藤美咲。
彼女はどこか疲れた表情を浮かべていた。
「翔太さん、彼の写真……見たことあります?」
「いくつか。独特のコントラストが印象的だった。」
「でも今回のシリーズは違うんです。すべての被写体が、“撮られた数日後に亡くなっている”んです。」
私は息を呑んだ。
「それは偶然では?」
「最初はそう思いました。でも、彼自身もそのことに怯えていたようで……。」
三上の遺作の中には、最後に撮影した一枚――《最後の光景》というタイトルの写真があった。
現像されたのは、彼が亡くなった翌朝。
被写体は、自分自身だった。
---
私は三上のアトリエを訪ねた。
整理途中の机の上には、黒いノートが置かれていた。
ページの端には、こう書かれている。
> 「影が先に写る。
そして、影が消えたあと、被写体も消える。」
ページをめくるたびに、奇妙なスケッチが続く。
人影が少しずつ薄れていく連続写真のような絵。
その最後のページには、自分の後ろ姿が描かれていた。
――背後の影だけが、なかった。
---
美術館の準備室に戻り、私は彼のカメラを調べた。
古いフィルム式の一眼レフ。
だが内部には通常ではあり得ない“改造”が施されていた。
シャッター横に小さな装置が取り付けられ、
撮影時に極めて短い赤外線パルスを発する仕組みだ。
「これは……被写体の熱反応を同時に撮影する装置だ。」
「熱反応?」
「つまり、生命活動を映す。
体温があるものは光として写り、死体は影になる。」
だが問題は、
三上がこの装置を使って“未来の状態”を写していた可能性だった。
赤外線センサーのタイマー部分を確認すると、
撮影時刻とは別の“予測時間データ”が入力されていた。
つまり、シャッターを切った瞬間の被写体ではなく、
未来の映像をシミュレートして撮る設計になっていたのだ。
「未来を写すカメラ」――
そう呼ばれてもおかしくはない。
---
その晩、私は展示準備中の写真を確認した。
並ぶ作品はどれも静謐で、光と影のバランスが完璧だった。
だが、一枚だけ異様なものがあった。
タイトル《No.13》。
黒い壁を背景に、人物の姿が半分だけ写っている。
左側の顔が欠け、影だけが濃く残っている。
キャプションには“被写体:S.M.”とあった。
「……斎藤美咲?」
私は息を詰めた。
「この写真、あなたですよね?」
私が問いかけると、斎藤は青ざめた。
「はい。でも撮影されたのは二週間前です。
三上さんが“最後のモデルになってくれ”って言って……。」
「撮影の後、何か異変は?」
「ええ……夜、鏡を見ると、影が薄くなっていく気がして。
それに、彼からメールが届いたんです。
“影を撮った。次は消える順番だ”って。」
私は展示室の照明を落とし、写真をライトで照らした。
暗闇の中で浮かび上がる影。
だがその“影”は奇妙な形をしていた。
――まるで、三上本人の姿に見えたのだ。
---
翌日、私は三上の現像データを解析した。
撮影時刻:10月3日 22時15分
被写体:斎藤美咲
だが、データの最後に記録されていた画像情報は、
まったく別の人物の輪郭を示していた。
解析の結果、それは――三上恭一自身だった。
彼は、斎藤を撮る際に“自分の影”を投影していたのだ。
カメラの赤外線発光装置を逆転させ、
被写体の背後に自分の熱反応を映し込む。
その結果、写真には“斎藤と三上の影”が重なって写った。
「つまり、彼は“影を交換する”実験をしていたんです。」
私は館長に説明した。
「彼は自分の存在を写真に封じようとした。
被写体の影を奪い、自分の影を残す。
だから写真には、彼の死後も“生きた影”が残っていた。」
「では、あの《No.13》は……?」
「三上が自分の死を予告した作品です。
斎藤の影に、自分を移すことで“永遠の被写体”になろうとした。」
---
三上の死因は、屋上からの転落。
しかし検証の結果、転落の直前にカメラを構えていた形跡があった。
最後のフィルムには、
夜の街を見下ろす構図と、自分の足元の影が写っていた。
その影は、途中で途切れている。
――まるで、落ちていく瞬間に“影だけが残った”かのように。
---
写真展は予定どおり開かれたが、
《No.13》だけは展示リストから外された。
しかし、奇妙な噂が広がった。
深夜、展示室に入ると、壁に“もうひとつの影”が浮かび上がるという。
まるで、シャッターを切る瞬間を今も待っているかのように。
斎藤はその後、辞職願を出した。
「もう、影に見られるのは嫌なんです」と言い残して。
私は最後に、封印された《No.13》をもう一度だけ見た。
薄暗い部屋で、光に照らされたその影は――
確かに、私の肩越しに笑っているように見えた。
タイトルは《光と影》。
若手写真家・三上恭一の個展であり、彼が遺した最後の作品群が並ぶ予定だった。
――“遺した”、というのは、
展示の三日前、三上が自宅で死体となって発見されたからだ。
死因は転落死。
だが奇妙なことに、彼の部屋には割れたカメラと、現像途中のフィルムが残されていた。
警察は事故死として処理したが、私は美術館側の依頼で調査に乗り出した。
---
展示準備を担当していたのは、案内係の斎藤美咲。
彼女はどこか疲れた表情を浮かべていた。
「翔太さん、彼の写真……見たことあります?」
「いくつか。独特のコントラストが印象的だった。」
「でも今回のシリーズは違うんです。すべての被写体が、“撮られた数日後に亡くなっている”んです。」
私は息を呑んだ。
「それは偶然では?」
「最初はそう思いました。でも、彼自身もそのことに怯えていたようで……。」
三上の遺作の中には、最後に撮影した一枚――《最後の光景》というタイトルの写真があった。
現像されたのは、彼が亡くなった翌朝。
被写体は、自分自身だった。
---
私は三上のアトリエを訪ねた。
整理途中の机の上には、黒いノートが置かれていた。
ページの端には、こう書かれている。
> 「影が先に写る。
そして、影が消えたあと、被写体も消える。」
ページをめくるたびに、奇妙なスケッチが続く。
人影が少しずつ薄れていく連続写真のような絵。
その最後のページには、自分の後ろ姿が描かれていた。
――背後の影だけが、なかった。
---
美術館の準備室に戻り、私は彼のカメラを調べた。
古いフィルム式の一眼レフ。
だが内部には通常ではあり得ない“改造”が施されていた。
シャッター横に小さな装置が取り付けられ、
撮影時に極めて短い赤外線パルスを発する仕組みだ。
「これは……被写体の熱反応を同時に撮影する装置だ。」
「熱反応?」
「つまり、生命活動を映す。
体温があるものは光として写り、死体は影になる。」
だが問題は、
三上がこの装置を使って“未来の状態”を写していた可能性だった。
赤外線センサーのタイマー部分を確認すると、
撮影時刻とは別の“予測時間データ”が入力されていた。
つまり、シャッターを切った瞬間の被写体ではなく、
未来の映像をシミュレートして撮る設計になっていたのだ。
「未来を写すカメラ」――
そう呼ばれてもおかしくはない。
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その晩、私は展示準備中の写真を確認した。
並ぶ作品はどれも静謐で、光と影のバランスが完璧だった。
だが、一枚だけ異様なものがあった。
タイトル《No.13》。
黒い壁を背景に、人物の姿が半分だけ写っている。
左側の顔が欠け、影だけが濃く残っている。
キャプションには“被写体:S.M.”とあった。
「……斎藤美咲?」
私は息を詰めた。
「この写真、あなたですよね?」
私が問いかけると、斎藤は青ざめた。
「はい。でも撮影されたのは二週間前です。
三上さんが“最後のモデルになってくれ”って言って……。」
「撮影の後、何か異変は?」
「ええ……夜、鏡を見ると、影が薄くなっていく気がして。
それに、彼からメールが届いたんです。
“影を撮った。次は消える順番だ”って。」
私は展示室の照明を落とし、写真をライトで照らした。
暗闇の中で浮かび上がる影。
だがその“影”は奇妙な形をしていた。
――まるで、三上本人の姿に見えたのだ。
---
翌日、私は三上の現像データを解析した。
撮影時刻:10月3日 22時15分
被写体:斎藤美咲
だが、データの最後に記録されていた画像情報は、
まったく別の人物の輪郭を示していた。
解析の結果、それは――三上恭一自身だった。
彼は、斎藤を撮る際に“自分の影”を投影していたのだ。
カメラの赤外線発光装置を逆転させ、
被写体の背後に自分の熱反応を映し込む。
その結果、写真には“斎藤と三上の影”が重なって写った。
「つまり、彼は“影を交換する”実験をしていたんです。」
私は館長に説明した。
「彼は自分の存在を写真に封じようとした。
被写体の影を奪い、自分の影を残す。
だから写真には、彼の死後も“生きた影”が残っていた。」
「では、あの《No.13》は……?」
「三上が自分の死を予告した作品です。
斎藤の影に、自分を移すことで“永遠の被写体”になろうとした。」
---
三上の死因は、屋上からの転落。
しかし検証の結果、転落の直前にカメラを構えていた形跡があった。
最後のフィルムには、
夜の街を見下ろす構図と、自分の足元の影が写っていた。
その影は、途中で途切れている。
――まるで、落ちていく瞬間に“影だけが残った”かのように。
---
写真展は予定どおり開かれたが、
《No.13》だけは展示リストから外された。
しかし、奇妙な噂が広がった。
深夜、展示室に入ると、壁に“もうひとつの影”が浮かび上がるという。
まるで、シャッターを切る瞬間を今も待っているかのように。
斎藤はその後、辞職願を出した。
「もう、影に見られるのは嫌なんです」と言い残して。
私は最後に、封印された《No.13》をもう一度だけ見た。
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確かに、私の肩越しに笑っているように見えた。
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