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第2章 翠玉の英雄と復讐の黒
2-3 山道での一幕 下
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少し広い円形の空間。
廊下(?)と比べて明るいこの場所には、僕とシアを含めて五人の姿があった。
一人は、直線状に立つ男。
焦げ茶色の髪をさっくばらんに切り、頬に大きな傷跡を残す大男だ。
髪と同色のジャケットを巨大なベルトで押さえ、機動性を高めた服装をしていた。
腰のベルトには一振りの短剣。
下っ端が使っていたものより少しだけリーチが長いようだ。
巨大な戦斧を地面に突き立て、その柄頭を両手で支えながら僕の事を睨み据えている。
間違いなくアレが山賊の親玉だろう。
その余裕な雰囲気からは、彼が自分の実力に自信を持っているのを感じさせてくる。
いや、事実あの大男は強いのだろう。今まで倒してきた下っ端とは一線を画している。
それは間違いない。どうして山賊なんてやっているのだろう。
彼くらいの実力があれば、きっと冒険者として良い所までやっていけるだろうに。甚だ疑問だ。
――まあ大方、なにかやらかしたとかだと思うけど。
彼は僕が来ている事を察していた。
なら何故前に出てきて、仲間の山賊を助けようとしなかったのか。
女二人の監視、という理由もあるだろう。
でも一番の理由はおそらく、あの巨大な戦斧。あの狭い道では、存分に振り回す事は出来ない。
ここも大して広くないけれど、通路よりはマシだ。
「――随分と威勢がいいガキじゃねえか」
大男が放った『ガキ』の二文字に軽く苛立ちを覚えるが、それを無視して視線を動かす。
残る二人を視野に入れた直後、後ろから蹴りを入れられた。
あまり強くはない。何かを咎める様な、そんな意図を感じる。
言うまでもなく、背後に立っていたシアのものだ。
「痛いから」
「いいからフェンリットはあの大男だけを見ていてください。女性の裸が見たいのならば、私がいくらでも見せてあげましょう」
「……、」
拉致された二人の女性は、裸にひん剥かれて鋼鉄の鎖に繋がれていた。
何も着ていない。生まれたままの状態だ。一瞬見ただけで分かるくらい、身体は土埃で汚れている。少々の血の滲みも伺えた。
彼女らの装備品らしきものは、大男の立つその向こうに置かれている。
直剣、杖、軽鎧、ローブ……下着類。それらがまとめて放り投げられていた。
一人は目を見開いてこちらを凝視している。
一人はそんな気力も出ないのか、俯いたままだった。
正直目に毒なので、シアに言われなくとも凝視するつもりなんてなかった。だからこそ、蹴られたのが余計腑に落ちない。
お前の方こそ、と咎める口調で言う。
「守護獣っていうのは主の背中を蹴ったりしないものだと思うんだけど。守護どころか攻撃してきてるんだけど」
「私は特別ですから」
「勝手に自分を優遇するな」
守護獣を名乗るくせに主人に攻撃するとかどういう領分なんだろう。
ともあれ、そろそろ親玉さんの相手をしなければブッチンしかねない。
感情的になってくれた方がやりやすいと思うけれど、暴れまわって天井が崩落なんてしたら嫌だし。
本当なら、奴の自信を根幹から叩きのめしてやりたいところだ。
全ての攻撃を躱し、少しづつダメージを与えて、じわじわと。
しかしそんな時間は勿体ないし、あまり派手に動き回って潰れるのも御免だ。
迅速に、かつ徹底的に、奴を無力化しよう。
その前に、
「一つ尋ねたいのですが」
「あ?」
「この魔力の乱れは、なんらかの法具によるものですね?」
この空間は意図的に魔力の流れが乱されている。
空間中の『器』が安定していない。
そして、魔術を使おうとすると襲いくる阻害感。魔力を充填する際に邪魔が入る感覚だ。
言うなれば、コップへ水を綺麗に注ぎたいのに、ピッチャーを持つ手を揺らされて上手く注げないような。そんな違和感。
この部屋に踏み出した時、真っ先に感じたのがこれだ。
術式演算能力が低い魔術師にとっては酷な空間だろう。
捕まっている女性の片割れはおそらく魔術師だ。奥に見える杖がそれを示している。
それでも鎖を破壊できないのは、魔術を使えないからかもしれない。
単純に、術式威力も術式使用の意思も足りない可能性もあるが。
男はニヤリと表情を歪め、
「――ほう。貴様、魔術師か」
問いに対する否定は返ってこない。
肯定もないけれど、間違いなく【法具】《アーティファクト》だろう。
山賊がどうしてこんな代物を持っているのか。
これがあれば、おおよその下位魔術師はただの人間に成り下がるはずだ。
疑問を覚えつつ、僕は答えた。
「ええ、まあ、一応。なのでどうにも、この魔力の乱れが鬱陶しくてですね。出来るなら止めてもらいたいのですが」
「はんッ! 言われて素直に『はいそうですか』って止めると思うのかよ?」
肩を竦めて嘲笑してみせる親玉。
この男、余裕である。この場が魔術師にとって厳しい環境だと知っているからだろう。
僕がロクに魔術を使えず、焦ってるようにでも見えるのか。
片腹痛い。
「まあ無理にとは言いませんよ。……合っても無くても同じなので」
「は?」
まずはそこから折っていこう。
大男の呆けた声を聴きながら、僕はシークエンスを開始する。
空間中を乱れに乱れる『風器』を的確に集め、術式を展開した。
「刃よ走れ《フロウ・スパーダ》」
幾つかの風の刃が駆ける。
鋭利な音を発しながら進んだ刃は、女性たちを拘束する鎖に直撃した。
手を拘束するもの、足を拘束するもの、地面に繋ぎ止めてあったもの、それら全てを断ち切った。
「フェンリット、狙いを定める時、見ましたよね」
「あーはいはいうるさいなあもう」
シアはそう言いながらも、解放された女性二人の元へと歩み寄る。
大男は動かない。動けない。僕を見て、驚愕を表情に張り付け、戦斧を握る力を強くするだけ。
牽制の意味も込めて、僕は声を掛けた。
「どうしたんですか? そんな驚いた表情をして」
「……貴様、何故魔術を」
「言ったでしょう? 合っても無くても変わらないって」
強化術を行使。
魔術は使わない。
魔力を活性化させる事で身体能力を底上げし、地面を蹴る。
直線上。
大男の懐目掛けて突き進む。
即座に反応した大男は戦斧を構えた。
なるほど、その切り替えや良し。
上段から叩き付けるように振り下ろされた戦斧を半身で避けた。
その腕を裏拳で殴り付ける。
腕を弾くのと同時、苦悶の声が聞こえてきた。
歯を食いしばる大男の表情へ視線を向け、呟く。
「貴方では僕に勝てない」
大男は負けじと、弾かれた腕を引き戻して横薙ぎの一閃を繰り出す。
巨大な戦斧が生み出す威圧は凄まじいものだ。
彼の膂力と相まって、余計に凄みが増している。
でも、力が強いだけじゃ駄目なんだよ。
真上に跳躍した僕は、底上げされた動体視力で戦斧の刃を注視する。
真下を通過する瞬間に、右足を突き出した。
ゴッ‼ という轟音が炸裂した。
戦斧を地面に叩きつけたのだ。
地面が揺れる。
天井から土埃が降ってくる。
刃の上で崩落の可能性に軽く焦っていた僕は、それをおくびに出さず、戦斧の柄を握る大男の手を蹴り飛ばした。
「がッ!?」
吠える様な悲鳴と同時、手に持っていた戦斧が弾き飛ばされた。
より重い斧頭を重心に回転しながら地面を転がった戦斧は、シアの足元で止まる。
彼女は無言でそれを踏みつけると、再び傍観の意思を示す。
これで得物は奪った。
僕が蹴った手の甲を押さえ、後ろに下がる大男。
背中が壁にギリギリ触れない位置で僕を睨み据えてくる。
その表情には、怒り、焦り、その他いくつもの負の感情が宿っていた。
……これではまるで僕が悪役のようではないか。
そんなことを思いながら、僕は大男へ向けて駆け出す。
奴はベルトに差していた短剣の柄を握り、勢いよく抜き放つ。
彼に腕に比べれば細く短い銀の刃が、松明の赤い灯りを反射させた。
同時に、その刀身を雷が帯びていく。
やはりあれも【攻為法具】か。
奴は僕を忌々しげに睨み付け、その短剣を構えて向かってくる。
突き。斬り下ろし。横薙ぎ。
間合いが短いながらも、大男は確実に直撃する距離から攻撃してくる。
僕は冷静に、身を捻り、半身になり、後退することでそれらを避けては、拳による一撃をお見舞いしていく。
肉体強化を使ってるからか、随分と堅い。
こっちの手が痛いまであった。
とはいえノーダメージと言うわけでは無さそうで、殴る度に顔をしかめている。
それを紛らすように次々と斬りつけてくる。
脇腹を抉るような軌道の一撃。
脳天をかち割る力任せの振りおろし。
目玉をくり貫く一突き。
しかし、それらは切っ先一つ掠らない。刃の一つ触れもしない。髪の一本斬れはしない。
あの雷付与《エンチャント》は当たれば大きなダメージになるのだろう。
だけど、当たらなければ問題はない。
次第に荒れていく攻撃を全てを避け、僕は拳を叩き込む。
「クソ、クソがァッ‼」
「耳元で大声を出すのは」
横薙ぎに振るわれた短剣を、身を屈めて避ける。
そのまま身を捻りながら真上に跳躍。
「やめてください」
勢いをつけ、空中で回し蹴りを繰り出した。
それは大男が咄嗟に交差させた両腕に阻まれるも、鈍い音を発しながら巨体を弾き飛ばす。
ドガガガッ! と地面を削りながらゆっくりと静止すると、大男は低い声で唸るように言ってきた。
「貴様、魔術師じゃないのか……!?」
「魔術師ですよ」
駆ける。
一直線に。
「でも、魔術師が近接格闘を得意にしてはいけない、なんてルールはないでしょう?」
「――クソッタレがァァァあああああああああ‼」
一撃も攻撃を当てられず、ヤケクソになったか。
雄叫びとも悲鳴とも呼べる怒鳴り声を上げて、短剣を振りかぶった。
かなりダメージが蓄積しているようで、その動きも初めに比べれば緩慢だ。
でも、逃げようとはしない。
――ホント、なんで山賊なんてやってんだか。
僕は目前に迫る銀色の刃を避け、大男の懐に潜り込んだ。
鈍い音を発てて、ブーツが硬い地面を削りながら静止する。
左半身の態勢で低く構え、左手を前に出す。
弓の弦を引き絞るように右腕を構える。
「貴方は喧嘩を売る相手を間違えた」
ドッ!! という、肉を撃つ音が炸裂した。
掌底打ち。
勢いよく突きだした右掌が、大男の腹部へと叩きこまれた。
肉体の強化術をしている、それを踏まえた上で死にはしないだろう威力の攻撃。
果たして大男は、無意識にか二歩三歩後退すると、力を失ったように仰向けに倒れた。
廊下(?)と比べて明るいこの場所には、僕とシアを含めて五人の姿があった。
一人は、直線状に立つ男。
焦げ茶色の髪をさっくばらんに切り、頬に大きな傷跡を残す大男だ。
髪と同色のジャケットを巨大なベルトで押さえ、機動性を高めた服装をしていた。
腰のベルトには一振りの短剣。
下っ端が使っていたものより少しだけリーチが長いようだ。
巨大な戦斧を地面に突き立て、その柄頭を両手で支えながら僕の事を睨み据えている。
間違いなくアレが山賊の親玉だろう。
その余裕な雰囲気からは、彼が自分の実力に自信を持っているのを感じさせてくる。
いや、事実あの大男は強いのだろう。今まで倒してきた下っ端とは一線を画している。
それは間違いない。どうして山賊なんてやっているのだろう。
彼くらいの実力があれば、きっと冒険者として良い所までやっていけるだろうに。甚だ疑問だ。
――まあ大方、なにかやらかしたとかだと思うけど。
彼は僕が来ている事を察していた。
なら何故前に出てきて、仲間の山賊を助けようとしなかったのか。
女二人の監視、という理由もあるだろう。
でも一番の理由はおそらく、あの巨大な戦斧。あの狭い道では、存分に振り回す事は出来ない。
ここも大して広くないけれど、通路よりはマシだ。
「――随分と威勢がいいガキじゃねえか」
大男が放った『ガキ』の二文字に軽く苛立ちを覚えるが、それを無視して視線を動かす。
残る二人を視野に入れた直後、後ろから蹴りを入れられた。
あまり強くはない。何かを咎める様な、そんな意図を感じる。
言うまでもなく、背後に立っていたシアのものだ。
「痛いから」
「いいからフェンリットはあの大男だけを見ていてください。女性の裸が見たいのならば、私がいくらでも見せてあげましょう」
「……、」
拉致された二人の女性は、裸にひん剥かれて鋼鉄の鎖に繋がれていた。
何も着ていない。生まれたままの状態だ。一瞬見ただけで分かるくらい、身体は土埃で汚れている。少々の血の滲みも伺えた。
彼女らの装備品らしきものは、大男の立つその向こうに置かれている。
直剣、杖、軽鎧、ローブ……下着類。それらがまとめて放り投げられていた。
一人は目を見開いてこちらを凝視している。
一人はそんな気力も出ないのか、俯いたままだった。
正直目に毒なので、シアに言われなくとも凝視するつもりなんてなかった。だからこそ、蹴られたのが余計腑に落ちない。
お前の方こそ、と咎める口調で言う。
「守護獣っていうのは主の背中を蹴ったりしないものだと思うんだけど。守護どころか攻撃してきてるんだけど」
「私は特別ですから」
「勝手に自分を優遇するな」
守護獣を名乗るくせに主人に攻撃するとかどういう領分なんだろう。
ともあれ、そろそろ親玉さんの相手をしなければブッチンしかねない。
感情的になってくれた方がやりやすいと思うけれど、暴れまわって天井が崩落なんてしたら嫌だし。
本当なら、奴の自信を根幹から叩きのめしてやりたいところだ。
全ての攻撃を躱し、少しづつダメージを与えて、じわじわと。
しかしそんな時間は勿体ないし、あまり派手に動き回って潰れるのも御免だ。
迅速に、かつ徹底的に、奴を無力化しよう。
その前に、
「一つ尋ねたいのですが」
「あ?」
「この魔力の乱れは、なんらかの法具によるものですね?」
この空間は意図的に魔力の流れが乱されている。
空間中の『器』が安定していない。
そして、魔術を使おうとすると襲いくる阻害感。魔力を充填する際に邪魔が入る感覚だ。
言うなれば、コップへ水を綺麗に注ぎたいのに、ピッチャーを持つ手を揺らされて上手く注げないような。そんな違和感。
この部屋に踏み出した時、真っ先に感じたのがこれだ。
術式演算能力が低い魔術師にとっては酷な空間だろう。
捕まっている女性の片割れはおそらく魔術師だ。奥に見える杖がそれを示している。
それでも鎖を破壊できないのは、魔術を使えないからかもしれない。
単純に、術式威力も術式使用の意思も足りない可能性もあるが。
男はニヤリと表情を歪め、
「――ほう。貴様、魔術師か」
問いに対する否定は返ってこない。
肯定もないけれど、間違いなく【法具】《アーティファクト》だろう。
山賊がどうしてこんな代物を持っているのか。
これがあれば、おおよその下位魔術師はただの人間に成り下がるはずだ。
疑問を覚えつつ、僕は答えた。
「ええ、まあ、一応。なのでどうにも、この魔力の乱れが鬱陶しくてですね。出来るなら止めてもらいたいのですが」
「はんッ! 言われて素直に『はいそうですか』って止めると思うのかよ?」
肩を竦めて嘲笑してみせる親玉。
この男、余裕である。この場が魔術師にとって厳しい環境だと知っているからだろう。
僕がロクに魔術を使えず、焦ってるようにでも見えるのか。
片腹痛い。
「まあ無理にとは言いませんよ。……合っても無くても同じなので」
「は?」
まずはそこから折っていこう。
大男の呆けた声を聴きながら、僕はシークエンスを開始する。
空間中を乱れに乱れる『風器』を的確に集め、術式を展開した。
「刃よ走れ《フロウ・スパーダ》」
幾つかの風の刃が駆ける。
鋭利な音を発しながら進んだ刃は、女性たちを拘束する鎖に直撃した。
手を拘束するもの、足を拘束するもの、地面に繋ぎ止めてあったもの、それら全てを断ち切った。
「フェンリット、狙いを定める時、見ましたよね」
「あーはいはいうるさいなあもう」
シアはそう言いながらも、解放された女性二人の元へと歩み寄る。
大男は動かない。動けない。僕を見て、驚愕を表情に張り付け、戦斧を握る力を強くするだけ。
牽制の意味も込めて、僕は声を掛けた。
「どうしたんですか? そんな驚いた表情をして」
「……貴様、何故魔術を」
「言ったでしょう? 合っても無くても変わらないって」
強化術を行使。
魔術は使わない。
魔力を活性化させる事で身体能力を底上げし、地面を蹴る。
直線上。
大男の懐目掛けて突き進む。
即座に反応した大男は戦斧を構えた。
なるほど、その切り替えや良し。
上段から叩き付けるように振り下ろされた戦斧を半身で避けた。
その腕を裏拳で殴り付ける。
腕を弾くのと同時、苦悶の声が聞こえてきた。
歯を食いしばる大男の表情へ視線を向け、呟く。
「貴方では僕に勝てない」
大男は負けじと、弾かれた腕を引き戻して横薙ぎの一閃を繰り出す。
巨大な戦斧が生み出す威圧は凄まじいものだ。
彼の膂力と相まって、余計に凄みが増している。
でも、力が強いだけじゃ駄目なんだよ。
真上に跳躍した僕は、底上げされた動体視力で戦斧の刃を注視する。
真下を通過する瞬間に、右足を突き出した。
ゴッ‼ という轟音が炸裂した。
戦斧を地面に叩きつけたのだ。
地面が揺れる。
天井から土埃が降ってくる。
刃の上で崩落の可能性に軽く焦っていた僕は、それをおくびに出さず、戦斧の柄を握る大男の手を蹴り飛ばした。
「がッ!?」
吠える様な悲鳴と同時、手に持っていた戦斧が弾き飛ばされた。
より重い斧頭を重心に回転しながら地面を転がった戦斧は、シアの足元で止まる。
彼女は無言でそれを踏みつけると、再び傍観の意思を示す。
これで得物は奪った。
僕が蹴った手の甲を押さえ、後ろに下がる大男。
背中が壁にギリギリ触れない位置で僕を睨み据えてくる。
その表情には、怒り、焦り、その他いくつもの負の感情が宿っていた。
……これではまるで僕が悪役のようではないか。
そんなことを思いながら、僕は大男へ向けて駆け出す。
奴はベルトに差していた短剣の柄を握り、勢いよく抜き放つ。
彼に腕に比べれば細く短い銀の刃が、松明の赤い灯りを反射させた。
同時に、その刀身を雷が帯びていく。
やはりあれも【攻為法具】か。
奴は僕を忌々しげに睨み付け、その短剣を構えて向かってくる。
突き。斬り下ろし。横薙ぎ。
間合いが短いながらも、大男は確実に直撃する距離から攻撃してくる。
僕は冷静に、身を捻り、半身になり、後退することでそれらを避けては、拳による一撃をお見舞いしていく。
肉体強化を使ってるからか、随分と堅い。
こっちの手が痛いまであった。
とはいえノーダメージと言うわけでは無さそうで、殴る度に顔をしかめている。
それを紛らすように次々と斬りつけてくる。
脇腹を抉るような軌道の一撃。
脳天をかち割る力任せの振りおろし。
目玉をくり貫く一突き。
しかし、それらは切っ先一つ掠らない。刃の一つ触れもしない。髪の一本斬れはしない。
あの雷付与《エンチャント》は当たれば大きなダメージになるのだろう。
だけど、当たらなければ問題はない。
次第に荒れていく攻撃を全てを避け、僕は拳を叩き込む。
「クソ、クソがァッ‼」
「耳元で大声を出すのは」
横薙ぎに振るわれた短剣を、身を屈めて避ける。
そのまま身を捻りながら真上に跳躍。
「やめてください」
勢いをつけ、空中で回し蹴りを繰り出した。
それは大男が咄嗟に交差させた両腕に阻まれるも、鈍い音を発しながら巨体を弾き飛ばす。
ドガガガッ! と地面を削りながらゆっくりと静止すると、大男は低い声で唸るように言ってきた。
「貴様、魔術師じゃないのか……!?」
「魔術師ですよ」
駆ける。
一直線に。
「でも、魔術師が近接格闘を得意にしてはいけない、なんてルールはないでしょう?」
「――クソッタレがァァァあああああああああ‼」
一撃も攻撃を当てられず、ヤケクソになったか。
雄叫びとも悲鳴とも呼べる怒鳴り声を上げて、短剣を振りかぶった。
かなりダメージが蓄積しているようで、その動きも初めに比べれば緩慢だ。
でも、逃げようとはしない。
――ホント、なんで山賊なんてやってんだか。
僕は目前に迫る銀色の刃を避け、大男の懐に潜り込んだ。
鈍い音を発てて、ブーツが硬い地面を削りながら静止する。
左半身の態勢で低く構え、左手を前に出す。
弓の弦を引き絞るように右腕を構える。
「貴方は喧嘩を売る相手を間違えた」
ドッ!! という、肉を撃つ音が炸裂した。
掌底打ち。
勢いよく突きだした右掌が、大男の腹部へと叩きこまれた。
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