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第2章 翠玉の英雄と復讐の黒
2-5 類感魔術
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結局、長風呂のシアを待ってからシャワーを浴びる。
身に染みわたるような思いをしながらシャワールームを出ると、彼女は既にベッドで眠っていた。
キングサイズのど真ん中で寝ているものだから、せめてもの仕返しに、とその身体を転がして端に追いやってから僕も床に就いた。
シアはベッドの縁、下手すれば落ちそうな所まで転がっているけれど、直してやるつもりはない。
大人げないと言うなかれ。
こうでもしなければ、きっと翌朝、僕は締め上げられているのだから。
――というのが昨晩の話。
案の定、いつの間にか隣まで来ていたシアが僕の身体を締め上げて――もとい抱きしめている。
いつかの旅立ちの日の様に、何とも寝苦しいので目が覚めたのだ。
コイツは僕の安眠を阻害する事しか出来ないのだろうか。
根本的な話として、従者が主を抱き枕にするっていうのはどうなの。
僕に苦しみをもたらし、かつシア自身寝起きに弱いというポンコツ具合。
他の面で『チートじみている』ため、その反動かの様にポンコツな面も多い。
中々苦労する相棒を持ってしまったものだ。
起こしてもしばらく寝ぼけていたシアをシャワールームへと連れ込み、ぬるま湯を頭からかけて目を覚まさせた後、僕は適当に身支度を済ませる。
取りあえずの目的は冒険者ギルドへ向かい、魔結晶売却、山賊討伐の報告、ギルドカードについて聞く事の三つだ。
しばらくして、濡れ寝間着姿から着替えたシアがシャワールームから出てきた。
彼女は頬を膨らませながら言ってくる。
「フェンリット……朝から女性を濡れ鼠にするのはどうかと思います」
「濡れ鼠っていうか、お前の場合濡れ狐だよね」
「そういう揚げ足取りはいらないです」
すっかり乾いた狐耳をピコピコと動かし、シアは腕を組んで抗議してくる。
そんな仕草によって大きな胸が持ち上がるのだが、無意識にそこへ視線が向かってしまうのは男の性だろう。
すぐに逸らしたつもりだったが、シアに気付かれてしまったらしい。
彼女茶化す様な口調で、
「……そういえばフェンリット、さっきも私の胸を見てましたよね? ほら、濡れてスケスケになってた時に。ついに私に欲情するようになりましたか?」
言って、より強調するように腕で胸を押し上げるシア。
流し目というのだろうか。
しなをつくって誘惑するように見せる彼女は、元々の容姿の綺麗さもあって妖艶だった。
ただ、普段のシアを知っている僕としては、そんな彼女に無理してる感を覚えてしまう。
まるでおちょくる糸口を手に入れたかの様な彼女に、僕はしれっと応じた。
「ああ、うん、違う」
「えっ。あらら……思っていたよりリアクションが乏しいのはなんででしょう?」
「つーか今更だし」
正直シアの胸なんて見飽きているまであった。
勿論ムーディなシチュエーションでならば、平静を保てないかもしれないが……平常時はなんというか、ね。
「フェンリット、貴方今失礼なことを考えていませんか?」
「いつも礼を失してるシアに言われる筋合いはない」
適当にあしらいつつ、僕は黒いコートを羽織って外出の準備を終わらせる。
するとシアが何かに気が付いた様子で僕の後ろに回り込んだ。
彼女の視線は僕の頭の方へ向かっていたように思うけど……。
「なにさ」
「いえ、寝癖がついていますよ」
「……ああ、悪いね」
少し嬉しそうなシアの声音に、僕は憮然と返す事しか出来ない。
後頭部を手で撫でられる感触を覚えながら、このポンコツだけど大切な相棒に心の中で礼を言った。
□■□
朝食は昼と兼用することにした。
とは言っても、既に昼過ぎなので微妙な所ではあるが。
冒険者ギルドの位置は、先日宿を探す際にもう見つけてある。
街に入った段階で、中央にある一番大きな建物ではないかと踏んでいたら、案の定だったという訳だ。
街の中はそれなりに賑わっている。
道行く人には、武器や防具をまとった冒険者らしき人から、簡素な服に身を包んだ庶民まで多くの人が見られた。
石造りの建物が並び、道の端には法具の街灯が立っている。
この世界において一般的な街並み風景だ。
「フェンリット、フェンリット! どうせですから、時間が出来たら街を見てみましょうよ!」
「見て回るのはいいけれど、だったら十分にお金がある時の方がよくない?」
「うぐっ、確かにそうですね……欲しいものが見つかったのに買えないのはもどかしいですし」
「一応言っておくが僕らはまだ旅人の身なんだからね。バックパックには必要最低限のものを詰め込むし、嵩張るものは駄目だよ」
「最悪その時は私もバックパックを背負います。もう一つ買いましょう」
バックパックというのはその名の通りの代物、カバンである。
しかしただのカバンではない。
魔力を込める事で『空間拡張』という術式が発動する法具だ。
収納力は見た目以上。
これのお陰で旅に必要な最低限の道具も持ち運ぶことが出来る。
冒険者は手に入れた魔結晶を入れるのに使う事が多い。
かくいう僕も、前に冒険者として活動していた時は随分お世話になった。
今手元にあるのは僕の背負う一つだけ。
シアを気遣って一つだけにしておいたのだ。
でも彼女が良いというならば是非背負って貰おう。
そんな事を考えながら歩いていると、目的の冒険者ギルドに辿りついていた。
「この紋様を見るのも久しぶりですね」
「そうだね」
入口の上に取り付けられた看板、そこに描かれた、盾・剣・杖のエスカッシャン。
冒険者ギルドを示す紋様である。
これは古い僕のギルドカードにも描かれている。
おそらく、ギルドカードが新調されていてもそこは変わらないだろう。
扉の向こう側からは既に酒気が漂ってきている。
相変わらず、冒険者たちは昼間っから呑んでいるらしい。
「そういえば、シアってお酒は大丈夫なの? 山小屋にいる間は一切飲んでないから知らないんだけど」
「お酒ですか? 確かに飲んだことはありませんが……たぶん大丈夫だと思います」
「ならいいんだけど。中に入るとここより大分臭いきついから、気持ち悪くなったら言うんだよ」
「ふふ、はい。分かりました」
少し態勢を低くし、僕と視線を合わせて微笑んでくるシアに何とも言えぬ気分になりながら、僕は冒険者ギルドの扉を開いた。
途端に強くなる酒の臭い。
漂う熱気。
なんとも懐かしく、大して心地よくない感覚を覚えつつ、僕はシアと連れて踏み出した。
「フェンリット……何か注目されてる気がするのですが」
「仕方がないよ。僕は見ての通りだし、シアは争いごとに無縁そうな見た目してるし」
彼女の言うとおりだった。
僕らは奇異の視線を向けられている。
多くの冒険者や、ギルドの役員にまでもだ。
別におかしい事ではない。
僕みたいな一見成人――この世界では一六歳以上がみなされる――してるかも分からない人がくる様な場所ではないし、シアも荒事従事者には見えないからね。
そういう人が全くいない訳ではない。
例えば若くして強力な魔術を扱う魔術師だとか、止む負えない事情がある子供だとか。
少なからず存在している。
僕は初めて冒険者ギルドの門を潜ったのが一二歳の時なので、こういった視線を向けられるのは慣れていた。
決して気持ちのいいものではないけれど。
すると、数人のおっさんがこちらへと近づいてきた。
軽く酔っているのか、その顔は少し赤い。
視線は――僕の隣に立つシアへと一直線に向かっている。
「おいおいお嬢ちゃん、こんな所に何しに来たんだ?」
「アンタみたいな女が来るところじゃねえぜ?」
彼らは僕の方を見向きもせず、シアへと話しかけていた。
シアが気圧されてるように見えないのは、彼女の身長が高い事と、堂々としている事が理由だろう。
でも確かに、シアの服装はこの建物の中ではとても目立つ。
冒険者ギルドはやはり荒事従事者の集まり、としての面が強い。
女の人も少なからずいるけれど、誰もが戦闘用の装備を身に着けている。
なので、和服を着ているシアはハッキリ言って異質だ。
ただでさえ和服というのは珍しいのに、余計に。
「(え、えーと……どうしましょう、フェンリット)」
「(いや、正直、返す言葉もないよ。僕を無視しているのは気に食わないけれど、実際シアがここに来る必要は無い訳だし。お前は冒険者登録しない訳なんだからさ)」
小声でそんな言葉を交わす。
戦闘中、彼女は基本的に僕の装備となる。
なので正式に冒険者として登録する必要はないのだ。
冒険者以外がここに来てはいけない、なんてルールは存在しない。
所詮は酔っぱらいの戯言だ。
暇をしているおっさんは、新入りやら女性やらに絡む事でその暇をつぶしているのだろう。
面倒くさいが、面倒事を起こすのはもっと面倒くさい。
なので僕はシアとの間に割って入り、
「すいません、彼女は僕の連れなんですよ」
未だ僕の存在など意に介していなかった彼等に、自身の存在を誇示するよう言い聞かせた。
僕はそれなりに冒険者らしい格好をしているので、納得させる事は出来るだろう。
だが、僕よりも頭二つ……いや、一つと半分くらいの身長を持つおっさん共は、一瞬沈黙してから僕を見下ろして笑う。
――まさかコイツ等、普通に僕の事が視界に入ってなかっただけどか言わないだろうな?
「おい小僧。ここはお前の様なチビが来るところじゃないぞ。姉ちゃんつれてさっさと家に帰りな」
「そうだぜガキ。おまえの様な奴はすぐに魔物に食い殺されちまうぞ?」
おっと、『三種の禁句』が聞こえてきた気がするぞ?
子ども扱い、チビ呼ばわり、姉弟の勘違い、の三つのタブーを犯したこの男に、聖拳突きを放ちたい衝動に襲われる。
間違いではないが。間違いではないが腹が立つ。
だがここで無暗に暴れる訳にはいかない。
ギルド役員は怪訝そうな目でこちらを伺っているし、冒険者たちは楽しげに事の成り行きを見守っている。
素直に彼らの見世物になるのはなんとも癪だ。
心の中で溜息をつきつつ、僕は懐からギルドカードを取り出した。
剣と杖が交差するエスカッシャンを見せつけるようにしながら、
「僕はこれでも冒険者です。そして成人済みです。分かってくれたらそこを退いてくれませんか?」
「あん……冒険者だと? なんだそのギルドカードは」
はい、これで彼が少なくとも過去三年以内に冒険者登録した僕の後輩だと確定しました。
もしも古参ならば、このギルドカードを知っているはずだからね。
男達は揃ってこのカードに見覚えが無いらしく、しかし冒険者ギルドの盾の紋章は本物なため戸惑っているようだ。
彼等にも情状酌量の余地はある。
単純に僕等の安全を考えて声を駆けてきたのかもしれないからね。
でも、これくらいはしてもいいだろう?
術式を展開。
簡単な水を生み出す術式――マギ・ノ・イリスだ。
三種の禁句を言ってくれた男の影を見た僕は、バレない様にその影の股間の部分に水を垂らしながら魔術を発動する。
いわゆる、類感魔術。
類似するもの同士が互いに影響を及ぼし合う、という思想を元に生み出された魔術――時に呪術と呼ばれる現象。
これを、魔力を以ってして実現する。
今回のは類感魔術と感染魔術の複合系だったけれど。
次第に男の股間が黒い染みを伴って濡れていった。
それに気が付いたのか、彼は一瞬怪訝な顔をしてから青ざめていく。
僕は追い打ちをかけるように、
「あれ。ズボンが濡れているようですが、大丈夫ですか?」
大きめな声は冒険者ギルド内に響き渡った。
これだけ注目されていれば、僕がやった事に気が付く魔術師もいるかもな。
今の一連の流れは、【咆哮】と同様に術式抗力が低い者にしか通用しない。
こんなものはお呪いだとか、そんなレベルの所業だからだ。
例えば、呪いたい相手の髪の毛を藁人形に埋め込み、鉄の杭を突き刺すあの儀式。
本質的には感染魔術と呼ばれるものだが、一応あれも類感魔術に含まれる。
でも実際、それで人が死ぬかと聞かれれば自信満々に頷く事は出来ないだろう。
魔術と言うよりかは、おまじない程度のものである。
禁術指定のものともなればそれに近い現象も引き起こせるが、僕が今使ったのは『現象が起こらないかもしれない』程度の代物だった。
男は慌てて股間部を両手で押さえる。
意味のない事だ。
そこを濡らしているのは貴方の影、そして僕のマギ・ノ・イリスであり、貴方の股間ではないのだから。
そんな男達の横を、僕とシアはは通り過ぎていく。
邪魔は入らなかった。
僕は彼らに顔が見えないところまで歩いてから、舌を出してほくそ笑む。シアに苦笑されたのは言うまでもない。
身に染みわたるような思いをしながらシャワールームを出ると、彼女は既にベッドで眠っていた。
キングサイズのど真ん中で寝ているものだから、せめてもの仕返しに、とその身体を転がして端に追いやってから僕も床に就いた。
シアはベッドの縁、下手すれば落ちそうな所まで転がっているけれど、直してやるつもりはない。
大人げないと言うなかれ。
こうでもしなければ、きっと翌朝、僕は締め上げられているのだから。
――というのが昨晩の話。
案の定、いつの間にか隣まで来ていたシアが僕の身体を締め上げて――もとい抱きしめている。
いつかの旅立ちの日の様に、何とも寝苦しいので目が覚めたのだ。
コイツは僕の安眠を阻害する事しか出来ないのだろうか。
根本的な話として、従者が主を抱き枕にするっていうのはどうなの。
僕に苦しみをもたらし、かつシア自身寝起きに弱いというポンコツ具合。
他の面で『チートじみている』ため、その反動かの様にポンコツな面も多い。
中々苦労する相棒を持ってしまったものだ。
起こしてもしばらく寝ぼけていたシアをシャワールームへと連れ込み、ぬるま湯を頭からかけて目を覚まさせた後、僕は適当に身支度を済ませる。
取りあえずの目的は冒険者ギルドへ向かい、魔結晶売却、山賊討伐の報告、ギルドカードについて聞く事の三つだ。
しばらくして、濡れ寝間着姿から着替えたシアがシャワールームから出てきた。
彼女は頬を膨らませながら言ってくる。
「フェンリット……朝から女性を濡れ鼠にするのはどうかと思います」
「濡れ鼠っていうか、お前の場合濡れ狐だよね」
「そういう揚げ足取りはいらないです」
すっかり乾いた狐耳をピコピコと動かし、シアは腕を組んで抗議してくる。
そんな仕草によって大きな胸が持ち上がるのだが、無意識にそこへ視線が向かってしまうのは男の性だろう。
すぐに逸らしたつもりだったが、シアに気付かれてしまったらしい。
彼女茶化す様な口調で、
「……そういえばフェンリット、さっきも私の胸を見てましたよね? ほら、濡れてスケスケになってた時に。ついに私に欲情するようになりましたか?」
言って、より強調するように腕で胸を押し上げるシア。
流し目というのだろうか。
しなをつくって誘惑するように見せる彼女は、元々の容姿の綺麗さもあって妖艶だった。
ただ、普段のシアを知っている僕としては、そんな彼女に無理してる感を覚えてしまう。
まるでおちょくる糸口を手に入れたかの様な彼女に、僕はしれっと応じた。
「ああ、うん、違う」
「えっ。あらら……思っていたよりリアクションが乏しいのはなんででしょう?」
「つーか今更だし」
正直シアの胸なんて見飽きているまであった。
勿論ムーディなシチュエーションでならば、平静を保てないかもしれないが……平常時はなんというか、ね。
「フェンリット、貴方今失礼なことを考えていませんか?」
「いつも礼を失してるシアに言われる筋合いはない」
適当にあしらいつつ、僕は黒いコートを羽織って外出の準備を終わらせる。
するとシアが何かに気が付いた様子で僕の後ろに回り込んだ。
彼女の視線は僕の頭の方へ向かっていたように思うけど……。
「なにさ」
「いえ、寝癖がついていますよ」
「……ああ、悪いね」
少し嬉しそうなシアの声音に、僕は憮然と返す事しか出来ない。
後頭部を手で撫でられる感触を覚えながら、このポンコツだけど大切な相棒に心の中で礼を言った。
□■□
朝食は昼と兼用することにした。
とは言っても、既に昼過ぎなので微妙な所ではあるが。
冒険者ギルドの位置は、先日宿を探す際にもう見つけてある。
街に入った段階で、中央にある一番大きな建物ではないかと踏んでいたら、案の定だったという訳だ。
街の中はそれなりに賑わっている。
道行く人には、武器や防具をまとった冒険者らしき人から、簡素な服に身を包んだ庶民まで多くの人が見られた。
石造りの建物が並び、道の端には法具の街灯が立っている。
この世界において一般的な街並み風景だ。
「フェンリット、フェンリット! どうせですから、時間が出来たら街を見てみましょうよ!」
「見て回るのはいいけれど、だったら十分にお金がある時の方がよくない?」
「うぐっ、確かにそうですね……欲しいものが見つかったのに買えないのはもどかしいですし」
「一応言っておくが僕らはまだ旅人の身なんだからね。バックパックには必要最低限のものを詰め込むし、嵩張るものは駄目だよ」
「最悪その時は私もバックパックを背負います。もう一つ買いましょう」
バックパックというのはその名の通りの代物、カバンである。
しかしただのカバンではない。
魔力を込める事で『空間拡張』という術式が発動する法具だ。
収納力は見た目以上。
これのお陰で旅に必要な最低限の道具も持ち運ぶことが出来る。
冒険者は手に入れた魔結晶を入れるのに使う事が多い。
かくいう僕も、前に冒険者として活動していた時は随分お世話になった。
今手元にあるのは僕の背負う一つだけ。
シアを気遣って一つだけにしておいたのだ。
でも彼女が良いというならば是非背負って貰おう。
そんな事を考えながら歩いていると、目的の冒険者ギルドに辿りついていた。
「この紋様を見るのも久しぶりですね」
「そうだね」
入口の上に取り付けられた看板、そこに描かれた、盾・剣・杖のエスカッシャン。
冒険者ギルドを示す紋様である。
これは古い僕のギルドカードにも描かれている。
おそらく、ギルドカードが新調されていてもそこは変わらないだろう。
扉の向こう側からは既に酒気が漂ってきている。
相変わらず、冒険者たちは昼間っから呑んでいるらしい。
「そういえば、シアってお酒は大丈夫なの? 山小屋にいる間は一切飲んでないから知らないんだけど」
「お酒ですか? 確かに飲んだことはありませんが……たぶん大丈夫だと思います」
「ならいいんだけど。中に入るとここより大分臭いきついから、気持ち悪くなったら言うんだよ」
「ふふ、はい。分かりました」
少し態勢を低くし、僕と視線を合わせて微笑んでくるシアに何とも言えぬ気分になりながら、僕は冒険者ギルドの扉を開いた。
途端に強くなる酒の臭い。
漂う熱気。
なんとも懐かしく、大して心地よくない感覚を覚えつつ、僕はシアと連れて踏み出した。
「フェンリット……何か注目されてる気がするのですが」
「仕方がないよ。僕は見ての通りだし、シアは争いごとに無縁そうな見た目してるし」
彼女の言うとおりだった。
僕らは奇異の視線を向けられている。
多くの冒険者や、ギルドの役員にまでもだ。
別におかしい事ではない。
僕みたいな一見成人――この世界では一六歳以上がみなされる――してるかも分からない人がくる様な場所ではないし、シアも荒事従事者には見えないからね。
そういう人が全くいない訳ではない。
例えば若くして強力な魔術を扱う魔術師だとか、止む負えない事情がある子供だとか。
少なからず存在している。
僕は初めて冒険者ギルドの門を潜ったのが一二歳の時なので、こういった視線を向けられるのは慣れていた。
決して気持ちのいいものではないけれど。
すると、数人のおっさんがこちらへと近づいてきた。
軽く酔っているのか、その顔は少し赤い。
視線は――僕の隣に立つシアへと一直線に向かっている。
「おいおいお嬢ちゃん、こんな所に何しに来たんだ?」
「アンタみたいな女が来るところじゃねえぜ?」
彼らは僕の方を見向きもせず、シアへと話しかけていた。
シアが気圧されてるように見えないのは、彼女の身長が高い事と、堂々としている事が理由だろう。
でも確かに、シアの服装はこの建物の中ではとても目立つ。
冒険者ギルドはやはり荒事従事者の集まり、としての面が強い。
女の人も少なからずいるけれど、誰もが戦闘用の装備を身に着けている。
なので、和服を着ているシアはハッキリ言って異質だ。
ただでさえ和服というのは珍しいのに、余計に。
「(え、えーと……どうしましょう、フェンリット)」
「(いや、正直、返す言葉もないよ。僕を無視しているのは気に食わないけれど、実際シアがここに来る必要は無い訳だし。お前は冒険者登録しない訳なんだからさ)」
小声でそんな言葉を交わす。
戦闘中、彼女は基本的に僕の装備となる。
なので正式に冒険者として登録する必要はないのだ。
冒険者以外がここに来てはいけない、なんてルールは存在しない。
所詮は酔っぱらいの戯言だ。
暇をしているおっさんは、新入りやら女性やらに絡む事でその暇をつぶしているのだろう。
面倒くさいが、面倒事を起こすのはもっと面倒くさい。
なので僕はシアとの間に割って入り、
「すいません、彼女は僕の連れなんですよ」
未だ僕の存在など意に介していなかった彼等に、自身の存在を誇示するよう言い聞かせた。
僕はそれなりに冒険者らしい格好をしているので、納得させる事は出来るだろう。
だが、僕よりも頭二つ……いや、一つと半分くらいの身長を持つおっさん共は、一瞬沈黙してから僕を見下ろして笑う。
――まさかコイツ等、普通に僕の事が視界に入ってなかっただけどか言わないだろうな?
「おい小僧。ここはお前の様なチビが来るところじゃないぞ。姉ちゃんつれてさっさと家に帰りな」
「そうだぜガキ。おまえの様な奴はすぐに魔物に食い殺されちまうぞ?」
おっと、『三種の禁句』が聞こえてきた気がするぞ?
子ども扱い、チビ呼ばわり、姉弟の勘違い、の三つのタブーを犯したこの男に、聖拳突きを放ちたい衝動に襲われる。
間違いではないが。間違いではないが腹が立つ。
だがここで無暗に暴れる訳にはいかない。
ギルド役員は怪訝そうな目でこちらを伺っているし、冒険者たちは楽しげに事の成り行きを見守っている。
素直に彼らの見世物になるのはなんとも癪だ。
心の中で溜息をつきつつ、僕は懐からギルドカードを取り出した。
剣と杖が交差するエスカッシャンを見せつけるようにしながら、
「僕はこれでも冒険者です。そして成人済みです。分かってくれたらそこを退いてくれませんか?」
「あん……冒険者だと? なんだそのギルドカードは」
はい、これで彼が少なくとも過去三年以内に冒険者登録した僕の後輩だと確定しました。
もしも古参ならば、このギルドカードを知っているはずだからね。
男達は揃ってこのカードに見覚えが無いらしく、しかし冒険者ギルドの盾の紋章は本物なため戸惑っているようだ。
彼等にも情状酌量の余地はある。
単純に僕等の安全を考えて声を駆けてきたのかもしれないからね。
でも、これくらいはしてもいいだろう?
術式を展開。
簡単な水を生み出す術式――マギ・ノ・イリスだ。
三種の禁句を言ってくれた男の影を見た僕は、バレない様にその影の股間の部分に水を垂らしながら魔術を発動する。
いわゆる、類感魔術。
類似するもの同士が互いに影響を及ぼし合う、という思想を元に生み出された魔術――時に呪術と呼ばれる現象。
これを、魔力を以ってして実現する。
今回のは類感魔術と感染魔術の複合系だったけれど。
次第に男の股間が黒い染みを伴って濡れていった。
それに気が付いたのか、彼は一瞬怪訝な顔をしてから青ざめていく。
僕は追い打ちをかけるように、
「あれ。ズボンが濡れているようですが、大丈夫ですか?」
大きめな声は冒険者ギルド内に響き渡った。
これだけ注目されていれば、僕がやった事に気が付く魔術師もいるかもな。
今の一連の流れは、【咆哮】と同様に術式抗力が低い者にしか通用しない。
こんなものはお呪いだとか、そんなレベルの所業だからだ。
例えば、呪いたい相手の髪の毛を藁人形に埋め込み、鉄の杭を突き刺すあの儀式。
本質的には感染魔術と呼ばれるものだが、一応あれも類感魔術に含まれる。
でも実際、それで人が死ぬかと聞かれれば自信満々に頷く事は出来ないだろう。
魔術と言うよりかは、おまじない程度のものである。
禁術指定のものともなればそれに近い現象も引き起こせるが、僕が今使ったのは『現象が起こらないかもしれない』程度の代物だった。
男は慌てて股間部を両手で押さえる。
意味のない事だ。
そこを濡らしているのは貴方の影、そして僕のマギ・ノ・イリスであり、貴方の股間ではないのだから。
そんな男達の横を、僕とシアはは通り過ぎていく。
邪魔は入らなかった。
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