暗躍英雄のアフターライフ

雪乃瀬

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第2章 翠玉の英雄と復讐の黒

2-4 お子様の嗜み

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「――ふう」

 思わず、額の汗を拭うような仕草をとってしまう。
 大男はピクリとも動かない。完全に意識を失っている様子だ。これは間違いないだろう。

 それでも警戒はとかず、大男を避けて部屋の奥へと歩いて行く。
 円形のこの空間、その最奥には、この大男が使っていただろう大きな椅子が置かれている。
 僕はその裏側、部屋の入口からは見えない椅子の後ろを覗き見た。

 そこには、上手く言い表せないような謎の形をしたオブジェが鎮座していた。
 これが、場の魔力を乱す【法具】アーティファクトだろう。

 一体いくつの術式が込められているのかは知らないが、これを制作した魔術師は相当悪趣味で――相当の実力者と伺える。

 製作者が気になる所だが、これを放置していくわけにはいかない。
 強化術で膂力を底上げし、踏み抜く。

 壺が割れるような音と同時に魔力の乱れが直り、【法具】《アーティファクト》が機能停止したことを確認した。

「……さて、これで一件落着かな」

 呟いて、今まで意識的に視野に入れようとしてこなかった方向を向いた。
 視線の先では、既に自分の装備で身を包んだ女性二人と、その隣で静かに僕を見るシアが立っていた。
 そちらに歩み寄りながら言う。

「シア」
「問題ありません。二人の身体に重傷は見当たりませんでした」

 ――いくらシアでも、僕に治癒術式を使わせないために嘘をつくなんて真似はしないはずだ。ならきっと、実際にこの二人は『無事』なのだろう。

 一方は赤紫色の髪をした強気そうな女の人。
 彼女は僕をまじまじと見つめ、呆けたように立っている。
 もう一方は艶やかな金髪をおろした誠実そうな女の人。
 その表情には、さっきまであった絶望の色はもうほとんど見られない。

 そんな事を思っていると、突然二人に頭を下げられた。

「助けていただいて、ありがとうございます……!」

 大分精神が参っていたのか、その反動とばかりに深い礼をしてくる彼女らを、僕は両手で宥めながら言う。

「そんなに頭を下げなくても結構ですよ。実際僕らも襲われたので、その腹いせのようなものですし」

 その言葉に、彼女らはおずおずと頭を上げた。
 赤紫色の髪をした美女が一歩前に出て名乗る。

「あたしはアリザ=レイラス……です」
「ああ、無理して敬語で喋ろうとしなくても良いですよ」
「そ、そう……? じゃあ、そうさせてもらうわ」

 尚も少しだけ遠慮気味なままだが、口調は改まっている。
 やはり敬語ではない方がしっくりくるね。
 きっと僕の方が年下だということもあるのだろうけれど。

 続けて、金髪清楚な――アリザさんが『美女』だとすれば、こちらは『可愛らしい』と言えそうな――女性が名乗り出た。

「私はリーネ=アフレイアです。さっきは本当に、助けてくれてありがとうございました。もう、ダメだと思って……」

 表情を暗くするリーネさんに、僕は努めて声音を明るくしながら言う。

「いえ。何かある前に助けられてよかったです。僕はフェンリット。たまたま通りすがった冒険者です。こっちは――」
「シアです」

 僕の隣に移動してきて、小さく頭を下げる守護獣。
 さりげなく隣に並ばないでほしい。

 一歩か二歩後ろにいてほしい。身長差が目立つんだよ。
 というのも、シアは僕より普通に身長が高いのである。

 無論、それを正直に口に出す事は出来ない。
 なので僕は、僕の心中を知っていそうな顔でニヤニヤしてくるシアを睨みつけるだけに留めておいた。

 すると、リーネさんが僕らの様子を眺めながら尋ねてくる。

「……あ、あの、フェンリット君とシアさんは姉弟なん――」
「違います」

 嫌な予感はしてたんだ。

 なんとなく身構えていたら予想通りの問いが来たので、僕は彼女が言い終わる前に否定の言葉を即答する。

「僕とコイツは姉弟でもなんでもありませんよ。血のつながりも勿論ないです」
「そ、そうなんですか……」

 若干引き気味な金髪清楚。
 待ってほしい。ちょっと必死になっただけでその引き様は本当に待ってほしい。
 僕の隣でクスクスと笑っているシア。コイツ殴ってやりたい。

 力む拳を抑え込む。
 アリザさんもリーネさんに便乗して言ってきた。

「まあ間違っちゃうのも無理ないわね。二人とも、髪の色も瞳の色もそっくりだし」

 彼女の言う通りなのだった。
 遺憾ながら僕とシアは見た目がとても似通っている。

 顔の造形は大して似ていない。だが、致命的なまでにその他の特徴が合致している。
 シアの髪は白、僕の髪は白銀色でほとんど差は無い。
 更に瞳の色まで、色の深さは違えど互いに『緑』。救いがなかった。

「……ともかく、僕はシアの『弟』ではありません。絶対に間違えないでください」

 語気を強めて言うと、シアが笑いながら、

「フェンリットは私の弟だと言われるととても怒るんですよ。行く先々で言われるものですから、怒るフェンを止める苦労ったらありません」
「おい、どうして僕が悪かった風に話してんだよ……?」
「まあまあ。でも、私は正直満更でもないですよ? フェンリットの様な弟……悪くないです」
「こっちが悪いんだよ」

 僕はシアをアリザさんとリーネさんに向き直る。
 二人は何故か温かい目をしていた。解せぬ。

「さて、そろそろここを出ましょうか。お二人の拠点は……」

 続きを促すよう視線を向けると、アリザさんの方が応じてくれた。

「『イーレム』よ。フェンリットとシアさんは?」

 イーレムとは僕らが目的としていた町だ。
 予想通り――というより、ここらで活動をしている冒険者の拠点になりうる集落はそこしかないのだ。

「僕らは『アネト』の方から来てまして。丁度『イーレム』に向かう所だったので、一緒に行きましょうか」

 アネトは野営に必要な道具や例の本を購入した小さな町である。

 僕としてはイーレムに行ったことが無いため、念の為に道が分かる人に案内してもらいたいという心境だった。

 勿論、こんなことが無ければ道案内無しに行くつもりだったので、自信が無い訳じゃない。
 けれど、地図だけでは中々心許ないものである。

 それに、関わったからには最後まで――この場合、街に送り届けるまでは――守り抜かなければいけないしね。

 僕の申し出に、リーネさんは心の底からありがたい様子で、

「ありがとうございます。あんな事があったばかりで、少し不安だったの……」
「あはは……やっぱり私達、アマーリエがいないとまだまだダメね」

 アリザさんが頭を掻きながら苦笑気味にそう言った。
 アマーリエ、というのはここには不在な彼女等の仲間なのだろう。
 言い方から察するに、それなりの実力者らしい。

 ちょっとした興味を抱きつつも、出口の方へ向き直って催促する。
 流石に、そろそろ本気でベッドが恋しくなってきた。

 ……そういえば、今に至るまでに倒した山賊達の武器類はどうしようか。
 【法具】《アーティファクト》の短剣も売ればそこそこの金になるし、あの大男が使っていた斧も結構な業物だ。
 ただ……あの斧を持ってくのは正直怠い。
 短剣だけ拾って帰る事にして、あの斧は二人に譲ろう。

「アリザさん、リーネさん。あの大男が使っていた斧いらないですか?」

 僕の問いかけに、二人の女性は遠慮がちな声音で聞いてくる。

「え……いいんですか?」

「そうよ、あたしたちは何もしてないのに、これ以上何かをもらうのは……」

「構いませんよ。まあ正直、持って帰るのが面倒くさいというのもありますから。あ、でもあの斧は売れば結構なものだと思いますよ?」

 そう伝えると、二人はなんとかして持って帰る事に決めたらしい。 
 
「では行きましょう。途中で遭遇した魔物は僕が全て請け負います」

 そうして僕らは洞窟を出る。

 道中、もれなく意識を失い転がっている山賊達を見て、アリザさんとリーネさんは目を見張っていた。
 そんな二人がちゃんと後ろをついてきてるか確認しつつ、歩みを進める。

 洞窟の外に出た後はアリザさんとリーネさんに前を歩いてもらった。
 外は既に暗くなっており、光源は月明かりだけになっている。
 ……雲一つないからか、むしろ夕方よりも明るい気がした。

 襲い来る魔物は全て魔術で蹴散らしていく。

 僕はどちらかといえば近接格闘に重きを置いた魔術師なのだけれど、今は動き回るのが億劫で仕方ない。

 小さな狼や手の長い猿の魔物をフロウ・スパーダで倒しながら、山道を抜けた。

 その先に広がるのは広い草原だ。
 月明かりを遮るものがなくなり、山道よりも視界が良い。

 遠く前方には点々とした光も見える。
 おそらくあそこがイーレムの町だろう。

 作られた道を歩く。
 ――そして思ったのが、『この道を辿って行けば迷う事無くイーレムの町に着くのではないか?』ということだ。

 案内なんて必要なかった訳だ。
 まあ、いいのだけれど。

 一人苦笑を浮かべていると、前を歩くリーネさんが振り向きながら聞いてくる。

「あの、フェンリット君は今いくつなの?」
「一九ですが」
「……えっ!?」

 僕の即答に目を大きく見開くリーネさん。
 口に手を当てて、まるでとても驚いているかのような様子まで見せて。
 なんですか。僕が一九歳だとおかしいですか。そうは見えませんか。

「わ、私も一九なの」

 一歩後ろに下がってきて僕の隣に並ぶと、「同じだね」と笑いかけてくるリーネさん。
 彼女の口ぶりから、僕の年齢……もとい外見を笑うような意思は感じられない。

 もしそうなら文句の五つや六つ言ってやる所だったが、良しとしよう。

 この調子だといちいち怒るほうが無駄に疲れる気がする。
 少しはスルースキルを磨かなければいけないな。

刃よ走れフロウ・スパ-ダ

 右方向から迫ってきた小さな狼の魔物――ニーゼルウォルフへと手の平を向け、術式を展開する。

 黒い体毛に覆われた狼の、小さな首へ一文字の亀裂が走った。
 風の刃によって綺麗に断裂された頭は、コポッと血を零しながら地面に落ちる。

 本当なら、倒した魔物から魔結晶マナスフィア――冒険者の収入源の一つである――を取って行くところだが、今はそれすら億劫だった。

 ちゃんとした理由を上げるならば、バックパックに空きがない。
 取った魔結晶マナスフィアを入れる物がないのだ。

 まあ、あるにはある。
 例えば、僕が今着ているコートのポケットなど。

 だがそこには既に、山道で倒した魔物の魔結晶マナスフィアが入っている。
 これ以上は入らない。

 入れる物が無いのはアリザさんとリーネさんも同じらしかった。
 元々持ってきていたバックパックは、山賊との戦いで破損、使い物にならなくなってしまったようだ。

 どこにあるのか尋ねると、適当な場所に転がっていると思う、と返された。

 それらが理由で、渋々諦めている状態なのだ。
 まあ、宿を取って数日生活することが出来る程度の金はある。

 僅かに集めた魔結晶マナスフィアも売れば多少の金になるはずだ。
 後はイーレムの町に数日間滞在して、資金稼ぎをすればいい。

 今後の予定を考えながら進んでいると、気が付けば目的地の目の前まで来ていた。

 イーレムの町はあまり規模の大きくない町だ。

 魔物から街を守る壁がないため、ギルドで見張りの依頼を受けたのだろう冒険者が、入口に二人立っている。

 おそらく四方向にそれぞれ二人ずついるのだろう。

 なにはともあれ、ようやく到着である。
 前を歩いていたアリザさんとリーネさんは僕らの方に向き直ると、再び頭を下げてきた。

「今日は本当にありがとう」
「ありがとございました」

 道中、なんだかんだで何度も言われた台詞だ。
 正直聞き飽きてるまであったが、そんな様子はおくびにも出さず苦笑しながら返す。

「ええ、どういたしまして。それでは僕らはこの辺で」

 僕も小さく礼をして、シアと並んで町の中へと入って行こうとすると、二人に呼び止められた。

「あ、あの、何かお礼がしたいんだけど……」

 リーネさんは両手を胸の前で握りながら、困った笑みを浮かべていた。
 うーん、正直、僕が今一番欲しいのは『睡眠時間』なのだけれど……。

「気にしなくても良いですよ。本当に、ただの成り行きなので」
「でも、流石に何も返さないっていうのは悪いし……」

 アリザさんも何かを促す様な口調で言ってくる。
 まあその気持ちは分からなくもない。
 何も返せないというのは自分の精神衛生上良くないのだろう。

 僕も、精神衛生によくないから『不必要な殺人はしない』し。
 ああ、そうだ、僕には――、

「……なら、僕らは少しの間この町に滞在するので、もし次に出会う事が合ったら、ご飯でも奢ってください」

 暗くなりかけた思考を散らしながらそう言って、背を向けたまま手を振って離れていく。

 シアは少し遅れて――おそらく律儀に礼でもしていたのだろう――僕の隣に並ぶと、両手を後ろに回して、

「さて。どこに泊まるんですか?」
「適当に探せばそれなりの宿屋は見つかるさ。山賊殲滅の報告と、集めた幾つかの魔結晶マナスフィア売却は明日に回そう。今日は早く寝たい……」
「それもそうですね。とすると、明日の一先ずの目的地は冒険者ギルドですか」
「うん。気になるのは、今僕が持ってるギルドカードがまだ使えるかどうかなんだけど……」

 コートの内ポケットから一枚のカードを取り出す。
 カードと言っても紙で出来ているのではなく、薄い板の様なものである。

 淡い白と黒の紋様が描かれたこれは、僕が十二歳の時……かれこれ七年前に作ったものだ。
 かなりの年月がたっている今、まだこれを使えるかどうかは定かではない。

 新しいのを発行するにもお金がかかるので、出来ればまだ使えてほしかった。

「まあ考えるだけ無駄か。さっさと宿を見つけよう」
「はい」

 果たして僕らは見知らぬ街を歩き回り、なんとか宿屋を見つけ出す。
 こちらは二人組。
 なので受付さんと話し合い、結果もっとも安いダブルの部屋を取った。

 同じベッドで寝るなんて、あの山小屋で暮らしている間は毎晩の事である。
 実際はシアが勝手に潜り込んでくるため僕公認ではないのだが。

 案内された部屋の扉を開けると、入ってすぐの所に別の扉。
 これはおそらく、シャワールームだろう。
 力を込める事で勝手に術式を構築し、水を出してくれる法具があるはずだ。

 市販の法具は性能の良いモノはあまりない。

 というのも、術式を重ねがけするには相応の技術・コストが掛かるからだ。
 だからこそ、山賊が持っていたあの法具はかなり高位の魔術師が創り上げたものだと予想できる。

 中を覗いてみてみると案の定、懐中電灯の様な形をした法具が置かれていた。
 難点は出るのが冷水だという事。まあ、一般宿に置かれてるものとしては上等だ。

 高価なものだと温水が出る法具があり、あの山小屋にはそれが置かれていたのだが……贅沢は言えない。

 面倒だが、桶に貯めてから『熱量操作シエロ・トロイ上昇変化シュテン・アウレス』で温水に変えるとしよう。

「はぁ……ベッドですよフェンリット!」

 一足先に奥へと進んでいたシアが声を上げると、そのまま駆け出してベッドにダイブ。
 ボフッと音を発てて毛布類がふわりと浮いた。

「おい、あまり暴れないでくれるかなシーツが乱れるから」

 適当に嗜めてから、僕は早速シャワールームへと入って行こうとした。

 するとそれを察知したのか、ベッドの上でうつ伏せになっていたシアがガバッと起き上がり、こちらに向かって走ってきた。

 無論それを待つ僕ではない。
 無視しつつ、一.五倍程の早さでシャワールームに入り、扉を閉めようとする。

 結果から言えば、それは叶わなかった。
 間に合ったシアが、扉が閉まる前に手を掛けて阻止してきたのだ。
 閉めようとする者と、そうさせまいと奮起する者。
 僕らは扉を挟んで睨み合い、拮抗状態のまま言葉を交わす。

「な、なにかなシア。僕はこれからシャワーを堪能するつもりなんだけど」
「待ってくださいよフェンリット。一番風呂は私のものです」
「いやいやこういうのは早い者勝ちと相場が決まっているだろう?」
「いいえ普通はレディーファーストです。紳士の嗜みですよ? あ、すいません。もしかして紳士の方じゃありませんでしたか。もしかして、お子様の方でしたか」
「アハハハ……面白い冗談じゃないか」
「ウフフフ……途中で乱入しますよ?」

 シアに譲った。
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