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第2章 翠玉の英雄と復讐の黒
2-7 虚像英雄
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アマーリエさんとの自己紹介を終えた僕ら五人は、その後すぐに冒険者ギルドを出た。
レストランの当ては既にあるらしい。
僕とシアを先導してくれる彼女等の足取りは確かだった。
道中は街の事を色々と聞いた。
そうしている内に目的地に着いた僕らは、早速中に入って席を取る。
「ここは私たちがこの町で一番おすすめの場所よ。味には期待していいわ」
「アリザ、味の好みは人それぞれだから……」
程よい大きさ胸を張るアリザさんをリーネさんが嗜める。
僕もシアも味にうるさい訳じゃないので問題はないだろう。
それぞれがメニューを眺めている時、僕の隣に座るシアがふと思いついたように言った。
「そういえば先日、次に会った時に奢ってもらう、という話をしましたが……アリザさんとリーネさんは、金銭的な事情で無理をしたのではなかったのですか?」
そうだ。
普段はアマーリエさんと三人で活動している二人は、アマーリエの病欠で日銭を追う状況を危惧し、二人で町を出たらしいのだ。
そんな彼女たちに、僕とシアの昼食を奢るお金はあるのだろうか?
「それがね、フェンリットに譲ってもらったあの斧なんだけど、かなり高値で売れたのよ!」
「だからあんまり心配しなくていいんだよ」
そう言う二人の表情に裏は見えない。
どうやらあの斧は余裕が出来るほど高値で売れたようだ。
遠慮をする必要はないみたいなので、有難くごちそうしてもらおう。
その後、僕とシアもそれぞれ注文を決めて一息ついたところで、今まで沈黙を続けていたアマーリエさんが口を開いた。
「では改めまして。私はアマーリエ=セルレスカ。このパーティでは遊撃手を担っています」
律儀で誠実、クールな雰囲気のアマーリエさんは、やはり綺麗な所作で頭を下げた。
あまりにも黒く、もはや青く見えるほどの艶髪が揺れる。
シアもこれくらい楚々としていればなあ、と考えていたら、どうやら僕の心を読んだらしいシアに足を踏まれた。痛い。こう言うところがダメなんだと思う。
「あたしはアリザ=レイラス。見ての通り前衛をやっているわ。まあ、今は鎧を着てないけれど」
アリザさんは赤紫色の髪と強気な表情が特徴的な美女だった。
まさに戦士といった雰囲気の人である。
「私はリーネ=アフレイア。魔術師だよ。その、あまり強くはないんだけどね」
困ったような笑顔で僕の方を見てくるリーネさん。
「なんていうか、フェンリット君は私と同い年なのに実力が違いすぎて正直気落ちするよ。あの部屋、法具の力で魔術が使いにくくなっていたんだよね?」
「そうですね。術式構築を阻害する効果を持つ法具があったので、あの空間で魔術師が魔術を行使するのは中々難しいところがあったと思います」
「でもフェンリット君はそんなところで軽々と魔術を使ってたよね?」
「あー……いえ、僕も結構ギリギリでしたよ。あれは余裕に見せて相手の動揺を誘っただけです」
半分嘘である。
そりゃあ多少術式構築に手間取ったが、相手が油断し切っている上、あれだけシークエンスに使える時間があったのだ。
魔術を使う事に関しては何の問題も無かった。
「ホントに? ……まあ、信じるけどね。その上、アリザ顔負けの動きするんだから吃驚しちゃったよ」
「ちょっ、リーネ。いくら事実でも私がいる前でそれは正直すぎるんじゃない?」
「あっ痛い、痛い、やめてよアリザ」
このっ、とか言いながらリーネさんの頭を叩くアリザさん。
彼女には本気で怒ってる様子は見られない。
仲がいい女の人同士の、他愛ないじゃれ合いの様なものなのだろう。
話題に食いついてきたはアマーリエさんだった。
「フェンリットさんはそんなに強いのですか?」
彼女の疑問に答えるのはリーネさんとアリザさんだ。
「強いなんてものじゃないよ。私とアリザ二人掛かりでも倒せなかった山賊のリーダーを、一人で、しかも無傷で圧倒するくらいなんだから」
「魔術が使いづらいとかいう部屋の中で魔術を使うわ、魔術師かと思ったら近接戦でボコボコにするわ。正直あたしは目を疑ったね」
なんというか、ストレートな賞賛は嬉し恥ずかしい。
確かに僕は小さいころから努力をしていて、その結果として今の実力に至る訳だけど、正直あの大男は世界のレベルで考えると中堅程度だ。
もっと強い奴等とやり合った事のある僕としては、あんな相手を倒した程度で褒めそやされては何ともこそばゆい。
「なるほど……興味がありますね。聞いた話だと、フェンリットさんは今一九なのですよね? 一体いくつの頃から修練していたのでしょうか?」
「そうですね――」
何と答えるべきか。
馬鹿正直に言うならば、確か四歳の頃にはもう魔術の修練をしていた。
でもそれは、きっと普通ではない。
自分がそれを何よりも分かっているからこそ断定できる。
疑われるのは気持ちよくないし、多少早い内から修練をしていても「そういうこともあるのか」と済ませられるだろうから、上手い具合に伝えよう。
「僕は七歳の時には魔術を使ってました。自分で言うのもなんですが、発育が他の人より良かったみたいです。身体にしろ、頭にしろ」
「あ、なんとなくわかる気がする。フェンリット君、見た目より大人っぽいというか――」
「それは見た目が幼すぎると言いたいんですかね?」
僕が思わず突っ込んでしまうと、リーネさんが慌てた様子で手をパタパタする。
「ち、違うよっ。なんというか、一九歳なんだろうけれど、もっと大人の人に見えるというか……よく分からないんだけどね」
「……、」
中々勘の鋭い人だなぁ、と思いつつ僕は沈黙した。
すると、隣に座っていたアリザさんがリーネさんの脇腹を肘で小突く。
「でもでも、確かにフェンリットは凄いけれど、リーネの一番の憧れの人はもう決まっているわよねー」
「――【御嵐王】、ですね」
アリザさんの言葉に付け足したのはアマーリエさんだった。
その名前には嫌と言う程覚えがある。
だからだろう、聞いた瞬間に身体をピクリと震わせてしまった。
隣のシアも同じだったようで、微妙に目線が泳いでいる気がする。
そわそわする僕とシアの動揺も知らずに、彼女等は話を続けた。
「私も、その魔術師の事は尊敬しています」
「そういえばアマーリエもそうだったっけ? 私は魔術に関してはほとんどさっぱりだからなー。あ、でも確か【御嵐王】って格闘も凄いんだっけ?」
「ええ。勇者が残していった記述によると、【御嵐王】は拳でも戦っていたようですし」
「魔術と接近戦、両方こなす謎の魔術師。凄いよねえ……」
ほぅ、と感嘆の息を漏らしながらリーネさんはそう言った。
「私、【御嵐王】さんの話を聞いて本当に凄いなぁって思ったんだ。冒険者で一番有名なのはレティーシャ=フィフティスさんだけど、私は【御嵐王】さんの方がカッコいいと思う……というか」
そんな事を言うリーネさんは、瞳にきらきらと星を輝かせ、熱に浮かされた声で続けた。
「だって、人知れず活躍して姿を隠すだなんて、なんか利害を考えずに頑張ってる風に見えてよくないかな? なによりその手口がクールだし」
「手口って、悪い事してるみたいじゃない」
アリザさんのツッコミでリーネさんが笑った。
「私もリーネの意見には同感です。本来なら彼女は相当な褒賞が貰えた筈なのに、一切正体を明かさずに人知れず表舞台を去って行った。打算を感じさせないその行動には好感が持てます」
「そもそも性別どうなんだろうね? 私、長い銀髪が綺麗だったって話が出てるし【御嵐王】は女の人だと思ってるの!」
「まあ可能性は高いわよね」
――僕は。
三人が笑顔で話す中、僕は手を強く握りしめる事しか出来なかった。
彼女たちの言葉が耳に突き刺さる。
過去を思い出し、飛び交う言葉を心の中で否定する事しか叶わない。
「だから私も、いつか【御嵐王】さんみたいに凄い魔術師になってみせるんだ!」
無邪気な表情でそんな事を言うリーネさんを眩しく思いながら、僕は場の空気に逆らわず無理やり笑みを浮かべた。
折角の場なんだから空気を悪くするわけにはいかない。
気持ちを切り替えよう。
すると、僕らが黙っている事に気が付いたのか、アリザさんが慌てた様子で言う。
「おっと、大分話がそれちゃったね。次は――」
「こちらの番ですね」
気を使ってくれたのか、シアが我先にと声を上げて名乗り始める。
「私はシア。見ての通り狐人族です。フェンリットとは長い付き合いですが、決して姉弟ではありません。中々気にしている様なので、気を付けてくださいね?」
――なんと。シアの事だから余計な事を言うと思って身構えていたのに、思っていた以上にまともだ。
槍でも降るんじゃないか、と窓の外を眺めてみると、やはりシアに心を読まれて足を蹴られた。
ジト目を浮かべるシアに先を促されるので、気を取り直して僕も名乗る。
「僕はフェンリットです。成人しています。シアとはアネトの町から一緒に旅をして来ました。……まあ、旅と言えるほど長い道のりではないのですが」
「ちゃっかりと成人している事を説明するフェンリット、流石です」
「いや、殴るよ?」
「お二人はとても仲が良いのですね」
お互いの腕を掴み合っていると、薄らと微笑みを浮かべたアマーリエさんにこんな事を言われた。
果たしてそうなのだろうか。
これは仲がいいというよりは、腐れ縁の延長線のようなものだと思うのだが。
「これは仲がいいというよりは、腐れ縁の延長線のようなものだと思うのですが」
「そんなっ、酷い事を言わないでくださいよフェンリット。私と貴方の仲じゃないですか」
シアにとって僕らの関係は一体どんなものなんだろう。
あまり興味はないけれど。
苦笑する前方の女性三人の後ろから店員さんがメニューを運んできた。
それぞれが思い思いに食べながら、会話は広がっていく。
「三人は幼馴染か何かなんですか?」
シアの問いかけにリーネさんが頷く。
「ええ、そうですよ。アリザとアマーリエが同い年で、私だけ一つ下なんですけどね。同年代の友達があまりいなかったので、いつも一緒に遊んでたの」
「小さな村だったからね」
アリザさんがそう付けたし、運ばれてきたパスタを口に運ぶ。
「裕福じゃなかったから、皆で冒険者になって村を出ようってね。だから子供のころからそれなりに鍛えたりしてたのよ」
「私は魔術師になりたかったから魔術の修練。アリザとアマーリエは剣士になりたいって言って、素振りをしたり模擬戦をしたりしてたね」
「流石に、フェンリットさんのように七歳の時から、ではありませんが。細かい年齢は覚えてませんが、少なくとも一〇歳は過ぎていましたね」
三人の言葉を聞きながら、改めて自分の異常さを噛みしめる。
なによりも、黒風の魔女と謳われるシュリィ姉さん直々に魔術を教えて貰ったのだ。
自分で言うのもなんだが、その時点で大分優遇されている。
というか、それだけの英才教育を受けてそれでも弱いなんて、姉さんが許さないのである。
そういえば、と僕は気になっていた事を尋ねる。
「アリザさんとリーネさんによると、アマーリエさんがとても強いという話でしたが。剣士、というのは具体的にどのような?」
「具体的、ですか」
アマーリエさんは静かな表情に考える色を浮かべる。
その様子を眺めてから、僕は冒険者としてのモラルを思い出した。
「いえ、すいません、手の内を明かすのは良くないですよね。言えないようなら結構ですので」
余計に恩着せがましいというか断りづらい状況を作ってしまったかな、と後悔しつつ、僕は口を閉ざした。
いくら僕がアリザさんとリーネさんを助けたからといって、その関係はあくまで『他人』だ。
僕とシアはその内この町を出るし、それ以降も交友関係が続くとは限らない。
自身の能力を明かすのは、正直難しいだろう。
僕ならしない。
「……すいません。では、お言葉に甘えさせてもらいます」
「お気になさらず」
苦笑するアマーリエさんに僕は小さく頭を下げた。
その様子を見守ってたアリザさんとリーネさんが声を上げる。
「うーん、フェンリットもシアさんも悪い人には見えないけど」
「まあ、そういう話じゃないんだよアリザ。でも、フェンリット君とアマーリエが決闘するところも見てみたいよね」
「どう? フェンリット達が此処を出る前に、二人で決闘するとか」
アリザさんの提案は僕にとってとても良いものだった。
二人からアマーリエさんの話を聞いた時から、その実力には気になっていたし。
ただし結局、手の内は明かされてしまう訳だが。
知ったところでどうするつもりもないけれど、それを判断・信用するのはアマーリエさん。
でも、この町の去り際でもいいから一度手合せをしてみたいものだ。
顎に手を当てて考えていたアマーリエさんが、やがてゆっくりと頷く。
「……分かりました。私もフェンリットさんの実力には興味があります。その時は是非、お相手をよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
そんな約束をした僕は、その時を密かに楽しみにするのだった。
レストランの当ては既にあるらしい。
僕とシアを先導してくれる彼女等の足取りは確かだった。
道中は街の事を色々と聞いた。
そうしている内に目的地に着いた僕らは、早速中に入って席を取る。
「ここは私たちがこの町で一番おすすめの場所よ。味には期待していいわ」
「アリザ、味の好みは人それぞれだから……」
程よい大きさ胸を張るアリザさんをリーネさんが嗜める。
僕もシアも味にうるさい訳じゃないので問題はないだろう。
それぞれがメニューを眺めている時、僕の隣に座るシアがふと思いついたように言った。
「そういえば先日、次に会った時に奢ってもらう、という話をしましたが……アリザさんとリーネさんは、金銭的な事情で無理をしたのではなかったのですか?」
そうだ。
普段はアマーリエさんと三人で活動している二人は、アマーリエの病欠で日銭を追う状況を危惧し、二人で町を出たらしいのだ。
そんな彼女たちに、僕とシアの昼食を奢るお金はあるのだろうか?
「それがね、フェンリットに譲ってもらったあの斧なんだけど、かなり高値で売れたのよ!」
「だからあんまり心配しなくていいんだよ」
そう言う二人の表情に裏は見えない。
どうやらあの斧は余裕が出来るほど高値で売れたようだ。
遠慮をする必要はないみたいなので、有難くごちそうしてもらおう。
その後、僕とシアもそれぞれ注文を決めて一息ついたところで、今まで沈黙を続けていたアマーリエさんが口を開いた。
「では改めまして。私はアマーリエ=セルレスカ。このパーティでは遊撃手を担っています」
律儀で誠実、クールな雰囲気のアマーリエさんは、やはり綺麗な所作で頭を下げた。
あまりにも黒く、もはや青く見えるほどの艶髪が揺れる。
シアもこれくらい楚々としていればなあ、と考えていたら、どうやら僕の心を読んだらしいシアに足を踏まれた。痛い。こう言うところがダメなんだと思う。
「あたしはアリザ=レイラス。見ての通り前衛をやっているわ。まあ、今は鎧を着てないけれど」
アリザさんは赤紫色の髪と強気な表情が特徴的な美女だった。
まさに戦士といった雰囲気の人である。
「私はリーネ=アフレイア。魔術師だよ。その、あまり強くはないんだけどね」
困ったような笑顔で僕の方を見てくるリーネさん。
「なんていうか、フェンリット君は私と同い年なのに実力が違いすぎて正直気落ちするよ。あの部屋、法具の力で魔術が使いにくくなっていたんだよね?」
「そうですね。術式構築を阻害する効果を持つ法具があったので、あの空間で魔術師が魔術を行使するのは中々難しいところがあったと思います」
「でもフェンリット君はそんなところで軽々と魔術を使ってたよね?」
「あー……いえ、僕も結構ギリギリでしたよ。あれは余裕に見せて相手の動揺を誘っただけです」
半分嘘である。
そりゃあ多少術式構築に手間取ったが、相手が油断し切っている上、あれだけシークエンスに使える時間があったのだ。
魔術を使う事に関しては何の問題も無かった。
「ホントに? ……まあ、信じるけどね。その上、アリザ顔負けの動きするんだから吃驚しちゃったよ」
「ちょっ、リーネ。いくら事実でも私がいる前でそれは正直すぎるんじゃない?」
「あっ痛い、痛い、やめてよアリザ」
このっ、とか言いながらリーネさんの頭を叩くアリザさん。
彼女には本気で怒ってる様子は見られない。
仲がいい女の人同士の、他愛ないじゃれ合いの様なものなのだろう。
話題に食いついてきたはアマーリエさんだった。
「フェンリットさんはそんなに強いのですか?」
彼女の疑問に答えるのはリーネさんとアリザさんだ。
「強いなんてものじゃないよ。私とアリザ二人掛かりでも倒せなかった山賊のリーダーを、一人で、しかも無傷で圧倒するくらいなんだから」
「魔術が使いづらいとかいう部屋の中で魔術を使うわ、魔術師かと思ったら近接戦でボコボコにするわ。正直あたしは目を疑ったね」
なんというか、ストレートな賞賛は嬉し恥ずかしい。
確かに僕は小さいころから努力をしていて、その結果として今の実力に至る訳だけど、正直あの大男は世界のレベルで考えると中堅程度だ。
もっと強い奴等とやり合った事のある僕としては、あんな相手を倒した程度で褒めそやされては何ともこそばゆい。
「なるほど……興味がありますね。聞いた話だと、フェンリットさんは今一九なのですよね? 一体いくつの頃から修練していたのでしょうか?」
「そうですね――」
何と答えるべきか。
馬鹿正直に言うならば、確か四歳の頃にはもう魔術の修練をしていた。
でもそれは、きっと普通ではない。
自分がそれを何よりも分かっているからこそ断定できる。
疑われるのは気持ちよくないし、多少早い内から修練をしていても「そういうこともあるのか」と済ませられるだろうから、上手い具合に伝えよう。
「僕は七歳の時には魔術を使ってました。自分で言うのもなんですが、発育が他の人より良かったみたいです。身体にしろ、頭にしろ」
「あ、なんとなくわかる気がする。フェンリット君、見た目より大人っぽいというか――」
「それは見た目が幼すぎると言いたいんですかね?」
僕が思わず突っ込んでしまうと、リーネさんが慌てた様子で手をパタパタする。
「ち、違うよっ。なんというか、一九歳なんだろうけれど、もっと大人の人に見えるというか……よく分からないんだけどね」
「……、」
中々勘の鋭い人だなぁ、と思いつつ僕は沈黙した。
すると、隣に座っていたアリザさんがリーネさんの脇腹を肘で小突く。
「でもでも、確かにフェンリットは凄いけれど、リーネの一番の憧れの人はもう決まっているわよねー」
「――【御嵐王】、ですね」
アリザさんの言葉に付け足したのはアマーリエさんだった。
その名前には嫌と言う程覚えがある。
だからだろう、聞いた瞬間に身体をピクリと震わせてしまった。
隣のシアも同じだったようで、微妙に目線が泳いでいる気がする。
そわそわする僕とシアの動揺も知らずに、彼女等は話を続けた。
「私も、その魔術師の事は尊敬しています」
「そういえばアマーリエもそうだったっけ? 私は魔術に関してはほとんどさっぱりだからなー。あ、でも確か【御嵐王】って格闘も凄いんだっけ?」
「ええ。勇者が残していった記述によると、【御嵐王】は拳でも戦っていたようですし」
「魔術と接近戦、両方こなす謎の魔術師。凄いよねえ……」
ほぅ、と感嘆の息を漏らしながらリーネさんはそう言った。
「私、【御嵐王】さんの話を聞いて本当に凄いなぁって思ったんだ。冒険者で一番有名なのはレティーシャ=フィフティスさんだけど、私は【御嵐王】さんの方がカッコいいと思う……というか」
そんな事を言うリーネさんは、瞳にきらきらと星を輝かせ、熱に浮かされた声で続けた。
「だって、人知れず活躍して姿を隠すだなんて、なんか利害を考えずに頑張ってる風に見えてよくないかな? なによりその手口がクールだし」
「手口って、悪い事してるみたいじゃない」
アリザさんのツッコミでリーネさんが笑った。
「私もリーネの意見には同感です。本来なら彼女は相当な褒賞が貰えた筈なのに、一切正体を明かさずに人知れず表舞台を去って行った。打算を感じさせないその行動には好感が持てます」
「そもそも性別どうなんだろうね? 私、長い銀髪が綺麗だったって話が出てるし【御嵐王】は女の人だと思ってるの!」
「まあ可能性は高いわよね」
――僕は。
三人が笑顔で話す中、僕は手を強く握りしめる事しか出来なかった。
彼女たちの言葉が耳に突き刺さる。
過去を思い出し、飛び交う言葉を心の中で否定する事しか叶わない。
「だから私も、いつか【御嵐王】さんみたいに凄い魔術師になってみせるんだ!」
無邪気な表情でそんな事を言うリーネさんを眩しく思いながら、僕は場の空気に逆らわず無理やり笑みを浮かべた。
折角の場なんだから空気を悪くするわけにはいかない。
気持ちを切り替えよう。
すると、僕らが黙っている事に気が付いたのか、アリザさんが慌てた様子で言う。
「おっと、大分話がそれちゃったね。次は――」
「こちらの番ですね」
気を使ってくれたのか、シアが我先にと声を上げて名乗り始める。
「私はシア。見ての通り狐人族です。フェンリットとは長い付き合いですが、決して姉弟ではありません。中々気にしている様なので、気を付けてくださいね?」
――なんと。シアの事だから余計な事を言うと思って身構えていたのに、思っていた以上にまともだ。
槍でも降るんじゃないか、と窓の外を眺めてみると、やはりシアに心を読まれて足を蹴られた。
ジト目を浮かべるシアに先を促されるので、気を取り直して僕も名乗る。
「僕はフェンリットです。成人しています。シアとはアネトの町から一緒に旅をして来ました。……まあ、旅と言えるほど長い道のりではないのですが」
「ちゃっかりと成人している事を説明するフェンリット、流石です」
「いや、殴るよ?」
「お二人はとても仲が良いのですね」
お互いの腕を掴み合っていると、薄らと微笑みを浮かべたアマーリエさんにこんな事を言われた。
果たしてそうなのだろうか。
これは仲がいいというよりは、腐れ縁の延長線のようなものだと思うのだが。
「これは仲がいいというよりは、腐れ縁の延長線のようなものだと思うのですが」
「そんなっ、酷い事を言わないでくださいよフェンリット。私と貴方の仲じゃないですか」
シアにとって僕らの関係は一体どんなものなんだろう。
あまり興味はないけれど。
苦笑する前方の女性三人の後ろから店員さんがメニューを運んできた。
それぞれが思い思いに食べながら、会話は広がっていく。
「三人は幼馴染か何かなんですか?」
シアの問いかけにリーネさんが頷く。
「ええ、そうですよ。アリザとアマーリエが同い年で、私だけ一つ下なんですけどね。同年代の友達があまりいなかったので、いつも一緒に遊んでたの」
「小さな村だったからね」
アリザさんがそう付けたし、運ばれてきたパスタを口に運ぶ。
「裕福じゃなかったから、皆で冒険者になって村を出ようってね。だから子供のころからそれなりに鍛えたりしてたのよ」
「私は魔術師になりたかったから魔術の修練。アリザとアマーリエは剣士になりたいって言って、素振りをしたり模擬戦をしたりしてたね」
「流石に、フェンリットさんのように七歳の時から、ではありませんが。細かい年齢は覚えてませんが、少なくとも一〇歳は過ぎていましたね」
三人の言葉を聞きながら、改めて自分の異常さを噛みしめる。
なによりも、黒風の魔女と謳われるシュリィ姉さん直々に魔術を教えて貰ったのだ。
自分で言うのもなんだが、その時点で大分優遇されている。
というか、それだけの英才教育を受けてそれでも弱いなんて、姉さんが許さないのである。
そういえば、と僕は気になっていた事を尋ねる。
「アリザさんとリーネさんによると、アマーリエさんがとても強いという話でしたが。剣士、というのは具体的にどのような?」
「具体的、ですか」
アマーリエさんは静かな表情に考える色を浮かべる。
その様子を眺めてから、僕は冒険者としてのモラルを思い出した。
「いえ、すいません、手の内を明かすのは良くないですよね。言えないようなら結構ですので」
余計に恩着せがましいというか断りづらい状況を作ってしまったかな、と後悔しつつ、僕は口を閉ざした。
いくら僕がアリザさんとリーネさんを助けたからといって、その関係はあくまで『他人』だ。
僕とシアはその内この町を出るし、それ以降も交友関係が続くとは限らない。
自身の能力を明かすのは、正直難しいだろう。
僕ならしない。
「……すいません。では、お言葉に甘えさせてもらいます」
「お気になさらず」
苦笑するアマーリエさんに僕は小さく頭を下げた。
その様子を見守ってたアリザさんとリーネさんが声を上げる。
「うーん、フェンリットもシアさんも悪い人には見えないけど」
「まあ、そういう話じゃないんだよアリザ。でも、フェンリット君とアマーリエが決闘するところも見てみたいよね」
「どう? フェンリット達が此処を出る前に、二人で決闘するとか」
アリザさんの提案は僕にとってとても良いものだった。
二人からアマーリエさんの話を聞いた時から、その実力には気になっていたし。
ただし結局、手の内は明かされてしまう訳だが。
知ったところでどうするつもりもないけれど、それを判断・信用するのはアマーリエさん。
でも、この町の去り際でもいいから一度手合せをしてみたいものだ。
顎に手を当てて考えていたアマーリエさんが、やがてゆっくりと頷く。
「……分かりました。私もフェンリットさんの実力には興味があります。その時は是非、お相手をよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
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